新興の戦車道部に於ける青春の話です。
※注意
登場する戦車は大抵急造兵器なので、分からない場合は途中検索をお勧めします。

作者の処女作ですので、擬音語がしょぼかったり会話の現実味がないことなどがありましたら、アドバイスしていただけると幸いです

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マイナー戦車が書きたかったのです

追記
戦車道に於けるライバルといえる学校がアンツィオのみだった件について


農林高校の戦車道部がオカシイ件について

「うわっ!」

 

目の前に緑とも茶色ともつかない柱が上がった。

四面楚歌の晴天の下、茶色のクレーターをキャタピラが進む振動の中、再び私はこの言葉を思い浮かべた。

 

(やっぱり、うちの学校は少し変わっている。)

「進め!進むんだ!」

 

辺りには援護してくれる戦車もなく、ただ少し地形の凹んだ所へと前進するのだった。

ガッツーン!

ふと見れば、もんもんと煙を上げる黒く煤けた柿色のの車体からは、少し黒ずんだ白旗が上がった。

 

 

いや、思い返せば、少しではないのかもしれない。

大変に変わっているのだ。

今更ではあるが私、宮澤ユキの通っている学校は「白河高等農林高等学校」といって、その名前の通り農業や林業を中心としているのだが、本校の農業については各人で想像してみてほしい。

…大海原に浮かぶみかん畑を

…潮風匂う棚田を

…甲板を覆う雑木林を、そもそも学園艦の上で農業やら林業やらをする事自体が可笑しい。

幾ら艦上教育の一環だとしても可笑し過ぎるのである。

しかしながら自然に囲まれた学校だからか「作れる物は自分で作る」と言う精神でDIYに励んでいる。

現に私が使っている椅子や机も1年の初っ端である1学期に作った物だ。

それだけならまだ良い、先代の校長が見栄で始めた戦車道にも其のDIYの精神が何故か注入されて、

「使う戦車は自作で‼︎」などと言う大変にトチ狂った方針を打ち出した。

これにはニュージーランドの建設大臣であったボブ・センプルの精神が受け継がれているそうだが知ったこっちゃない。

しかし、周りのヤツらは思う所が有ったらしくて今ではその校長が理事長になってしまった。

幸いな事に「良識派」の先輩方(今は卒業して居ないのだが…)が、マジノとサンダースから中古でFT17とM1917をスクラップ価格で買い取ろうとしたのだが他のヤツらが止めに入って、購入計画自体がオジャンになった。

…そろそろ精神科に行ってもらった方が良いのではないだろうか…

そう本気で思い始めたのだが幸いな事に校長の「最後の良心」で聖グロから中古のユニヴァーサルキャリアを何両か購入出来た。

こればっかりは感謝したい。そう思ったのも束の間、

1週間後には旧日本海軍の使用した砲塔付き改造ユニヴァーサルキャリアに魔改造されてたのである‼︎

それも全車…orz

これが去年の事で今年になってからは史実に於いて「工場で製造されてた」4種類の戦車を作るそうだ。

幸いな事にこの学校に有った機材から作るそうでトラクター部の奴らが張り切ってたのだが地味に楽しみである。

なんせ史実に於いては「工場製」で、現場改造のDIYとは訳が違う‼︎

さぞかしまともなものなのだろう。

…そう当時の私は工場製と言う言葉に騙されていた。今なら断言出来る。

まぁ後悔はしていないし、楽しい思い出であるのだが。

そんなこんなで1カ月後完成した物を私達戦車道部で見に行く事になった。

あの時の衝撃は今でも忘れられないだろう。なんせ私の想像を遥かに上回るブツがそこに居たのだから。

当時の私はアレを戦車とは意地でも言いたくなかった…

 

 

 

 

 

今になって思うと、夏の暑さで頭がヤられていたのであろう。

事前に聞いた情報によると国籍はニュージーランドとソ連それぞれ2種類ずつで、

ニュージーランド戦車の内の一種類は6門のブレンガンを搭載していると聞いて、

私はアンツィオのタンケッテの凄いヤツを想像していた。

それに先に装備していたユニヴァーサルキャリアと補給が共通化出来るからコスパも良い上に避弾径始を意識していると聞く。

もう片方は聖グロのクルセイダーにも載っている2ポンド砲と来た、

期待しない方が馬鹿である。

ソ連製にしても20㍉機関銃若しくは、45㍉砲が搭載出来て、もう片方には75㍉山砲が搭載出来ると聞く。

これでまともな戦力になる。

当時の私は細かい説明に耳を貸さず小躍りしていたわけである。

 

…期待が大きく裏切られる事も知らずにね

 

 

 

 

「やぁ‼︎待っていたよぉ〜」

トラクター部の部長、葦野先輩がやたらにテンションを高めて出迎えてくれた。

「じゃっ早速戦車の方へ案内しよぅ‼︎」

 

「まずは1両目‼︎」

部長に連れられるままに車庫へ入った目の前に有ったのは、私達がいつも乗っている「農業用トラクター」が何の改造も無く鎮座している。

 

「ちょっと待って下さい!これ唯のキャタピラー社製トラクターじゃないですか‼︎」

誰かが皆の気持ちを代弁してくれたようで、周りの部員達が騒ぎ始める。

事実私も思った訳であるが

 

「諸君! これこそが、ニュージーランドの国産戦車、ブレンガンを搭載し知波単の紙装甲を粉砕する事の出来るぅ〜ボブ・センプル戦車ッ、今此処に完成‼︎」

部長のテンションは最高潮に達し、トラクター部員達がトラクターの前に集合して組み立ての準備を始めた。そこへクレーンで運ばれて来た物体がトラクターにドッキングして、部員達が組み立てを始めた。

暫くすると其処には戦車とは似ても似つかないやたらに背の高い物体が鎮座していた。

トタン板の様な装甲からニョキっと機関銃が出ている奇怪な姿、大きさの割に貧弱過ぎる武装、高さは3.4㍍に達し、実戦では明らかに使い物にならないと1目で分かる。

 

「え〜何コレだっさ」

「アンツィオのタンケッテの方がまだマシだべ…」

そんな声があちこちから聞こえて来る。当然である、現に私もそう思ったのだから。

…当時の私はコイツを戦車と言える余裕など少しも無かった。

 

