数分。
日常の中であれば、それはとても短いものだろう。
知人との世間話。昼食後の微睡み。そんな些細なことでも使い切られてしまう、そんな程度の時間。
その小さな時間さえ、切迫した今の状況のなかでは、只々長く、遠く感じられた。
「……来宮さん」
三雲の張り詰めた声に、雨取は本部へ向ける足を鈍らせ、振り向き背後へ視線を移す。
彼女の視界に映るのは、普段ならば閑静であろう住宅地。そこに敷かれた二車線の路上。その空間でダークブルーのロングコートを翻し、来宮が縦横無尽に跳び回る。
グラスホッパーを踏み彼が辿った軌道の跡には、立て続けに光のキューブが散らされ、僅かに滞空した次の瞬間、
半ば光のドームを築く立体軌道の連続射撃。間断のない怒涛の攻勢。
一見すれば来宮が優勢に思える光景を前に、雨取と三雲の表情は硬い。
彼らの見守る間にも、戦闘の状況は動いていく。
黄のラービットが唐突に守りの体制を解き、弾丸に削られながらも欠片を放つ。直撃するでもないその反撃に、しかし来宮は目を見張り大きく飛び退く。
欠片の射程から逃れた彼は、自身の左足を一瞥する。
その脛には、突き刺さる3つの欠片があり、乾いた音を立て帯電するそれの様子に、ほんの僅かに眉を寄せた。
*
欠片を受けたのは、紫の個体を仕留めた直後のこと。
連戦の疲労感からか、はたまた敵が減った油断からか……。そのどちらにせよ、来宮は自身に綻びを生み、その結果が現状に尾を引いていた。
左足に、時折不自然に負荷がかった。
その度固定のシールドで相手を押さえ込み、グラスホッパーで崩し、致命的な隙をどうにかやり過ごす。
原理は分からなくとも、ああも繰り返されれば、負荷の正体も推測できた。
来宮は2体から距離を取り、中距離からの攻撃を主に立ち回りを切り替えた。
*
黄の個体の射程から逃れた来宮は、前がかりになりすぎないように意識を置き、撤退戦を継続していく。
押し返しては下がり、下がっては押し返す。それを地道に繰り返し、徐々に徐々にと後退していた。
ラービットの射撃に対して、来宮は数メートルの間隔を空けシールドを張る。
範囲の広いシールドはガリガリと端から削られ、徐々に形を失っていく。
黒の欠片は、そうかからずに障害を砕き、何割かが来宮に向かって襲い掛かった。
一足跳びで後退し、再度シールドを張り受け止めさせる。 弾数が減っただけ範囲を狭め、強度を引き上げた。
同時に左手にキューブを形成し分割、アステロイドの応射で返す。
対する相手は射撃を中断、欠片を射出していた胴体、既にやや傷んでいる青黒い装甲部を両腕で庇い、数十発の光弾を阻んだ。
先ほどの攻防でも感じたが、攻撃の機構を備える分、やはり他の部位より脆いのだろう。
来宮は糸口を目に、しかし焦るなと自らを抑える。
視界に影が差し、来宮は迷わず右腕を振るった。左上方に放たれた掌底は、トリオンの光を迸らせ、白の剛腕とぶつかり合う。
ゴッと鈍い音を鳴らして、双方が反動によって後退する。
『キノさん、10時の方向、砲撃くるよ……!』
国近からの警告。
遠巻きにあった反応に備え、予め表示されていた弾道予測図。そのうちの一つが赤く染まった。
苛烈な砲撃音が響く。
押し返した2体のさらに後方の家屋の屋根。そこから
舞い上がる白煙から跳び退がり、来宮は小さく息を漏らす。
着地と同時に、ゴトリと鈍い音が鳴る。
自身の左足に衝撃が伝わり、加わる重みに目を向けた。
「これは……!」
40センチほどのアスファルトの塊。黒い欠片の付いたそれが2つ、来宮の足に吸い付いていた。
生じる一瞬の隙。
そこへ煙を突き破り、白のラービットが追い縋る。
振り抜かれる拳を倒れ込むように回避、肩越しに相手へ視線を向ければ、さらに追撃の拳が迫る。
僅かな動揺。それがコンマ数秒、彼の行動を遅らせた。
防御も回避も間に合わない。
!……やられた
ドォオンッ
咆哮が轟き、来宮の結論ごと、白のラービットの半身が吹き飛んだ。
「千佳さん……!」
名前を呟き思わず振り向く。
「スラスターオン!」
C級たちへ視線を移し、アイビスを構える雨取を視界に収めれば、彼女の横から三雲がレイガストを投げ込む。
加速した無色の剣が来宮の傍を掠め、彼の背後に迫った黄のラービットの喉元に突き立つ。
一撃の反動に、ラービットは大きく仰け反り硬直した。
「ナイスよ、千佳、修」
二転三転する展開に、新たな声が割って入る。
軽快に屋根を蹴り跳び、小南が敵の真上に躍り出た。
身の丈程の大斧を構え、風を切って一息に降下。落下速度を乗せた一撃が、豪快に黄の装甲を叩き斬る。
両断された敵はその場で倒れ、来宮の足から重石が剥がれた。
崩れ落ちた残骸を一瞥し、小南が背後の来宮に振り向く。
「来宮さん調子悪いの? 珍しく苦戦してたじゃない……?」
彼女の問いに頬をかく。
「いえ、決して不調ではなくてですね……」
「2人とも!また砲撃が!」
三雲の叫びが答えを遮り、残る1体の砲撃が、来宮と小南へ放たれる。
「エスクード」
そこへ低い声音が届く。
淡々とした呟きをキーに、分厚い防壁が射線に迫り出す。
エスクードと呼ばれたそれは、ラービットの砲撃を真っ向から受け止め、余波に空気がビリビリと震えた。見た目に違わぬ頑強な壁は、難なく砲撃を凌いでみせた。
「木崎さん、烏丸先輩……!」
到着した2人の姿をみとめて、雨取が声をあげる。
手練れ3人の救援に、来宮がホッと息を吐いた。
「皆さん、助かりました」
「周りを気にかけるのはいいが、おまえの場合は慎重になり過ぎだ。積極的に動けば、もっと相手を削れたはずだぞ?」
幾分疲れを滲ませる来宮の様子に、木崎が呆れて言葉を返す。
「…………耳が痛いですね」
自覚があっただけ尚辛い。
来宮は乾いた笑みを浮かべる。防御、援護は得意ではないものの、特段苦手という訳ではない。それでもその方面の評価が低いのは、他者を優先する余り、自身の防御をおざなりにしてしまう傾向が強いためだった。
「反省もいいっすけど、一先ず残りを片付けましょう」
沈みかけた思考は、烏丸の言葉に引き上げられる。
「その通りですね、了解です」
気を取り直し、静かに頷く。
「こいつさえ倒せば、あとはザコ掃除でしょ?楽勝ね」
小南が余裕の笑みを見せる。彼女を先頭に、A級4人が各々に構える。
その背中を見る三雲が、視界の隅に何かを捉えた。
小さく白い角張ったフォルム。
イレギュラーゲートの一件で、嫌という程見た姿だった。
ラッドの背のパーツから、黒いエネルギーが立ち昇る。
あれは……!
三雲が口を開く前に、エネルギーは膨張し、新たなゲートが作り出された。