こちらも少しずつですが進めてまいります
投雷から経過した時間を、真雪は手元の腕時計で確認した。蛍光塗料が塗られた三つの針が現在時刻を示している。その内、最も忙しなく動く秒針を追いかけて、ざっと到達までの時間を計算する。
『水雷指揮所より艦橋。魚雷、順調に航走中。予想到達時間まで一分三十秒』
真雪の概算が終わると同時に、水雷長からも詳しい報告が上がった。真雪の導き出した答えと大差はない。魚雷は、五四ノットの速度を保って、目標とした“アルファ・ワン”へと航走を続けているのだ。
「見張り、目標船団に動きは?」
『ありません。恐ろしいくらい、静かです』
―――たかが旧式軍艦一隻ぐらいでは、わざわざ反抗するまでもない、ってわけね。
あるいは、あちらも知っているのかもしれない。たかが七・六サンチ砲程度では、この“最上”を傷つけることなどできないことを。
いずれにせよ、何の反応もなく逃げ続けている限り、真雪たちは強制停船を執り行わなければならない。
『目標到達まで一分』
水雷長が到達までの時間を読み上げる。艦橋要員は、その秒読みを聞きながら、一言もしゃべることなく各々の職務を進めている。真雪自身、様々な任務に従事してきたが、これほど沈黙した雰囲気は初めてだった。
『目標到達まで三十秒』
「水測手、ヘッドフォンをミュートして」
電磁衝撃弾頭が炸裂時に発する音響は凶悪だ。ヘッドフォンなど着けて海中の音を拾えば、簡単に鼓膜が破れてしまう。
艦首付近の音響測位室に籠る水測手から、ヘッドフォンをミュートした旨の返事がある。直後の秒読みは二十秒。
「見張り、電測、目標“アルファ・ワン”の動向に注意せよ」
『到達まで十秒。目標機関音捕捉。最終誘導を音響追尾へ変更。誘導線切り離せ』
もう間もなく時間だ。水雷長が終末誘導切り替えの指示を出し、“アルファ・ワン”の機関音をマークした魚雷が有線誘導から解き放たれた。止める術を、真雪たちは持っていない。
『時間!』
艦橋左舷の窓から、真雪は“アルファ・ワン”を見た。
次の瞬間、海面に淡い閃光が走り、続いて真っ黒い海水が不自然に持ち上げられた。半球形のそれは、魚雷炸裂時に立ち上る水柱とは明らかに違う。装薬の炸裂とは別種の衝撃が、“アルファ・ワン”の船尾を巻き込みながら波間を盛り上げる。異様とも取れるその光景に、真雪以下艦橋要員は目を見開いた。
『魚雷命中!電磁衝撃弾頭の作動を確認しました』
『こちら電測!周辺海域に電磁障害発生中!再度の捕捉に三十秒ください』
やはり、電磁衝撃弾頭の炸裂による影響は大きかった。レーダーにはノイズが入り、ソナー系統は雑音でダウン。“最上”の索敵レベルは、七十年以上前の初代と同じレベルまで下がってしまった。
いつの時代も、最後に頼りになるのは人間の目なのだ。
「目標船、速力低下!電磁衝撃弾頭の効果ありです!」
左舷側で武装船団を見ていた見張り員が、その動きを報せた。魚雷が命中した“アルファ・ワン”は大きく速力を落とし、船団から落伍しつつある。機関の再始動はおそらくもう不可能だ。発生した強力な電磁パルスが、船の心臓部をコントロールしていた電子回路を焼き切ってしまったのだから。
電磁衝撃弾頭の威力は本物だ。船体を傷つけることなく、強制停船を執行できる。
ただ、今の一射で問題も発覚した。たった一発撃つだけで、これだけの影響が出るのだ。何発も連続して発射し続けるのは、誘導の上でも困難と判断せざるを得なかった。
「水雷長、二本同時に、誘導できる?」
『・・・難しいですが、不可能ではないかと』
「了解。次より、二目標同時雷撃を行う。二、四番発射管、諸元入力用意。電測、水測、魚雷発射管へ各諸元送れ」
真雪の指示に、各部が反応を返す。回復したレーダーとソナーから、目標となる船二隻にマークがされ、諸元が水雷戦指揮所へ送られる。魚雷管制手がその諸元をもとに、有線での誘導を行うのだ。