「良いか‼︎良く見て‼︎、この一見クソダサい波板は、斜めっている所が傾斜装甲と同じように装甲厚がカサ増しされて避弾径始に優れているのだよ‼︎」

「実際に戦前の雑誌に載っている未来の戦車も同じ手法で避弾径始に対応しているねェ!」

 

トラクター部部長がそう言うと、今度はあちこちから賞賛の声が上がる。

この時私は部長のヤツが呟いたのを聞き取った。

「※ただし軟鉄製」

ヤツはそう言ったのだ。一般的な「鋼」では無く鉄、しかも軟鉄なのだ。

私達に死ねと言っているのか!コイツは‼︎

 

しかし他の部員は聞いていなかった様で、

「流石は先人の知恵‼︎」

「ダサいようで考え抜かれた姿が逆に美しぃ〜」

と言った具合に、我が部員達が洗脳され始めた。

 

「そもそも戦前の未来予想が現代戦車に適応されていないし時点で間違っているじゃない‼︎」

私はそう言おうとしたのだが、周りの圧倒的賞賛の空気に押されて何も言えなかった。

此処で強く言ったらこの先どうなった事やら、

今となっては言わなくて正解。そう思えるようになった。

 

「しかも改造はトラクターにこの皮を被せるだけぇ、皮自体の製造も容易だからぁ学校内のあらゆるトラクターがコイツに早変わり‼︎」

部長がそんな事を言うと、洗脳され始めた部員達がカルトの信者の様に賞賛し続けた。

どうやらウチの「作れる物は自分で作る」の精神と同じ物を感じたらしい。

我が部の部長すらこの戦車に既に毒されていて、当時平部員だった私にはどうする事も出来ず只々周りの盛り上がりに身を任せる事しかできなかったのである。

 

 

 

 

 

「続いてはァ〜コレ‼︎」

「同じくニュージーランドから、スコフィールド戦車‼︎」

「我が校のリソースを最大限活用すべく、農作物運搬用トラックのパーツを流用ゥ!」

「特筆すべきはコレ‼︎、なんと!聖グロのクルセイダーにも装備されているゥゥ2ポンド砲を装備‼︎

…まぁオープントップなんだけね」

「他にも何処ぞのクリスティー戦車と違ってキチンとタイヤで走行出来たりするのだぁ‼︎」

 

「流石ニュージーランド、自国産業のリソースを最大限に活用‼︎」

「ウチのトラックを全部コイツにしましょう‼︎いや、すべきです‼︎!」

「正しくこの学校の為の戦車‼︎」

マジでコイツらは信者になったのか…

そんな事を思いながら、恐る恐る覗いてみるとそこには先程のアレに比べたら遥かにマシなものがあったのである。

車体前後のタイヤが目につくが、小柄な車体で隠蔽にも向いていてオープントップの砲塔は視認性も高い。センプル戦車に比べたら居住性も高いだろう。

何よりカッコ良いのである(比較級的表現

…今思えば私もここら辺から急造兵器に毒されてきたのだろう。

「夏の暑さは人を狂わす」私はそう思った。

 

 

 

 

 

「続いてはァ〜北の国ソ連から、我が校のトラクターを改造したオデッサ戦車ァ‼︎」

「史実に於いてルーマニア陸軍をビビらせた上に、その性能から鹵獲して運用した事から性能は折り紙付きだぁ‼︎」

「しかし!強引に装甲を装着した為速度が遅い…だが‼︎コイツの真価は待ち伏せ‼︎」

「新砲塔チハとほぼ同規模の45㍉対戦車砲を搭載!敵戦車の装甲を確実に屠ります‼︎」

「しかも!鉄板と木材を張り合わせて重ねただけではありますが、現代のMBTでも採用されている複合装甲を搭載‼︎材質こそ違えど効果は十分に機体出来るでしょう!」

「なななぁなんと‼︎装甲に使われる木材の種類が不明である事を戦車道連盟に伝えたところぉぉ…使う木材の種類は自由との回答がありました‼︎」

「なので‼︎」

「居住性を重視して高級な浴槽にも使われるヒノキを装甲に使用‼︎」「目に見えない性能が大幅にアッップ‼︎」

「戦闘中の緊張を包み込むほのかなヒノキの香り…素敵ではありませんか‼︎」

「何より45㍉の長砲身!弱小校の単砲身砲とはワケが違う‼︎」

 

「小型の砲塔が被弾率の大幅な軽減に繋がりそうですね‼︎」

「速度の遅さなど、我々の練度を持ってすればあって無いようなもの!何も問題はありません‼︎」

コイツらはもう完全に信者だ…

そんな事を思ってはみるが、長砲身の45㍉対戦車砲は長砲身で、確かに頼もしい。

小型の砲塔は車体さえ隠せば、敵に気付かれにくい。なるほど…これは勝てる‼︎

…恥ずかしいが、当時の私はある種の確信に至った訳である。

 

それにしても奮発して装甲にヒノキまで使ったのに部員から少しも触れられないトラクター部部長が哀れである

(目を回すと若干ションボリしている部長が居たが、何時もテンションが高い為大してヘコんでいる様には到底見えなかった。むしろテンションが高くも低くもないノーマルな姿にしか見えない。)

…当時の私は前までの戦車(?)が余りにも酷いせいか、比較級的な意味で性能が良い事を単に性能が良いと勘違いしていた。この頃から完全に毒されていたのだろう。

 

 

 

 

 

「境遇は同じでも資材は豊富‼︎製造元は伝統と格式のハリコフ‼︎ その高い技術力の賜物、Khtz-16!又の名をハリコフ戦車‼︎」

「移動速度はオデッサと同じ位ですが、我が校のトラクターに最大限の装甲を施し最大装甲厚は25㍉‼︎しかも!天井を除き最低でも装甲厚は10㍉を確保‼︎来るものを寄せ付けません‼︎!」

「オデッサの45㍉に加えて、我が校最大の巨砲、75㍉山砲を搭載可能‼︎ありとあらゆる物を『粉砕☆』します!」

「他の戦車とは一線を画す圧倒的性能‼︎」

「場合によってはァァあの!T-34(※40年型)を撃破出来るかもしれません」

 

「流石は火砲王国ソ連!高火力ですなぁ」

「ハリコフだけあって作りが丁寧で、何よりカッコ良いですね‼︎」

 

