もし鈴木悟がボッチ気質だったら   作:歩く好奇心

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森の賢者に会う

◆

 

 暗い夜の森の中、漆黒の染まる西洋風の甲冑が木の根元に座っている。兜の眼窩には闇が覗く。まるで肉体が無いことを示しているようだ。厳かで不気味な雰囲気。この人ならざるものは鈴木悟という。企業の会社員として日々働く日本人であった。

 しかしそれはあくまで中身の話。外見は日本人どころか人外である。

 

「ここはどこなのか。」

 

 半刻程前のことだ。鈴木悟はゲームサービス終了間際ということで何となしに遊んでいた。得意な魔術系もいいが、慣れてない戦士系で遊ぶのも一興。不得意な訳ではないのだ。普段使わないものを使ってみるのというのは一種の面白味がある。そんな気持ちで彼はフィールドに出て最期のひとときを過ごしていた。

 ふい~と剣を地に差し込み、片手で汗を拭う。辺りに広がる死体の山。この光景に彼が無双したことを物語っている。一種の達成感が胸に満ちるのを感じた。

 そしてぐっと剣を握り直し敵に向けて構えをとる。いまだ回りは敵の群勢に囲まれている。敵がこちらに凄まじい速度をもって飛び掛かった。胴を裂かんと敵の爪が我が身に迫る。その瞬間。彼は最小の動きをもって敵の突貫を避ける。加えて回避に伴う反撃の一閃。飛び掛かった敵は胴をさばかれ、生命活動を停止する。初めは大した動きはできなかったが、今や見違えるような体さばきだ。彼は敵の猛攻を掻い潜り有象無象の群勢を薙ぎ倒していった。まるで、今この時ばかりは自身が頂点であることを示すかのように。

 彼はこのひとときを独り楽しんだ。そう。この時。彼の胸中は寂しさよりも興奮と満足感で満たされていた。

 

 彼は辺りの敵群を狩り尽くし、休息についた。時刻は夜。明かりを求め焚き火をつくる。こんなレンジャーまがいのことも久々だ。しみじみとそう思う。そして側にあった丸太に腰を落とす。その時であった。

 突如、視界が歪み意識が暗転した。

 

 そして気付けば今に至った。

 鈴木悟は焦っていた。彼の認識としてはここはバーチャル世界の筈であった。つまり目の前に見える森は偽りのもの。なのに何なのか。この鼻につく森の臭いは。肌に感じる風の感触は。

 彼はパネルを表示しようと指を虚空に動かす。視界にパネルを表示させて終了アイコンをタッチすれば現実の世界に戻ることができる。そう、鈴木悟の自室に。その筈であったのだ。

 しかし、パネルをいくら表示しようにもそのパネルが映らない。そしてつい先程まであったナザリック大墳墓の存在も感知できなかった。

 

 周囲の異変に気付いて数刻が経った。彼は森を歩き人を探した。この時。彼の焦燥は更に大きくなっていた。歩く彼の後方には惨劇が広がっていた。そこには何十体もの死体が転がる。そのどれもが異形のもの。これを成したのは当然彼の手によるものだ。

 初めはゲーム感覚であった。茂みから現れたゴブリンとオーク。異形のものはこちらに気付くと手に持つ武器を振り回す。雄叫びと共に襲ってくる。しかし。そこに命の危機を感じることはなかった。彼は何の感情もなく漆黒の剣を横凪ぎに一閃。異形のものは簡単に命を散らした。

 しかし。彼は異常に気付く。慣れない感触。剣の刃を肉に食い込ませた感触。皮膚、臓物がちぎれる感触。ゲームではあり得ない感触であった。何なのだこれは。彼はひどく動揺した。事も無げに。いつもと同じ感覚でやったことが。どこかとんでもないことをしてしまったのではないか。そんな不安が駆られた。

 うっ。彼は凄まじい血臭に鼻をつまんだ。こんな臭い。ゲームではあり得ない。

 身に起きた異常に頭が痛くなる。これからどうすればいいのかがわからない。得体の知れない不安と焦燥が胸の中に広がる。気持ち悪い。イライラする。

 側に見える木を背にもたれ掛かる。疲労を負け、ずりずりと背中を下におろす。尻餅をつき、これからのことに彼は思い悩んだ。暫くしてまぶたが重く感じた。肩も重い。不安からくる疲れのせいだろうか。強烈な眠気が襲い、だんだんと意識が遠退く。そして遂に彼は寝てしまった。

