再び恋する十四松 作:たむりょー
朝6時半。ボクはデカパン博士のパソコンを借りてインターネットを開いていた。
見ているのは就職情報サイト。何か良さそうな就職先を探すためだ。
バイトだけでは正直一人では生きていけない。今もこうしてデカパン博士に世話になっている。だから早く就職して自立しないといけない。今のボクじゃ、あの子に会わせる顔が、ない。
「ふわぁぁ……おはようダス」
「あっ、おはようデカパン博士!!」
大きなあくびをしながらデカパン博士は挨拶をした。相変わらず大きなパンツ一枚だけしか履いていない。
「朝から職探しダスか? 熱心ダスなあ」
「まあね。ボクもそろそろ就職しないといけないし」
「そうダスねぇ。朝ごはん食べるダスか?」
「うん、食べる!!」
「じゃあちょっと待ってほしいダス」
デカパン博士はのそのそと台所へと向かっていった。ボクは画面に向き直り仕事を探していく。今日はバイトがないから仕事探しに集中できる。
ボクはマウスのホイールに指をかけゆっくりと下にスクロールしていく。でも、何処も良さそうじゃなかった。新卒の方を優先する会社が多いからだ。大学にもいってない上に数年間のニート生活を過ごしていた人間にとってよい就職先を見つけるのは至難の技といえる。
でもボクは諦めずに探していく。ボクみたいなダメな人間でも受け入れてくれるところがきっとある。チョロ松兄さんだって就職できたんだ。ボクにだってきっとできる。
そうやってボクは仕事を探していたが、あるところでボクはマウスを繰る手を止めた。
「これって……」
ボクはまじまじと画面を見つめる。その仕事のタイトルにこう書かれていたからだ。《年齢、学歴は問わない》と。
ボクはマウスのカーソルを合わせてクリックした。仕事内容などの詳しい情報が表示され、手元にあるメモに書き込んでいく。仕事内容は簡単な事務仕事で給料も悪くなくて昇給あり、三日後に面接となかなか緩いものだ。募集人数も20人と少なくはない。これはかなり当たりじゃないのか……?
(よし、今日はここに行こう。ここに就職できれば……)
ボクは決意を固めてブラウザバックし、メモをポケットにしまう。昼になったらそこに電話しよう。
「ご飯出来たダスよ~」
「はーい!! 今いくー!!」
でも取り敢えずは朝御飯だ。これがなくちゃ始まらない。ボクはパソコンの画面を閉じ、デカパン博士の所に行くのだった。
***
俺は外に出て、ポストの中から封筒を取り出した。宛先はカラカラ建設、宛名は松野カラ松となっている。俺は急いで家の中に戻り、テーブルにその書類を置く。先日受けた面接の結果が記されているのだろう。
俺は近くにあったハサミで慎重に封を切る。そして中にある紙を取り出して、文字を読んだ。
「この度は弊社の面接を受けていただいてありがとうございます。選考の結果あなたは……」
俺は、深い溜め息と共に書類を裏に返してテーブルに置いた。
俺に突きつけられた結果は、不合格。俺を受け入れなかったというわけだ。俺は、必要ないって言われたようなものだ。
俺はゆっくりと立ち上がり、寝室においてあるスマホを取りに行く。まだこの家の主であるチビ太は寝てるだろうからその間に仕事でも探そう。
……間違ってもおでん屋にだけはなる気はねぇからな。
スマホのブラウザを起動した俺は就職情報サイトを開く。以前の自分だったらこんなことしてない。
でも俺は変わったんだ。チョロ松の就職が決まってから。腑抜けたおそ松と取っ組み合ってからは。
俺は生まれて始めて焦った。このままだと、俺は何もかも終わってしまう。置いていかれてしまう。そう思ったんだ。
だから俺はチビ太のところに頭を下げて居候させてもらうことにした。あの家にいては、俺は何もしなくなるからだ。
その後は俺は数々の会社に面接にいった。ハローワークに土下座して仕事を探してもらうように訴えた。だけどやっぱりダメだった。今まで自堕落にやっていたつけが回ってきたんだ。