コイツらは褒める事しか出来んのか…

私はそんな事を考えつつも、心の中で「これで、勝てる」と思った。

見れば分かる、この大口径砲に、この小柄な車体。向かうところ敵無しではないか。どんな戦車も装甲車も、この巨砲で貫通できるとさえ思った。

 

この頃の私は完全に毒されていたと言って良いだろう。今思えばだが、トラクター部の部長がちょくちょく何処かの弱小校やら紙装甲の戦車をDisるものだから自然と強豪になった気分で完璧に勘違いして天狗になっていた。その時の私は勝てる気しかしなかったのである。

 

 

 

 

次の活動日、私達戦車道部はまず自分達の搭乗する戦車と自らの役割を決めることから始めた。

搭乗する戦車と役割はくじ引きで決めたのだが、もうその頃の私は有頂天で、

「どの戦車のどこの役割でもいい!」そう思っていた。

結果は隊長車に選ばれたセンプル戦車の前方銃手という中々のポジション。

前方に突き出した獰猛な機関銃で他の誰よりも先に敵を粉砕出来る‼︎

何を考えたか、調べが足りなかったのか、当時の私は気合いと自信に満ち溢れていた。

 

次の活動日、私達は早速戦車に乗ってみた。

他の戦車に比べて圧倒的に背の高いセンプル戦車は目立つ。そんな訳で道行く人から「頑張って‼︎」だの「まさに我が校のシンボルですなぁ」なんていう激励の言葉を頂いて私は誇らしい気分になった。

 

後部のドアから中に入って他の部員が次々と持ち場に就いていく。

短い通路の一番前、そこには当たり前のようにエンジンルームがあった。私は自らの持ち場に関して自分で考えるよりも誰かに聞く事を選んだ。

 

「部長‼︎ 私の持ち場は何処でしょうか?」

「そりゃぁ目の前にあるでしょ〜」

 

部長の適当な回答の後、指を指している方(当然にエンジンルームと戦闘室を隔てる壁。つまり先頭部である)を見ると、人が一人入れそうな横になれそうな隙間があった。

 

「とりあえず入ってみなさい!入れば分かる筈よっ」

「わ、分かりました…」

 

満ちていたやる気が心の中で不安に変わるが、その不安を押し切って中に潜り込む。

案の定、其処には腹ばいになって使うであろう機関銃が1丁。

今度こそやる気が完全に不安へと変わった。

 

「たっ隊長!腹ばいになって機関銃など撃てません!」

考えた頃には既に口を動かしていて、部長の返事を待った。

 

「ドラグノフというスナイパーライフルを知っているかしら。」

 

「はい…名前くらいは聞いた事が有りますけれども、それが何か?」

 

「ドラグノフは、弾丸をオートで発射できるの…ある種のマシンガンとも言えるわ‼︎」

「本当にそれがどうしたんですか?」

「スナイパーは腹ばいになって射撃する事が多いの。つまり!ユキのする作業はスナイパーと一緒なの。カッコいいと思わない?」

「なおかつ、これは戦車よ!スナイパーに於ける観測手と同じ役目を持つ車長である私が、装甲によって守られている以上!安全に観測を続けて指示も出し続けられる。まさに撃てば必中ってワケ‼︎」

 

「なるほど!わっかりました‼︎」

今思えば本当に夏の暑さと車内の湿気で頭がどうにかしていた。当然である。なんせその時の私はその適当な答えの中に自信を見出してしまったのだから…しかも後で調べたらドラグノフはセミオートだった。

部長のヤツ嘘を吐きやがったのである………

 

 

 

 

夏休みが終わっても暑さの残る新学期、私達は慣熟訓練を始めて本格的に戦車に乗り始めた。

パーツ流用しただけでほぼ新造したスコフィールドは慣熟に少々時間を要したが、トラクターを改造した残りの戦車たちは、視界が悪くなった程度で今までの感覚で操縦出来たのか私達を除いて大した問題は起きなかった。

私の乗ってるボブ・センプル戦車はソ連と違って碌な重工業がない農業国で作られたからか問題が続出した。

例えばソ連戦車は前方にあるエンジンを独立させた形として戦闘室を設けなかったのだが

ウチのセンプルは機関室の上に戦闘室がある為天井が高くなって隠蔽が絶望的だ。それに、エンジンの排熱が私に直撃する為非常に暑い。

これに関しては着脱可能な遮熱シートと作物冷却用のドライアイスを装備する事で解決されてのだが

この程度の誤魔化しでは長時間の戦闘に耐えない…

それに特殊カーボンでコーティングされているとはいえ軟鉄製の装甲は本当にすぐ凹む。

例えば私達が慣熟の為に始めて乗り込んだ時、

操縦手は視界の悪さから駐車場の縁石に戦車の角をぶつけてしまった。

ガコッという音が聞こえたのだが私達乗員はこれは戦車、簡単に凹む事は無いと練習を続けていたのだが、練習後気になってこっそり車体を見た所凹みがあったのだ。

…若葉印の乗用車に付いている様なサイズが堂々とあった。

 

「…アカン」

 

私の心が勝手に呟いた。

余りの前途多難に私の心は折れかけたが、何とかモチベーションを保ちつつ本格的な練習を始めた。

 

 

練習を始めてみると案外慣れというヤツが出来るみたいで、私達の車両も含めて大方が停止中の射撃に於いては外す回数がみるみると減っていった。

まぁ近距離に於いてという但し書きが付くのだが。

それでも1カ月もすれば「砲」を装備しているチームのヤツらも、どの距離からも十分に当てる事が出来たようで私達戦車道部全員の士気がうなぎ昇りに上がって天元突破するレベルとなった。

…本当にコイツら洗脳されやすいんだな…

なぁんて能天気な事を考えていられるのも、私の乗っている戦車が「機関銃」を装備しているからだろう。

機関銃の操作はマトモな戦車が来る前の砲塔付きユニヴァーサルキャリア(※現在はマトモな戦車が入った為、下級生もしくは練習用として使用。)で十分習得したし、機関銃の有効射程はどう足掻いても戦車砲の半分以下なので近くて当たりやすい敵しか撃てない、

いや撃たなくて済むのだ。

これ程楽な事はない、ただ実戦に於いて確実にフラッグ車になる本車の有効射程が此処まで短いと四六時中護衛に「砲」搭載の戦車を付けなくてはいけなくなる。

だが当時の私には頼もしい砲装備の戦車が近くで守ってるから鉄壁の防御だ!

