「
仄暗い艇内に、淡々とした報告が一つ。
「頃合いだな。ラービットが仕事をする舞台は整った」
ミラの言葉を受けたハイレインは、満足気に彼女へ応え、周囲に視線を巡らせる。
隊を率いる長の言葉に、部下たちはそれぞれに反応を見せる。表情は違えど、皆一様に戦意を高めていることが見てとれた。
「ラッドの情報から、雛鳥が脱出機能を持たないことはわかっている。お前たちは
新たな脅威が動き出すその瞬間が、刻一刻と迫っていた。
*
来宮の目指す視界の内に、白、黄、紫の装甲が映る。
次々悲鳴が耳に届く。
新たな3体のラービットが、背を向け逃げるC級たちを1人、また1人と食らっていく。
「くそっ……!」
その光景に悪態が零れる。声音がらしくもなく荒い。
数秒の時間さえ、今はもどかしくて仕方がなかった。
猛然と駆ける来宮は、踏み出す先へ1枚のグラスホッパーを形成、更にその速度を加速させる。
その間にも敵の手は、新たな獲物へ伸ばされる。
いま一歩、次を防ぐには距離が足りない……。
風を切る感覚の中、自身の咄嗟の行動にも、妙に冷静な思考が回る。
一見諦めにも思えるそれをしかし、そうではないと切り替えた。
届かなくともやりようはある。
「グラスホッパー」
呟き前へと掌をかざす。
再び作り出すプレートは無数に分割され、C級を襲おうとするラービット達の眼前へ、壁のように展開された。
突出していた紫の個体が、止まる間も無くその壁に触れる。
複数のプレートが四角い波紋に形を変え、その体躯をドッと押し返した。
分割した数が数だけに、遠く弾き飛ばすような勢いは無い。けれどもそれで十分だった。
残る白と黄の2体は、阻害された光景に次の行動を踏み止まり、その僅かな間に人波を飛び越え、空いたグラスホッパーの隙間を抜けて、来宮が敵前に割って入る。
「アステロイド」
普段のそれより低い声音。
一歩踏み込み、押し返した個体に掌底を撃つ。掌のアステロイドが弾け、敵をさらに奥へと押しやった。
当然、相手も黙ってはいない。黄の個体が来宮に、白の個体がC級たちへ、双方狙いを定め、それぞれが攻撃の姿勢を見せる。
「させるとでも?」
言葉と同時に、来宮の背に残されたグラスホッパーの壁が消え去り、その影に散らされた置き弾が露わになる。
大量の弾丸が、3体へ向けて掃射された。
大したダメージは入りはしない。しかし、連続する衝撃が、相手を行動の前に釘付けにする。
その弾幕の影に紛れ、地を掠めるように低く踏み込む。
狙うは紫の個体。標的の中でも、最も体勢を崩したそれ。その足をすれ違いざまの一撃で刈り取った。
直後、ピシリと乾いた音が鳴り、足下の路面に亀裂が走る。
咄嗟にグラスホッパーを起動、自身を真上に跳ね飛ばせば、紫の刃が無数に突き出た。
足を失ったラービットが地に腕を突き刺し、その先がゴボリと泡立っている。
スコーピオンと同系統?……いや、あの一定しない形態は……
「!……液状のブレード、これは狙いを違えましたね」
空中で独り言ちた来宮へ、次いで黄の個体が黒い突起を撃ち出す。
すぐさま左手でシールドを展開、正体の分からぬ射撃を阻む。
再度ラービットの前に降り立てば、スローの散弾を間を空けず散布、前方の空間を埋め尽くした。
『修さん、聞こえますか?』
『!……来宮さん』
散弾越しに敵を見据え、後方の三雲へ内部通話を繋ぐ。
『このまま3体を抑えつつ、徐々に本部へ向け後退します。あなた方も、俺から一定の距離を保ったまま下がってください』
『それじゃあ、来宮さんの負担が……!』
『道中ずっとではありません』
三雲が思わず声を上げ、彼の反対を遮り続ける。
『ユウさんが増援を要請しましたから、俺はそれまで持たせればいいだけです』
『時間は、掛からないんですね?』
『……現着まで数分とのことです』
ラービット相手に3対1。三雲には数分でさえ無茶に思えた。
『………分かりました』
それでも頷かざるを得ない。この場で対抗しうる戦力は、来宮1人だけなのだから。
『近づき過ぎもそうですが、あまり離れ過ぎないように。万が一また追加が来れば、フォローが効きませんから』
少々酷だったかと苦笑いを浮かべながら、そんな注意を付け加え、目的へ向けて思考を回す。
1体の足は奪ったが、攻撃の手段は残されている。その射程がどれほどなのか。
残る2体は未だ健在。装甲の厚さに任せた強力な打撃と、小さく避けづらい欠片の射撃。異質な形状には何かしら機能があるだろう。
それらをここからどう捌くか……。
「…………さて、踏ん張りどころですね」
自らに言い聞かせるように、来宮は小さく言葉にした。
*
「まだ着かないの!」
勝気な少女の声が響く。
車両の後部座席に立ち、小南桐絵は、ハンドルを握る木崎を急かす。
「数分で報告のポイントだ。無理に飛ばしても時間は変わらない、そう焦るな」
「あー、もー!なんであたしたちがこんなに出遅れなきゃいけないの!?」
「丸々、おまえを拾いに行った時間だな」
「まあ、そうすね」
落ち着いた態度からの彼の返しに、小南はさらに不満を漏らすが、自分が原因だと淡々と返えされ、助手席の烏丸も同意する。
「なっ!?そこまでかかってないでしょ!?」
小南は、焦ったように言葉した。それに溜め息を吐いたのはどちらだったか。
「そもそも、オペレーターの設定にアレコレ盛るのはどうかと思いますけど?毎回即興で合わせるの苦労するんすから」
「っ!……そ、それはともかく!向こうの状況はどうなってるの?国近先輩はなんて言ってたのよ?」
強引な転換だが、話が逸れるのでそのまま続ける。
「来宮と修が千佳たちと合流、同時に新型を撃破してる。その後C級の集団に追いついたところで、進行先を新型の追加3体に抑えられた」
「修たちは無事なんすか?」
烏丸の問いに木崎は頷く。
「来宮が今その3体を抑えてる。そのままジワジワ後退しつつ、本部の通用口を目指してるのが現状だ」
「作戦は?」
「いつもと同じだ。小南が暴れて、俺たちがフォローする」
「了解」
「OK!新型なんかズタボロにしてやるわ!」
勢いよく答え、小南が右手にトリガーを握る。
「トリガーオン!」
彼女の言葉をキーにして、起動音が高く響いた。