捻くれた少年と恥ずかしがり屋の少女 作:ローリング・ビートル
静まり返る室内。誰もが声を発さない、音を立てない部屋に、耳が疼くほどの沈黙が訪れた。
だが一人それを破る勇者がいた。
「ほ、ほら、な、な、何か言ってみなさいよ。この私が……うぅ……デートしてあげるって、言ってるん……だから……」
沈黙を破ったのは、それを作った花陽自身だった。
体をぷるぷると震わせ、目は潤み、紅潮した顔は本人の羞恥の程を表している。明らかに無理してツンデレ口調を使っているのだが、その理由はともかく、花陽以外の全員の心は一つだ。
『可愛い!!』
星空をはじめとした女性陣はほっこりとした笑顔で、花陽の初ツンデレを見守っていた。確かに可愛い。あ、いけね。材木座に目潰ししとかないと。「ぐああ!」
いやもう可愛い。そして可愛い。だがいつもと違う事に変わりはない。
「……花陽、悩みがあるなら言ってくれていい」
「かよちん、凛は何があってもかよちんの親友だからね!!」
「もちろん私もですよ!」
「わ、私だって……!ほら、何かあったならはやく言いなさいよ!」
「無理にとは言わないけど……誰かに話すだけでも気が楽になることもあるよ」
「ぐああ……目が、目がぁ!!」
花陽は皆の態度に戸惑いながら、何かに思い当たり、わたわた手を振り、弁解をする。
「ち、違います違います!そういう事ではなく」
少し落ち着いてから、花陽は鞄から一冊の本を取り出す。
「こ、これは……」
その本に注がれた全員の視線が胡散臭いものを見る目になっていく。
『ツンデレ塾 ~これであの人もあなたの虜~』
頭悪そうなタイトルの下に、材木座が好きそうな萌キャラが書かれている。いや、俺もこういうイラスト嫌いじゃないけど。むしろ好きだけど。
そのキャラクター達の共通点は……つり目くらいか。あとは全員黒髪ロングだったり、ポニーテールだったり、ツインテールだったり。
うわ~……。
こんなもんどこで売ってるんだよ。本屋か。秋葉原の。
「あ、あの、実はこれ、私が買ったんじゃなくて、希ちゃんが……」
「希が?」
「何でにゃ?」
「昨日ね……」
『かよち~ん』ワシッ!!
『ぴゃあっ!!』
『おお~、かよちん最近また……』
『や、やめて~!言わないで~!』
『こりゃ、ウチやえりちが抜かれる日も近いやろな』
『あうぅ……』
『それに夏休みに入ってから妙に色気が……』
『そ、そうかな……』
『これは……恋やな!』
『え、あ、う……』
『否定はしないんやな』
『…………』
『可愛いなぁ~♪そんなかよちんにはこれを上げよう!』
『こ、これは……』
『これを使えば、かよちんの好きな目が濁った男の子もきっと振り向いてくれるはずや♪』
『え?今、何て』
『さ、練習練習!』
『の、希ちゃ~ん!待って~!』
「全く……希ったら……」
「何考えてるかわかんないにゃー」
西木野も星空も呆れていた。そうか、東條さんか……何で俺を知ってる?いやそれよりあの胸の大きな……しかも花陽が東條さんや綾瀬さんを超えるだと?まあ、アリと思います!
「それより花陽……あなた、そこまで説明したら」
「バレバレにゃ……」
「え?……………………あ!」
花陽は部屋の奥へダッシュして、正座して何やらブツブツ呟いている。
……正直、色々と察してしまう。ここで花陽の好きな人って誰?なんて聞く程、鈍感でもない。むしろ敏感になってしまっている。人の悪意を探ろうとしすぎて……。だからこそ、溶け合うように流れ込んでくる花陽の優しさが居心地いいのかもしれない。出会ってからまだ5ヶ月くらいだが、俺が思うよりずっと、花陽との些細な時間の共有が、非日常から日常へと変化してきている。
「花陽」
部屋の隅に呼びかける。今は他の誰も気にならない。
「今、夏休み中で暑いし……混んでるから……」
ビクッとした花陽の顔がこちらに向く。
「…………もう少し、涼しくなったら……一緒に行くか。このチケット、今年まで有効だし」
俺の言い方が悪かったのか、しばらく言葉の意味が飲み込めていないような表情だったが、次第に綻んでいった。
「…………はい!」
立ち上がった花陽は、主人が家に帰って来たときの子犬みたいに、たたたっと駆け寄ってきた。その目の輝きは、夏休みが終わってからも、この騒がしくも温かな日々が続くのを予感させた。
「はっ…………じゃ、じゃあ、付き合ってあげる!感謝しなさいよね!」
「いや、それはもういいから」
「花陽ちゃん……やっぱり可愛い!」
「でも、このテンションは真姫ちゃんとにこちゃんで十分にゃ」
「ちょ、ちょっと!私あんなんじゃないわよ!しかもにこちゃんと一緒なんて……」
ちょんちょんと肩をつつかれる。戸塚が耳元に囁いてきた。
「八幡、頑張ってね」
「……ああ。材木座、一人でケーキ食べてんじゃねえよ」
「わふっ」
何それ。可愛くねぇ。
自分の歩いている場所を確認しながら、自分の進む道を恐る恐る踏み出しながら、これまでの人生でもっとも賑やかな誕生日は過ぎ、また一つ思い出を重ねた。