 

 

 

◆

 

 ある魔獣が森の南区域を支配していた。人を越える巨体に叡知を思わせる瞳。異なる世界の者がみたらジャガリアンハムスターと言うであろう。

 魔獣は縄張りに侵入したゴブリンを食べていた。ボリボリと口を死体に擦り付ける。突如体がピクリと震えた。森の異変に気付いたのだ。食事を中断し顔を上げる。侵入者である。その人外の聴覚が縄張りに招かれざる者が侵入したことを知らせた。

 

「また侵入者でござるか。最近多いでござるよ。」

 

 魔獣はいつものように行動に移す。その足を侵入者に向け走りだした。侵入者は如何なものであろう問答無用。それが魔獣の行動指針であった。侵入者の足音が近い。走る足を止め、茂みに身を隠す。森の賢王と呼ばれるそれがしの縄張りに入るとは不届きな輩め。そう思いながら標的が更に近づくのを待ち続ける。不意討ちを狙うためだ。魔獣は息を殺す。

 

 ザッザッザッと侵入者の足音が近づく。侵入者の影が目に入る。今だ。そう思いムチのようにしなる尻尾を侵入者に向けて放った。音速を思わせる速度で尻尾は侵入者に向かう。放たれた尻尾が侵入者の首を貫く。その瞬間。侵入者はひょいと首を反らした。さも事も無げに。そんなっ。尻尾による奇襲を避けられた。驚くのも束の間。ザシュッと斬撃の音が耳に届く。

 

「ぎゃあああああああっ。それがしのしっぼぉがぁ"ぁ"ぁ"っ」

 

 伴う激痛に魔獣はのたうち回った。切り落とされた尻尾が転がり、尻尾の根元からは多量の血飛沫があがった。う"っう"っ。止まらない激痛に嗚咽がでる。急な多量出血のためか目眩もきたした。尻尾の痛みに立つことが苦痛であった。しかし、なんとか立ち上がる。

 地に転がる尻尾が目に入った。愕然とした。尻尾を切り落とされた事実に。もう自分に尻尾はないのだ。…いや、尻尾はある筈だ。切り落とされた訳がない。魔獣はそう願って、恐る恐る自身のお尻に目を向ける。魔獣は目を見開いた。やはりなくなっている。認めたくない事実に体が震えた。怒り。尻尾を切り落とされた事実に激しい怒りが沸き上がる。表情を憤怒に歪めた。

 

「貴様っ。よくもそれがしの尻尾をっ。」

 

 魔獣は侵入者に鋭い目付きを向ける。そこで初めて侵入者の容貌を認識した。漆黒の兜に甲冑。片側になびく赤いマント。右手には漆黒の長大な剣が握られている。もはや全身が黒一色であった。月夜の下。視覚で認識するのは困難な程だ。人外の嗅覚と聴覚、触覚が侵入者を認識していた。

 

 侵入者は何も発しない。動かない。ただ厳格に佇みこちらを見下ろしている。こちらの放つ憤怒が伴う威圧など意に介さないのか。勘に障った。しかしそれ以上に尻尾を切り落とされたことに怒りが止まらなかった。それ故に。魔獣は眼前の敵との力量差を理解することができなかった。

 

「よくもっよくもっ。よくもやってくれたなあああっ。」

 

 魔獣は怒鳴り、侵入者に向けて走り出す。憤怒に任せた猛然とした勢い。咆哮も伴う。それにより初撃とは比較にならない圧迫感を宿す。魔獣は地を蹴り正面から侵入者に突貫した。敵を引き裂かんと前足の爪が飛び掛かる。侵入者の視界には魔獣しか見えない。それほどの距離が詰まった。とらえた。まさに魔獣がそう思う瞬間。

 

 強烈な衝撃が魔獣の顔面を覆った。目の前は真っ暗だ。魔獣は何をされたのか理解できない。しかし。一拍置いて顔面全体に激痛が襲う。衝撃が脳や肺、心臓などの臓器に響き、思考と呼吸が一時停止する。体の内外が苦痛で満ちる。苦痛に駆られ本能的にその場でもがいた。痛みを少しでも遠ざけようと。土の味も舌を通して感じた。そして魔獣は理解した。自分が地に伏していることを。 

 

 そう。漆黒の侵入者は自身の俊敏さをもって魔獣の頭頂部を掴み、その怪力によって地面に叩き付けたのだ。魔獣は地面にのめり込んでいる。魔獣の体長を越える規模のクレーター。放射状に広がるたくさんの地割れ。その光景に侵入者の怪力さを物語っていた。

