再び恋する十四松 作:たむりょー
「おい新人はどれがいいと思うか?」
「い、いや僕に聞かれても」
「社長の得意先の人のプレゼントを選ぶんだ、適当に選ぶなよ? ほしいって言ったんだから」
「そ、そんなこと言われても……」
「お前の困惑は分かるがこれも社会なんだよ。選んでおけ」
いやふざけてるでしょ。
何で得意先の社長へのプレゼントとしてAVを選ぶんだよ。というか何でそれを望んでいるんだ? 大の大人が恥ずかしくないのかよ!
心の中で俺はそう垂れ流すがもちろん顔には出さないようにはしている。いや、もう出てるから無駄かもしれない。
ムーディーな音楽に如何わしいビデオが並んだたくさんの棚、そして卑猥な言葉が乱立されているこの空間。その中で嬉しそうにスーツ姿でビデオを選んでいるボクの上司。最悪だろこれ。
まあ仕方がない。とりあえず適当に選んでさっさと帰ろう。俺は適当に一つ取り出してみる。しかし手に取ったパッケージは女同士がキスしているものだったので俺は即刻棚に返す。こんなもの渡せられるわけがない!
せめてまともなものを選ばなくては。いや、もうすでにまともじゃないんだけど。
好みを指定されたわけじゃないから、よっぽどやばいのじゃなければ大丈夫だ。俺はパッケージ横のタイトルを当てにして探していく。
「おっ」
俺が注目したタイトルは『恋人のカルマ』。悪くはなさそうだ。手に取ってパッケージを確かめる。
だが、俺はそれを見た瞬間に、固まってしまった。パッケージに映る女優の顔を、見たからだ。
(これって……)
俺は必死に記憶をたどる。三つ編みの髪の毛、控えめな茶髪、純粋無垢そうな顔。
もしかして昨日会った女か……? でも、何でこんなビデオに……?
深く考えるのは止めてとりあえずパッケージの裏を見てあらすじなどをざっと見ていく。どうやらうまくいかなくなった恋人たちが争い、互いに憎まれ口を叩きながらするもののようだ。シンプルだがこれでいいだろうと思い、俺は先輩に渡しに行こうとした。
だが、ちらりと映ったキャスト一覧に記されている名前を見て、俺はぴたりと足を止めてしまった。
(え……?)
信じられなかった。自分の馴染みのある名前が見えたからだ。でも、気のせいかもしれない。見間違えかもしれない。俺はもう一度パッケージを見た。
そこには……《松野おそ松》の名前があったのだった。
(おい、嘘だろ……? なんでおそ松兄さんがこのビデオに……?)
俺は全身が震えるのを感じた。腹に大きな穴がぽっかりと開いたような喪失感と絶望感に俺は耐えられなかった。信じられなかった。どうして長男がこんな世界に? なんで? なんで……?
『松野おそ松って人です。まあ、知らないですよね』
「……!!」
昨日言われた言葉を思い出す。その言葉を放った女は、仕事上でトラブルがあって、そいつのことを極度に怖がっていた。
ってことはもしかして彼女は……。
パッケージを握る手に汗が滲んできて、離すことが出来ない。今すぐこれを離してなかったことにしたい。でも、体は動かない。頭の中が真っ白になってしまっているからだ。
「おっ、それがいいのか?」
俺が固まっていると上司に声をかけられた。しかも上司は俺がそれを気に入っているように見えたようだ。
「あっ、いえそういうわけじゃ……」
「ふーん。でもそれ結構いい奴じゃん」
「え?」
俺が聞き返すと上司はパッケージを俺からとり、じろじろと見る。そして評価するような口調で解説を始める。
「この作品の女優一時期失踪してたんだけど復活したんだな。まあ彼氏疑惑とかあったけどこの人俺好きだしな」
「知っているんですか先輩?」
「まあな。だけどこの子は一時期付き合ってた疑惑があってその瞬間にファンを止めたんだけど。獲っと、まだ記事残ってないかな?」
先輩はスマホで検索をかけてアダルト情報掲示板サイトを開く。そして俺にスマホ画面を見せてきた。そこには彼氏疑惑という文字と、一組のカップルがにこにこしながら遊んでいる写真があった。
(――――!!)
