再び恋する十四松 作:たむりょー
ついに面接の日が来た。
ボクはスーツをちゃんと着て、面接会場へと向かう。電車を使うのは久々だったから満員電車は少しばかり堪えたかな。
駅に着いてそこから少し歩くとすぐに面接会場に着いた。遅れないようにと時間より15分くらい早めに着いたのだけどもうすでに人はそこそこいた。
ボクは空いている椅子に座ってじっと待つ。隣ではスマホを弄って時間を潰す若い男の人がいた。ボクはその様子を気づかれないように見る。
見た目はたぶん大学生で新卒だ。髪の毛もワックスをかけていてスーツもテカテカと光っている。カラ松兄さんが来ていたようなキラキラ服よりかは派手じゃないけどそれでも周りをみたら明らかに目立っている。ボクはそんな彼の服装を見て複雑な気持ちになった。
(ボクと違って、余裕があるんだ。この企業に受かる気満々なんだ。でも……これは流石に落ちるんじゃないかな……?)
ボクは彼から視線を外して前に向き直る。回りの人が楽しげに談笑している中ただボクは何もしないで待っていた。
そしてゆったりと15分が経過し、時間になった。面接官と思わしき人物が会場に現れると、それまで談笑していた人は一斉に黙り、スマホを弄っていた男も流石に胸ポケットに仕舞い込んだ。
『えーみなさんこんにちは。人事部の青塚です。今回は弊社の面接にお越しくださいましてありがとうございます。早速面接を始めさせていただきますので、お名前を呼ばれた方は面接室にお越しください。それではまず、ダヨーンさん、朱塚不二夫さんどうぞ』
ボクは一瞬だけ周りを見てみる。面接室は全部で5つあり、先に呼ばれた二人以外の人も次々に呼ばれて入っていく。ボクの番が来るのも時間の問題だ。
と、そこでボクのとなりに座っている、スマホいじってた人が呼ばれたようで席をたった。緊張もしてなさそうだった。というか……何をしても俺は受かるというような表情をしている。何でそんなに自信に満ち溢れているのだろう。
――簡単だよ。ボクよりも人間として優れているから。若くて高学歴で能力も高い。だからあんな余裕なんだよ。
ボクは溜め息を吐く。この結論から逃げ続けたニート生活から離れ、再びこの事実に直面している。ボクとその人は争わなきゃいけない。勝ち目の無い闘いを強いられることになるのだ。
「えー次は松野十四松さんです。3番の部屋に入ってください!」
「は、はい!!」
ボクの番が来たようだ。勢いよく立ち上がり部屋まで歩いていく。
ボクは思い切り深呼吸をして、心を落ち着かせる。さっきまで抱いていたコンプレックスがリフレインする。ボクよりもああいう優秀な人間を好むのは当たり前の話だ。
(でも……だからなんだ。彼にだって欠点はある。こんな大事なときにスマホを弄っているんだ。だからボクの敗けだと決まった訳じゃない)
ボクは息を呑んで手の甲をドアに近づける。そして慎重に数回ドアをノックする。
『どうぞ』
(――やるぞ!! ここで生まれ変わるんだ……!!)
