頭部と右腕を継ぎ接ぎされた蒼醒めた戦術機。
それを見上げる1人の男がいた。
青いツナギを着て戦術機の整備をしている。
他の整備士とは違ったツナギに、蒼醒めた戦術機のみを黙々と整備していることから、専属の整備スタッフだろうか、米国からの諜報員ーー改め、偽装された経歴でこの部隊に配属された新米衛士は情報収集を行う為に青いツナギの男に近付いた。
「あのー」
「………」
仕事の邪魔だ、とでも言いたげな目つきで整備を中断した男は胡乱げな瞳を女に向けた。
「今日からこの部隊に配属されました。アン……」
名前を言おうとしたところで男が手の平を向けた。
「話、無かったのか?この部隊では本名で話すことはない。色々と面倒になるからだ。精々が味方が死ぬか、自分が死ぬかの時に明かす位にしろ」
噂通りの部隊だと女は思い、気を取り直して用意されたコールサインを使うことにする。
「すみませんでした。私はヘイズです」
「ああ、それで何の用だ」
「あ、その。挨拶と言いますか……他の方に会ってないのでお話だけでもと」
「何が聞きたい?」
「それでは部隊を率いる隊長達について」
四騎士と呼ばれる衛士は本国からの命令の一つだ。
インフィニティーズと呼ばれる教導部隊との模擬戦において米国のプライドを粉々にした4人の情報は何においても優先される。
「……ペイルライダー、ホワイトライダー、レッドライダーとブラックライダーについてか」
「はい」
「ペイルライダー、“死の騎士”、“死神”。男、元伊隅ヴァルキリーズ。蒼い不知火に搭乗。ホワイトライダー、“白い騎士”、“支配者”。女、元インフィニティーズ。白いラプターに搭乗。レッドライダー、“紅い騎士”、“鮮血”。女、元ソ連。緋いビェールクトに搭乗。ブラックライダー、“黒い騎士”、“死銃”。女、黒いグリペンに搭乗」
一息に語ると、男は目線でもういいか?と伝えている。
「いや、あの…もうちょっとこう、なんというか」
女は苦笑いで具体的な情報を語れと告げる。
男は一つため息を吐くと話の続きを始める。
「ホワイトライダーは知りすぎた女だ。汚職、癒着。その全てを告発しようとして、死地を流れ流され、この部隊に流れ着いた。死にたくなければ余計な詮索するな」
「レッドライダーは祖国の内乱で恨みを買い過ぎた。毒で腐った手足を切り落とし、義肢にしてまで戦えるこの部隊に来た。……全く、何処から聞きつけたのか。いいか?アレは祖国の内乱で数多の戦友達を殺しに殺した人格破綻者だ。あの機体の緋は仲間を殺した時の返り血で染め上げたとも言われてる。ちょっかい出して死にたくないのなら必要以上に関わるな」
「ブラックライダーはとある良家の才嬢だったが、屋敷にBETAが湧いて一家全滅。発見当時、BETAの屍に立って1人銃を握っていた。そしてペイルライダーに次いでこの部隊の最古参でもある。他と違って元となる部隊が無いのはその為だ。あの娘には手を出すなよ。誰もよりも早く俺がぶっ殺してやるからな」
「……ペイルライダーはかの伊隅ヴァルキリーズの生き残り。この部隊も、元はあいつが創設した部隊でもある。ついでに、こいつの衛士だ」
つい、と自分は今まで整備していた不知火を見る男。
女もまた男の視線に倣って継ぎ接ぎだらけの不知火を見ると、何故か2人の少女の顔が浮かんだ。
見間違いかーー目をゴシゴシと擦っていると、男はもう語ることはないと女を置いて歩いて行くところだった。
「あ、あの!今、あれ?」
「………奴の乗ってる不知火は奴が愛した女達の魂が憑いてるんだとよ」
女が抱いた印象に男が答えると、今度は二度と振り返らずに消えてしまった。
「ご、ごめんなさーい!訓練で遅れました!」
「え!?あっ、はい?」
「ご、ごめんなさい。私が色々と教えることになってるんです。私のコールサインはハデスです」
「あっ、はい。ヘイズです」
