無機質の兵が、その巨体を揺らし押し迫る。
右のバムスターが3秒後に突進。左奥のバンダーが間を置かず砲撃を放ち、その両サイドから、さらにバムスター2体の追撃が来る。
確定したビジョンが、迅の脳裏に明確に浮かぶ。
初撃を紙一重で避け、行き過ぎる単眼に左手の一太刀を浴びせ、その勢いを殺さずに前方へ低く跳ぶ。
1体目が倒れ、同時に頭上を掠めた砲撃が背後で炸裂。爆風を背中で受け一層加速した迅は、アスファルトの地を蹴り込み一気に上昇。靴跡が残るそこへ意味のない追撃が入るのを尻目に、新たな刃を右手にも携え、砲撃後の隙を晒すバンダーを十字に切り裂く。そこで動作は終わらない。そのまま空中で身をひねり、後方へ二刀を投擲。刃がヒュッと風を切り、のそりと振り向いたバムスターたちの眼を射抜けば、迅は柔らかく着地を決める。
3体は立て続けに崩れ落ち、衝撃に土煙が高く舞った。
「ふー、いっちょ上がりだな」
武器を収めて独り言ち、落とした視線を軽く上げる。
彼を囲むのは、斬り伏せ終えたトリオン兵。折り重なる残骸の山。
一見獣じみてはいても、プログラミングされた行動パターンを有するそれらの攻撃は、やはり単調だ。数の分だけ時間はかかるが、さして問題にはならなかった。
「!…………」
何かにピクリと反応し、瞳に真剣な色を宿す。
「なるほどね、いよいよか」
不意やって来たのは、慣れ親しんだいつもの感覚。
新たに浮かぶ未来の情景。彼のサイドエフェクトが、自らに次の選択肢を提示してきた。
「……まずは天羽のところだな」
最善を手繰り寄せるため、迅悠一が動き出す。
*
警戒区域の外縁。その程近く。
一つ二つと銃声が響く。それに続くのは、鈍く硬い金属音。
尽く弾かれるアイビスの射撃。
敵の勢いは衰えず、瞬く間に少女の目前に迫る。
ヤバい……!
夏目の脳裏に、浮かんだ一言がそれだった。
構わず逃げればよかったのにと掠めた思考は、しかし、すぐに放り投げる。
後悔してももう遅い。そもそも身体は勝手に動いていたし、仮に考える頭が残っていても、目の前の親友を見捨てる選択など、彼女にありはしなかった。
せめて一発。
どうにでもなれと、夏目は、半ばやけくそに引鉄を引く。
いや……引こうとした。
「ギムレット」
どこか聞き覚えのある声音。落ち着き払った呟きが一つ。
直後、視界の外から落ちた影が、敵の頭部に一撃を見舞う。
光の大弾が装甲を砕けば、影、もとい来宮は、軽い靴音を鳴らして着地し、次いで思い出したように、首無しの残骸がゴトリと倒れた。
一撃。
自分が何発撃ち込んでも、決して止まる気配のなかった新型。それがあっさりと倒された。
ヘタリと膝から座り込む。
途切れた緊張。それに唐突な状況の変化も手伝い、夏目は暫し呆然とする。
「たしか、夏目さんでしたね。ご無事ですか?」
「うぇっ!…………はい!……おかげさまで無傷っす」
向き直り、静かな声をかけられる。妙にどもりながらも立ち上がり答えれば、来宮は僅かに表情を綻ばせた。
『キノさん、左の民家からモールモッドが1体だよ』
「ええ、了解です」
直後の通信。国近に指示された先へ、来宮は視線を向ける。ほぼ同時に壁を裂き、見慣れた外敵が躍り出る。
スッと右手を標的へかざし、作り出すのは青白い光球。
グラスホッパーを低い腹の下に数枚展開。ドッと鈍い音を鳴らして、モールモッドが跳ね上げられる。
「スラスターオン!」
そこに飛び込むのは、唸りを上げるレイガストの刃。
追いついた三雲が横一文字に一閃を浴びせ、何もできぬままモールモッドは沈黙した。
地に足をつけ、三雲がホッと息を吐く。頬に冷や汗を流した彼はレイガストを肩に担ぎ、あらためて周囲を見渡してみる。
「修くん!来宮さん!」
見知った顔と視線が重なり、我に返った雨取が声を上げる。対して三雲は、彼女が肩を貸す人物に目を見開いた。
「千佳、一ノ瀬!」
2人へと駆け寄る彼を見やり、来宮も夏目を促し歩み寄る。
堪え切れなくなったのか、途中から夏目は駆け出した。
「チカ子!いきなり突っ走んじゃないっての!」
「わあ……!ごめんなさい」
「ホントにわかってんのかー!このー!」
辿り着くや否や、雨取にヘッドロックをしかける。
傍では三雲が慌てて一ノ瀬を支え、一拍おいて、後輩2人のじゃれ合いに揃って苦笑いを零した。
「ひとまず間に合ったようで、幸いです」
来宮が穏やかに言葉を漏らさせば、ハッと夏目が顔を向けた。
「あっ、さっきはホントにありがとうございます!敬語先輩!」
深々と告げられた感謝。それに添えられた予想外の呼び名に、思わず頬を掻く。
「夏目さん、来宮さんはもう学生じゃないから……」
三雲の訂正に、雨取がこくりと頷いた。
「え!?スミマセン!敬語さっ……じゃなかった……キノミヤさん」
「いえいえ、好きに呼んでくれて構いませんよ?口調やら呼び方やらなら、俺も結構我を通してしまってますし……」
ギョッとする彼女に、相変わらずの口調で静かに返す。
それよりも、と言葉を切り、来宮が避難の再開を促した。
行き過ぎた緊張感がいいとは言わないが、今の雰囲気は流石に緩み過ぎている。
皆あらためて気を引き締め、先を行く民間人達へと合流を目指した。
*
「あれ?意外と離されてないっぽい?」
数分して、夏目がそう漏らした。視線の先には先ほどの人の群れが見て取れた。
やがてC級の何人かがこちらに気づく。安堵の溜息。バツの悪そうな苦い顔。
浮かべる表情は様々だ。
「我先に……というには纏まりがありますし、ペースが遅いですね。冷静さを取り戻して、思うところがあったのでしょう」
「このまま何もなければいいんですけど……」
緊張気味な三雲に来宮も頷く。
「民間人もそうですが、俺や修さんと違い、C級はベイルアウトが…………!」
自らの言葉に、来宮の背中がザワリと泡立つ。
…………ジジジジ
異音が耳を掠め、目の前の空に大穴が口を開く。
『キノさん!ゲートの反応が……!!』
「っ……!そういうことですか!!」
警戒区域外。困惑の混じる警告。来宮が焦り駆け出す。
一団の行く道に、新たに3体のラービットが立ち塞がる。
*
さあ、雛鳥を捕まえようか
盤面を眺め、敵将は告げる。