と、謎の自信に満ち溢れていた。今となっては本当に謎である

 

問題なのは私達の戦車の傷つき方である。

軟鉄製の車体は他の戦車と違って本当にすぐ凹む。他の戦車に追随して荒地を往くと他の戦車がぶつかっても凹まないような岩ですら凹んでしまうのである。

大会に向けて練習を重ねるごとに増えてくる凹み。先輩やチームメイトに聞いてみても

 

「それは私達の努力の結晶だろ〜」とか

「勲章みたいなものじゃない!」

 

なんて答えしか返ってこない。

こんなに凹んでは強度的にマズイんじゃないかなと調べてみたところ、装甲の上からコーティングされている特殊カーボンは繊維質の為凹んでいても歪んだ装甲に張り付いたままで決して剥がれず強度は変わらない事が分かった。

その頃から私も先輩のいう通り車体にある無数の凹みがまさに勲章の様に思えてきた。

急造兵器に毒された私としては無骨な車体に入る無数の凹みが、持ち前の無骨さを際立たせている様に見えた。

……急造兵器に対する洗脳が解けた時、当時の写真を見て見たら、奇妙な車体の無数の凹みが古惚けた薬缶にある無数の歪みの如く見窄らしく見えたのは別の話だ。

兎にも角にも当時はその見窄らしさが歴戦の武者に化けたのであるから不思議である。

 

兎も角、私が部は最低限の練度を脱し士気は高く試合に出てもまぁ恥ずかしくないだろうと、私達の基準では思えるほどになった。

部長が他校との練習試合を申し込んで来たのは間もなくの事である。

 

 

 

 

 

残暑が通り過ぎて穏やかで過ごしやすい秋。読書の秋だの食欲の秋だの言うが、

戦車道部としては戦車道の秋を推したい。

しかし急造兵器ばかりのウチは清々しいまでに人間工学に基づいていないものが多々ある。

私のセンプル戦車が良い例だ。灼熱の車内が多少でも涼しくなる秋は正にスポーツの秋様様である。

二学期早々から練習試合をすると部長は宣言していたものの、対戦相手を我々に公表したのはこの頃だった。それは突然で、いつもの練習メニューが終わってジャージ姿でダラけている時であったと思う。

 

「突然だけれども、練習試合の相手が決まりました‼︎」

「ちなみに試合形式はフラッグ戦です」

 

突然そんな事を言い出した部長であったが、私を含め部員達は自身の腕に自身が出始めていてヤル気が漲るまでにそう時間は掛からなかった。

「部長‼︎本当ですか!早速楽しみです。」

「何処なんですか?まぁどんな所でも勝ってみせましょう‼︎」

「腕が鳴りますねぇ」

 

「聞いて驚かないで下さいよぉ〜。なんと練習相手はァァアア」

「名門!アンツィオ高校です‼︎」

 

 

アンツィオの名が告げられた時何故か安堵の気持ちが溢れたがその安堵はすぐに立ち消えみるみる内に闘志が漲ってきた。

広い大地で敵の攻撃を弾き勇壮と前進し、敵にを圧倒的に薙ぎはらう光景が目に浮かび、とうとう私は試合が楽しみで仕方がなくなってきた訳である。

…前に書いた少しの安堵が他校の「普通の戦車」に対する恐れとは当時の私には知る由が無かった。それが分かったのは試合後の事である。

私にとってこの試合は大きなターニングポイントになったといえよう。

 

 

他人の気持ちなんぞわからんが兎に角闘志を燃やしている事だけはイヤになるほどに分かった。

早速テンションが天元突破したご様子で

 

「部長殿!試合日はいつでしょうか‼︎」

とか、

「試合までの間精進しなければなりませんなぁ」

 

なんてことを言っていた訳であるが私だって試合に対する闘志が天元突破していたので人の事は言えない訳である。

 

 

「試合日程は急になってしまいましたが、2週間後です‼︎」

「だからと言って恐る心配は有りません」

 

そんな事を言って部長は何処からかホワイトボードを運んでいつの間にか作戦会議の様相を呈していた。

「アンツィオ高校の保有戦車はC.V系列とM13系列の2種あって、両者ともリベット止めの装甲で装甲厚そのものも薄いですが快速であり、撃破は困難を極めるかも知れません。」

「しかしながら相手方は装甲が薄い為、我が校のブレンガン装備車以外は長距離から撃破出来るので、距離の取り方は大切にしてください。」

 

「もし近づかれた場合はどうなるんです?」

 

「我が校の砲装備戦車は俯角が取りにくい為に撃破は困難です」

「しかし相手快速戦車の武装は8㍉機関銃であって、我が校の砲装備戦車の大半はソ連製で対戦車戦が念頭に入っている為滅多な事がないと装甲は貫通されないでしょう。」

「その間に機関銃装備戦車は相手のリベットが緩んで撃破判定が出るまで徹底的に蜂の巣にしてください。」

 

「それなら安心ですね!良かったです」

 

「しかし今までの話はC.V系列の話でM13系列のセモヴェンテとなると話は別です。」

「コイツが装備している75㍉砲は、榴弾を発射した場合我が校の戦車に対して大ダメージを喰らわせます。正に圧倒的火力と言えましょう」

 

「それは重装甲のハリコフにもいえますか?」

 

「ええ残念ながら…ですが恐る事は有りません。75㍉砲は初速が遅く射程も短い為に、近づかれなけれない限りなんの問題も有りません。」

「対処法はC.V系列と変わりませんがコイツを見つけ次第最優先で攻撃して下さい。」

「兎に角試合が始まったら丘の上へ上がって下さい。そうしたら主導権はコッチのもんです‼︎」

 

こんな感じの適当極まりない説明の後、他のヤツらは

「遠距離から撃破すれば問題ないっツー事ですね」

「戦力的には我々と互角!熱くなりますねぇ」

 

確かに砲戦力は同程度で、こちらの方が比較的装甲が厚く、脚が遅い。試合地にある小高い丘まで行ってしまえばこちらのものだろう。

成る程これは勝てる‼︎と思ってはいたが、現実において想定の通りに出来た事など殆んどない、軍事は特にね。…その頃の私はそれが完全に抜けていた。

大本営発表とはこの事である。

 

