君に捧ぐ唄   作:死姫

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2話 彷徨う常世の者

 

夕食後、椿の提案で夜の村に出た奏は、何度目かの溜息を吐きながらダラダラと歩く。

「なんじゃ?夜の散歩は嫌か?」

「別に・・・。散歩は好きだけど、わざわざ幽霊なんて探さなくてもいいんじゃねぇの」

「まぁ良いではないか。それに、幽霊と決まったわけではなかろう」

椿が至って真面目に言っているから、奏は余計に嫌な顔をする。

「なんにしたって、今日はもう足りてるよ」

横を歩く椿の顔を見ながら言うと、椿は少しむっと不機嫌そうにする。

「妾をそこらの幽霊や怪異と一緒にするな!妾は2000年以上生きた・・・」

「大妖怪だろ?だから、足りてるって言ってんだよ」

「は?何でじゃ⁉︎」

「・・・もうー、わかったわかった」

耳を塞いで聞かぬとそっぽを向く奏に、椿は恨めしそうな目を向ける。

 

小さな川を渡す橋を抜けて、山の入り口近くへと進んだところで椿は足を止める。

「ふむ。・・・あれじゃな」

「えー、・・・もう?」

ゆっくりと腕を持ち上げ指さした所に、使われなくなって長そうな古井戸が見える。

「・・・・・ん?」

奏が目を凝らすと、その古井戸の手前に、髪の長い女の人が立っている。その女性は井戸の底を探るように覗き込んで、何かを呟いているようだ。

「ほぉ〜。・・・霊じゃな」

「井戸の中から出てくるのが鉄板だろ?何で覗いてんの?皿、落としたとか?」

「何で皿なんか落とすのじゃ?」

「いや、冗談だから。わかんないなら、いいから」

皿屋敷のネタを普通に受け止められて、少し恥ずかしい気持ちになる奏。当の椿の方は、じっと井戸の女性を見つめていたと思ったら、急に踵を返し歩き出す。

「え?お、おい。もういいのか?」

「よい。取り敢えず1つ見つけたのじゃ。明日にでもここらの住人に、あの霊の事を尋ねて回ろうぞ」

「はぁ⁉︎なんで⁉︎」

駆け寄りながら強めに聞き返す奏に、椿は視線だけを動かし答える。

「この世に留まる霊には、必ず未練がある。下手に排除するよりは、成仏させてやったほうが良い。呪いなぞ、貰いたくはなかろう?」

「そ、そりゃあ、まぁ・・・」

納得させたと判断し、椿は再び家へと足を進める。奏の方も、頭をかきながら後を追う。

 

「・・・・・・なぁ、この際放って置くのは?」

「却下じゃ!妾は幸せな家庭を築きたい。障害の芽は、摘み取っておくものじゃ」

「だめかー。・・・・・・・てか、家庭を築くって何?」

 

 

 

カーテンの隙間から射す光に、奏は目を覚ます。布団の中で目を擦りながら大きく背伸びをすると、背中に違和感を感じ振り返る。そこには・・・、

「・・・・・・・なにしてんの?」

椿が自分を抱き枕に眠っていた。

起きそうにない彼女の手を剥ぎ取り、奏は布団から抜け出し洗面所へと向かう。

顔を洗って歯を磨き、台所に向かう途中に居間を覗くと、付喪神三兄弟がテレビを見ていた。こちらに気付くとすぐさま頭を下げ、挨拶をしてくる。

「「「おはようございます!旦那!!」」」

「おはよー。お前ら朝から元気な・・」

軽く返してから台所に向かう。冷蔵庫を開け、牛乳をグラスに注いで飲み干し、付喪神へと話しかける。

「なぁ!朝飯もいるか?」

「へ?いやいや、そんなに頻繁には!」

「い、いらーないー・・」

「あたい達は『物』から生まれた妖怪だから、然程糧は必要ないみたい!」

その答えに頷きながら顎をさすり、一人納得する。

「ふ〜ん。お前ら、燃費いいのな・・」

「い、いや〜・・、でへへ」

別に褒めてはいないのだが、サラーが照れながら縁を撫でる。

取り敢えず二人分と思い、食パンを2枚トースターへ仕掛ける。それからフライパンで軽くベーコンを炒め、その上に卵を2つ落とす。蓋をしてから2分後に開け、塩胡椒を少々かけてから皿へと移す。その作業を2度繰り返してから、トースターの食パンを取り出す。ちゃぶ台へと移動したところで、タイミングよく椿がノロノロと起きて来る。

