背後に佇む三日月と   作:303

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大規模侵攻❻

黒のロングコートをなびかせて、1人の青年が街を走る。

 

銃声、閃光、地鳴りにも似た倒壊音。普段にも増して戦場の色を濃くした警戒区域を、太刀川は笑みを浮かべて直走る。

そんな彼の耳に、キンと硬質な異音が掠める。

 

「おっと」

 

沈み込むように体勢を低くし、そのままスライディングの要領で壁越しの斬撃を掻い潜る。

地面をザリザリと削りブレーキを掛ければ、急制動を利用して立ち上がり、攻撃の主に目を向ける。廃墟からモールモッドが這い出し、ギョロリとその単眼で見返してきた。

 

「モールモッドが一丁前に奇襲か?悪いが俺は忙しいんだ」

 

言ったところで相手は人形兵。言葉の間にも刃が襲い来るが、太刀川それに表情を変えない。一閃、二閃と振るわれるそれに合わせ、彼も左手の弧月を振るう。

直後に、鎌に似たブレードが数本、空から落ちて地に刺さる。

 

「……やっぱり、コイツじゃものたりないなぁ」

 

武装を失い、アンバランスな姿となった敵に鼻を鳴らす。

無造作にもう一振り。横一線に眼を割られ、モールモッドは崩れ落ちた。

 

残骸を一瞥し、左耳に手をあてる。

 

「国近、聴こえるか?」

 

『ほーい、聴こえてるよー、太刀川さん』

 

太刀川の声に、国近の返答が返ってくる。通信は無事回復したようだ。

 

「そっちは今、話せる余裕あるか?」

 

『キノさんは今移動中だね。戦闘には少し間があるし、索敵も並行してできるから大丈夫だよ〜』

 

「ならいいな。今の状況……そうだな、新型の撃破数、どうなってる?」

 

『ん、ちょっとまってね』

 

言葉とともに、小さくキーボードを叩く音が届く。そのリズムは軽快。情報の整理に時間はかからないだろう。

 

『おまたせ〜。ザックリ出てきたから、いまから言うね〜』

「ああ、頼む」

 

予想よりもやや早い返答。それに流石だと内心で零し、彼女の言葉に太刀川は頷く。

 

『空閑くん3体、二宮さん3体、嵐山さん3体、米屋くん1体、村上くんが1体だね』

 

「ん?初遭遇は来宮だったよな?」

 

『そのときキノさんはほら、空閑くんと一緒だったからね』

 

「なるほどなるほど、とどめはクガに取らせたわけだ」

 

『ん、そういうこと』

 

納得した太刀川は、ところでと言葉を続ける。

 

「ここから近場で、新型のいる場所はあるか?……なければトリオン兵の固まってるとこでもいい。片っ端から掻っ捌いてれば、そのうちアタルだろ」

 

相変わらずな隊長に、国近から苦笑いが零れる。

自分が言えたことではないが、なんだか酷く雑だ。以前ならばスルーしていた言い回しだが、そんなところを気にするあたり、あのひとの影響かなと頬を掻く。

一呼吸置いて、太刀川へと言葉を返す。

 

『片っ端からって必要はなさそうだよ?さっきあげた村上くんだけど、まだ2体と交戦中だし、太刀川さんとわりと近いよ?』

 

「!……そいつは良い。どっちだ?」

 

『そこから南下すればすぐだね』

 

「了解了解、またなんかあれば通信入れる」

 

『了解だよ〜』

 

 

プツリと切れた通信を耳に、再び太刀川は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラービットの吐く砲撃がアスファルトを砕く。

 

瞬間、音圧が耳を痺れさせ、丸く膨れ上がった閃光が、赤い残像となって目に焼きついた。

明確な脅威に、遠巻きにした人々が硬直し、恐怖を浮かべる。

 

「撤退!!戦略的撤退!!」

 

爆風に煽られ転がったシューターが、機敏な動きで立ち上がるや、チームメイトの2人へと指示を出し、一目散に退路を駆け出す。

 

「嘘だろ!!なんだよアレ!?」

 