俺はどきんと心臓が跳ねたのを感じた。先輩のスマホを無意識に手にとってまじまじと見つめる。
女の方は白いブラウスに茶色のスカートを着ていて、大笑いしている。そして……男の方は卍のような形をしながら体中から水を吹きだしている。
(これは……十四松か!?)
黄色いパーカー、人間離れした奇行、自分とそっくりな顔。間違いない。男は俺の兄弟の十四松だ。
その時俺は全てを察した。今までの事から、一つのとんでもない事実を導いてしまった。 目の前が、真っ暗になっていく。頭がさーっと冷えていき、わなわなと口が震えてくる。
俺は勢いよく立ち上がるとまくしたてるように先輩に言った。
「先輩すみません、俺もう帰らなくちゃいけないんで! これで失礼します!!」
「えっ、ちょっとまだ昼間だろ!?」
「すみません!!」
俺は先輩にスマホを返し、ぺこりと頭を下げた。そしてビデオ屋から抜け出し一目散に道を走る。
「はっ、はっ、はっ……」
おそ松兄さんはAVにデビューしていて。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
昨日会った子がそれに出ていて。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
その子はおそ松兄さんを極度に怖がっていて。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ!!」
その子の付き合ってた疑惑の証拠写真に十四松がいた。
つまりあの子は――
「はぁっ、はぁっ――うわっ!?」
小石につまずき、ぐらっと前に倒れる。息が詰まるような衝撃を体に受けて俺はうつぶせになった。
「いててててて……」
俺は起き上がって怪我がないか確かめる。スーツは汚れてしまったが傷はおっていない。俺はそれに安堵しながらも立ち上がる。
俺は痛みを堪えつつ、ギリッと歯を鳴らして呟く。
「あの子は、十四松の好きだった子なんだ……なんてことをしてくれたんだ……!!」
俺は気が付くと近くのレンガ塀を殴りつけていた。皮膚が擦り剥けて血が出ているのが分かった。痛い。風呂に入るのが嫌なくらいに痛む。
でもすべてを知ってしまった時の痛みに比べたら、大したことない。そして――この事実を知った十四松の事を考えると吐きそうになる。
(どうしてだよ……どうしてこんなことを……!!)
俺は今にも殴りかかるような勢いで再び走り出す。
もしこの場に奴がいたなら、息の根を止めるまで殴り続ける。そして十四松の前でわんわんと謝らせて土下座をさせる。
奴を探そう。奴に言いたいことがいくらでもあるからだ。
俺は奴が引きこもっている実家へと足を向けたのだった。
***
「はい、今日は熱があって……はい、今日は休ませていただくダス。すみませんがよろしくお願いするダス」
もうろうとする意識の中、デカパン博士の声が聞こえた。ボクはうっすらと目を開けるとデカパン博士は受話器を置いていて、鼻歌を歌いながらコーヒーを入れている。
「デカパン博士……」
「あ、もう起きたダスか? 熱があるんダスからもう少し寝てないとダメダスよ」
「で、でもバイトに行かなくちゃ……」
「それに関しては心配ないダス。今日休むことを電話で伝えておいたダス」
「そっか……じゃあ今日は仕事がないんだね」
「そういうことダス。だからゆっくり休むダスよ。就職活動に備えて寝ておくダス」
「……次はきっと受かるよ」
「幸運を祈るダス。ちょっと早いダスが」
そういうとデカパン博士はどこかへと行ってしまった。きっと何かの研究をするのだろう。ボクは目を瞑って眠ろうとする。
(あそこに落ちちゃったのか、ボク……)