「んーーー、・・・・良い匂いじゃ。・・・食べる」

「はいはい。今はバターしかねぇから、パンにはこれな」

寝惚けてフラフラする椿に、バターを塗ったパンを手渡す。付喪神三兄弟に介抱されながら食事する椿からテレビに目線を移し、奏もベーコンエッグをのせたパンを頬張る。

食事の後もしばらくテレビを見ていた奏に、目がちゃんと覚めたのか椿が声をかけてくる。

「のぉ。ここらで1番物を知っておるのは、誰じゃ?」

「そりゃー、・・・・・婆様かな?」

「婆様?」

首を傾げる椿に、奏は顔を向けて話し出す。

「まぁようするに、この村の村長かな?俺もガキの時に世話になってたけど・・・、まだ生きてんのか?」

「んーー、まぁ会うてみるか。案内せい」

「あぁ。引っ越しの挨拶もしたいしな」

そう言って奏は部屋に戻り、簡単に着替えを済ます。居間に戻ると、椿も寝巻きから昨日と同じく紅い着物へと着替えていた。

「じゃあ、行くか。お前らは、留守番頼むな」

「「「はい!!旦那、姐さん、行ってらっしいませ!!」」」

「うむ。後を頼むぞ」

「だからヤクザかよ?」という言葉を飲み込んで、奏は椿を連れて村の中心部へと足を運ぶ。

 

 

村の真ん中辺りの小高い場所に、古くからここらを見守る一族が暮らしている。そこの1番の権力者、それが五月雨村の村長『婆様』だ。

坂を登りきった場所に門があり、潜り玄関へと進む。インターホンがないので軽く戸を叩き、呼んでみる。

「婆様ーー!お久しぶりです!桐谷の孫の奏ですー!」

『・・・・はいよー。お入りー』

間を置いて声が返ってきたので、奏は戸を開けてから中へと入る。椿もそれに続いて中へとあがってくる。

あがったすぐ先に控えていた家政婦らしき人が一礼し、奥へと案内してくれる。廊下の突き当たりを左に曲がったところに部屋があり、戸を引いてから中へと入る。

大きな座敷間の奥に、落ち着いた雰囲気の老婆が座っている。その人こそ、この家の家長であり村の長。古き一族の5代目当主である。

「ほぅほぅ。カナ坊かい?随分と、大きくなったの〜」

「引っ越しの挨拶、遅くなって申し訳ありません。お久しぶりです、婆様」

いつになく堅苦しい物言いをする奏に、椿は感心した表情を見せる。そんな奏に。婆様は優しく微笑み、言葉を返す。

「えぇんじゃよ。そうやってきちーんと、挨拶出来ればの。それよりも・・・、カナ坊。随分と珍しいお方をお連れなさったのぉ」

「はい?」

「後ろのお方・・・・、妖狐様じゃないかい?」

「っ!!!」

婆様の質問に驚きを隠せない奏とは違い、椿は「ほほぅ」と笑みを浮かべ前に出る。

「そなたにも、妾の真の姿が見えるようじゃの〜。さては、『サカガミ』の一族の末裔かえ?」

「いかにも。坂神家の5代目を引き継ぎました、八重と申します。生きてお会いできるとは、ほんにありがたき幸せ」

村の誰もが頭を垂れて敬う婆様が、頭を深く下げて敬意を示す。そんな姿を初めて見た奏は、二人を交互に見つめる。

「よい、頭を上げよ。妾の事を語り継いでくれる者がいまだ途絶えて無かっただけで、十分に満足じゃ」

「勿体無きお言葉、痛み入ります。して、封印されておられたとお聞きしましたが?」

「あ、俺が・・・・事故で。まずかったですか?」

恐る恐る手を挙げて奏が答えると、婆様は目を見開いて驚く。それから、また笑顔に戻り口を開く。

「いいんじゃよ。それもまた運命じゃろうて。・・・・妖狐様が封印を解かれたという事は・・・」

「うむ。またその時が来たのじゃろう。奏に起こされたのを、妾もそのように思うておる。・・・また、世話になるぞ?」

「はい。そのように・・」

話が知らぬうちに進んでいるのに、奏は置いてけぼりをくらったように首をひねる。

 

