再び恋する十四松   作:たむりょー

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今回は少し短いです。


第4話:信じていた兄弟

 

 

 

「はぁ……今日も疲れたな……」

 

 俺――松野チョロ松は夜空を仰ぎながらため息をつく。肩は重いし疲れで眠くなりそうだ。俺の歩いている道はネオンやら街灯やらでものすごく明るいが、俺の表情とは天使とうんこほどの差がある。はっきりいって一松と間違えられても今日はおかしくないだろう。

 

「とりあえず飲みにいくか……」

 

 疲れを晴らすべく俺は居酒屋に寄る。そこで冷えたビールを飲んで家で寝よう。そして明日はまた仕事だ。俺は居酒屋の暖簾を潜り、カウンター席に座ってビールとつまみを注文した。

 

「はい、ビールと唐揚げ、枝豆です」

 

 俺は無言で受け取りビールを喉に流し込む。

 ああうまい。キンキンに冷えたビールが喉を通り、疲れが飛んでいく。ビールは苦いけれど、冷たいビールはそれも感じさせない。

 

「ぷはぁっ」

 

 一気にジョッキの半分ほど飲み終え、俺は枝豆を口にいれる。枝豆の甘味がビールの残った苦味を打ち消し、程よくしてくれる。そしてまたビールを入れ込み、枝豆を食べるの繰り返しだ。

 

「おばちゃん、ビールおかわり」

 

「あいよ」

 

 ビールが切れたので御代わりを頼む。その間に俺はもうひとつのツマミの唐揚げを頂く。じゅわっと肉汁が溢れだし、口の中に広がっていく。食欲も沸いてきて、二つ目に早速手を出していく。

 そうしているうちにビールが来てすぐさま喉に入れる。唐揚げの香ばしい味と苦味が交ざり合って最高だ。唐揚げはビールの定番のつまみと言われるがまさにその通りだ。俺は枝豆と唐揚げ、そしてビールを交互に口に入れ、一日の疲れを抜いていった。

 

「そろそろ帰るか……」

 

 俺は会計をおばちゃんに頼む。お金を払い店を出ようと席を立とうとしたところだった。

 

「……ひっく……うぇぇ……」

 

(ん? なんだ?)

 

 俺は隣から一個離れた席から声が聞こえたような気がして振り向く。そこには女性がうつ伏せになっていた。

 

「うっ……うぅ……」

 

 どうやら嗚咽を漏らしているようだ。テーブルには日本酒が置いてある。恐らくそれで涙もろくなったんだろう。

 

(よっぽど嫌なことがあったんだろうな……)

 

 鳴き声が店内中に静かに響き渡り、それまで談笑していた人の声は嘘のように鎮まった。せいぜいヒソヒソと何があったのか話しているくらいだろう。

 

「お客さん、どうしたの?」

 

 おばちゃんが優しい声で泣いている女性に話しかけた。女性はゆっくりと涙に濡れた顔をあげた。

 

「いえ……ちょっと仕事で嫌なことがあって……すみません」

 

「そうかい。大変だねぇ、あんたみたいな若い子が……」

 

「迷惑かけちゃってすみません……」

 

「いいんだよ。泣きたいときは泣けばいいんだよ」

 

 いいこというなこのおばちゃん。

 俺はおばちゃんの言葉に密かに感動しつつ店を出ようと背を向けた。

 が――ふと俺の横目に映った彼女の顔に、俺は見覚えがあった。どこかで見たことがある。そう、昔に見た記憶が……。

 

(もしかして……)

 

 俺は足を止めて彼女を見た。三つ編みにした髪型、優しそうな顔、おばちゃんに話すときの声。なんとなく記憶にあるだけだ。思い浮かぶ子は、いるにはいるが。

 

(でもその子は田舎に帰っちゃったしな……まさか彼女なわけがないな)

 

 他人の空似だろうと結論付け、俺は息を小さく吐く。

 すると、彼女はちらりとこっちを見てきた。俺がずっと彼女を見ていたからそれに気づいたのだろう。俺はすいませんと謝ろうと口を開こうとした。

 が、彼女の表情は柔和な顔からーー恐怖に怯えるそれに変わった。

 

「えっ……な、何でここにいるの……?」

 

「は?」

 

 いやどういうことだ。何を言っているんだ?

 

「どうしてあなたがここにいるの……? 後をつけてきたの?」

 

「あ、あの……言っている意味がよくわからないんですが……」

 

(いやマジで何言っているんだこの子!? 君と俺は初対面だぞ!?)

 

 まるでわからない。

 俺はそもそも彼女と関わりがないし、つける理由もない。なのに何故ストーカー疑惑をかけられているんだ……!?

 

「一人にさせてください……今日あなたに酷いことされたっていうのに……」

 

「いやちょっとほんとに何言っているんです!?」

 

 俺はちらりと回りを見る。他の客の視線が全部俺に突き刺さっている。

 

『お前が彼女を泣かせたのか』

『この人ストーカー? 気持ちワル』

『こいつヤバイヨーン』

 

(不味いぞ……あらぬ疑惑が全部俺に向けられている……!! どうすればいいんだチョロ松!!)