新たな動きを見せたのは、真雪たちだけではない。
真雪の視界、その端に、真っ赤な火焔が踊った。真雪はすぐにその正体に思い至る。武装船団が保有する七・六サンチ砲が、“最上”に向けて発砲したのだ。
「総員衝撃に備え」
真雪の指示が各部に飛ぶと同時に、砲弾が炸裂して水柱を噴き上げる轟音が届いた。弾着位置はさして近くない。一万三千トンの“最上”の艦体は、その衝撃にびくともしなかった。
「今撃ってきたのは?」
「“ブラボー・スリー”です。武装船団内では、最大の船舶と思われます」
「後方グループね」
―――現在位置からでは、誘導は厳しそうね。
有線誘導で確実に仕留めたいことを考えると、奥まった位置にいる船舶を狙うのはナンセンスだ。誘導ケーブルが他船のスクリューなどに絡まって切れてしまっては元も子もない。
「まずは確実に。近い船舶から順に停船させていく」
「了解」
丁度その時、水雷長が第二射準備完了の報告を上げてきた。間髪を入れずに、真雪は第二射の発射を命じる。圧搾空気が魚雷を押し出し、光ファイバーケーブルを通して誘導される九七式魚雷は、目標となった“アルファ・ツー”、“アルファ・スリー”へ向けて航走していく。
「目標船、再び発砲!」
見張り員が大音声で報せる。一々確認するまでもない。視界の端に真っ赤な炎が見える。七・六サンチ砲が再び咆哮したのだ。
「砲術、威嚇射撃用意。目標、“ブラボー・スリー”の手前三〇」
『砲術了解。二十秒ください』
「十二秒で終わらせて頂戴」
容赦なく時間を縮める真雪の指示に、マイクの向こうから苦笑いが聞こえた。その一言に、艦橋内のどこか角ばった緊張感が、少しだけ丸くなる。肩から力を抜くような深呼吸が、機関の上げる轟音に混じっていくつか聞こえてきた。
「水雷長、少し振り回す。いいわね?」
『いつでもどうぞ』
「面舵一杯、針路二二五」
「面舵一杯、針路二二五、よーそろー」
真雪の指示に、直接舵を握っている航海長が応え、操舵ハンドルを回す。舵角指示機の目盛りが少しずつ右に振れて行き、一杯の位置で止まった。やがて舵が利き始める。艦橋は急な転針の影響で大きな遠心力を受け、左舷側へと傾いた。艦橋要員は両足を踏ん張って、傾斜に抗う。
『砲術より艦橋。いつでも行けます』
「了解。少し待っていて頂戴。舵中央。十秒後、取舵一五、針路一九五」
砲術に待ったをかけ、真雪はさらに転針を指示する。艦首の動きが、今度は左向きに変わった。先とは逆方向の遠心力が、艦橋を揉みしだく。
やがて舵が中央に戻され、艦は再び直進し始める。
「撃ち方始め」
『テーッ!』
真雪の号令後、砲術長が主砲発射を命じて叫ぶ。一拍を開けて、左舷に指向していた一五・五サンチ砲が各砲塔一門ずつ計五門、真っ赤な砲炎を上げた。七・六サンチ砲など比べ物にならないほどの迫力だ。威嚇射撃としては十分過ぎるほどである。
およそ二十秒後、五本の水柱が、“ブラボー・スリー”の頭を押さえるように立ち上った。今回も威嚇射撃の狙いはピッタリだ。
だがそれでも、武装船団が動きを変えることはない。
―――おかしい。
魚雷到達まで残り三十秒の報告を聞きながら、真雪は右手を口に当てて考える。
日本が保有する艦船の中で最大の砲は、“大和”型戦艦四隻に搭載された四六サンチ砲だ。それに比べれば、確かに“最上”が保有する一五・五サンチ砲はちっぽけなものだが、決して豆鉄砲ではない。その弾着に伴う水柱は、威嚇用としては十分過ぎるほどだ。
なのに、その砲撃を二度受けても、目標船団は微塵も動こうとはしない。それだけではない。こちらは魚雷まで命中させているのだ。何らかの行動、より具体的には回避や増速、投降などの動きがあってしかるべきだ。しかし、今のところ船団に、そのような動きは見られない。
―――砲で反撃してくるということは、こちらは間違いなくあちらにとっての脅威と認識されているはず。それなのになぜ、砲撃以外の行動を起こさないの?
