特異点が崩壊する寸前にレイシフトを完了した私と頼光さん、久世君にマシュにフォウが転移したのはカルデアのレイシフト装置がある広間だった。広間はレフが起こした爆破テロのせいで至る所にダメージが見られたが、それでも最低限の応急措置がされているようで安全のようだ。
………やっと、やっと帰ってこれた。
あのどこぞの世紀末を思わせる炎に包まれた冬木からやっとこのカルデアにと帰ってこれた……!
私が地獄(冬木)からホーム(カルデア)に無事生還できたことに心の中で涙を流していると、広間の扉が開いてそこから二人の男女が入ってきた。
「はぁ、はぁ……! よ、よかった全員いる! レイシフトは無事に成功したようだね」
広間に入ってきた二人の男女のうち男の方はロマン上司だった。どうやらここまで走ってきたようで呼吸が乱れているが、それでも私達の姿を見て安堵の表情を見せてきた。
……うん。やっぱり残念な所はあるけれどそれでもいい上司だよな、ロマン上司は。
そして広間に入ってきたもう一人の女性の方は……。
「ふむ。あれだけのトラブルや危険に遭いながらも生還してくるだけでなく人理の修復もやってしまうとは……。どうやら君達はとてつもなく優秀なようだね」
と、感心した表情で私達を見る、赤と青を基調とした中世風の服を着た女性で、久世君が戸惑いながら彼女に話しかける。
「あ、あの……。貴女は?」
「ん? ああ、これは失礼。自己紹介がまだだったね。私はこのカルデアに召喚された英霊の一人。自分で言うよりのもどうかと思うが、かの有名な万能の芸術家レオナルド・ダ・ヴィンチさ。どうか気軽に『ダ・ヴィンチちゃん』と呼んでくれたまえ」
そうこの中世風の服を着た女性こそカルデアが召喚に成功した三人の英霊の一人、ダ・ヴィンチちゃんことレオナルド・ダ・ヴィンチである。
「……え? レオナルド・ダ・ヴィンチ? それって確か男のはずじゃ……? というかその顔はモナリザの……」
ダ・ヴィンチちゃんの自己紹介に久世君が面白いように混乱する。
でもまあそれも仕方がないか。前世でさんざん「ダ・ヴィンチちゃんの素敵なショップ」にお世話になった私でも、実際にこの目でダ・ヴィンチちゃんを見たときはとてつもない違和感を感じたからな。
「ふふっ。まあ、私のことは一先ずおいておくとして……征彦君」
ダ・ヴィンチちゃんが不意に真面目な顔となって私を見る。気づけばロマン上司もダ・ヴィンチちゃん同様に真面目な顔となって私を見ており、私は二人に頷くと上着のポケットから虹色に光る液体が中に入った一本の試験管を取り出した。
「なるほど……。その中にオルガマリー所長が入っているという訳だね」
と、ダ・ヴィンチちゃんが私が持つ試験管を興味深そうに言う。
この試験管に入っている液体は私が独自に開発した魔術薬で、その効能は「霊体の情報を溶かして保存する」というものだ。そして今、この魔術薬の中に保存されているのは当然、ここにはいないオルガマリー所長の霊体の情報である。
前世の情報でオルガマリー所長が死んでいることを知っていた私は、何とかしてオルガマリー所長を助けたいとこのカルデアに来た頃から考えていた。その結果出た答えが「魔術薬にオルガマリー所長の霊体情報を保存した後、カルデアで彼女に瓜二つのホムンクルスや人形を造り、それに魔術薬ごと霊体情報を注入する」というものであった。
この世界には自分の魂をホムンクルスや人形に移し換える魔術師がいるという話を聞いたことがあったし、原作では肉体はすでに爆発で吹き飛んで魂だけの存在となったオルガマリー所長を救える方法はこれしかないと思ったからだ。
しかしこの魔術薬の開発が実に大変だった。何しろ「魂の保存」なんて今まで手をつけたことがないジャンルの魔術だったし、それに加えてレフの目を盗みながらの開発だったので、冬木にレイシフトするまでに完成度を八割程に持っていくのが限界だったのだ。
魔術薬が完成したのは冬木の探索中、頼光さんがメドゥーサのシャドウサーヴァントを倒して聖晶石を手に入れた時だ。聖晶石がこの世界では霊基の欠片だと知った私は「聖晶石ならば魂を保存する要素になるのでは」と考え、聖晶石を材料にする事でついに一時は完成を諦めかけていた魔術薬を完成させた。
そしてあの特異点が崩壊する時、私は既に魂だけの存在であったオルガマリー所長を唯一完成した魔術薬の中に保存して、このカルデアに帰還したという訳である。
ダ・ヴィンチちゃんは私から試験管を受け取ると目を瞑って精神を試験管の中にと集中させる。おそらくは魔術を使って魔術薬の情報を解析しているのだろう。やがてダ・ヴィンチちゃんは目を開くと満足気に頷いた。
「うん! この中にはオルガマリー所長の霊体情報が完璧な状態で保存されている! これだったら情報を分析して本来の身体と全く同じ……ううん、それ以上のスペックの身体を造り出すことができるだろうさ!」
ダ・ヴィンチちゃんの言葉を聞いて私は胸をなでおろした。
本当に良かった。あれだけ苦労して魔術薬を調合した甲斐があったというものだ。
「あ、あの……。それじゃあ……オルガマリー所長は、助かるんですね……?」
今まで黙って話を聞いていたマシュが目尻に涙を浮かべながら聞いてきたので私はそれに頷いてみせた。
勿論だ。「万能の天才」の異名を持つダ・ヴィンチちゃんは様々な分野で天才的な技術力を持っている。オルガマリー所長の新しい身体を造るのなんてわけないさ。
それに当然、私もダ・ヴィンチちゃんを手伝ってオルガマリー所長を助けるのに全力を尽くす。
私は医療スタッフだ。傷ついた仲間の命を救うのが私の使命なのだから。
オルガマリー所長、生存。
そして「私は医療スタッフだ!」。この小説のタイトルであり、主人公の口癖であるこの台詞、初めて前向きな姿勢で言えた気がします。