 

 

 

それから試合までの約2週間は徹底的に練習した。それはもう徹底的に。お陰でトラクター改造戦車の方向転換にかかる時間の短縮に成功したし、何より自らの戦車への信頼を完璧に出来たのは大きかった。

(注:クローラー式トラクターの方向転換は、一旦停止しなければならない為時間がかかる)

この頃の私はミーティングの時の不安など何処かに捨て去ったようだった。

「勝てる‼︎」としか思わなかった。

確かに同じ相手だったら圧倒的に勝てる程に強くなったが、「まともな戦車」相手だったら勝てない。

…その事を少しも考えていなかったのである。

 

そしていよいよ試合当日、澄み渡る大空が輝く朝である。

当日の私はその大空と同じで自分達の戦車と自らの腕に絶対の自信を持って試合開始を夢見て、練習試合の開催地を目指し国道を進んでいた。

まだ新しく学科にすらなっていない我が戦車道部に戦車輸送車なんて物は存在しない

学園艦が港に着いたのは昨晩で、今朝は4時に出発し、エンジンが改造されて最高速度が上がっているとはいえ、時速30㌖ギリギリのハリコフに合わせたスピードでゆっくりと進み、

日が段々と上がり朝日が朝の太陽に変わった頃、開催地に到着した。

早めに到着して持ち込んだ食材で朝飯を作っていたその時、遂に練習相手であるアンツィオ高校の戦車部隊が到着した。

彼女らが乗って来た戦車を見た時、私の中に稲妻が走ったのだ。

 

他の部員も同じ事を思ったようで独り言を呟いている声が彼方此方から漏れてきた。

「何?あの戦車。ドイツ戦車みたいに厳ついのがあるんだけど…」

「か、勝てるの?うちのトラクターで…」

私も含め女子たちに震撼が走るのが見えた。

 

当然だ。最初から人殺し用に作られた車輌と耕作用に作られた車輌とはわけが違う。

ただ、勝算もあった。黒森峰やセントグロリアーナのような、対戦車車輌ばかりではなく、歩兵を相手とした車輌もある。

戦略によっては、我々のトラクターで撃破する事も可能であった。まぁ、その分の知力と、何よりも砲弾が十分な数あればの話ではあるのだが…。

 

ただコレはあくまで見た目の話である

凶悪(自己基準)な車体から出てきたのは厳つい目付きの武人ではなく、いかにもフレンドリーな奴らであった。

 

「やぁやぁ白河高等農林高校の戦車道部生徒諸君!本日の練習試合を楽しみにしていたよ」

「私はアンツィオ高校戦車隊隊長の…まぁアンチョビとでも読んでくれ」

 

「こちらこそ宜しくたのみます。私は白河高等農林高等学校「戦車道部」部長の△△です!」

「規模が小さく学科にすらなっていないような我が部の為に、今回の練習試合を受けてくれて感謝であります!」

 

「今回の練習試合!互いに学び合いましょう‼︎」

 

「「「「「オー‼︎」」」」」

 

 

「早速ですが、アンツィオの皆さんは朝飯は食べてきました?」

 

「いやぁ揃いも揃って寝坊しかけたもんで朝飯なんて食ってないんですよぉ」

 

「それだったら一緒に朝飯食べます?」

「幸いな事に沢山持ってきたもんで」

 

「私達も朝飯はちゃぁんと!持ってきたんで一緒に食べましょう‼︎」

「姐さん‼︎調理器具、開けちゃっていいすよねぇ!」

 

なんだかんだで始まった朝食会では、

アンツィオの陽気な校風からか、あちこちで生徒同士が駄弁っている。

「黒森峰の生徒みたいな堅物じゃなくてツクヅク良かった」

なんて事を考えながら、ある種の安心感からか私はこれから始まる試合の事が一時頭から離れていった。

 

 

 

 

 

だがしかし、決戦の時間は必ず来てしまう訳で時の残酷さを感じながら、アンツィオの厳つ過ぎる(※当社比)戦車達との試合が今始まろうとしていて、その時間を噛み締めていた。

先程まで試合前の緊張が頭から抜けていた私達だが、

改めてアンツィオの正に暴力装置(※当社比)と言った感じの戦車を目にし、無意識にも我々の戦車と見比べ、緊張感や恐怖は強いものとなっていった訳である。

緊張した面持ちで我々はアンツィオ生の前に整列していて、反対にアンツィオ側は勢い漲らせた覇気溢れる姿で整列する様は経験の差としか言い様が無く、あの時の緊張感を未だに越した経験は無い。

 

「んじゃ、改めて宜しく‼︎」

 

「此方こそ‼︎」

 

緊張している私とは対照的に何故か部長は自信満々といった感じで握手をした。

先輩はカッコ良さの基準を履き違えているのでは無いか?

などと思ってはいたが、部長の自戦車に対する絶対的な信頼のおかげで我々部員が励まされ、闘志が辛うじて燃え尽きなかった。今思うとそれだけ部長を信頼していたということだろう。

 

今回は練習試合で審判が両校の顧問と担当教員のみであるからか、全体的に速度の遅い我が戦車隊に対するハンデとして、試合前の挨拶は我々のスタート地点でおこなった。敵フラッグ車は、C.V33である。

アンツィオがスタート地点に向かう間、我が校の戦車に対する部長の絶対的信頼を見せつけられた我々部員の緊張は段々と解れてはいたが完全に溶かすまではいかずに、貧乏ゆすりと武者震いの中間を繰り返していた頃、

顧問から試合開始10秒前の電話が来た。

試合の開始である

 

 

作戦は簡単である。

兎に角丘まで直行すればこっちのもので、後はアウトレンジで攻撃すればイチコロである。

私の戦車は銃オンリーなので黙って横になっていれば試合は終わるのさ♫

なんて感じで軽く考えていたわけである。

だが今は違う。

相手はあの暴力装置だ。悠長に考えている暇は全くないのである。その場を支配する感情は死刑囚の如き恐怖のみ…

なんて考えていたのは少し前までの事で、

今こそは違う。全くもって天地天命に誓って違う。

試合当事者のみが味わえる興奮…俗にパンツァー・ハイというらしいが

…まぁソレを此処ぞとばかりに享受していたのだ。

兎も角、興奮と仲間への信頼で緊張は緩和された

…今思えば緩和というよりも忘れていただけである。

なんせ、敵さんの中身を知った現在、恐がる方が難しいと感じていたわけである。

正にパンツァー・ハイ。

ひとつ部長の悩みの種があるとすればこれであった。

 

