背後に佇む三日月と   作:303

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小南桐絵❷

数分。

 

日常の中であれば、それはとても短いものだろう。

知人との世間話。昼食後の微睡み。そんな些細なことでも使い切られてしまう、そんな程度の時間。

 

その小さな時間さえ、切迫した今の状況のなかでは、只々長く、遠く感じられた。

 

 

 

「……来宮さん」

 

三雲の張り詰めた声に、雨取は本部へ向ける足を鈍らせ、振り向き背後へ視線を移す。

 

彼女の視界に映るのは、普段ならば閑静であろう住宅地。そこに敷かれた二車線の路上。その空間でダークブルーのロングコートを翻し、来宮が縦横無尽に跳び回る。

 

グラスホッパーを踏み彼が辿った軌道の跡には、立て続けに光のキューブが散らされ、僅かに滞空した次の瞬間、2()()のラービットに撃ち込まれていく。

 

半ば光のドームを築く立体軌道の連続射撃。間断のない怒涛の攻勢。

 

一見すれば来宮が優勢に思える光景を前に、雨取と三雲の表情は硬い。

彼らの見守る間にも、戦闘の状況は動いていく。

 

 

黄のラービットが唐突に守りの体制を解き、弾丸に削られながらも欠片を放つ。直撃するでもないその反撃に、しかし来宮は目を見張り大きく飛び退く。

 

欠片の射程から逃れた彼は、自身の左足を一瞥する。

その脛には、突き刺さる3つの欠片があり、乾いた音を立て帯電するそれの様子に、ほんの僅かに眉を寄せた。

 

 

欠片を受けたのは、紫の個体を仕留めた直後のこと。

 

連戦の疲労感からか、はたまた敵が減った油断からか……。そのどちらにせよ、来宮は自身に綻びを生み、その結果が現状に尾を引いていた。

左足に、時折不自然に負荷がかった。

その度固定のシールドで相手を押さえ込み、グラスホッパーで崩し、致命的な隙をどうにかやり過ごす。

 

原理は分からなくとも、ああも繰り返されれば、負荷の正体も推測できた。

来宮は2体から距離を取り、中距離からの攻撃を主に立ち回りを切り替えた。

 

 

 

 

黄の個体の射程から逃れた来宮は、前がかりになりすぎないように意識を置き、撤退戦を継続していく。

 

押し返しては下がり、下がっては押し返す。それを地道に繰り返し、徐々に徐々にと後退していた。

 

ラービットの射撃に対して、来宮は数メートルの間隔を空けシールドを張る。

範囲の広いシールドはガリガリと端から削られ、徐々に形を失っていく。

黒の欠片は、そうかからずに障害を砕き、何割かが来宮に向かって襲い掛かった。

 

一足跳びで後退し、再度シールドを張り受け止めさせる。 弾数が減っただけ範囲を狭め、強度を引き上げた。

同時に左手にキューブを形成し分割、アステロイドの応射で返す。

対する相手は射撃を中断、欠片を射出していた胴体、既にやや傷んでいる青黒い装甲部を両腕で庇い、数十発の光弾を阻んだ。

 

先ほどの攻防でも感じたが、攻撃の機構を備える分、やはり他の部位より脆いのだろう。

 

来宮は糸口を目に、しかし焦るなと自らを抑える。

 

視界に影が差し、来宮は迷わず右腕を振るった。左上方に放たれた掌底は、トリオンの光を迸らせ、白の剛腕とぶつかり合う。

 

ゴッと鈍い音を鳴らして、双方が反動によって後退する。

 

『キノさん、10時の方向、砲撃くるよ……!』

 

国近からの警告。

遠巻きにあった反応に備え、予め表示されていた弾道予測図。そのうちの一つが赤く染まった。

 

 

苛烈な砲撃音が響く。

 

 

押し返した2体のさらに後方の家屋の屋根。そこから()()の個体が砲撃を吐き、舗装を砕いて閃光が刺さった。

 

舞い上がる白煙から跳び退がり、来宮は小さく息を漏らす。

 

 

 

 