「先ずは施設案内ですね。あ、お部屋が先かなぁ」
のびのびと考え込む先輩に、一株の心配を覚えるがここは先にペイルライダーについて教えてもらうことにした。
「あの、ペイルライダーさんって、どういう方ですか?」
ハデスは足を止め、花のような笑顔でこう言った
「とっても優しい人です!」
警報が鳴り、アナウンスが入る。
男の声だった。
『………超巨大光線級の出現を確認した。現在、ある作戦の妨げになるとして近隣の部隊は緊急出撃。我が隊もこれより出撃する。五分後に出撃だ』
それまで待機していた衛士達は男の声を聞くとバッと駆け出した。
何がなんなのか慌てるヘイズにハデスが状況を説明する。
「さっきのアナウンスが隊長のペイルライダーさんで、これから出撃みたい。もうヘイズの機体は準備されてると思うから行こっか」
「しゅ、出撃ですか!?」
早い、早すぎる展開にヘイズは大慌てだ。
ヘイズの戦術機はハデス機の隣に格納されているらしく、最初に訪れた時には無かった身の機体ーーースーパートムキャットと、その隣に暗い迷彩のサイレント・イーグルーー否、サイレント・イーグルの日本改修機、月虹が格納されている。
恐らくはこの月虹がハデスの搭乗機なのだろう。
「この子が私のなんだ。ヘイズはスーパートムキャットなんだね」
「旧式の安易な改修機デスよ」
そう言いつつ乗り込む、ハデスもまた同様に。
コックピットから格納庫を見渡すと左端の四機が既に外に出ていた。
黒い機体、緋い機体、白い機体、そしてーー蒼醒めた不知火。
(私に出された命令はこの部隊の情報収集ともう一つ……間接的な四騎士の抹殺デス)
BETAの驚異、ハイヴが自国にない大国がハイヴすらも単独で攻略する部隊の衛士達を狙う理由が最強の部隊と呼ばれるインフィニティーズを相手に完勝した事実が余程悔しかったのか、単独ハイヴ攻略という文字の羅列に訳の知れぬ焦燥感を覚えたか否か。
(下らない足の引っ張り合いのお陰で人類の人口は減少傾向にあるっていうのにBETAに対する切り札をわざわざ潰す傲慢さ。そしてその命令を遂行しようとする自分の愚かしさ。ほんっと、嫌になりマスネ)
笑い話にもならない。
大国が、プライドと戦線の維持を求めて死神に喧嘩を売ろうというのだから。
「デスガ、戦いに紛れて殺すなんて無茶もいいとこデスヨ?はぁ、超巨大光線級が運良くあの人を撃ってくれませんかねーーーー」
戦場に辿り着く、目の前に数えるのを想像やめてしまう数のBETA、そして巨大な影ーー。
ふと閃光が走った。
その巨大な光は進路上にいる何もかもを飲み込み、一機のトムキャットと傍の月虹を襲った。
「あーあ。ま、この方が良かったのかも知れマセンネ」
ーー死んだ。
と思った時には遅いのだろう。
しかしトムキャットと月虹は生きていた。
「なぜ?」
尻餅をついた二つの機体、その側には左腕を失った蒼醒めた不知火が立っていた。
『ーーバカが。……仮にも暗部を生き抜いた癖に、今更楽に逝けるとおもうなよ』
「……」
全てが図星だった。
自分が諜報と、妨害を目的としてこの部隊に入隊したことも、超巨大光線級による攻撃に気付いていて動かなかったことも。
それを込みでこの不知火は助けた。
『た、隊長!』
『騒ぐなハデス。お前は新人のお守りだ。ーーーそして、アレは俺の獲物だ』
そして彼女は見た。
蒼醒めた不知火の、その背後に。
不知火と共に寄り添う2人の少女の姿を。
『ーーーペイルライダー被弾!部隊はペイルライダー機を中心に固まれ!』
「チッ……左腕を失っただけだ。騒ぐな」
男は混乱する通信を一声で黙らせると、目前に映る一際巨大な光線級を睨みつけた。
「やっとだ。……やっとお前を殺せる」
幼馴染は自分を庇ったせいでこいつに殺された。
相棒も、突如現れたこいつに対処する為に駆けつけることができず、その結果、死なせてしまった。