「ユキ、」

「なんです?」

「まだスナイパー必要ないから、参謀やって。」

私の頭が雷に打たれたようだった。

「なんです!いきなり‼︎」

この瞬間から私が参謀になった。

作戦を立てたことのない私は、後輩2人に斥候を頼み、地図と睨めっこする事にした。

「敵戦車は、我々の装甲の薄いのを知っているが故、我々を平野に引き出すつもりのはず。この土地には広い平野がひとつあるからそこを見るように。」

「「はい!」」

普段後輩と話すことのない私が出せた精一杯の指令であった。

帰ってきた2人の報告によれば

「うちらの射程の届かぬほどの平野の真中に5両ほどいるべ。そこをうろちょろしちょったど。」

との事であった。

お前のはどこの方言だ?

そこで、私は"比較的速い"戦車2タイプの車両による奇襲を考えた。勿論、敵の思惑通り装甲の薄い自軍を策もなく突っ込ませるわけではない。

昔、うちの爺様が若いとき、畦道で車を避けて田圃に突っ込み、事故を起こしよった事があった。

然し、駐在さんが両方の運転手に話を聞く限りでは、お互い注意を払っていたと言う。所謂、田園型交通事故である。直ちに、スコーフィールドとユニヴァーサルキャリアの車長である、大宅と島田に電話で命令した。

作戦はこうだ。

 

敵戦車が団子になって進んで行く所を、出来るだけ同じ速度で90度真横から接近するのだ。

此の時、敵戦車と同じ速度で近づくのが肝心である。そうする事で背景に溶け込み、これ以上ない人間相手のステルスとなるのだ。ましてや戦車の中である。

例え自車がピンク色の戦車であっても、これには気付き辛い。

赤い車に気づかなかった爺様でさえも言っていた。

高台にて見守る我々からは2両ずつのスコーフィールドとユニヴァーサルキャリアが敵戦車に近づくのが見えた。

敵戦車団の真中に居るのがC.V33である。フラッグ車を取り囲むように鈍足で進む陣形のどの戦車も砲身を動かさない所を見ると、我々の4両に未だ気づかない様である。

電話を付けっ放しにしている大宅のスコーフィールドの中では、こんな会話がされていた。

「こちらから敵戦車の見える角度が変わらないように全身せよ。なるべく45度に保て!」大宅は私の作戦を良く理解している様だ。

因みに、島田のユニヴァーサルキャリアや他の車両には「スコーフィールドと距離を離さぬ様に」とだけ伝えてある。

然し我慢の出来なくなったユニヴァーサルキャリアが突然スコーフィールドと距離を離し、敵戦車の前に躍り出たのだ。敵戦車の戸惑いは割と目に見えていた。

今となっては、これは良き偶然であった。

何より一両ユニヴァーサルが目の前に出てきて、囮になってくれたおかげでスコーフィールド達が敵戦車団の後ろを取ることができたのだから。

当然、戦さ場での短期は損気、島田のユニヴァーサルは集中砲火を浴びて即白旗を上げることになった。

「部長〜 やられました〜。」情けない声が電話に響いた。

葦野先輩はこれを激励した。

というのは、敵戦車の真後ろにトラクター達がさりげなく居座っているのである。

好機たるは、過ぎ去るのが疾し。故に即、3両ともフラッグ車セモヴェンテに対し攻撃を加え始めた。履帯に幾らかの損傷を与え、エンジンに少しだけ煙を向かせることができた。

2ポンド砲塔でも、後ろを取ればエンジンくらいにはダメージが与えられるのだ。

然し、所詮はドアノッカーであり、大宅も諦めたのか、速度を上げて戦車団に突っ込みcv1両と相打ちという戦果を残し大破した。他のユニヴァーサルやスコーフィールドも奮戦のかいもなく、的に与えた損害はC.V33たった2両の撃破とセモヴェンテのエンジンと履帯に損傷を与えた程度であった。

「あぁ〜」息を呑み見守っていたこっちも有気音っぽいため息が漏れるのである。直後、大宅からメールが届いた

《ごめんね〜(^人^)》

貴重な4両を失った。アンツィオからしたら、自軍の火力が僅かにも相手を上回っている為、手作り戦車には強敵である。

 

早くも私は頭が働かなくなり、高地を下らせた1両のハリコフ戦車の遠距離攻撃で、敵を散ぜようとした。あと、見た感じ目立つということで、オデッサ戦車をまた1両をハリコフと敵戦車団の中間に配置させた。

ここで奇跡が起きた。何と、オデッサ戦車を装甲が厚いと思ったのか、はたまたさっきの撃破続きで士気が上がったのか、CVの2両が飛びつく様に誘われだのだ。

「我々は相当舐められている様だな。」

葦野先輩の言う通り、イタリアーノ達は、火力の足りない我々が、固まって陣を組んでいると思っている様で、まんまとフラッグ車を平野内部に取り残す事ができたのだ。

高地から石を落とす様に簡単に命中するハリコフ戦車の遠距離攻撃はセモヴェンテを軽く悩ませた程度ではあったがオデッサ戦車を囮とし、後退しながら何とか平野の中心からは離れさせる事ができた。

夢にまで見たフラッグ車一騎討は目の前である。

 

あとは6両に減った我が戦車隊は尚も鈍足のセンプルに合わせた速度で畦道を進むだけである。

 

自走砲相手にこんなにも信頼できる陣形があるだろうか。

それは兎も角、先程から畦道を10分以上も進んでいるが、それだけでも癒しになる。

そんな田舎を実にゆったりとした速度で進む…畦道なら我が校にもあるが丘は有れど山はない。

久々の完全なる原風景に試合中である事を忘れそうである。

…一度書いておいてアレだが当時の私は平野内部へ向かう事のみを考えていて、試合なんてのは完全に忘れていた。

「葦野先輩。」

「何?」

「いったいいつまで、こんな平和な時間が続くのでしょうか。」

「そろそろ終わるんじゃないか?向こうからキャタピラの音が聞こえるし、」

 

