昭和30年。終戦の傷跡も徐々に癒え、仮初めにも平和となった日本。
この五月雨村に家を設けた、一人の男がいた。
彼は材木の卸業者で成功を収め、その財力にモノを言わせ、田舎には似合わぬ豪華な洋館を建てました。
当然一人では管理の行き届かぬので、奉公人を雇う事にしました。
その中の一人に、私がいました。
旦那様はとても優しく、急に手に入った財力に溺れる事なく、常に品行方正を胸に生きるお方でした。
そんなある日、私は使いを頼まれて、街の卸屋さんに漆の御重を取りに行きました。お言い付けの通り、私はそれを受け取り、屋敷へと戻りました。
しかしお渡しして数刻後に、旦那様は「中身が無い」とおっしゃいました。慌てて飛び出し来た道を辿りましたが、どうしても見つかりません。日も暮れた頃に戻った私は、疲れた足を井戸に休ませていたところ、
ガラッ
「はい?」
ゴッ!!
「崩れた足場によろけて、井戸の淵に頭をぶつけて・・・今に至ります」
「「・・・・はぁ」」
話を終えた女幽霊に対し、奏と椿は気の抜けた返事を返す。それから後ろを向いて、小声でヒソヒソと話し出す。
「・・つまり、こやつは阿呆なのか?」
「・・・いや、肝心な時にドジを踏むタイプだろう?」
そんな二人の会話が割と筒抜けなのを気を使ってか、女性は同じように小声で会話に入る。
「・・・あの、聞こえてますけど」
「「うぉっ!!」」
大袈裟に仰け反ってから誤魔化し、奏は1つ咳をしてから問い掛ける。
「えっと〜・・・、それで探し物は、何っすか?」
「あっ!すいません!肝心な事を・・」
かしこまって頭を下げた女性は、改まって口を開く。
「・・・饅頭です」
「「・・・・・・・・・はっ?」」
真面目な顔で言ってくるので、一瞬時が止まったように奏と椿は目を点にする。
「え?あれ?・・もしかして、饅頭知りません?」
「いや、知ってるけど・・」
奏が頭をかきながら答えると、隣の椿は溢れんばかりの妖気を放ち、頬をひくつかせ怒りを露わにする。
「ま・ん・じ・ゅ・う、じゃと〜!そなた、妾をからこうておるのか?」
そのオーラに怯えてか、女性は「ひっ」と声を上げて、井戸の後ろに隠れる。
「な、ななな、なんか、凄く怒ってらっしゃいますけどー⁉︎」
「あー、うん。まぁ・・・、色々とね。・・・はぁ」
溜息を吐いてから、奏は怒る椿の前に立ち、「どうどう」と宥める。
「取り敢えずさ、話はわかったし・・・日を改めようぜ?」
「いや、面倒じゃ。・・・除霊してくれる」
「ひぃぃ!!だって、お話聞いて下さるって!!」
抗議してくる女性の言葉を聞き入れず、椿は手の平から青白い焔の玉を作り出す。
「このような低級霊、この程度で微塵に出来よう」
「いやいやいや、お前が除霊しないって言い出したんだろ?落ち着けって!」
今にも手の中のモノを放ちそうな椿を抑えながら、奏は女性へと声をかける。
「あの!俺達一旦帰りますんで、えっと〜・・・お名前は?」
「は、はい!お梅と申します!」
「じゃあ、お梅さん!そっちも一旦、消えてもらえます?何かわかったら、ここ来ますんで!」
「わ、わわ、わかりました!それでは!!」
シュッといった感じで、幽霊のお梅さんは姿を消す。標的を見失ってか、椿も手の中の焔を握り潰して、奏を睨み付ける。
「なんじゃ!あんな幽霊の味方なんぞして!」
「とにかく落ち着けって。話もわかったし・・・、多分林抜けた所の洋館だろ?明日にでも聞きに行ってみようぜ」
奏の言い分に「ふん」とそっぽを向いてから、椿は一人歩き出す。
「おーい。どこ行くんだよ?」
「・・・帰るんじゃろ?興が冷めたわ」
なにやら一人で文句を垂れる椿の背中を、奏は溜息交じりに後を追った。
翌日、奏は一人で林の奥の洋館へと訪れていた。椿は昨日の事が尾を引いてか家から動こうとしないので、仕方なく一人で来たのだ。
(当ては外れてるかもしんねぇけど・・)
そう思うのにも理由はある。こちらへ来る前に、奏は婆様の所へ寄って、洋館の持ち主の事を聞いて来たのだ。その結果わかったのが、洋館の主は随分と昔に代わっていたのだ。建てた主は突然事業が上手くいかなくなり、我が家を売りに出していたのだ。持ち主は何度も移り代わってから、今の主となっている。
「お待たせしました」
「あ、どうも」
現在洋館に住んでいる主人、松野晋二が挨拶をする。その道では有名な画家らしく、ここへは落ち着いて描ける環境を求めて来たのだという。
「それで、私なんかにどう言ったご用件で?」
「あ、はい。実は・・・」
他愛も無い話の末に問われてから、奏は話の本題へと移る。