大学生ほどだろうか?1人の青年が、理不尽な状況に混乱と憤りを顕にした。

このままでは堪らないと踵を返し、3人に続く。周囲はそれにつられる様に我に返り、バラバラと走り出す。

 

そこに秩序立った動きは無い。

 

誘導に当たるはずのC級もそれは同様だった。

訓練生ではあっても、ボーダーの名を肩書に持つ人間の行動に、何をしているんだと思う者も少なからずいるだろう。実際、トリオン体であれば大抵のことでは平気であるし、ネイバーの攻撃であっても、一度は確実に死を免れる。しかし、それが破れたのならば、その後はどうなるだろうか?

 

想像するのは容易い。

 

ほとんどを中高生が占める彼等だ。命のかかるこの局面、老若男女入り混じる集団を統制する余裕などない。

 

 

……痛っ

 

 

そんな混乱のなか、その声が雨取の耳に入ったのは、ほんの偶然だった。

 

まさかと思い彼女が振り向けば、悲痛な瞳が、自身の視線と重なり合う。

同じ中学のブレザー、二つ結びの黒髪。涙を浮かべた少女に既視感を覚える。

 

その人物が三雲のクラスメイトだと思い出すのに、さして時間はかからなかった。

 

「っ……!」

 

息を呑み、躓き倒れた相手へと走る。

 

「!?……ちょっ、チカ子!!」

 

躊躇いのない雨取の行動に、並び走っていた夏目が目を剥く。呼び止めようと発した叫びは、焦る雨取には右から左だ。

 

「大丈夫ですか!」

 

そばまで駆け寄り、雨取が右手を差し出せば、少女は一瞬目を見開きその手を取る。

 

この人を早く安全なところまで……!

 

冷や汗が頬を伝うのを感じつつ、不安にさせまいと笑みを貼り付け、そして少女を引き起こす。

雨取は一つ頷き、急ぎ来た道を引き返そうとする。

 

手を引く相手は、ビクリと身体を竦ませた。

 

「……足が」

 

彼女は左の足首を捻ったらしい。痛みにおとなしい顔を歪め、言葉を零す。

 

 

どうすれば?

 

 

畳み掛ける事態に、そんな思考ばかりが空回るなかで、2人の周囲に影がさした。

 

「……あ」

 

顔を上げれば、ラービットがそばにまで迫っていた。灰色の体躯が、雨取の視界を埋め尽くす。

 

 

ドンッ

 

 

一発の銃声が響いたのは、無機質の足があと一歩と迫ったそのときだった。

 

重なるように、鈍く硬い音が打ち鳴らされ、グラリと敵の首が傾ぐ。

 

「チカ子たちに手ぇ出すな!こんにゃろー!!」

 

声の出所へ顔を向ける。

2人の後方で片膝をつき、夏目がアイビスを構えていた。

ラービットは雨取たちから矛先を移し、銃を抱えた彼女へと距離を詰める。

 

迫る威容に、一瞬夏目がギョッとする。

 

「!……このっ」

 

しかし生来の度胸が、負けじと彼女に引鉄を引かせた。

自身にズシリと反動を響かせ、一直線に弾丸が飛ぶ。しかし、厚く硬い右腕が、即座に遮り弾き逸らした。

 

 

「出穂ちゃん!逃げて!!」

 

 

親友の危機に雨取が叫ぶ。

 

ほぼ同時に、敵の耳が僅かに動いた。鋭敏に差異を捉え、プログラムに従い、顔前の腕を頭上へとかざす。

 

 

 

 

 

 

 

 

「甘いですよ」

 

 

 

そこへ落ちるのは静かな声音。死角を突いた真上からの奇襲。

 

 

「アステロイド+アステロイド」

 

 

空を背にした落下の最中、練り合わせたキューブを腰だめに構える。

 

 

 

 

来宮は、スローの視界で狙いを定め、ゼロ距離の一撃を叩き込む。

 

 

 

 

 

 

「ギムレット」

 

 

 

 

威力特化の大弾は、堅牢な腕の隙間を縫い、ラービットの頭部を打ち砕いた。

 

 

 

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