唐突な季節ネタ投下です。
とあるアパートの一室に、カリカリとペンの音が響く。
ジリジリとした夏の日差しは、冷房の効いた室内から切り離され、蝉の鳴き声も壁に隔てられて遠くに聞こえた。
「……うぅへぇ〜…………キノさんや、いったん休憩しな〜い?」
ペンを放棄してテーブルに突っ伏し、国近が部屋の主に言葉を投げる。
向かい合って座っていた来宮が苦笑いを零す。
「ユウさん、課題もあと二割程ですから、もう少しがんばりませんか?」
「ガンバレマセン、キノさんの写したらダメなの〜?」
顔を上げ、口を尖らせる彼女の言葉に、さらに苦笑いは深くなる。
「俺は三年でユウさんは二年じゃないですか。内容が違いますから漏れなく不正解になりますよ?」
「むー、現実はヒジョウだよー」
「こればかりは自業自得かと……」
数時間前の光景を思い出す。
高校の夏休み。その終わりまであと三日と迫ったこの日。国近は半分以上空白のままの課題を抱えて、来宮へと泣きついた。
気まずそうな表情で頼み込む彼女の姿に、またベタな、とやや呆れた感想が浮かんだのは、彼の記憶にはまだまだ新しい。
そんな思考をする来宮の前で、国近はまたも顔を伏せる。両腕に顔を埋めて小さく唸る様子は、緩やかな声音も相俟ってひどく幼い。
「仕方ないですね」
人差し指で頬を掻き、小さく呟き立ち上がる。
冷蔵庫から麦茶のボトルと氷を取り出し、テーブル上の空のコップ二つへと入れなおす。
氷がカラリと涼やかに鳴り、再び国近が顔を上げた。
「休憩が何度目かは忘れましたが、まあ、一息入れましょうか」
困ったような笑みを浮かべて、彼女へと麦茶を勧めてみた。
*
「しかし、わざわざ俺のところにいらっしゃらなくても良かったのでは?」
学業で言えば来宮は並程度、教え方にしても、上手い人間は彼女の同年代にもいるだろう。
小休止のついでに来宮が疑問を問う。それに対して、今度は国近が苦笑いを浮かべた。
「月見さんや今ちゃんは、たしかにじょうずに教えてくれるんだけどね〜」
「何か問題が?」
首を傾げて彼が先を促せば、フハ〜と間の抜けた溜息が返される。
「……補足とセットでお小言も付いてくるのですよ〜」
「それくらいなら、甘んじて受け入れましょうよ」
「冷たいですな〜」
やや大袈裟な国近の仕草に、淡々とした調子で答える。それに彼女は緩く返して、なぜかニヘラと笑みを浮かべた。
「?……何か可笑しかったですか」
「ん……キノさんは優しいなぁ、って思ったところ」
「ご自分で冷たいと返したばかりじゃないですか」
「言葉はそうでも、顔に書いてあるのが本気じゃないからねぇ」
迷わず告げられ頬を掻く。
「優しいというか、俺はただ甘いのだと思いますよ」
誤魔化すように来宮は言い、麦茶を飲み干しペンを取る。
「さあ、そろそろ再開しましょうか」
「ん、リョーカイです」
彼の様子に笑みを深くし、国近は課題に取り掛かった。
*
「いや〜、ようやく終わったよ〜」
「お疲れ様です、ユウさん」
無事課題を終えて、日の傾いた住宅街をゆっくりと歩くなか、国近が吐き出すように言葉を零す。それを来宮が労えば、彼女は指を組み伸びをした。
Tシャツにデニムのシンプルな装い。身体のラインが浮き彫りになり異性には少々目に毒だろう。
ゆるりと小さくかぶりを振り、余計な思考をサッと払う。
「今日もありがとね、大助かりだよ」
「お役に立てたなら何よりです」
国近の礼に穏やかに返し、変わらず二人は歩を進める。
「キノさんには、何かお返ししないとねぇ」
「いえいえ、自分で引き受けたことですから、そこまで気を使って頂かなくても」
「それではわたしが気にするのだよ〜」
頬を膨らませ眼を向ける国近。彼女の表情に苦笑いを返す。
「それではお願いしますかね」
国近は、来宮の返答に満足気に頷く。
「よろし〜、じゃあキノさんや、リクエストは?」
「……そうですね」
聞かれて改めて考えてみる。この真夏の時期、自分の欲しいもの、やりたいことはなんだろうか?
「………………」
「……キノさん?」
思いのほか長い沈黙。気になり国近は来宮へ顔を向ける。
顎先に手を当て考える仕草、その途中で彼の眉間に軽くシワが寄る。
「……大丈夫?」
普段見せない彼の表情にギョッとし、思わず声をかける。国近の言葉に彼はハッと我に帰った。
すみません、そう苦笑いで一言返す。来宮は、その笑みを乾いたものに変えて言葉を続けた。
「……自分の無欲さと言いますか、枯れた感じに些か危機感を覚えまして」
「つまり?」
「特には思い浮かびません」
そう答えて、来宮は国近から視線を逸らした。
「意外といえば意外だけど、キノさんらしいといえばらしいのかな?」
目立った好き嫌いもなく、趣味等のプライベートはある程度先回りしてモノを揃えてしまう、というのが以前本人から聞いた話だ。人に聞かれるその時点では、欲しいものはあまり無いのかもしれない。
「なんだかすみません」
小首を傾げて返す国近へ、なんとも言えない表情で来宮が謝る。
「大丈夫だよ?、ないならないで、こっちで勝手に考えちゃうから」
「お返しなのに、本人の意思は無視ですか?」
おどけた調子の彼女の言葉、それにわざとらしく肩をすくめて彼も返す。
来宮のリアクションにあははと笑って応えた国近は、思いついたように両手を合わせた。パンと小気味いい音が鳴る。
「……ねぇ、キノさん、せっかくだし、夏らしいことしたいよね?」
「夏らしいことですか?」
聞き返す来宮に一つ頷くと、国近はニヘラと笑ってみせる。
「うん、ここはひとつ、みんなでプールなんていかがでしょ〜?」
「プールですか……」
少数か一人で過ごすことが多いために、抜け落ちていたありふれた選択肢。
暑さの抜けぬ八月の末、賑やかに涼を求めるのも悪くはない。
「周りの皆さんにも、予定を窺わなければなりませんかね」
特に断る理由もなく、来宮は彼女に頷いて返した。