その答えが示されることなく、目標船団がもう一度発砲する。その砲煙が闇に溶け込むとほぼ同時に、魚雷の第二射が命中した。
二本の魚雷は、寸分違わぬタイミングで炸裂した。二隻の目標船に対して、一本ずつの九七式魚雷が到達、電磁衝撃弾頭を作動させる。機器類のどこかに異常をきたしたらしく、二隻は急速に速力を落としていった。
―――残りは五隻。
頭の中でカウントした時、突然艦橋各種機器がブラックアウトした。すぐに非常電源が入るが、その動作はどこか心もとない。
「状況を報せて」
真雪の声に真っ先に応えたのは、電信室から上がってきた通信長だった。
「艦内電話遮断!各部との連絡、途絶しました!レーダーも作動していません!」
それを皮切りに、艦橋要員が各部の異常を報せる。
「レピータコンパスに異常発生!」
「航海管制装置作動停止!」
「マグネットコンパスもダメです!」
「艦内各部との連絡、未だ回復しません!」
“最上”を襲ったものの正体に、真雪は思い至っている。開発途上であったものを半ば強引に実戦投入したせいで、色々と無理をさせられていた電磁衝撃弾頭は、電磁パルスの発生範囲制御に失敗し、その余波が“最上”の電子機器を襲ったのだ。
恐慌にも似た状況の中、真雪が出そうとした指示を先に口にしたのは、後ろに控えていたさやかだった。いつもの落ち着いた彼女の声が、艦橋内によく響いた。
「落ち着いて。伝声管はまだ使える?」
その言葉に、艦橋が静まった。すぐに各員が、各部との連絡を試みる。さやか自身も、機関部へと繋がっている伝声管に取り付いた。
艦長の意図を読み取り、それを的確にサポートするのが副長の役目とはいえ、さやかほどよく気づく者は珍しい。自らの役目を鮮やかに奪っていった信頼できる部下を、真雪は苦笑して見つめる。
程なく、各部から報告が上がった。
「水雷戦指揮室、連絡取れました」
「機関部、連絡取れました」
「海図室、連絡取れました。航海管制装置のバックアップをお願いしています」
真っ先に真雪が取り付いたのは、先ほどさやかが確認していた機関部の伝声管だ。機関はこの艦の心臓であり、止まっては一番困る部分だ。
「機関室、状況は?」
『問題なしでい!重要防御区画外のポンプやらがいくらかやられちったが、こっちで何とかする!』
勇ましい機関長の答えに、真雪も安堵する。ひとまず、航行に支障はなさそうだ。
設計は古いが、四代目となるこの“最上”が就役したのは今年に入ってからだ。その機関部は、もちろん最新式のものを積んでいる。これらの機器は、強固な電磁防御が施された重要防御区画内に収められており、電磁パルスの影響は最小限に抑えることができる。電磁衝撃弾頭の開発開始と同時に、“最上”にも搭載が決定された装備であった。
ただ、気掛かりはある。電磁防御が施された機関部と違い、甲板や艦上構造物は、その多くの電子機器が甲板上に露出せざるを得ない。
「水雷戦指揮所、状況を報せて」
『完全にイカレちゃいました』
水雷長の声だけでお手上げだとわかる。魚雷発射管については、応急用に手動で動かす機構も付いているから問題ない。だが、誘導系統はどうにもならない。まして、レーダーが全て落ちた以上、水雷戦指揮所の機能は失われたも同然だ。
電磁衝撃弾頭魚雷による強制停船は、これ以上行えない。どころか、“最上”はすでに、その能力のほとんどを失っている。残っているのは、初代の頃から据え付けられている、アナログな兵装のみだ。
「砲術、そちらはどう?」
『電路がいくつか切れてますが、間もなく応急復旧できます。六十年前仕様のアナログな射撃指揮装置なら使えますよ』
「それで十分でしょう?」
伝声管の向こう、砲術長の口角が吊り上がった気がした。
『十分過ぎるほどです』
「では、そういうことで。五分以内に復旧して頂戴」
『三分でやります』
砲術長との会話が終わる。伝声管に蓋をして、真雪は再び前を向いた。艦橋内は、各部の応急処置を行う乗組員の熱気に満ちている。
“最上”はまだやれる。そう確信して、真雪は暗闇に微笑んだ。
一応、次回で真雪編は終わる予定でいます
この話が、これから本編にどのように関わって来るのか。妄想を膨らませていただけたら嬉しいです