思えば自分がこれまで戦い続けることが出来たのはこいつを殺す為だった。
それもようやく今日で終わる、終わらせる。
今までの仲間達を、愛した女達を瞼に浮かべ、恐らく最期になるだろう号令をかける。
「ーー恐れるな。
俺たちは奴らにとっての〝死〟だ。
〝死〟を振り翳せ。
己の愛馬の手綱を引け。
命尽きる時まで駆け続けろ。
我らの魂は騎士の矜持と共に。
そして奴等の骸を戦友達に捧げよう。」
不知火の各マニュピレーターと全身が一体化したような気分に陥る。
高揚する鼓動は跳躍ユニットの唸るエンジン音のようだ。
堪え切れない怒りが、激情が、奴を殺せと叫んでいる。
仲間達が、彼、彼女らが、今まで関わってきた人間達が揃いも揃って彼に謂うのだ。
ーー 誰ガ為ニ誓ッタ誓約ヲ果タセ。ーー
「ーー時間だ。
此の戦場を奴らの〝墓場〟とせよッ!!」
『『『『『『了解ッ!!』』』』』』
死神が躍動する。
死神達が、動き出す。
『ペイルライダーを中心にアローヘッドワン!着いていけない奴はお留守番だ!』
『アッハハハハハハハ!!!あの巨大な光線級はボクが潰すんだ!切って切って切り刻むゥゥゥ!!』
『……ずっと、ついてく……!』
緋いビェールクトと蒼醒めた不知火が閃光級までの道を切り開き、白いラプターと黒いグリペンがその背中を援護する。
その途中で味方が何機も墜とされていくが、されど誰が構う筈もなく、早々にと先を急ぐ。
「邪魔……ッだぁぁぁぁぁ!!!」
唸る二門の突撃砲。
二門で左右から襲いかかるBETAに弾幕をつくり、右腕の長刀は突撃級の硬い甲殻すらも一刀のうちに斬り伏せる。
馬鹿正直な突撃によって四騎士と部隊員は全員が軽度以上の被弾損傷を負っていた。
しかし、それでも止まらない。
『アハ、アハハハハハハハ!!!』
一番損傷が酷いのは緋いビェールクトだ。
前方からの打撃を全て受け止めているのだから当然だ。
今も要撃級の鋭い打突をモーターブレードで逸らし、懐に入って両断した。
更に駒のように回転しながら各部に生えたスーパーカーボン製ブレードベーンでBETAを切り裂く。
しかしそれでも、レッドライダーが堕ちるのは最早時間の問題だった。
「レッドライダー」
男の声に赤毛の少女は穏やかな笑みを浮かべる。
『アハッ。残念だけど、ボクもそろそろ時間切れかな』
ビェールクトの右腕が突撃級を受け止めて弾き飛んだ。
バランスを崩すものの、残った左腕を振り回して殺人めいた機動で死を回避する。
『楽しかったよ。あの時ボクに義肢を付けてくれてありがとね。ボクの分までアイツを切り刻んで。ーーーバイバイ』
要撃級の鋭い一撃がビェールクトの右脚に突き刺さった。
ぐわんと上空にフラついたビェールクトに降り注ぐ幾重ものレーザー群。
それでもビェールクトは前へ、前へと飛んだ。
『ボクを、クレア・ベルトーチカを理解してくれたのはキミだけだった。ーーううん、キミだけで良かったんだ!あのねっ、ボクはキミが好き!』
BETAの群れに勢いつけて飛び込んだビェールクトが大規模な爆発を起こす。
自決装置による最後の足掻きだ。
「ああ……よく眠れ。ーークレア」
狂人を気取っていたが、純真無垢な少女だった。
だからこそ政争の道具にされたとも言える。
徹底的に戦うことを教育された少女だった。
命令されて、クーデターを引き起こした仲間を殺し、少女を恐れた上層部による奸計で毒を含み、手足を切り捨てられてもなお戦おうとした少女だった。
彼がした事は憐れるでもなく、慰めるでもなく、ただ、戦う手と足と最新の戦術機を用意しただけ。
他の屑と何も変わらない、彼もただの屑だ。
それでも、少女は男を愛した。
「………」
前方に開いたスペースに飛び込む。
すると、中衛の白いラプターが前方に飛び出した。
「ホワイトライダー?邪魔だ」