「よく聞こえましたね。こんなエンジン音の中で。」

「トラクターに乗ってて、親の悲報を聞き逃したらいけないからね。」

確かに高いヒリヒリという様な音と、低いゴロゴロという様な音が混じったかの様なキャタピラの音が聞こえてくる。

時折発砲音が混じるようになった時、私はハッと試合中である事を思い出した。

セモヴェンテとCVの計5両が此方に気づいた様だ。

 

 

「各車散開してっ‼︎」

「リョーカイ‼︎」

センプル、スコーフィールド、ユニヴァーサル各々1両ずつとハリコフ戦車2両、オデッサ戦車1両に分かれた。

 

耳をつん裂く音と共にセモヴェンテの砲弾が届いた。数秒の後、耳鳴りもし始め、恐怖も覚えはしたが、「相手は生粋のイタリアン。生真面目の"き"の字も見えん奴らだ。」

と自分に言い聞かせ続けた。その度に気を震わせては、培ってきた鋭鋒と操縦の力を後ろ盾に、泥を掻き分けつつ砲弾の中を突き進む… んっ?泥?これって、もしかして…

 

然しながら時として問題は同時多発的に起こってしまう。

 

「コメがぁぁぁ…コメがぁぁぁぁ」

今までカリスマアホウとしか思っていなかった葦野部長の的確な指示のもと我々は砲弾を避け続けるが、車内で異音が聞こえてくるのだ。それも人が泣き叫ぶ部類の悪霊的なモノが

気になって見たらはっきり分かった。何せ2年も食物を我が子の様に育てているのだ。

容易に気付いてしまう。食物を踏みにじっていることに…

時は秋、田圃から水を抜く少し前、青々とした穂から米が垂れ下がる光景は学校で何度も目にしているどころか、先日も先々日も見た。

幾ら了承しているからといって、他人の汗の結晶は壊したくない。

 

「たいぢょぅ…やめてぐださいぃぃぃ」

「コメがぁぁぁ…コメがぁぁぁぁ」

何故かは知らんがすすり泣きと号泣が各所から漏れ出し、遂には遠く無線機からも漏れ出した。

 

「たいぢょぅ…折角のコメが…」

私とて例外ではないのだ。私だって農業高校に身を置くモノの端くれ、当然心が痛む

脊髄反射的に定位置から這い出て隊長を止めにいった。

ココで畦道へ戻ったら勝敗は厳しいモノになるだろう。

だから隊長も運転手も皆泣きながら操作しているのだ。いずれかは心が耐えきれなくなってしまう時が来るのは当然の事である。

 

「畦道え゛戻っでぐださぃ」

 

やっとの思いで命令をしたであろう隊長に従って体感的に進軍時の1.5倍で田圃を抜け出そうと奮戦する運転手の姿は自然と和らいで見えたのは気のせいじゃないだろう。

 

…今思えばウチの部員は私も含めバカ正直なアホウばかりだ。だからこそここまでやってこれたのだ。

 

今頃になってしまったが、当時の状況を語ろう。

敵豆戦車団は近づいてはいるものの未だ1㌖弱離れている。だが安心できる状況では全くもってないのだ。

トラクターを強引に改造した戦車は国籍を問わず泥にはまりかけている、素体の自重に対してガワが重量過多なのだ。そんなこんなで自走砲セモヴェンテの的となっている。

兎にも角にもトラクター隊は泥にはまりかけ、速度を落としても米を護るべく脱出を試みつつ、奮戦していた。

些か絶望的に見えるが小型車の軽快な機動で孤軍奮闘し2両程を葬っているものの、トラクター隊の方は鴨撃ち状態に変わりなくオデッサとハリコフが何両か撃破されている。

…という訳であるが、こちらはハリコフの榴弾砲によってなんとか互角を保っているのである。

必死の思いで畦道へ抜けた時、ユニヴァーサルキャリアとスコフィールドが足止めしていたものの、敵はすぐ側であり、CVの銃弾も当たる距離、辛うじて跳ね返し転進を続けた。

私のトラクターは、プスッ ピスッ と言う様な音を立てながらも転進を続けた。

 

 

古来沼と田圃の区別は曖昧で、寧ろ沼に米を植えていたという方が正しいかもしれない。

現在の田圃の種類は大きく分けて自然の地形を利用した田と灌漑によって作られた人工的な田の2種あって、現在の試合会場は前者…つまり元々は沼が多くあった場所で土質は非常に"ねっとり"としていて、未だに多く沼が残る。

正しく日本の平野の原風景なのだがこれが災いしてしまったのである。

先程の脱出劇に於いては試合会場の土質からか、かなりの量の泥を無限軌道に巻き込んでしまった。当然エンジンに負荷は掛かるが、当時の私達にとって重量負荷からくるエンジンの異音は"日常"そのものであったので、超過重量の負荷に加えて泥の負荷が履帯に掛かった程度では気付く余地すらないのである。

 

それはさておき、当時の私はそんな異音なんぞ知ったこっちゃなく畦道を進みに進む。何せ異音は日常であり我々の戦友であるのだ。

敵は我々の重装甲に阻まれ数多く当たるものの貫通弾は少なく、我々は速度から中々命中弾を与えられないが、双方共半々程度に数を減らしていて、名門校に此処まで互角に戦えたのは中々上々であろう。

しかしユニヴァーサルキャリアが我々の脱出過程で撃破されててしまい、結果として重装甲と2ポンド砲が残っただけであり決して油断は出来ない。

突然、バッツン!と言う音を合図に、私の頭は右へ逸れた。腹に痛みの残る中、外を覗き込んでみると、それまで悠々と後ろへ流れていた地面が止まっていた。

「車長!前へ進めません!」

涙の跡がうっすらと残る操縦手の手が、力の限りにレバーを押しているのがわかる。

この状況は、実際の戦車に疎い私でも理解できた。

 

