また違う世界で
夢を見た。
泡沫の夢。
当たり障りのない日々を送っていた筈が、見知らぬ世界に迷い込み、数えきれない人達と出会いを繰り返し、喜劇悲劇を演じ続けて壮絶な最期を迎える途方も無い夢を。
かくり、かくりと首が上下し、はっ、と眼が覚めると、目の前には幼馴染の彼女が、青髪の彼女が、彼と縁故のある少女達が楽しそうに自分を見つめていた。
ーーまた居眠り?……ほら、早く起きなさいーー。
「………」
男の瞳が青く雄大な大空を映し始めると、彼の意識が鮮明になっていく。
自分が今まで眠りこけていたのだと気付くと腰にかけてある拳銃に手を当て、バッと立ち上がった。
「何処だ、ここは」
今まで夢見ていた彼女達の夢は消え、男の視界にありふれた街並みが浮かぶ。
「………」
夢だったのだろうか、今見ていたものは。
かの怨敵と相討ちとなったあの光景は、全て彼が見た幻、妄想とでも言うのだろうか。
「………」
数度被りを振るい、先ずは人を探す。
何にしても見覚えのない場所に居続けるのは下策、早いところ基地の格納庫に帰りたいものだと男は思った。
「…………此処が横浜?」
街並みを歩き、ふと、目に付いた簡易的な地図を見ると、そこには彼の慣れしたんだ地名が。
しかしそれは彼の脳みそを混乱させるに十分な単語だった。
「は?」
荒廃したビル群もなく、昔所属していた横浜基地も無い。
違和感があるようで違和感のない横浜に男は立っていた。
「………俺は、戻ったのか?」
コンビニ、雑誌コーナーにて情報を集める。
結果的にこの世界は彼が戦っていた世界ではないことが判明した。
「しかし、う……んん?」
けれど、彼と幼馴染の最初の世界でもない。
「……一体なんなんだよ。艦娘って」
デカデカと雑誌の表紙にもなっている少女の笑顔に思わず首を傾げたくなるのを引き攣った顔で抑えた。
ーー横浜鎮守府に新たな艦娘!吹雪、着任します!
女子高生か、はたまた女子中学生か。
純真爛漫な少女がはにかみな笑顔に敬礼をしている。
自分が戦っていた世界にこんなコスプレイヤーは居なかったはずであり、こんなことをしている余裕も無かった。
「一体なにがどうなってるんだ……」
白衣を着た科学者のあの女でなければ到底分からないだろう事態を少しずつ整理していく。
「先ず現在の年号は平成2018年。技術レベルや国家情勢は最初の世界と同じ。ただしこの世界でも人類は異世界生命体と戦い続けている」
ただ、この世界に戦術機は存在しない。
「人類と敵対している生命体の名前は深海棲艦。読んで字の如く突如深海から現れて漁船を破壊したり上陸を繰り返して着実に地上へ侵攻している」
昔に沈没した船の怨念が蘇ったとか呼ばれてる上にこいつらは銃やミサイルなどの現代兵器が一切通用しない。
「唯一の対抗可能な手段は、深海棲艦から人類を守る艦娘のみ……か」
艦娘、昔の大戦で造船された艦が妖精という存在によって身体を、武器を得た少女の姿をした人型艦船。
「妖精によって産み出され、彼女達を指揮する適正を持った提督の下、彼女達は日々深海棲艦と戦い続けている……」
まるで一つ目の世界と二つ目の世界を足して二で割ったような世界だと考えながらパラパラとページを流し読みしていた雑誌を元の場所に戻す。
視界に日差しが入り、ふと目を外に向けて見れば視界の向こう……ピントのぼやけた交差点に立っているセーラー服を着た蒼い髪の少女と眼があった。
「……ッ!?」
交差する視線、その少女は死んだ幼馴染の、そして死んだ青髪の彼女の、2人の面影を残していた。
「ありゃーしたー」
店員の間延びした掛け声が気にならない程早く外に出る。
そのままバッと首を交差点に向けるも、そこに先程の少女は見当たらなかった。
「……一体、何なんだよ……」
男は、奇妙な体験の前にそう呟くしか無かった。
「クソッ、追いかけるべきか?いや、しかし……」
「うわぁ?ーーー」
ドンッ