改めて姿勢を正し、婆様は奏と向き合い話しかける。

「さて、カナ坊。わざわざこんな老人を訪ねて来た、本当の理由を聞こうかね」

「あーー・・・、やっぱ分かりますか?」

「いいんじゃよ。昔のように喋っても。昔は敬語は苦手じゃったろ?」

「え?あぁ、・・・うんっ。それじゃあ、お言葉に甘えて」

1度咳込んでから、奏は改めて婆様への要件を話す。

「実は、昨日山の入り口あたりの古井戸で、その・・・女の幽霊を見たんだけど・・・、婆様心当たり、ある?」

「ほほぅ。カナ坊の霊視の力は健在のようじゃのぅ。それで、わしのところに?」

「まぁこいつ・・・、椿の提案で来たんだけどね。でも、ガキの時に見たときも、婆様に相談してたし」

「そうじゃったな〜」

昔を懐かしむように遠い目をしてから、婆様は話を戻す。

「古井戸の女ごを見たのじゃったな。丁度70年近く前・・・わしが幼かった頃の話じゃが・・・」

「ちょっと待って!婆様って、今幾つ?」

「ん?レディーに歳を聞いてはいかんぞ、カナ坊」

「レディ・・・・・、はい」

絶対に突っ込んではいけないと思い、奏は口を噤んで婆様に話を促す。

「そんでその頃に、あるお屋敷に奉公に来とった女ごが、あの古井戸の近くで亡くなったとか聞いた事があったのぉ。詳しくは知らぬが、見たものによると何かを探しておるそうじゃ」

「何かを・・・探す・・、のぉ」

椿は真面目な顔をし考えを巡らすよう目を閉じる。奏の方もこれ以上の情報を望めないと思い、婆様に頭を下げる。

「ありがとう、婆様。色々話してくれて・・」

「ええよええよ。引っ越し早々悪いがカナ坊、これから頼むの」

「は?ん・・・うーん。・・・うん」

近所の好に頼むと言われたと思い、若干首を傾げながら奏は頷く。それに満足してか、婆様も笑顔を見せてから手を2回叩く。すると今来たように家政婦達が、御膳をそれぞれ三人の前へと運ぶ。

「婆様、これは?」

「今日はカナ坊の引っ越し祝いじゃよ。酒も入れば準備させるぞ?」

「おっ、良いな!妾には冷で頼む!」

「はい、そのように。・・誰ぞおるかえ?」

「お前は少し遠慮しろよ!」

少し待てば酒も運ばれて来たので、三人は目の前の料理を肴に、奏の子供時代の話などに盛り上がった。

 

 

その日の夜、再び古井戸へとやって来た奏と椿は、昨日と変わらず井戸の底を除く女性を見ていた。

「それで、どうすんだよ?」

「ふむ。霊気に悪意は感じぬので、悪霊という訳ではなさそうじゃな。・・・・・。おい!そこの女!」

「えぇ〜。いきなり?」

話し合いをしていたはずなのに奏に何の意見も了承も聞かず、椿は唐突に女性へと声をかける。

女性の方はというと、自分が霊だと自覚しているのか、周りを一旦見回してから自分へと指さし確認を求めてくる。

「あの・・・、私ですか?というか・・・・見えてます?」

「あぁ〜、まぁ〜、・・・見えてる」

「そなた以外に誰を女と呼ぶのじゃ?奏は男じゃぞ」

「あっ、そういうことじゃあ・・・、私、幽霊ですけど」

そんな返しに奏と椿は顔を見合わせ、もう1度女性へと顔を戻し、深く頷く。

「うん、知ってる」

「わかっておるわ」

「えぇ〜。そんなあっさりと・・・」

幽霊なのに逆に驚いてる女性に、溜息を吐きながら椿が歩み寄る。

「それで、そなたは何を探しておるのじゃ?」

「へ?」

「あぁー、俺らはっすね、あなたが何で成仏出来ずにいるのか聞きにきたといいますか・・・・そんなんであってるか?」

「良いのではないか?ん〜、それより間が持たぬ。やはり煙管を咥えたいのぅ」

口の前に手を型取り動かしている椿に、奏はポケットから煙草を取り出し1本差し出す。

「何じゃこれは?」

「煙管何て今時ほとんどの人が吸ってねぇよ。これで我慢しろ」

そう言って口に咥えて火をつける。奏の吹かす姿を暫く見てから、椿も見様見真似に口に咥え、奏に火をねだりつけてもらう。それからゆっくり吸い込み吐き出してから、目を細めて口の端を浮かす。

「これは・・・、良いなぁ。実に良い。奏!妾もこれが欲しいぞ!」

「今度買っといてやるよ。はぁ、・・・金ばっかりかかるじゃねぇか」

「あの〜〜・・・・・」

「「あっ」」

二人で煙草を片手に世間話をしてるところへ、放って置かれた幽霊が声をかける。それで自分達が目的を忘れていた事に気付き、苦笑しながら頭をかく。

「すまぬすまぬ。つい、忘れておったわ」

「後は家に帰って話しますんで、そちらの方・・・聞かせていただきます」

「なんか既に私が話したがってる感じになってますけど⁉︎」

嘆く女性を「まぁまぁ」と落ち着けて、二人は改めて話を聞く体制を取る。それに合わせて、女性の方も1つ咳をしてから、二人に向けて語りだす。

「では、聞いて頂けますか。私の・・・、探し物の事を・・」

 

真夜中は、まだ始まったばかりである。

 

 

 

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