『ペイルライダー。ホワイトライダー、限界だ』
簡潔な一言だった。
言葉を飾らない彼女らしくもあった。
白いラプターは突撃砲四門斉射による強引な突破で部隊を更に前へと進めていく。
『フラン。ーーフラン・エルハルト。私の名前を、貴方の最期まで覚えていて欲しい』
前方に要塞級が回り込んでいた。
その要塞級へ、邪魔はさせぬと白いラプターは突撃する。
『今まで貴方と共に世界中を戦ってきたが。……一回で良いから、貴方の故郷を見てみたかったよ』
強力な酸がラプターの上半身を溶かした。
アレでは中にいるフランも一瞬で死んだことだろう。
操縦するもののいないラプターはそれでもなお要塞級の懐へ迫り、抱きつく様に自爆した。
『貴方を好いていた。これが私の、初めての秘密だ』
聞こえないはずの声が聞こえた。
「こんな俺で良ければ。光栄だ、フラン」
教導隊に所属する、自他共に認める精鋭の衛士だった。
そんな彼女の短所は真面目で堅物で、正義にうるさい所。
結局はそれが、彼女が教導部隊を追われた理由だった。
ラプターに関する政治的な癒着に上層部の不始末……その全てを調べ上げ、白日の下に晒す一歩手前で彼女は過酷な戦場に送られた。
しかしそれでも彼女は自らの正義の望むままに戦い続けた。
だから拾った、使えるから、この部隊に加入させた。
最期くらい、恨み言の一つでも溢すかと思えば、彼女の本音はなんとも甘酸っぱく苦い秘密の初恋だった。
「……突っ込むぞ」
要塞級が墜ちた。
その巨体が落ちれば下敷きにされるだけでも凶器になる。
残った機体は蒼醒めた不知火と、黒いグリペンのみ。
他は全機自決装置による自爆でBETAもろとも地獄へ道連れにしたようだ。
「お前を殺して終わりにしよう」
超巨大光線級は目の前に聳え立っていた。
その目が不知火を見下ろす。
巨大な光が彼を照らす。
照射を阻止するために120ミリ砲を構えるが、二門とも弾切れだった。
「チッ」
代わりに背中を押される感触と、不知火の推力が増した。
『………愛してる』
不知火がいた場所を巨大な閃光が通った。
そこに不知火はいない。
代わりに、閃光に消える小柄な黒い機影があった。
『……また逢える。…刃』
何も無い。
不知火の背後にはもう、何も無い。
「あの時、お前を拾ったのは間違いだったよ。カノン」
彼が作戦の帰投中に保護した1人の少女。
親代わりに育てていたはずが、立派な衛士となって今まで彼の後を付いてきた。
彼女だけが彼の本名を知っていた唯一の存在だっただろう。
2人目の愛した女と同じインパクト・ガードとして彼の背中を守ってきたカノンの最期は、いつの戦場と同じく彼の背中を守って死んだ。
「お前は付いていく背中を間違った」
独りになった男の、短い独白が音を消した。
不知火の長刀が煌めき、超巨大光線級の網膜を切り裂いた。
そのまま突撃砲の36ミリで穴だらけにしていく、感情の思うままに。
「殺してやる」
跳躍ユニットのロケットエンジンが短い咆哮を連発する。
短噴射による高速機動を繰り返し、右手の長刀を振るえば、それはまるで不知火が踊っているように見える。
斬り、裂き、突く。
男が今まで作り上げた技術の集大成が、今、この瞬間だった。
「さぁ、これでーー終わりだ」
『ーー隊長!!』
ハデスの泣きそうな声が届いたが、男はそれを無視した。
長刀を網膜に深く突き刺し、ジッとその時を待つ。
不知火の自決装置は他とは異なり、あの超電磁砲のメカニズムを利用した強力なものだった。
彼と幼馴染がお世話になったあの白衣の女の力無くしては手に入らない代物だった。
『ーーー好きでした。隊長』
「……ほんと。なんでお前らは揃いも揃って俺を選ぶかな」
最期に男は夢を見た。
死の間際に見る、泡沫の夢。
幼馴染と青髪の女と、彼を愛した少女達と共に学生として平穏に生きる男の姿をーーー。