でも俺は諦めない。ここで諦めたら何もかも終わる。家で引きこもっているアイツのようになっちまう。その方がよっぽど怖いんだ。
だからたとえ何社落ちても俺は諦めない。探して探して探し尽くしてやる。俺は手にしたスマホを繰っていく。すると、ある仕事に目がとまった。
「これだ……今日はここを受けよう」
年齢、学歴不問。給料も悪くなくて昇給あり、三日後に面接、さらには募集人数が20人。
悪くねぇ。
俺は早速情報をメモして電話を掛けた。
「もしもし、私は松野カラ松と申します。御社の面接を受けたいと思いましてお電話させていただいたのですが……あ、明明後日の昼の11時ですね。解りました。……はい、それでは失礼します」
スマホの通話を切り、俺はメモに11時と書き込んだ。そうと決まれば準備をしなくてはなるまい。俺は昨日書いた履歴書を取り出して書き足していった。
「ふわぁぁ……ねみぃぞちくしょうばーろー……おっ、カラ松起きてたのか」
チビ太が起きてきたようだ。俺は振り向かずにうんという。
「そっか……朝から熱心だな。飯は食うか?」
「ああ。食ったらスーツをクリーニングに出してくる。次も使うからな」
「……つーことはお前、前受けたところ落ちたのか……?」
チビ太の声のトーンが落ちていく。でも俺は平然と答えた。
「ああ」
「そっか……でも次がある。次は受かるぜ!!」
「ああ、何がなんでも受かってやる」
「まあ最悪はオイラと一緒におでんやればいいんだけどな」
「冗談じゃねぇ!!」
俺は振り返って悲鳴をあげた。あの地獄のような経験から分かる。俺はおでんに超絶向いていない。いや、チビ太と一緒というのが向いていない。
「ちぇっ、おでん屋も悪くねぇと思うんだけど。まあしっかりな」
チビ太は台所へと向かってご飯を作り始めた。俺も履歴書に向き直ってペンを走らせた。書き間違えないように集中し、綺麗に書くように努めた。
そういえば、皆どうしてんだろうな。チョロ松はきっと問題ないだろう。俺より前に出ていったトド松はちゃんと独り暮らし出来てるだろうか。十四松と一松は母さんから聞いたけど家を出ていったらしい。十四松はデカパン博士の所に厄介になっているようだけど一松は良くわからない。もしかしたら何処かで野垂れ死んでいてもおかしくはない。おそ松は、たぶん家を出ていない。
俺は皆に会いたいとは今は思わない。今あったら家に帰りたくなっちまうからだ。アイツらと一緒にいるのは楽しかった。スルーされたり、一松に酷い目に遭わされたりとさんざんだったけどそれでも俺にとっては大事な奴らだ。
だから、真っ当になってもう一度会いたい。仕事にちゃんとついて、色々と語り合いたい。その為に、俺は頑張るのだ。
「おいカラ松、出来たぞー」
「今いく」
俺はペンを置いてチビ太のところに向かった。まずは、一歩目だ。
***
「…………」
静かだな。
俺は心の中でぼそりと呟いた。目の前におかれた駅弁を食べながら俺は窓の景色を見つめる。でもあまりに速すぎて良く見えない。それはそうか、俺が今乗っているのは新幹線なんだから。
(…………)
あと20分ほどで目的地の駅につく。といっても、これからバスの乗り継ぎをしなくちゃいけないからまだまだ時間はかかるんだが。
(バスで1時間半か……これじゃまるで旅行だな)
俺は心の中で微笑する。一人で駅弁を食べて外の風景を眺めながら田舎へと向かう。これだけ見れば旅行と言われてもおかしくはない。
でも実際は違う。こいつは遊びじゃない。仕事なんだ。そこの地にいる人を、都会に連れ戻す仕事をね。
最低な仕事だ。人を無理矢理連れ込んで嫌がっていることをもう一度やらせる手伝いをしてるんだからだ。
だけど、俺はその仕事をやることを承諾した。だって、知ったことじゃないからだ。俺の人生は俺のもの。人のものじゃない。だから、幸せになるための多少の犠牲はしょうがない。俺だって、誰かが幸せになるために犠牲にされたんだ。だったら俺がそうしちゃいけない訳じゃないだろう?