考え事をして周りが見えなくなるのは男の昔からの癖だ。
今まで出会ってきた女達は皆、男の悪癖を注意してきたが、その癖は今もまだ治っていないらしい。
その証拠に男は前方から歩いていた女性とぶつかってしまったようだ。
透き通った美しい声が戸惑いと共に確かな衝撃を残して倒れていく。
男は鋭い反応速度で倒れる女性の背中に手を回す。
「わぁぁーーーっと」
「すまない。怪我はないか?」
「いや、キミのお陰で無事だ。ありがとう」
女の体を起こしながら、奇妙な奴だと男は女性を観察した。
「私の顔に何か付いているか」
女の顔にはなにも付いていなかった。
女子大生風のファッションに大人びた顔つき、なにを考えているか読めない瞳と白百合のように真っ白な肌と白銀の髪の毛が印象的な人形みたいな女だった。
「ああいや、なんでもない」
女を抱き起こして短い言い訳を一つ告げると、女の側から離れる。
「……」
「……」
見つめ合うこと数十秒。
女性はおもむろに左手の時計を気にしてる僅かに顔をしかめる振りをした。
「しまった。もうこんな時間か」
「……何か急いでる途中だったか?」
「この街の鎮守府に新しく着任する艦娘のお披露目が今から。それを見にいく途中だった」
「それは悪いことをした。車の一つであれば送って見せたんだが…」
運転免許は持っていないが、軍用車は衛士をやっている時に何度も動かしている。
女の言う時刻に間に合わせるならば多少手荒な運転になるだろうが間に合わせてみせる自信があったし故意ではないといえ、女性にぶつかってしまった少しばかりの罪悪感もあった。
「くすくす。これはナンパというものか?残念だが遠慮しておこう。連れがいる」
「そうか」
赤の他人同士、もう話は無いと互いに背を向けて歩き出す。
「着任式もとい進水式は向こうの海岸で行われるから。キミも興味があれば行くと良い。それじゃあ、また。蒼騎士クン」
「?」
聞き間違いかと思えて男は女を振り返ったが、既に女性は雑踏の中に紛れてしまったようだ。
「おかしな女だったな?」
彼もまた背を向け、特になにもすることが無いので件の着任式に向かうことにした。
「どんな艦娘が着任するだっけ?」
「吹雪だよ、吹雪」
「駆逐艦かぁ。横浜も大きくなったなぁ」
「押さないで下さーい。ゆっくりと列沿いに歩いて下さーい」
ガヤガヤと騒々しい人混みだ。
これも全て新しい艦娘の着任式というだけで集まっているのだからBETAと戦ってきた男にすると驚きと同時に酷く懐かしくもあった。
「アイドルのお披露目みたいなもんか」
忘れかけたいた感覚に笑みが溢れた。
また、艦娘とやらをもっと間近で見たい思いもあって出来る限り前に出てみる。
「うおーー!吹雪ちゃぁーーん!」
「可愛いー!!」
歓声のその先にその艦娘はいた。
中学生を思わせる顔つきとセーラー服を着た少女がそのその慎重に似つかわしく無い無骨な艤装を身につけていた。
あれが吹雪だろう。
「まだまだ青いな」
男にとって戦士に性別も年齢も関係ない。戦う意思と覚悟があるかないか、それだけが大事なことだった。
「あれは初陣で失敗するだろう。逆に言えば経験さえ積めば化けるタイプか」
ただ、それまでに死んでいくのがBETAとの戦いであった。
何人もの才能と英雄の素質を持った者達がいたが、それらの殆どをBETAは飲み込んできた。
それも、彼女達と深海棲艦の戦いには関係ないのだろうが。
「あれが艦娘……か」
男はそっと踵を返そうとして会場の雰囲気に足を止めた。
ざわざわ、ざわざわとどこか騒々しく、悲鳴の声も一部混じっていた。
「深海棲艦だ!!!」
誰かが叫んだその一声がキッカケとなり、会場がパニックに陥る。
人が人を押しのけ、我先に逃げようと駆ける。
男もまた銃を挟んだ腰に手を当てて現場に向かっていく。
深海棲艦を一目見たかったのもあるが、衛士としての本能が体を突き動かしたのだ。
