背後に佇む三日月と   作:303

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原作開始の一年前、八月某日

唐突な季節ネタ投下です。


番外編:三日月と夏休み

 

 

 

 

 

 

とあるアパートの一室に、カリカリとペンの音が響く。

 

ジリジリとした夏の日差しは、冷房の効いた室内から切り離され、蝉の鳴き声も壁に隔てられて遠くに聞こえた。

 

 

 

 

「……うぅへぇ〜…………キノさんや、いったん休憩しな〜い?」

 

ペンを放棄してテーブルに突っ伏し、国近が部屋の主に言葉を投げる。

 

向かい合って座っていた来宮が苦笑いを零す。

 

「ユウさん、課題もあと二割程ですから、もう少しがんばりませんか?」

 

「ガンバレマセン、キノさんの写したらダメなの〜?」

 

顔を上げ、口を尖らせる彼女の言葉に、さらに苦笑いは深くなる。

 

「俺は三年でユウさんは二年じゃないですか。内容が違いますから漏れなく不正解になりますよ?」

 

「むー、現実はヒジョウだよー」

 

「こればかりは自業自得かと……」

 

数時間前の光景を思い出す。

 

高校の夏休み。その終わりまであと三日と迫ったこの日。国近は半分以上空白のままの課題を抱えて、来宮へと泣きついた。

気まずそうな表情で頼み込む彼女の姿に、またベタな、とやや呆れた感想が浮かんだのは、彼の記憶にはまだまだ新しい。

 

そんな思考をする来宮の前で、国近はまたも顔を伏せる。両腕に顔を埋めて小さく唸る様子は、緩やかな声音も相俟ってひどく幼い。

 

 

「仕方ないですね」

 

人差し指で頬を掻き、小さく呟き立ち上がる。

冷蔵庫から麦茶のボトルと氷を取り出し、テーブル上の空のコップ二つへと入れなおす。

 

氷がカラリと涼やかに鳴り、再び国近が顔を上げた。

 

「休憩が何度目かは忘れましたが、まあ、一息入れましょうか」

 

困ったような笑みを浮かべて、彼女へと麦茶を勧めてみた。

 

 

 

 

 

「しかし、わざわざ俺のところにいらっしゃらなくても良かったのでは?」

 

学業で言えば来宮は並程度、教え方にしても、上手い人間は彼女の同年代にもいるだろう。

 

小休止のついでに来宮が疑問を問う。それに対して、今度は国近が苦笑いを浮かべた。

 

「月見さんや今ちゃんは、たしかにじょうずに教えてくれるんだけどね〜」

 

「何か問題が?」

 

首を傾げて彼が先を促せば、フハ〜と間の抜けた溜息が返される。

 

 

「……補足とセットでお小言も付いてくるのですよ〜」

 

「それくらいなら、甘んじて受け入れましょうよ」

 

「冷たいですな〜」

 

やや大袈裟な国近の仕草に、淡々とした調子で答える。それに彼女は緩く返して、なぜかニヘラと笑みを浮かべた。

 

「?……何か可笑しかったですか」

 

「ん……キノさんは優しいなぁ、って思ったところ」

 

「ご自分で冷たいと返したばかりじゃないですか」

 

「言葉はそうでも、顔に書いてあるのが本気じゃないからねぇ」

 

迷わず告げられ頬を掻く。

 

「優しいというか、俺はただ甘いのだと思いますよ」

 

誤魔化すように来宮は言い、麦茶を飲み干しペンを取る。

 

「さあ、そろそろ再開しましょうか」

 

「ん、リョーカイです」

 

彼の様子に笑みを深くし、国近は課題に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

「いや〜、ようやく終わったよ〜」

 

「お疲れ様です、ユウさん」

 

無事課題を終えて、日の傾いた住宅街をゆっくりと歩くなか、国近が吐き出すように言葉を零す。それを来宮が労えば、彼女は指を組み伸びをした。

Tシャツにデニムのシンプルな装い。身体のラインが浮き彫りになり異性には少々目に毒だろう。

 

ゆるりと小さくかぶりを振り、余計な思考をサッと払う。

 

「今日もありがとね、大助かりだよ」

 

「お役に立てたなら何よりです」

 

国近の礼に穏やかに返し、変わらず二人は歩を進める。

 

「キノさんには、何かお返ししないとねぇ」

 

「いえいえ、自分で引き受けたことですから、そこまで気を使って頂かなくても」

 

「それではわたしが気にするのだよ〜」

 

頬を膨らませ眼を向ける国近。彼女の表情に苦笑いを返す。

 

「それではお願いしますかね」

 

国近は、来宮の返答に満足気に頷く。

 

「よろし〜、じゃあキノさんや、リクエストは?」

 

「……そうですね」

 

聞かれて改めて考えてみる。この真夏の時期、自分の欲しいもの、やりたいことはなんだろうか?

 

 

 

 

「………………」

 

「……キノさん?」

 

 

思いのほか長い沈黙。気になり国近は来宮へ顔を向ける。

 

顎先に手を当て考える仕草、その途中で彼の眉間に軽くシワが寄る。

 

「……大丈夫?」

 

普段見せない彼の表情にギョッとし、思わず声をかける。国近の言葉に彼はハッと我に帰った。

 

すみません、そう苦笑いで一言返す。来宮は、その笑みを乾いたものに変えて言葉を続けた。

 

「……自分の無欲さと言いますか、枯れた感じに些か危機感を覚えまして」

 

「つまり?」

 

 

「特には思い浮かびません」

 

そう答えて、来宮は国近から視線を逸らした。

 

「意外といえば意外だけど、キノさんらしいといえばらしいのかな?」

 

目立った好き嫌いもなく、趣味等のプライベートはある程度先回りしてモノを揃えてしまう、というのが以前本人から聞いた話だ。人に聞かれるその時点では、欲しいものはあまり無いのかもしれない。

 

「なんだかすみません」

 

小首を傾げて返す国近へ、なんとも言えない表情で来宮が謝る。

 

「大丈夫だよ?、ないならないで、こっちで勝手に考えちゃうから」

 

「お返しなのに、本人の意思は無視ですか?」

 

 

おどけた調子の彼女の言葉、それにわざとらしく肩をすくめて彼も返す。

来宮のリアクションにあははと笑って応えた国近は、思いついたように両手を合わせた。パンと小気味いい音が鳴る。

 

「……ねぇ、キノさん、せっかくだし、夏らしいことしたいよね?」

 

「夏らしいことですか?」

 

聞き返す来宮に一つ頷くと、国近はニヘラと笑ってみせる。

 

 

 

「うん、ここはひとつ、みんなでプールなんていかがでしょ〜?」

 

「プールですか……」

 

少数か一人で過ごすことが多いために、抜け落ちていたありふれた選択肢。

 

暑さの抜けぬ八月の末、賑やかに涼を求めるのも悪くはない。

 

「周りの皆さんにも、予定を窺わなければなりませんかね」

 

特に断る理由もなく、来宮は彼女に頷いて返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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