・・・意外と書けてなくて愕然としてます
探照灯によって発せられる定型的な文言は、それまでよりも高圧的で強制的なものに変化した。
できるならば、発砲などしたくない。そんな想いも伴いながら、文言は繰り返される。その様子を、真雪は姿勢を崩すことなく見守っていた。
だがしかし、彼女たちの願いは届くことがなく、武装船団の足が止まることもない。艦橋の中に、より一層の張り詰めた空気が満ちていった。そのただ中に、真雪は身を置いていた。
「・・・艦長」
指示を。そう促すように、さやかが真雪を見つめている。
その瞳に、真雪は強い意志を持って頷いた。
「全艦に通達。主砲、威嚇射撃用意!」
『主砲威嚇射撃用意!』
射撃指揮所の砲術長がすぐに復唱する。すでに砲身をもたげていた“最上”の一番砲が、全部で五本、闇夜にきらめいていた。艦橋から見える前甲板の第一、第二砲塔を見下ろして、真雪は最終警告の発信を命じる。
「目標船団に対し、最終警告。これより本艦は、海上警備法第三十二条第四項に基づいた威嚇射撃を行う」
「警告、これより本艦は、海上警備法第三十二条第四項に基づいた威嚇射撃を行う。送ります」
さやかが真雪の指示した文面を再度読み上げて、電信室、探照灯から文面が武装船団に向けて送られた。同時に、それまで船団上空に張り付いていた“日向”搭載のヘリが離れ、砲撃の影響範囲外へと退避する。これで、射撃指揮所で発射トリガーが引かれるだけで、主砲が発射されることになった。
最終警告を受けてもなお、船団が足を止める様子はない。真雪はあらゆる警告のチャンネルを、一旦停止させた。
「撃ち方用意。ブザー鳴らせ」
砲術長席に設置された主砲発射を告げる警報のスイッチが押され、艦上に警告音が響く。それが鳴り止んでしまえば、後は最後に一言、真雪が言葉を発するだけだ。それだけで、全てが始まる。
真雪はゆっくりと、落ち着いた声音でその言葉を発した。
「撃ち方始め」
『テーッ!』
瞬間、闇夜を振り払う太陽が、“最上”の艦上計五か所で生まれた。閃光が迸った後には、真っ黒い砲煙がくすぶり、艦橋にも硝煙の匂いが届く。五発の一五・五サンチサンチ砲弾は音速の二倍を易々と突破し、船団の鼻先に盛大な水柱を噴き上げた。
『対水上レーダーに感あり。砲弾は全て、船団前方距離〇五に弾着しています』
「砲術、見事なリ」
電信室からの報告を受けて、真雪は砲術を労う。それに沈黙をもって答えるあたり、砲術長以下砲術科員の誇りと矜持を感じた気がした。
発砲を終えた一番砲が下がる。再装填が行われることはない。弾火薬庫から砲弾を上げてくる給弾機には、今のところ一発の砲弾も載せられていなかった。
主砲の代わりに指向されるのは、赤外線カメラだ。見張りが、再び目標船団の動きを確認する。ほどなく、真雪のもとに報告が上げられた。
「船団に動きなし。速度、進路変わらず」
―――やはり。
威嚇射撃をもってしても目標船団を止められなかったことに、真雪は落胆と緊張を覚える。だが、心のどこかでこの事態を予感していた自分に気付いて、溜め息が漏れる思いだった。
この先に取るべき行動は、すでに事前打ち合わせで決定済みだ。たった今その技量を見せつけた砲術科の出番は、おそらくもうない。今回の作戦―――オペレーション『バラクーダ』の主力は、“最上”の両舷に備えられた本艦最大最強の兵装、六一サンチ魚雷だ。四連装発射管四基、計十六本分が用意されている“特殊な弾頭の”新型魚雷は、目標の武装船団を沈めることなく止めることのできる、切り札だった。
「“最上”より“日向”」
維持していた回線に、真雪はもう一度報告を上げる。おそらくこれで最後だ。以後は現場指揮で―――真雪の判断で、武装船団を止める作戦を実行することになる。
『状況はこちらでもモニターしています。目標船団は、こちらの停船指示に従う意思を持たない、そう判断するべき状況が揃っていると言えるでしょう』
やはり、そういう判断になるのだ。
今まさに、“最上”は法の執行者として―――海を守る者として、その力を発揮しようとしている。
『海上警備法第三十二条第五項に基づいて、以後目標船団を特定武力船団に指定。実力による強制停船を実行します』
「了解しました。これより“最上”は、海上警備法第三十二条第五項に基づいた強制停船処置に移ります。以後の操艦、発砲に関する権限は、宗谷真雪大佐がもらいます」
『宗谷大佐の指揮権を承認します』
「オペレーション『バラクーダ』、第二段階に移行。以後、作戦指揮は宗谷大佐が執る。以上、通信終わり」
“日向”とのやり取りが終わる。作戦はついに動きだしたのだ。
闇夜の中でも、艦橋要員の息遣いが聞こえる。彼女たちの命を預かるのは、紛れもない、この“最上”の艦長である真雪である。この艦を指揮して、困難な強制停船処置を執行しなければならない。
一度、深く息を吸い込んだ。肺一杯に入った空気を吐き出すと、律儀に指示を待っている副長始め、全乗員に命令を発した。
「強制停船処置行動。左舷魚雷戦用意」
「左舷魚雷戦用意!」