まともな人間になれることを願ってボクはドアノブを握りしめる。思いを全て込めるように、強く強く掴む。
ボクは意を決して捻り、部屋に入った。
「失礼します!!」
***
(……おい、あれって)
俺はとある会社の面接会場の後方の席で目を凝らして前方を見た。黒髪のショートに低い身長、そして人生で一番慣れしたんだ後ろ姿をした男が遥か前に座っているようだ。俺は誰だか気になって体を横に曲げて横顔を除こうとした。しかし遠くてよく見えず、誰だか判別するのは難しい。
「えー次は松野十四松さんです。3番の部屋に入ってください!」
(やはりそうか……十四松の奴も来ていたんだ)
俺はなるほどなと呟く代わりに目を閉じた。
十四松の奴は、変わろうとしている。俺の後に家を出ていったようだが、就職して変わろうという想いはあるようだ。このままじゃだめだという危機感が、ちゃらんぽらんしているあいつの頭を冷やしたんだ。
(流石は俺の自慢のブラザーだ)
俺は十四松が面接室に堂々と向かっていく姿を眺める。いつもものすごいテンションで暴れていた十四松とは程遠い、普通のマジメな大人に見える。俺はそれがうれしかった。
頑張れよ。お前ならいけるさ。
俺は心の中でひそかに、しかし大声でエールを送る。もし俺と一緒に受かったら、飲みに行こう。俺はそう決めて、ぐっと気を引き締める。
「えー、次は松野カラ松さん。4番の部屋に入ってくださーい」
来たか。俺をアピールするステージが開いた。
席から立ち上がりまっすぐに部屋へと向かう。一人で半分ふざけてやったワンマンライブとは違う。これは人生に関わってくる、大事なライブなんだ。俺はひそかに不敵な笑みを浮かべる。
(……何考えてんだ俺。ここは面接なんだ、ふざけている場合じゃない)
家にいたころの自分がふっと現れて少し焦る。必死に抑え込もうと努力したというのに。それもこれも、十四松を見てしまったからだろうか。
――まあいい。少しだけ気が楽になったから。
俺はきりっと顔を引き締めてドアをノックした。どうぞという声が聞こえ俺は、深呼吸をして。
ステージの開幕を宣言した。
「――失礼します!」
***
「――もしもし」
「ああ、おそ松さんですか」
「何の用だよ」
「言わなくても分かっているくせに。仕事ですよ、仕事」
真昼間に俺の携帯に電話がかかってきた。俺は部屋で寝転がりながら電話に応じている。
「……ってことは、うまくいったのか」
「そうですね。今彼女はすでに私のもとにいます」
「手が早いな……どうやって連れてきた?」
「大したことはやっていませんよ。ちょっと揺すっただけです」
「相変わらずエグイなアンタ。で、どこに行けばいい?」
俺は呆れ笑いを含めながら聞く。
「とりあえず本社に来てください。そんなに遠くは無い筈です」
「わかった。時間は?」
「できれば夕方までには来てほしいのですが」
「りょーかい。ま、暇だし今すぐ行くけどね」
「流石はニートですね」
「うるせぇ、今日で卒業するんだよ。色々と、な」
「ふふふ、そうですね。ではこれにて」
向こうから通話が途切れ、俺は携帯を閉じる。寝転がっていた身体を起こし、部屋を出る。
しかし一階に降りて玄関へと向かおうとしたその時、母さんがいた。
「あら、おそ松どこか出かけるの?」
「……ああ」
呼び止められて仕方なく応じる。しかし母さんはまだ何かあるような顔をして口を開く。
「最近アンタよく外に出てるし、電話も多いけど何してるの?」
「……別に。新しい仕事が見つかっただけだよ」
「……でもアンタ私服で出ていくし、電話の言葉使いも敬語じゃないし」
チッ、会話聞こえていたのか。面倒くせえ。
シクったなと思いつつ俺は母さんに背を向ける。
「……くれぐれも危ない仕事だけはやめてね」
「わかってるよ。じゃあ行ってくる」
俺はぶっきらぼうに返事して家を出た。ポケットに手を突っ込んで、溜息を吐く。
「……ったく、うるっせぇなあのババァ」
俺はため込んでいた言葉を吐いた。いちいちうるせえよ。仕事に就けば満足なんだろ? だったら家に引きこもってない分だけましじゃねえか。俺のやってる仕事が最低でも、あのころに比べたら少しはましになっているだろ? だったら色々口だしてくんじゃねえよ。
「……くそっ」
俺は鬱憤を晴らすように近くに落ちていた空き缶を思い切り蹴っ飛ばした。俺はどこに転がっていたか見もしないで先に進む。
俺はスマホに映し出された地図とにらめっこっしながら歩いていき、15分ほどかけて目的地に着いた。
「……ここか」