「履帯が外れた様だ!敵ながら天晴れと云ったところか。」

「随分と余裕ですね、部長。これでは本当に前へ進めませんよ。」

これで我々のセンプルは固定砲台となったかに見えた。

スコーフィールドは相変わらずの2ポンド砲で対抗し、我々の固定砲台を守ってくれている。

何よりも驚いたのは、思ったよりもセンプルが砲を弾いてくれる事だった。

然し依然として頼りになる2ポンド砲を持ったスコーフィールドが泥から脱出出来ないのである。

「ハリコフが、やられそうだ!」

見るも無惨。装甲にひびの入ったハリコフがcv達の射程内に治らんとしている。

何よりもフラッグ車のセモヴェンテに近づけすらしないのが痛い。

我々の射程外から狙い続けているその砲弾は、クレーターを無数に作り、敵味方共々動きを鈍らせていた。また、この平野の土は一皮剥ければみんな泥なのだ。

正しく泥試合と言うものになってしまった。

奇跡はまた起こった。泥によりほぼ互角程度にCV達を仕留め続けられたのである。

これによりcv達の射程は後退をはじめ、ついにフラッグ車C.V33との一騎打ちに漕ぎ着けた。

 

移動が不可能となっても戦闘自体は可能であり、我々に至っては射程距離的に100発も撃っていない為にイヤでも戦闘は続いてしまう。

幸いな事に周囲には火砲王国の頼もしいヤツらが我々を護らんと牙を剥いている。

1種の安堵感が私を包んだ。当時の私にとって想定以上の防御力である事は疑い様に無い事実であったからね。

兎に角、戦友が沼に嵌って動けない現状敵は迫り続けるが、こちらはフラッグ車を守る為に移動する事は全く出来ない。

段々とCVの有効射程に侵食されていく現状はかなり危うい。

生き残ったはずの比較的重装甲を誇るハリコフですら装甲ひび割れ判定が出て強度を落としつつある。

幸か不幸か敵さんも今迄の泥で負荷が掛かった様で、序盤ほど速く動く事は出来ないように見える。幾分か狙いが定まり易くなったが、数多のCVが復活してくる現状は変えられていない。幸運にも敵さんはブレンガンの射程に到達していないのだ。

依然として我々の鉾76㍉山砲と37㍉対戦車砲のみであるがCVに対しては十分であるが、セモヴェンテは我々の射程外から正確に狙い続けてはいるものの、外れ弾はクレーターを作り続け、無限軌道に泥を掛け、敵味方双方共の動きを鈍らせている。

双方が機動力を落とし此方の砲弾が当たるようになった。

劣勢であった我々であるが泥に嵌った敵を黙々撃破していく様子はさながら泥仕合の様相を呈している。

 

味方の奮戦あって、敵を同数程度に減らしてはいたが、此方は走行系統に異常がでていてマトモに動く事が不可能に近い。

泥の中ではCV系列の長所が発揮されていない為此方有利で進んではいたが、我々のセンプル以外は俯角が絶望的で、我々のブレンガン無しでは潜り込まれてしまう。

撃退したと思っても立て直して来るアンツィオ戦車隊の執念に感激の念を抱いた。

なんとか有利を保っている現状、逆転は避けられないと心の奥底で覚悟はしていたが、我々の練度で"奇跡的"に互角のまま押し留める事が出来た。

…今思えば互角で押し留める事が出来たのは練度などではなく、泥と"奇跡"そのものであったが、それに気付いたのは、恥ずかしながら相当後の事である。

 

兎に角、我々は辛うじて互角のまま試合の最終局面に到達した。

味方は"片足の戦友"センプル、敵は陽気なC.V.33

正しく最後の一騎打ちである。

CVは我々をゼロ距離から攻撃せんと突進するが、ブレンガン6丁を有するセンプルはどの方角からでも的確に反撃する。

機動力の差が銃の数で埋められ、両車は正に互角の戦いである‼︎

私もセンプルのチームメイトも敵も、緊張と興奮の絶頂であっただろう。

アドレナリンなのかパンツァー・ハイなのかは存じないが、肉薄する敵に銃弾を撃ち込むときは今までの射撃訓練のどれよりも冴えていて、それでいて弾を当てた時は如何にも青春であると感じた。

敵が泥を跳ねながら突撃し、我々はそれを弾き反撃する。

双方とも何発か車体に命中していて持ち堪えてあと数発という状況、

これが最後の突撃であろうか、今までにないスピードで突撃して来る敵に部長から命令が下った。

 

「左、信地旋回‼︎」

「敵を避け、段差に落として決着をつける!」

 

残った左側履帯を思いきり回し敵を避け、段差に落として行動不能を狙う。

この命令を出した時、部長は相当カッコよく、凛々しく、見えたのは気のせいではないだろう。

「イケェェェッ!」

 

しかし事は思惑通りに行かなかった。恐らくは戦術的に履帯が外れる事を考慮していなかったのであろう。

それだけではない。どうしてこうもセンプルは重心が高いのだろうか…

「ウワーッ!」

横転でもしたのだろうか車内の叫び声と共に覗き窓からは、徐々に近づく地面が見えた。

この戦車は自力で立て直すことはできない、白旗が上がらずとも勝敗は決していた。

今思えば悔しくは無かったであろう。唯全力にて疾走した余韻のみを、震える手が表していた。

 

勝負の余韻も束の間、試合終了を告げる携帯電話が鳴った。

じきに回収車が来るらしく試合の余韻も後少しとなり、興奮が去りゆく一時の寂しさに身を任せる。

やってきたトラクターに牽引され、引かれて行く戦車の上に登って空を見上げた時、涼しい風が吹いた。高い空と雲が実りの秋を象徴していた。

部員たちの雰囲気と来たら、優勝したかのようなものだった。

「帰ろうか。」

秋の空の下というのは、こうも広いものなのか。部長の声が

薄い敗戦の実感とともに、私の心に響いた。

無意識にも秋の清々しさと試合後の達成感の余韻を重ね合わせてしまう

季節は秋、高く蒼い空が我々を祝福しているように感じた1日であった。

 

 

一年前のちょうどこんな日だった。惜敗したのにも関わらず、悔しさではなく満足を覚えたのは。

そんな感傷に浸りながら、今私はトラクターに乗り、高台からあんこうマークの車体に狙いを定めている。

 

 




我が校の宣伝になりますが白河農林女学園はこれからの時代、JAや農薬に頼らない農家を輩出することを目的として作られた学園です。
器具は自分達で作り、自分達で直す。前学園長のそんな言葉をモットーに(原稿数枚焼失)世紀型教育を推進してゆく所存です。





PS.続かない話では有りますが、なんとか主人公(一次)の方々と顔を合わせてやりたかったので、(勿論1回戦で)アンコウチーム様との戦闘を匂わせつつ、短いながら話の幕を閉じさせていただきます。


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