「皆さん落ち着いて下さい。深海棲艦の対処を行いますので冷静に行動をーー」
果たして桃色の髪をポニーテールにした少女が砲塔を手に周りの人々に指示を出していた。
しかし周りはその声に気付かず阿鼻叫喚の騒ぎと化している。
これでは指示も聞こえていないはずだ。
「不知火の話をーー」
「うるせえ!艦娘ならとっととあいつらを殺してこいよ!」
「何のための艦娘だ!早く俺たちを守れ!」
更にひどいことに、周りは少女の話を聞かず、好き勝手叫んで少女に詰め寄っていた。
アレでは艦娘が動くことは出来ないことなど見ればわかるだろうに、男は誰かに押されて倒れた幼女を抱き起こして人集りへ向かった。
「うわっ、し、深海棲艦が来たぞ!」
「早く戦えよ!人間を守れ!」
「くっ、皆さん。落ち着いて……」
不知火は最悪といっても良い状況に歯噛みした。
折角の新しい艦娘の着任式は突如現れた複数の深海棲艦によって混乱の極致に至っている。
そこに助けを求めようとこぞって民衆が不知火に集まったせいで身動きを取ることができなかった。
(ここまで密着している以上迂闊に動けませんか…)
不知火は陽炎型の駆逐艦であり、艦船カテゴリーの中では駆逐艦は小さい部類に当たる。
が、それでもこの少女の姿をした艦であれば軽く腕を振るだけで人間など殺せてしまう。
それ故に不知火は動けなかった。
「きゃぁ!?」
「うわぁぁぁ!!」
一般客の悲鳴が響いた。
既に上陸した深海棲艦が近くの人間を襲っている音だった。
「はは、は、はやく!早く俺を守ってくれ!」
「撃てよ!良いから早く!」
ますます混乱する一般客の緊張で会場が張り詰めた瞬間。
ーーーパァン……。
乾いた銃の音が全員の時を止めた。
「………魚型…これが駆逐イ級って奴か」
拳銃を構えた男は小さく呟くとパン、パンと立て続けに駆逐イ級を射撃しなから距離を詰めていく。
『イイイィィィイイイイ』
低い唸り声を発するイ級が大口を開けて男を迎え撃った。
それを見越して間髪で避けた男は無防備なイ級の目を殴りつけるも、硬質な壁を叩く感触を残して目にダメージが入っている様子はなかった。
「現代兵器が効かない理由がこれか……」
目に見えない不可視のバリア。
それが艦娘以外の兵器を無効化する深海棲艦の謎だった。
「駆逐艦!合図と共にこいつを撃て!……外すなよ」
「何を言って…」
「一般客は速やかに散れ!邪魔だ!」
男の剣幕と怒号に静かになっていた周囲がそそくさと離れ始める。
誰しも手に銃を持った男に反論や逆らう姿勢は見せたくないものだ。
男はそれを観察して人の少ないスペースにイ級を誘導していく。
そしてーーイ級が男にかぶりつこうと上空へ跳躍した。
「ーー撃て」
「砲撃を開始します」
不知火の砲撃が駆逐イ級の装甲を易々と突き破る。
射撃で右目を、二撃目に魚雷に命中したのか、大きな爆炎がイ級を包み込んだ。
「狙いは良いが動けなくなっても撃ちこめ!相手が死んだとは限らんぞ!」
「ッ!」
その指摘に追撃の手を加えると、起き上がろうとしていたイ級はゆっくりと地面に伏した。
終わって仕舞えば、理想的な完全勝利の様相であったが、もし男がいなければどうなっていたのか……不知火は知らず知らず、冷や汗を一つ落とした。
(しかし、彼は一体?大本営の人間でしょうか…?)
既に男は居らず、別の深海棲艦を撃破した艦娘が応援に来ていた。
その艦娘は今日着任式を執り行う筈だった駆逐艦の吹雪だ。
「不知火さんと出撃するように提督から指示がありました!」
(よりによって新人とですか。初陣を経験させるにしても他の艦娘とも合流したほうがよさそうですね)
つい、と地面を見れば、そこには男が残した空薬莢だけが、男の存在と戦闘の痕跡を残していた。
「騒がしい1日になりそうですね」
吹雪にとって忘れられない着任式になるだろうと、不知火は任務に専念するのだった。
展開早い……早くない?