門の前に立った俺は、社名プレートに《ノルポコーポーレーション株式会社》と書かれているのを確認する。そのあと俺は門番に事情を説明し中に入れてもらう。
指定された場所は敷地内の奥にあるオフィスの一階の客間。俺は受付まで向かい、案内してもらう。客間のドアを開けると、やっぱり矢田の姿があった。
失礼しますと受付が部屋から出ていくと、俺は遠慮なしに客間のソファに座る。
「ずいぶん早い到着ですね」
「なんせニートなんでな。時間は山ほどあるんだよ」
「そうでしょうね。では改めて、ようこそわが社へ」
「おう。ずいぶんと内装はよくて気にいったぜ」
「それは何よりです」
このオフィスはとっても清潔だ。掃除も行き届いているし、壁に汚れ一つない。芳香剤が使われているらしく、いい匂いもする。とても大人のビデオを作っているような会社には見えない。
「では早速あなたに仕事の話をします。では取り合えず私についてきてください」
「わかった」
矢田さんの後に続いて部屋を出ていき、階段を上って2階につく。廊下を歩いていき突き当たりにあるドアを指して矢田さんは口を開く。
「ここですね」
「こんなとこで何すんだよ」
「まあまあ。とりあえず入ってください」
矢田さんはドアノブを捻り部屋に入る。俺もその後に続いて部屋に入る。
部屋の内装はさっきの部屋と変わらずおしゃれで同じような構成になっている。しかしただひとつ変わっていることがあった。それは、そこに俺たち以外の誰かがいたことだった。
「いやぁお待たせしましたね。連れてきましたよ、あなたと共にお仕事をする相手を」
俺は矢田さんのとなりに立って、その人を確認する。すると一瞬ドキッと心臓が高鳴った。何故ならその人は、十四松の好きな人だったからだ。だけど彼女はものすごく表情が暗く、ずっと下を俯いているだけだ。
(こいつ本当に連れてきたんだな……)
俺はちらりと矢田さんを見る。矢田さんは平然とした顔で彼女を見ている。こいつ、やっぱりとんでもない奴だ。悪巧みが得意なイヤミを遥かに越えたレベルでワルだぞ。
「では紹介しますよ。こちらは松野おそ松さん。貴方の新しい仕事仲間ですね」
「…………」
矢田さんは俺のことを紹介してくれたが彼女はちらりと俺の顔を見るだけで何も言わない。
「まあおそ松さんは恐らく彼女のことをご存じでしょうから紹介は省きます。では早速仕事について説明させていただきますよ。どうぞお座りください」
俺は彼女の隣ではなく向かい合うように座る。隣に座る気分にはなれなかった。矢田さんはというと彼女の隣に座った。やっぱりこいつ、本物の悪だ。そうじゃないとやっていけない業界なのかもしれない。
「単刀直入に言いますね。貴方たち二人には主役としてビデオに出演していただきます」
「……っ」
「……やっぱか」
俺はここに来るまで仕事の内容をある程度は察していた。こんな場所にわざわざ呼び出してまで頼む仕事といえば、こういう類のものだとは予想がつく。
――しかし、まさかこうなるとはな。
ほかの兄弟たちが出ていって一人取り残された自分にはもう何も起こらないと思っていたのに、まさか仕事を貰えて、チェリーボーイから卒業もできるとは、思っちゃいなかった。
……そしてこんなクズ同然の行動をするとも。
「引き受けていただけますね?」
「……ああ」
「……はい」
ここで嫌だなんて言えるような空気じゃない。彼女に至ってはゆすられているんだろうから断る選択肢はすでに剥奪されているだろう。
「では、撮影は二時間後に行います。それまでしばらくお待ちくださいね」
「もうはじめるのか……ずいぶん早いな」
「まあ対して尺は取らないですしね。それに、早くしたいでしょ?」
俺はその問いには答えなかった。矢田さんはにっと笑うと外に出ていった。
(えっ、お前出ていくの?)
俺は言葉に出さずに抗議する。しかし届くはずもなく矢田さんはバタンとドアを閉めていってしまった。
つまり今俺は、彼女と二人っきりになってしまった。
(嘘だろ……)
最悪だ。
何で俺たちを二人っきりにするんだ。彼女を地獄に陥れたのは俺なのに。どうして俺が罪悪感を抱いていることを考えてくれないんだ。このままだと俺、息も吸えなくなるくらい苦しくなっちまう。
俺はちらりと彼女を見る。表情は絶望を映し出しているようだった。眼は赤くなっているから、つい先ほどに思い切り涙を流していたんだろう。それを見ると、俺は申し訳ない気持ちになっていく。
(よかったのか俺は? 本当にこんなことして。自分のためとはいえ、人をこんなに傷つけちまってよかったのか?)
