私は医療スタッフだ!   作:小狗丸

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「皆さん! 私の名はジャンヌ・ダルク! 一度は炎に焼かれてこの世を去った私ですが! 私の姿に化けて凶悪なワイバーンを従える悪魔よりフランスを救うため、ここに甦りました!」

 

『おおおーーー!』

 

『ジャンヌ・ダルク様ぁ!』

 

 街の広場でジャンヌ・ダルクが名乗りをあげると、それを聞いていた街の住人達が歓喜の叫びを上げた。

 

 私が考えたジャンヌ・オルタを捕まえるための策が実行されてからすでに十日。結果から言うと私の策は今のところ大成功と言えた。

 

 この十日間、私達は作戦通りにワイバーンの被害に遭っている街をジャンヌ・ダルクを先頭にした状態で訪ねてまわっていた。(ちなみに十日という短い時間でこの広いフランスにある街をまわることができたのは、サーヴァント達が生身の人間である私と久世君を運んでくれたお陰なのだが、久世君の方はマシュを初めとする複数のサーヴァント達が交代で運んでくれたのに対して私の方はずっと頼光さんが運んでくれた)

 

 最初の方の街ではジャンヌ・ダルクをジャンヌ・オルタと勘違いした街の住人達に悲鳴をあげられたが、今ではここにいるジャンヌ・ダルクはジャンヌ・オルタは別人であり、フランスを救うために復活したという噂が広まって、ジャンヌ・ダルクが率いる私達一行はフランスの街の住人達に熱烈な歓迎を受けるようになった。

 

 そしてこのフランスの人々がジャンヌ・ダルクを崇め、誉め称える声はジャンヌ・オルタの耳に必ず届いているはずだ。私の読みが正しければジャンヌ・オルタはそろそろ私達の、ジャンヌ・ダルクの前にやって来るはず。

 

 ……そうでないと困る。

 

 と、そんな事を考えながら私は街にいた怪我人達の治療をしていた。

 

 私達が今いる街は、これまで訪れてきた他の街と同じく私達がやって来るまでワイバーンに襲われていたので、怪我人の数は少なくない。そして私は医療スタッフだ。怪我人がいるのなら可能な限り治療をするのが私の義務だと思っている。

 

 するとそこに久世君とマシュがやって来た。

 

「あの……薬研さん。お疲れ様です」

 

「お昼ご飯を……その、持ってきました」

 

 久世君が私に小さく頭を下げて挨拶をして、マシュがおむすびが三つ乗っている皿と水筒を見せる。あの完璧なまでに同じ大きさと形をしている三つのおむすび。作ったのは頼光さんか。

 

 そう言えばもうそろそろお昼か。怪我人達の治療で手が離せなかったので、お昼を持ってきてくれたのは正直ありがたい。……ありがたいのだが、久世君とマシュが私に向ける態度が明らかにぎこちない。これはもしかして……。

 

 私がフランスの人達を助けるのがそんなに意外かな?

 

「えっ!?」

 

「あっ……!?」

 

 私の言葉に久世君とマシュの表情が面白いくらいに強張った。……やっぱりか。

 

 どうやら私は、特異点を修復する最終手段としてジャンヌ・オルタが潜伏していそうな場所をアルジュナの宝具で一斉爆破するという……このフランスを切り捨てるも同然の策を提案したことで久世君とマシュに不信感を懐かれたようだ。

 

 まいったな。自業自得とは言え、これは地味にショックだ。

 

 ……久世君、マシュ。ちょっと場所を変えて話をしないか?

 

「話……ですか?」

 

「え、ええ、いいですけど?」

 

 マシュと久世君の了解をもらった私は二人を連れて怪我人達から離れたところに行き、そこで二人と話をすることにした。

 

 久世君、マシュ。誤解のないように言っておくけど、私は別にこのフランスの人達をどうでもいいと思っているわけじゃないからね? 確かに私は「あの」最終手段を提案したけどあくまで最終手段。私だってやりたくないし、そもそも今やっているこの策が成功したら最終手段なんてしなくてもいいのだから。

 

 私は久世君とマシュの不信感を取り除くために自分の本音を言って聞かせたのだが、信じられないのか二人は不安そうな目で私を見てくる。

 

「は、はい……。俺達も薬研さんのことを信じています……」

 

「でも今実行しているミッションが失敗したら……。あの薬研さん? 現在のミッションと最終手段以外に敵のジャンヌ・ダルクを捕らえる方法はないのでしょうか?」

 

 そうだね……。捕らえる方法はまだ思いついていないけど、ワイバーンの動きを止めてフランスの被害を抑える方法なら一つあるな。

 

「「えっ!?」」

 

 私の言葉に久世君とマシュが同時に驚いた顔をする。

 

 これはその場しのぎの嘘ではなく本当だ。

 

 私はこの特異点にレイシフトする前にカルデアで一つの特別な魔術薬を作っている。それをうまく使えばワイバーンの動きを止めて、その隙にジャンヌ・オルタを捕まえることができるかもしれない。……まあ、今やっている策よりずっと成功確率は低いだろうが。

 

「ワイバーンを止める方法!? 薬研さん、それじゃあ……!」

 

 だから言っただろう久世君? 私だってあの最終手段はやりたくないって。この策が失敗に終わってもすぐに最終手段が実行されるわけじゃない。オーケー?

 

「「はい!」」

 

 ここまで言ってようやく久世君もマシュも不安がなくなったようで、私に元気よく返事をした後、自分達の持ち場にと戻って行った。この時の二人は、フランスを見殺しにせずに特異点を修復できるという希望が増したことを本当に喜んでおり、そんな二人の嬉しそうな表情を見た私は言うことができなかった。

 

 確かに私は最終手段、アルジュナの宝具によるフランス全土の絨毯爆撃はやりたくないと言ったが、他に方法がなくなったらやりたくなくても実行するということを。

 

 たとえ私自身が治療した怪我人達を見捨てて、フランスを切り捨てても人理を救済することを。

 

 ………。

 

 ……………。

 

 …………………はぁ、シンドイ。本当にシンドイ。

 

 いくら私の勝手な行動のせいで特異点の攻略難易度が上がってその責任をとるためとは言え、国一つを犠牲にして世界を救うなんて責任、私には荷が重すぎますって。

 

 そしてこうして考えると「Fate/stay night」のエミヤって、皮肉屋だけど凄い大人だったのだなとつくづく思う。

 

 だってエミヤも自分の願いがあるのにそれよりもマスターである遠坂凛の意志や人々の安全を優先するし、色々考えた末の行動を完全ノープランの衛宮士郎(しかもエミヤにとって衛宮士郎は殺意の対象である黒歴史とも言うべき存在)に否定されて悪者扱いされても最後まで自分の仕事に徹していたし。私にはとても真似できない……。

 

 そこまで考えて私は治療を再開すべく怪我人達のところに戻ることにした。


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