捻くれた少年と恥ずかしがり屋の少女 作:ローリング・ビートル
昨日に引き続き、今日も雲一つ見当たらない秋葉原の空の下。行き交う人波を眺めながら、今日も小さく変わり続ける街の片隅で、俺はぼんやりと立っていた。
昨日の盛り上がりとは質の違う賑わいに、体を馴らしていると、待ちわびた声が聞こえてくる。
「八幡さん!」
「おう」
μ,sのファイナルライブの翌日。俺は花陽をUTX学園のビルの近くに呼び出した。
帽子と眼鏡を着用した花陽は、小走りで俺の元へ駆け寄ってくる。初めて出会った日を思い出し、そんな遠い昔でもないのに、懐かしさに頬が緩む。
「はぁ……はぁ……お、お待たせしました」
「急ぎの用事とかじゃないんだから、焦らなくていいぞ」
上目遣いに見つめてくる花陽の瞳を見つめながら、頭をポンポン撫でる。帽子を着用しているせいで柔らかな髪の感触が味わえないのが残念なところだ。
「ごめんなさい。昨日は碌に見送りも出来なくて」
「そっちも気にすんな。……ライブ、最高だった」
「八幡さん、泣いてましたね」
「……やっぱり見えてたんじゃねえかよ」
はい。思いきり号泣してしまいました。小町が隣でドン引きするくらいに。
「私、びっくりしちゃって歌詞飛んじゃうところだったんですよ」
「……すまん」
「ふふっ。でも楽しんでもらえたなら、それで幸せです」
満足そうに笑う姿に照れくさくなり、それを誤魔化すようにポケットに手を突っ込み、小さな箱を取り出す。
「……これ」
「え?これって……」
「その……なんだ、本当は昨日だったんだが……」
「昨日……あっ」
プレゼントの理由に思い至った花陽が、潤んだ瞳を向けてくる。
「覚えて……くれてたんですね」
「……当たり前だっての」
今日は花陽と初めて出会ってからちょうど1年。
俺の毎日を変えてくれた日だから。
「開けていいですか?」
「ああ」
箱の中から出てきたのは、花と太陽の可愛らしい絵が刻まれたペンダント。
「これ……」
「……ニューヨークで見つけたんだよ。気に入ってもらえるかはわからんが」
後頭部に手を当てながら言うと、花陽はペンダントを胸に抱きしめた。
「八幡さん……ありがとうございます。大事にしますね」
「……あ、ありがとう」
「ふふっ。お礼を言うのは私ですよ」
「いや、なんつーか……出会ってくれてありがとう。……まあ、色々あると思うが、これからもよろしく頼む」
「……私も……出会ってくれてありがとうございます」
花陽が言い終わると同時に、一瞬だけ唇を重ねた。この柔らかさに触れ、本当の心の温もりを知った気がする。そして、それは多分これからも思い知らされるのだろう。
花陽は頬をほんのり紅く染め、少し膨らました。
「もう……人前なのに」
「行こう」
花陽が言い終わる前に歩き出す。後でMAXコーヒーでも奢ってやろう。
「……はいっ」
特に予定はないが、花陽がいればどこでもいい。
「あ、すいません!」
「い、いえ、こちらこそ……」
「……すいません、うちの妹が」
少し離れたところで、いつか見た光景が繰り返されていた。三人でいそいそと地面に散らばった荷物を拾い集めている。荷物の持ち主の女子と、ぶつかった少女の兄らしき男子は、途中で何度か目を合わせては逸らしている。
「八幡さん?どうかしましたか?」
「……いや、何でもない」
俺はその光景に背を向け、花陽の小さな手をとり、ゆっくりと歩き出す。
その温もりを確かめるように握ると、そこには新しい物語の確かな予感があった。
読んでくれた方々、ありがとうございます!
長いか短いかよくわかりませんが(笑)、無事に最終回を終えました!
また活動報告にて、改めて御礼申し上げます!
ここまで付き合ってくれた方々、本当にありがとうございました!