 

 身体中の汗が噴き出し焦り始める。周りの視線も痛くなり、この場にいるのすら辛くなる。

 とにかく誤解を解いてこの場を納めるべきか。それとも逃げるべきか。誤解を解けばどうにか平和に店を去ることができる。逃げればダメージは受けるが労力は使わなくていい。さて、どうするべきか。

 決めた、逃げよう。

 俺は背を向けて一目散に居酒屋から飛び出していった。ヤジや灰皿が飛んでくるがすべて吹っ切る。

 俺は全速力で通りを走り、街の外れにある公園に飛び込んだ。ベンチに座り込んだ俺は喘ぎつつも息を整える。

 

「な、なんなんだあの女……変な言いがかり付けやがって……俺は何もしてないっつーの……」

 

 最悪だ。無実の罪を課せられて店から追い出される形になったのだから。もう二度とあの店にはいけない。いや、それよりももっと大変なことがある。会社の人間があの中にいたら俺はもう終わりだ。せっかく就職できたのに、ストーカー疑惑をかけられて辞めさせられる可能性だって十分にあるのだ。

 

「冗談じゃないぞ……」

 

 俺はため息を吐き出す。ああもうほんと、最悪だ。

 俺が俯いていると足音が小刻みに聞こえてきた。俺はちらりと顔をあげると誰かが走ってくるのが見えた。ベンチの近くの街灯に照らされて映ったのは――さっき俺をストーカー呼ばわりした彼女だった。

 

「何だよ……俺になんか恨みでもあるのかよ」

 

 俺は睨みながら怒りをはらんだ声で言う。

 だけど俺はそこで気づく。彼女の方票が、恐怖におびえた顔ではなく真っ青になっていたことに。俺が心の中で首を傾げたその直後だった。

 

「ごめんなさい!! 人違いでした!!」

 

「はぁっ!?」

 

 彼女は勢いよく頭を下げてきた。大声で謝られたものだから俺は思わず驚いてしまった。

 いや、というよりも俺は怒りが沸いてきてギリッと歯を鳴らす。

 

「いや意味わかんねぇし!! 人違いぃ!? 間違えた!? ふざっけんなよ!! 俺アンタのせいで居酒屋追い出されて変態ストーカーのレッテル張られたんだぞ!? もし会社の人いたらどうするんだよ!? せっかく就職できたのに仕事失うことになるんだぞ!? アンタのせいで!!」

 

 俺は怒りに任せてその女性に怒鳴り続けた。女性はもう一度ごめんなさいと深く頭を下げて謝る。俺も疲れたのかそれ以上まくしたてるのを止めて肩で息を整える。

 お互いに黙り合うこと数分、彼女の方から再び謝罪の言葉が来た。

 

「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」

 

「……いいですよもう。俺も怒鳴りすぎました」

 

 怒る気力がうせ、俺はそっぽ向きながら許す。彼女は申し訳なさそうな顔をしてもう一度頭を下げる。

 

「"貴方に似ている人"を思い出してつい取り乱してしまいました、すみませんでした」

 

「なるほど、そうだったんですか。それなら仕方――」

 

 俺は言葉を止めてしまった。

 

(おい、今彼女なんて言った?)

 

 俺は必死にその言葉を掻き出す。すみませんでした?

 違う。そんな言葉じゃない。

 

(貴方に似ている人。それってまさか……)

 

 俺はふっと思い浮かべた。

 自分とそっくりの顔をしている、五人の兄弟たちの顔を。彼女は俺を――兄弟だと、勘違いしたのかもしれない。そして彼女のあの脅え様。

 ということは――

 

(いやまさか。アイツ等がそんなことするわけがない。この子に何かしたとは考え難い)

 

 自分で浮かんだ考えを無理矢理打ち消す。何自分の兄弟を疑っているんだ。別に兄弟以外にも俺と似たような顔をした人間なんていくらでもいるだろ。何も松野家だけじゃないんだ。

 

「……誰と勘違いしたんですか?」

 

 しまった。

 つい聞いちまった。聞かなくてもいいのに。

 ……聞いちゃいけない、気がするのに。

 

「あなたはきっとご存じないでしょうけど、お詫びに教えます」

 

 寧ろ知らない奴であってくれと願う。

 俺は先ほどのストーカー疑惑よりも背にたくさんの汗をかいているのに気づく。

 

(……何びびってるんだ。あり得ないから。兄弟に限ってそんなこと、ないから)

 

 そして――彼女の口から名前が発せられた。

 

 

 

 

「松野おそ松って人です。まあ、知らないですよね……」

 

 

 

 

 

「――聞いたことが、ないですね。すみません、変なこと聞いちゃって」

 

 

 

 

 

 

 

 その後は、何を話したか覚えてない。

 きっと挨拶を交わして別れたんだろう。気づいたら俺は、自分の部屋にいたんだ。

 俺はスーツを投げ捨て、床に寝転がっている。淡く光る電灯を眺めながら俺はぼぉっとしていた。

 ……もう寝よう。風呂に入って明日の仕事に備えて寝てしまおう。

 風呂場に湯をためて沸かし、適温になるのを待つこと30分。俺は風呂に静かに入った。その後すぐに出て、布団に入る。後は、目を瞑るだけだ。意識がまどろんできて、暗闇へと引きずられていく――

 

『松野おそ松って人です。まあ、知らないですよね……』

 

 

 

 

 

 

「……知っている奴だよ……!」

 

 聞きたくなかった。聞きたくなかった5つの名前のうちの一つだった。俺の兄弟は確かにクズだった。バカだった。最低だった。でも、根はいい奴だった。

 でも、彼女の言葉は、それを覆すものだった。アイツが彼女をここまで脅えさせた。その事実は俺を思い切り殴りつけた。

 

(何をしたんだおそ松兄さん……何したんだよ……!!)

 

 俺は、この場にいない長男に何度も、何度も尋ねたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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