着地と同時に、ゴトリと鈍い音が鳴る。

 

 

自身の左足に衝撃が伝わり、加わる重みに目を向けた。

 

「これは……!」

 

40センチほどのアスファルトの塊。黒い欠片の付いたそれが2つ、来宮の足に吸い付いていた。

 

生じる一瞬の隙。

そこへ煙を突き破り、白のラービットが追い縋る。

振り抜かれる拳を倒れ込むように回避、肩越しに相手へ視線を向ければ、さらに追撃の拳が迫る。

 

僅かな動揺。それがコンマ数秒、彼の行動を遅らせた。

防御も回避も間に合わない。

 

 

!……やられた

 

 

 

ドォオンッ

 

 

 

咆哮が轟き、来宮の結論ごと、白のラービットの半身が吹き飛んだ。

 

「千佳さん……!」

 

名前を呟き思わず振り向く。

 

「スラスターオン!」

 

C級たちへ視線を移し、アイビスを構える雨取を視界に収めれば、彼女の横から三雲がレイガストを投げ込む。

加速した無色の剣が来宮の傍を掠め、彼の背後に迫った黄のラービットの喉元に突き立つ。

一撃の反動に、ラービットは大きく仰け反り硬直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイスよ、千佳、修」

 

 

二転三転する展開に、新たな声が割って入る。

 

軽快に屋根を蹴り跳び、小南が敵の真上に躍り出た。

 

身の丈程の大斧を構え、風を切って一息に降下。落下速度を乗せた一撃が、豪快に黄の装甲を叩き斬る。

 

両断された敵はその場で倒れ、来宮の足から重石が剥がれた。

 

 

崩れ落ちた残骸を一瞥し、小南が背後の来宮に振り向く。

 

「来宮さん調子悪いの? 珍しく苦戦してたじゃない……?」

 

彼女の問いに頬をかく。

 

「いえ、決して不調ではなくてですね……」

 

「2人とも!また砲撃が!」

 

三雲の叫びが答えを遮り、残る1体の砲撃が、来宮と小南へ放たれる。

 

 

「エスクード」

 

そこへ低い声音が届く。

 

淡々とした呟きをキーに、分厚い防壁が射線に迫り出す。

 

エスクードと呼ばれたそれは、ラービットの砲撃を真っ向から受け止め、余波に空気がビリビリと震えた。見た目に違わぬ頑強な壁は、難なく砲撃を凌いでみせた。

 

 

「木崎さん、烏丸先輩……!」

 

到着した2人の姿をみとめて、雨取が声をあげる。

 

 

手練れ3人の救援に、来宮がホッと息を吐いた。

 

「皆さん、助かりました」

 

「周りを気にかけるのはいいが、おまえの場合は慎重になり過ぎだ。積極的に動けば、もっと相手を削れたはずだぞ?」

 

幾分疲れを滲ませる来宮の様子に、木崎が呆れて言葉を返す。

 

「…………耳が痛いですね」

 

自覚があっただけ尚辛い。

来宮は乾いた笑みを浮かべる。防御、援護は得意ではないものの、特段苦手という訳ではない。それでもその方面の評価が低いのは、他者を優先する余り、自身の防御をおざなりにしてしまう傾向が強いためだった。

 

「反省もいいっすけど、一先ず残りを片付けましょう」

 

沈みかけた思考は、烏丸の言葉に引き上げられる。

 

「その通りですね、了解です」

 

気を取り直し、静かに頷く。

 

「こいつさえ倒せば、あとはザコ掃除でしょ?楽勝ね」

 

小南が余裕の笑みを見せる。彼女を先頭に、A級4人が各々に構える。

 

 

 

 

その背中を見る三雲が、視界の隅に何かを捉えた。

 

 

小さく白い角張ったフォルム。

イレギュラーゲートの一件で、嫌という程見た姿だった。

 

 

ラッドの背のパーツから、黒いエネルギーが立ち昇る。

 

 

あれは……!

 

 

 

 

三雲が口を開く前に、エネルギーは膨張し、新たなゲートが作り出された。

 

 

 

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