 漆黒の侵入者の左手は魔獣の頭頂部を捉えて離さない。魔獣は首を動かせない。苦痛に咳き込むも呼吸がままならない。なんとか息を吸い込もうとするが頭を固定する侵入者の手がそれを邪魔をする。このままでは死んでしまう。恐怖した。そんなの嫌だ。ありったけの力を手に込め侵入者に放つ。つかむ手を離し侵入者は事も無げに避ける。

 

「っぶはっ。…かはっ。…っげほっげほっ。」

 

 顔を勢いよく上げ魔獣は命を繋げるべく息を吸い込んだ。上げた顔は損傷が激しく骨格が歪んでいる。皮膚は裂け前歯は辛うじて数本残っていた。しかし体全身の痛みと臓器へのダメージからだろう。がはっがはっと咳き込み息を荒げる。魔獣は呼吸を整えようとぜーぜーとその場で息をついた。

 

 ガチャッガチャッと甲冑が擦れる音がした。侵入者が近づいて来ている。魔獣はばっとうつむく顔を上げて、侵入者へと目を向ける。その表情にもはや怒りはない。怯えであった。切り落とされた尻尾が。全身に伴う苦痛が。圧倒的な力の差を理解したのだ。

 

「ま、参ったでござるよっ。どうか命だけはご勘弁を。お願いしますでござるっ。」

 

 魔獣は震える声で言った。もはや眼前の敵は自身の怒りを向けていい相手ではなかった。脳が。本能がそう判断する。

 漆黒の侵入者はいまだ何も発しない。近づく足を止めない。右手の剣は抜刀されたまま。魔獣は戦慄した。感じたのだ。死の匂いを。死の空気を。漆黒の甲冑から溢れ出る黒い霧。黒いなんてものじゃない。触れたら最期。自身の体もあの黒霧の一部になるのだろう。そんな根拠も理屈もない確信があった。

 

 甲冑の足音が眼前で止まる。魔獣の瞳孔が開く。眼前の死に恐怖がピークを達した。逃げたい。魔獣は恐怖で何も考えられない頭でそう思った。しかし。脳が。本能がそれを断じて許さない。逃げた先では敵の持つ漆黒の剣が後方から我が身を貫くだろう。そんな予感がしてならない。故に。魔獣に出来ることは声を発することだけであった。

 

「そ、それがしっ。殿に忠義を尽くすでござるよっ。殿の配下に加えて欲しいでござる。だからっ……

 

「必要ない。」

 

 殺さないで欲しい。そう言葉を紡ぐ筈であった。しかし。眼前の死の具現はそれを許さない。ピシャリと告げられる慈悲のない言葉。淡々としたその言葉に。その声に。感情は一切感じられない。魔獣は絶望する。ただでさえ開いた目を限界まで見開く。

 

「…え?あ、あの…」

 

 拒絶の言葉に何を言えばいいのかわからない。残り少ない歯がかたかたと鳴った。命惜しさに。予期される死の恐怖に。魔獣は言葉にならない言葉を続けようとする。

 眼前の機嫌を損ねてはならない。何を言えばいいのか。魔獣は眼前の存在から目を背けることができなかった。眼球が固定されている錯覚すら覚える。

 

「──────」

 

 眼前の死が何か言葉を発した。しかし。魔獣には聞こえなかった。ただただ眼前の死の具現を見つめるのみ。何かを話しているのは認識している。ただ理解ができなかったのだ。拒絶されたことによる絶望。恐怖と焦燥で混乱を極めた魔獣に、眼前が発する言葉を理解する余裕はなかったのだ。

 

「もういい。」

 

「……え?」

 

 自身を見限った言葉が耳に届く。魔獣はその言葉を聞き逃すことはできなかった。思わず疑問の声が口をついて出た。何を疑問に思ったのか。何を問いかけたかったのか、魔獣自身にもわからない。ただただ固まっていた。魔獣の表情は変わらず、目は見開いたまま。しかし、魔獣は突如目に映る光景に唖然とした。思考も感情も何もかもが止まった。

 そう。魔獣の瞳には映ったのだ。

 