水雷長が復唱する。
「取舵一〇、針路二〇五。距離五〇で魚雷戦始め。一隻に一本、確実に当てる」
「取舵一〇、針路二〇五、よーそろー」
「艦長。水雷長、水雷戦指揮室に向かいます」
「よろしく頼むわ」
艦橋はにわかに慌ただしくなり始めた。水雷長は水雷戦の指揮を執るべく、艦橋よりも一段低い階層に設けられた水雷戦指揮室へと向かった。航海長が舵輪を回し、艦は左へと艦首を振っていく。電信室からは全艦に指示が伝えられた。
「主砲、全砲に模擬弾の次弾を装填。別命あるまで待て」
『全砲、模擬弾の次弾を装填』
武装船団の船など、たとえ模擬弾であっても、当たってしまえば木っ端微塵になる可能性大だ。だから、当てるつもりで撃つことはない。だが、威嚇には使えるかもしれない。それに備えての、次弾装填指示だ。
『距離一〇〇』
彼我の距離は、ついに一万を切った。一番から五番までの全砲塔で模擬弾の装填が終わった旨、報告が入る。しかし、それ以上何かが起きることはない。真雪は発砲を指示しておらず、十五門の一五・五サンチ砲は、武装船団を捕捉しながらも、砲身の仰角は上げていなかった。魚雷にしても、目標に確実に当てなければならない以上、一万という距離で撃つことはない。
「電測、水測、魚雷発射管へ各諸元送れ」
『電測了解。マークした不審船のデータ、送ります』
『水測了解。収集した音響データ、及び周辺海域の状況、送ります』
これで、魚雷発射に必要な一通りの諸元が集まったことになる。航空作業甲板下に設置された魚雷に、数値化された武装船団各船の情報が入力されていく。
『水雷戦指揮所より艦橋。魚雷の誘導は、有線で行おうと思います』
「水雷長に任せます」
『了解』
有線魚雷は、次発装填や誘導範囲に制限があるものの、より緻密で柔軟な誘導ができる。今回の作戦の性格上、最も適した判断だろう。
“最上”が搭載している九七式三号通常魚雷は、自律と有線、二つの誘導方式を採用している。最初から自律誘導や有線誘導にすることはもちろん、途中まで有線で誘導し、終末誘導を自律に変更することもできる、非常に汎用性の高い魚雷だ。少々値が張るのが難点ではあるが。
現在“最上”には、この九七式三号魚雷が二十四本搭載されている。四基の四連装発射管それぞれに装填済みの十六本と、予備の八本だ。この内、“特殊な弾頭”を搭載しているのは、発射管に装填されている十六本である。
電磁衝撃弾頭。海上安全整備局技術部門横須賀廠が開発、試験中だった弾頭はそのように呼称されている。まだ試作も試作という段階の代物で、最終試験を終えて本格的な配備が始まるのは三年後とされていた。その初号試作機を急遽量産させ、本作戦の切り札としたのは、紛れもなく宗谷真雪その人である。
オペレーション『バラクーダ』の要となるこの弾頭は、弾頭炸裂地点から極狭空間に強力な電磁パルスを発生させ、電子機器類をダウンさせるというものだ。これを魚雷に搭載した場合、電磁パルスが影響を及ぼす電子機器類は艦底付近、すなわち主機や発電機になる。強制停船目標を、内部から動けなくさせるというわけだ。
ただし、いまだ電磁パルスの発生区域を完全に制限できているわけではなく、場合によっては想定以上の影響を及ぼす可能性がある。また、機器も小型化できていないため、“最上”の六一サンチ魚雷でなければ運用ができなかった。これらを考慮して、弾頭使用時には最低でも炸裂地点から三千メートル以上の距離を取るように言われていた。
試射など、もちろんしていない。ぶっつけ本番、何が起こるかは未知数だ。
『水雷戦指揮所より艦橋。船団前方、マーク“アルファ・ワン”、距離五千』
“最上”と武装船団の距離が、ついに五千メートルを切ろうとしていた。
「面舵一〇、針路二一〇。回頭終了と同時に、“アルファ・ワン”に向けて魚雷発射」
『了解。一番連管用意、目標“アルファ・ワン”』
「面舵一〇、針路二一〇、よーそろー」
真雪の指示を水雷長と航海長が復唱する。一万三千トンの艦体は惰性でしばらく前進を続け、やがて右に頭を振り始める。それに合わせるようにして、左舷の一番連管が旋回し、艦外へ黒光りする弾頭を向けた。
「針路二一〇」
「投雷始め!」
『一番連管投雷始め!』
水雷長の号令と共に、交互射出に切り替えられた一番連管のうち、一番右の発射管から九七式三号魚雷が放たれた。圧搾空気によって艦外に放出された人工のバラクーダは、尾部の二重反転プロペラを始動して突き進む。その動きは、光ファイバーケーブルを経由して水雷戦指揮所から操作されていた。
『投雷完了!』
「左舷、魚雷航走確認しました」
左舷見張りの報告を確かめるように、真雪は首から提げた双眼鏡を覗き込む。電池式の九七式魚雷は航跡を引かないが、海面にわずかな反射が見て取れた。
六四ノットで驀進する魚雷が、五千メートル先の“アルファ・ワン”に到達するまで、およそ二分半。その成果を、真雪は固唾を呑んで見守っていた。
ちなみにですが、作者が好きなキャラはマロンちゃんだったりします
機械好きな女の子っていいよね