新幹線のアナウンスがまもなくつくことを知らせる。俺は少ない荷物を纏めあげてドアの前に立つ。特に体が揺らぐこと無く緩やかに止まると俺は新幹線から出た。
「…………」
俺がついたのは田舎の大きな駅。ホームの防音壁を越えた景色は確かにビルはあるにはあるが、東京のそれとは比べものにならない。きっと少し抜ければ田んぼが広がっているだろう。
俺はメモを頼りに指定されたルートを辿り、バス停まで向かう。が、トイレによることも忘れてはいけない。用を足すのもそうなのだが、それが主な目的ではない。
俺は個室に入り、バッグのジッパーを開いて服を取り出す。黒を基調とした長袖のものだ。上下揃っているのを確認すると俺は早速それに着替えて用を足した。着替える理由はただひとつ。郵便配達の人間だと思わせて偶然を装うのだ。これを逃したらあと1時間は来ないそうなので急いで便所を出る。
どうにか間に合いバスに乗り込む。数人ほどしかおらず何だか寂しかった。東京のバスは蒸し焼きになるくらいくそ暑いのに、ここは寧ろ涼しすぎて鳥肌が立つほどだ。
バスはゆっくりと発進し、ゆらゆら揺られながら走っていく。窓の景色も最初は建物が多かったが、30分も経てば建物は何にも無くなっていた。見渡す限り田んぼが広がるだけだ。こんなところに住みたくはないな。俺は声に出さずに呟いた。
それからまた30分がたち、目的地に近いバス停に着く。俺は立ち上がって硬貨で払う。ICカードで払えないのも、やはり田舎だからだろうか。
俺は、メモに書かれてある自宅周辺の地図に書き込まれた矢印の通りに歩く。時々迷いながらもどうにか行くこと15分、ついに目的地にたどり着いた。表札にかいてある名字も彼女のものだ。
「やっとついたか……」
俺はふぅと息を吐いてインターホンを押す。しばらく待っているとドアが空いた。
「はい?」
女性だった。しかし顔にシワがいくつかできており、髪の毛も白くなりつつある。これは間違いない、彼女の母親だ。
俺は無理矢理頬の肉をあげて笑みを作り、声を出した。
「娘さんにお届け物です。どうぞ」
「あ、どうもありがとうございます」
「それでは失礼します」
俺はドアがしまるまで頭を下げ続けた。
母親が玄関から消えると俺は息を吐き出す。久々に知らない人と話したので疲れてしまった。なれない敬語をどうにかつっかえずに使い、その場をどうにか乗りきったことをどうか誉めてほしい。誰も誉めちゃくれないだろうけど。
俺は踵を返し、家から少し離れたところでスマホをポッケから取り出し、電話を掛けた。
『はいもしもし』
「矢田さんか? おそ松だ」
『おそ松さんですね。それで、首尾のほどは?』
「言われた通りに届けたよ。手紙が入った封筒をね」
『一先ずは成功ですね。お疲れさまでした。報酬は教えていただいた銀行口座に振り込んでおきますね』
「サンキュー」
俺は通話しながらバス停まで向かう。人っ子一人いないから会話の内容が聞かれるなんて考えちゃいない。というか聞いたところでわからないだろうけど。
「しかしアンタも人が悪いよな。あの手紙がフェイクだっていうのはよ」
『まあそうでもしないと来ませんからね』
「そりゃそうなんだけどよ、宛先がまさかの十四松だぜ? アンタわざわざ調べたんだろ?」
『いえいえ、全くの偶然だったんです。最初は隣の方の名前を拝借して公園に呼び出そうと考えていたのですがかなりリスキーでした。しかし偶然にも十四松さんと会って交遊関係を掴むことが出来たんです』
「なるほどねぇ……そんで確実性の高い方を選んだって訳か。アンタなかなか怖い人間だよ」
『そういうことになりますね。でも貴方に言われたくはないですね。貴方は弟が好きだった人を再び陥れようとしているのですから。悪魔同然ですよ』
笑いのこもった声で返されて俺は言い返す気にならなかった。いや、事実その通りだとすら思った。俺は悪魔だ。弟の好きだった子を不幸に陥れて幸せになろうとしているんだから。
『まあとにかくお疲れさまでした。東京に戻ったらまた連絡してください。貴方に仕事があるかもしれませんからね』
「それはありがたいな。じゃあ俺はもう帰るよ。おつかれさん」
俺はそういうと通話を切った。全ては終わった。あとは帰って30万を受けとればいい。30万受け取ったらなにしようか。パチンコにいくか。競馬にいくか。それともいったことのない風俗にいくのもいいか。
「……まあいいや、帰ろう」
考えるのはあとでいい。今はとにかくこんなド田舎から抜け出そう。俺はバス停にたどり着き、時刻表を見る。
(うわ……マジかよ。あと40分は来ねえぞ……)
時刻表にかかれている時刻が尋常じゃないレベルで少ない。一時間に1本が普通で、時には1本も無い時間帯もある。酷いド田舎だ。
「しょうがねぇ、待つか……」
じっとしていることならもう慣れている。俺はバス停の横に座り込んで、ひたすら待ち続けた。
全ては、順調にいっている。