いいわけねえだろ。
誰がお前が正しいなんて言ってくれるんだよ。
お前は人の人生を壊しているんだぞ。
今からでも断れよ。そうすればお前は――
「……飲み物、なんかいるか?」
俺は立ち上がって、小声でつぶやいた。彼女は一瞬顔をあげて、しかしすぐに俯いてしまった。俺はしばらく彼女を見つめて反応を待った。だけど一向に何も言わない。
俺は黙ってドアノブを握る。ドアを開けて外に出ようと手首をひねろうとする。
「……助けてよ、十四松君……」
「……」
彼女の口から洩れたのは――俺の弟の名前だった。彼女の心の支えだった、あの天然バカに、助けを求めている。
彼女はきっと気づいている。俺が十四松と何かしらの関係――まあ恐らくは兄弟と察しているだろう――を持っていることに。まず、十四松の奴と顔が同じだからだ。偶然なわけがない。
だとしたらこんなむごい仕打ちがあろうか。十四松の実の兄弟がいる前で、十四松に助けを求めるんだぞ? 十四松の事を思い出せと、言っているようなもんじゃないか。
ああ、もうだめだ。罪悪感で俺は死んでしまう。この非常に重苦しい空気から逃れるように俺は勢いよくドアを開けて出ていった。
「……クソッ」
自販機まで歩いていき、俺は軽くそれを蹴った。財布を取り出して硬貨を入れていく。何買うかは決めていない。
(……やっぱり俺、間違っているんだよな)
さっきの彼女の言葉が頭から離れない。俺は彼女を追い込んでしまった。こうなることなんて最初から分かっていたのに、自分勝手な理由をつけて、承諾してしまった。
でも、ここまで罪悪感にさいなまれるとは。矢田さんと話しているときは何ともなかったのに、彼女と会ってからずっとこうだ。
俺はブラックコーヒーを選んでボタンを押す。ガタンという音と共に缶が落ちてきてそれを手に取る。まあまあ冷えている感を開けて口に流し込む。苦い風味が口に広がり、煩悩を追い払ってくれる。
「クソッタレ……」
だめだ、いくら流し込んでも彼女のことで頭がいっぱいだ。
いいのか、このまま彼女を傷つけてしまうことになっても。あと二時間後には俺の手で彼女に新たな傷を与えることになる。その責任はとれるのか? 屑でニートな俺に、それができるのか? できるわけ、ねえだろ。
――でも、もういまさら何考えても無駄なんだよな。
彼女はもう救われない。俺がしなくても、ほかの男がいる。そして俺の罪悪感が消えることは、たぶんない。だから考えてもしょうがないんだ。意味ないんだ。何も考えるな。考えなければお前はすくわれる。考えたら、おしまいなんだ。
俺は残ったコーヒーを飲み干した。そしてゴミ箱に放り投げて壁にもたれかかる。部屋に戻る気は、ない。そのまま2時間待つつもりだ。俺は溜息を吐きながら携帯を取り出して、時間をつぶした。
そして時間が来た。
矢田さんが部屋の前に来て俺に挨拶すると、そのまま彼女を連れてくる。そして俺たちをこの会の別の部屋へと案内し、入れされる。
中はすでに撮影の準備ができており、カメラがもう回っている。俺は部屋の中央に飾られているセットのベッドに腰かける。彼女もその近くに寄る。
「では早速開始しますよ。では、脱いで始めてください」
俺たちはベッドに上がり、服を脱ぎ始める。
――ああ、もう始まるのか。こりゃ、参ったな。
彼女は恥じらいながら服を脱いでいく。俺はその姿を直視することが出来ず逸らしてしまう。決してチェリーボーイだから、じゃない。
「はい、じゃあスタート!!」
監督の声とともに、撮影が開始された。
俺に、一生消えない罪が植え付けられた瞬間だった。