ボクはぼんやりとあの時の情景を思い出す。きちんと受け答えをしてハキハキとものを言って印象を良くしたはずなのに。
一方ボクの隣に座っていた不真面目にやっていた子は無事に合格していた。やっぱり世の中、学歴や成績が一番なのかな。一緒に受けてたカラ松兄さん(それを後で知ったんだけど)も落ちちゃったし……やっぱり僕たちじゃダメなんだろうな。
(いや、諦めちゃダメだ。諦めちゃダメだ)
ボクはギュッと目を瞑って弱音を抑え込む。諦めたら、お世話になっているデカパン博士に申し訳ない。家を出ていった意味が無いんだ。
それに――いつかあの子に会った時恥じないような人間にならなくちゃいけない。こんなところで、諦められない。
ボクは怠い体にたまっていた力を抜いて眠っていく。今は寝よう。面接に行けるようにしなくちゃいけない。だからもう、寝よう。
お休み――
「あ、あれここは……?」
『あなたは……十四松君?』
「そうだよ! ……君はもしかして――」
『十四松君助けて……』
「えっ?」
『怖いの……もう嫌だよ……』
「ど、どうしたの?」
『お願い、私を助けて……』
「何があったの?」
『私、私ね……もう、綺麗じゃないの』
「きれいじゃない……? それってどういう?」
『もう私は、あなたのそばにいられる資格はない……』
「そんなことないよ! せっかく会えたのに、離れていかないでよ!」
『でもすべてを話したらあなたは私から離れていくの』
「絶対ないよ! 君に何があってもボクは……!!」
『十四松君、少しだけだけど会えて嬉しかった……。じゃあ、さよなら』
「待って! 待ってよ!! ねぇ……!」
『……ごめんなさい』
「待って――」
「――はっ!?」
世界に光が戻っていく。爆発に遭ったかのように勢いよくベッドから飛び起きて喘いでいることにボクはようやく気付いた。背中が汗でぬれていてパジャマが張り付いてしまっている。
夢、か。
ボクはさっきまでよくわからない場所にいた。あたり一面が白に染まっていて、そこにボクと――彼女がいたんだ。
彼女は悲しそうな笑みを浮かび続けて――世界が暗くなった途端、溶けて消えていった。ボクは追いかけようとしたところで、目が覚めたんだ。
でも、あれは何だったんだ? なんで僕はこんな夢を見ているんだろう……。
「あ、目覚めたダスか。随分魘されてた様だったダスけど」
「あ、おはようデカパン博士!」
「はい、おはようダス。水でも飲むダスか?」
「うん、飲む!」
デカパン博士がコップを差し出すとボクは一瞬でそれを飲み干し、デカパン博士に返す。デカパン博士は台所に戻っていくところで、振り向いてボクに言った。
「あっそうダス。今寝ている人いるダスからうるさくしない様にしてくれるダスか?」
「分かったよ、デカパン博士!」
ボクはベッドから降りると返事をした。たしかに僕の隣にあるデカパン博士のベッドには誰かが寝ていた。ボクはその人に近づいてみた。
白いブラウス、茶色のスカート、控えめな茶髪、三つ編みのヘアスタイルをした女性だ。でも僕は、その姿を見た途端、とある温かい思い出を励起させたんだ。二人で思い切り笑い合った日々を。
そういえば、ボクの夢に出てきた人にそっくりだった。ボクがずっと思い焦がれている人にそっくりだった。
心臓が胸を突き破りそうだった。水で冷ました体がどんどん熱くなっていく。眠気が一気に飛んでいく。ずっと会いたかった人が目の前にいる。ボクは手の震えが止まらなかった。
間違いない。彼女だ。ボクの、初恋の相手。その人が、帰ってきて今僕の目の前にいるんだ――!!
ボクは彼女の寝顔を見守るために自分のベッドに座った。そして彼女を見続けたんだ。飽きることなんて、ない。
でも知らなかった。ボクの知らないうちに、彼女は大きく変わっちゃったことを。
やっと二人が会えましたね。