捻くれた少年と恥ずかしがり屋の少女   作:ローリング・ビートル

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スパイダー

 8月上旬。夏真っ盛りの太陽は、容赦なく光を降らせてくるので、少し歩いただけで、汗が滲み出していた。

 そんな中、花陽は日傘もささず快活に、でもどこか涼しげに、おっとりした表情でテクテク歩いている。

 

「あー、なんつーか、すまんな。小町がいきなり……」

「あ、大丈夫ですよ。練習でよく外にいますから慣れてます!むしろ、た、楽しいです!」

「そ、そうか」

 

 日光浴びるだけで楽しいとか……意外とぼっちの才能あるんじゃなかろうか。花陽って割とメンタル強めだし。

 

「八幡さん……」

「どした?」

「あの……さっきから距離が不自然に空いてますけど……」

「……」

「目も合わせてくれないですし……」

「これは……やむにやまれぬじじょうといいますか……わたくしごとできょうしゅくですが……」

 

 いつか教室で耳にしたセリフを拝借する。

 

「?」

「いや、やっぱり、この前……」

「!」

 

 花陽が一瞬で赤くなる。

 実際仕方がないのだ。

 花陽は性格的にも、おそらく趣味的にも、あまり露出を好まないのはわかっている。だが夏服は夏服だ。やはり自然と肌は見えるし、体のラインは出てくる。そうなれば、連鎖反応でこの前の感触とか柔らかさとかが蘇る。そう、俺が悪いんじゃない。夏が悪い。太陽が悪い。結局夏だね、悪いのは。

 

「あわわ……………………は、八幡さん、いやらしいです!」

「……悪い」

「い、いえ、その……」

 

 言い淀みながら、一歩二歩と花陽は距離を詰めてくる。

 そして、ぼっちのパーソナルスペースという固有結界をあっさり破ってきた。

 

「…………」

 

 ある程度詰めると、黙り込んだ。手が触れそうなくらいの距離と言っていいが、あえて意識しない事にした。

 

「そういや、μ,sの件はよかったな。また活動できて」

「あ、はい!本当に……本当によかったです!」

 

 アイドルオタクのテンションに切り替わった花陽は、喜びに軽く目を潤ませる。プールに遊びに行った翌日、花陽と星空は、矢澤にこさんに誘われ、アイドルユニットを結成しようとしたのだが、南さんが、飛行機に乗るギリギリで、高坂さんの説得により、留学を辞めたらしい。そして、2年生組の仲違いも終わり、μ,s復活!となったらしい。嘘みたいな本当の話。事実は小説より奇なり。それを聞いた俺も小町も戸塚も大いに喜んだ。ちなみに俺の喜びように2人が一歩引いていたのは、地味に傷ついた。

 突然、花陽が俺の正面に立ち、向かい合った。その表情には、年相応の健気さと悪戯っぽさが見てとれる。

「八幡さん……今度……ライブ見に来てくださいね!」

「まあ…………そのうちな」

 賑やかなのも、たまには…………悪くない。

 

 *******

 

 バスでショッピングモールに行くと、相変わらずの盛況ぶりだ。

 

「どこか見たい場所あるか?」

 

 はい。突然の外出なので、無論ノープランです。

 

「そうですね…………映画とかどうですか?」

「おお、久しぶりに行ってみるか」

 

 確かに歩き回るよりは楽だし、涼しいし。

 映画館のフロアまでのんびりと歩いて行った。

 

「八幡さん、どれにしましょうか?」

「えーと……」

 

 ただいま公開中の映画。

 邦画

 ・進撃のぼっち

 ・ぼっちdiary

 ・ぼっち協奏曲

 洋画

 ・ボッチウォーズ エピソード7 ボッチの覚醒

 ・キャプテン・ボッチ

 ・ジュラシック・ボッチ

 アニメーション

 ・ボッチ・アート・オンライン

 ・ぼっちの名は

 ・ラブライブ!ドキュメンタリー

 あれー?

 何度も目をこすり確認する。ぼっちはマイノリティじゃないのかよ。何故に劇場独占してんだよ。

 花陽の方はというと、ラブライブ!ドキュメンタリーに興味津々のようだ。

 

「よし、それにしようぜ」

「え!?いいんですか!?」

 

 そのキラキラした目を見れば、他に選択肢はない事がわかる。あと他の映画は見てはいけない気がする。色々と失くしそうだ。俺も最低限のラインがある。

 すると、向こうのソファーに見慣れた人を見つけた。

 

「くっ!キャプテン・ボッチ……。渋い。渋すぎる。そこで、ボッチになる道を選んでしまうなんて……」

 

 平塚先生だ。何見てんだよ。何泣いてんだよ。てか誰かもらってやれよ、本当に。

 担任の痴態を花陽にみられないように、さっさとチケットを2枚購入し、シアターに入った。

 

 *******

 

「凄いです!これがラブライブ!の本選なんですね!」

「まあ、よかったな」

 

 内容は普通のドキュメンタリー作品だった。インタビュー、ステージ裏、ライブ映像等のありきたりな内容だったが、ファンにはたまらない、といった感じの。…………べ、別に甘い雰囲気になって、手を繋いだりとか、期待してないんだからね!

 

「八幡さん!八幡さん!」

 

 花陽はぐいぐいと寄ってくる。近い近い可愛い近い可愛い!

 

「私もあんなライブを八幡さんに見せたいです!」

「あ、ああ……楽しみに……してる」

 

 俺の返事に満足したのか、柔らかく微笑み、左手首を握ってくる。不思議と動揺はしなかった。

 

「花陽?」

 

 どこからか花陽を呼ぶ声が聞こえる。よく通る、ハキハキした声音だ。

 

「え?ま、真姫ちゃん?」

 

 掴まれた左手首越しに、花陽の動揺が伝わってくる。その目の向く方へ、視線を辿ると……

 

「そこの人は…………誰?」

 

 何とμ,sのメンバー、西木野真姫がいた。


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