「この洋館の、最初の持ち主って知ってますか?」
「最初の・・と言いますと、この洋館の創設者という事ですか?」
「そうです。何かご存知ですか?」
松野は少し考える素振りを見せてから、急に声を低めに笑い出す。
「・・あのー、なにか?」
「いやいや、申し訳ない。ここの古い物置を整理した時に、創設者・・・かどうかわかりませんが、以前住んでいた人の日記帳が出てきましてね。それを思い出して、つい・・くくっ」
笑いを堪えきれない松野の言葉が気になり、奏は身を乗り出して声を張る。
「その日記、見せて貰えますか?」
「.・・・・嘘?」
再び井戸へ訪れた奏は、お梅の問いに深く頷く。後ろでは椿が、声を殺して腹を抱えて笑っている。
「お梅さんが受け取りにいった重箱には、饅頭なんて最初っから入ってなかったんっすよ」
「そんな・・、じゃあどうして旦那様はそんな嘘を⁉︎」
「それが・・・」
後ろで笑い続ける椿に睨みを利かせてから、奏は息を吐いて口を開く。
「洋館の創設者、笹川弥助は・・・あなたに、惚れていたようです」
「えっ?」
何を言っているのか理解出来ないというか顔を浮かべるお梅に、奏は話し始める。
「弥助は、あなたの献身的な働きぶりに、いつしか恋心を抱くようになりました。でも終戦間も無い頃から仕事一徹に生きてきた弥助にとって、恋なんてものは無縁だったらしく・・・、素直に想いを伝える事が出来なかったみたいです。そんな時思いついたのが、あなたの奉公人という立場を利用しての計画です」
「私の立場を利用した・・?」
疑問を拭いきれないお梅に、奏は続ける。
「弥助は考えました。ある筈のない饅頭が無くなったと告げれば、真面目なあなたは探しに向かう。当然無いのだから、泣く泣くあなたは戻ってきてから謝る。「私の出来る事なら、何でも致します」と言うと踏んでいた弥助は、それに託つけ「私の嫁になれ」と。でもそれを伝える前に、あなたは不慮の事故で亡くなってしまった。ショックで立ち直れないまま、事業は下降し、あなたとの思い出の場所すら手放さなくてはならなく・・・」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
話を遮ってから、お梅は震える手で頬を包むと、大声で嘆き出す。
「つまり私は、初心な旦那様の嘘に振り回された挙句、自分で転んで頭を打って、死んだって事ですか⁉︎」
「・・・はぁ、まぁ・・・、そういう事っすね」
「ええぇぇぇ!!」
「あーっはっはっはっはっはーー!!!」
己の境遇を叫ぶお梅に合わせて、堪えていた声を上げて椿が笑い出す。奏は頭をかきながら、お梅の側へ寄り背中を撫でてあげる。
夜に静けさが戻った頃、お梅はゆっくりと立ち上がり井戸へと移動しそれをなぞる。
「・・・私、これからどうなるんでしょう?」
ようやく落ち着いた椿が歩み寄り、質問してきた当人へと答える。
「そうじゃな。そなたがもう未練が無いと思うならば、いずれ迎えが来よう。どうじゃ?」
「未練・・ですか。私は・・・・・・・少し、あります」
そんな自分の言葉に苦笑してから、お梅は顔を上げる。
「私は、もう少しだけ・・誰かにお仕えしたいです」
その表情に流されてか、奏と椿は優しく微笑み返した。
家に帰った奏達は、裏口にある井戸の前にいた。
「これなら、問題なかろう?」
「えっと・・・、どういう事ですか?」
一時的に古井戸から切り離されたお梅は、首を傾げて問い返す。それに応えるように笑みを浮かべてから、椿は手早く印を結んでから、井戸に手を置く。
「"この霊体を、この場所へと誘わん"」
置かれた手から光が零れ、間も無く消失し椿は手を離す。
「これで良い。これでそなたは"ここ"の住人じゃ」
「は?」
「そう、なんですか?」
自慢気に胸を張ってから、椿は簡単に説明を始める。
「あの古井戸から切り離した際に、お梅を妾の管轄下に置いた。井戸を媒介とした怪異に近かったのでな、この井戸へと無理矢理繋ぎ代えたのじゃ」
「・・・はぁ」
「なんかよくわかんねぇけど、お前とんでも無い事サラッとやってないか?」
鼻を鳴らしてから奏に視線を向け、椿は不敵に笑んでみる。
「妾は、大妖怪じゃ。この手で出来ぬことなど、無いと知るが良い」
椿の余裕な笑みに、奏は「やれやれ」と頭をかき、お梅は喜び微笑む。
それから、勢いよく振り向いてから、お梅は奏と椿に頭を下げてから笑顔を見せる。
「これから、よろしくお願いしますね!旦那様に、奥様!」
これからこっちもドンドン書いていきます!