 夥しい質量を伴う黒霧が漆黒の甲冑に纏う。その様相は黒霧が自律して生きているかのように錯覚する。甲冑に纏う黒霧は長大な剣に伝っていく。長大な漆黒の剣が重々しく振り上げられる。断罪なのか。そう理解するが神々しさはまるでない。かけ離れた禍々しさがあるのみだ。しかし、厳格な死がそこにはあった。

 

 

 魔獣の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

◆

 

 鈴木悟は眼前の魔獣の態度に困惑した。突如茂みから出てきたジャガリアンハムスター。可愛い外見とは裏腹に殺意を秘めた尻尾による一撃。尻尾による不意討ちは特に慌てることもなかった。ゆっくりした一撃。彼の目にはそう映った。

 しかし。その時は状況が悪かった。歩けど歩けど終わりの見えない森の木々。襲いかかる数々の異形のもの。慣れない血肉の感触。自身がアンデットという特質上、肉体的な疲労はない。しかし、精神敵な疲労は蓄積していた。そんな状況下での不意討ち。精神的疲労から苛立ちが沸く。彼はぶつけらた敵意に苛立ちを隠せず、感情のままに剣を凪ぎ払った。

 

 結果、手酷い返り討ちに成功。眼前には魔獣の無様な様子が目に入る。自身の体が戦慄する。胸中、冷徹な感情にほの暗い愉悦が走る。彼は興奮した。脅威となるものに対し、逆に脅威を与える。暗い愉悦を感じずにはいられない。

 しかし、その興奮もすぐに冷めることになった。苛立ちと愉快さにかられ、更にいたぶろうと魔獣に近づく。魔獣は彼の接近に気付くや否や必死な命乞いをした。損傷により見るに耐えない顔を悲壮に歪めて。途端、興が冷めた。勝手なことだ。こんな損傷の激しい顔にしておきながら、命乞いを聞いた途端可哀想とは。

 それ故に彼は困惑していた。ここは慈悲に任せ眼前の魔獣を見逃すべきなのか。

 感情とは別に冷静な理性も働いた。命乞いを装って隙を狙っている。ここで見逃せば報復にくる。そんな心配が延々と脳内でぐるぐると回る。

 彼はそこで倦怠感を感じた。元々考えるのは得意ではない。そもそも実力差ははっきりしている。不意討ちを狙われたところで命の危険など今の自分にはない。脅威ともならない眼前の存在。そんな相手の報復の心配などする必要があるのか。

 

「必要ない」

 

 そう。必要ない。頑強な鎧を纏う自分に、この魔獣は致命傷どころか傷一つ負わせられない。この魔獣は彼の脅威とはならないのだ。

 この魔獣は見逃す。彼はそう判断した。そう思うや否や、彼はこの森一帯の地理が分からないことを思いだす。人を探していたのだ。幸い目の前の魔獣は言葉を介せる。魔獣と意志疎通をはかり情報収集を試みた。しかし、いくら彼が声を掛けても魔獣は反応を示さない。どうしたものか。そう思い悩むも、先の苛立ちも残ってか。早々に考えるのを止める。

 

 「もういい」

 

 反応しないならもういいか。そう思い彼は眼前の無反応な魔獣に構うことを止めた。しかし。いくら声を掛けても無反応というのは面白くなかった。くすぶった苛立ちが膨れ上がる。たが、この魔獣は命乞いをした。充分過ぎる、否、過剰すぎる痛みも受けた。これ以上痛め付けることは彼にとっても躊躇われた。

 それ故に。最期に少し驚かせてやろうか。そんな悪戯めいた感情が彼の胸に沸いた。剣を振り上げ魔獣の眼前の地に突き立てる。そんな、魔獣を驚かせるための手順を脳内で構想する。手順を決めるや否や早速彼は行動へと移した。

 

 彼は長大な漆黒の剣を振り上げる。ぶおんと風を切る音が耳に届く。重々しさが感じさせるも彼の筋力からすれば何てことはない。続けて地に剣を突き立てようと行動する。しかし、どうしたことか。彼の動きが止まる。

 

 彼は気付たのだった。目の前の魔獣が倒れていることに。目を剥き泡吹いている。まるでとてつもなく恐ろしいものを見たかのように。

 

「……え?」

 

 

 困惑から間抜けな声が口をついて出た。視線を倒れた魔獣に向ける。やはり魔獣は泡を吹いて目を剥いていた。彼は胸中、困惑から抜け出せなかった。

 

 漆黒の甲冑は佇んでいる。ただただ空虚に長大な剣を空に突き上げたままに。

 

 

 

 

 

 

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