捻くれた少年と恥ずかしがり屋の少女 作:ローリング・ビートル
気がつけばもう文化祭の終わりが近づいていた。
「残念だったね。戸塚先輩に声かけられなくて……」
おそらく戸塚先輩に恋をしている幼馴染みの肩に手を置く。劇が終われば少しくらい会えると思ったけど、やはり忙しいのか、その姿を見せる事はなかった。
「まあ仕方ない、かな。演劇楽しかったからよかったにゃ」
声のトーンはいつもより落ち着いているものの、凛ちゃんは笑顔を見せてくれた。
『星の王子さま』の劇は本当によかった。久しぶりに本を読み直そうかなぁ。そういえば近くで誰か鼻血が出てたけど、どうしたんだろう。お友達が外に連れ出してたみたいだけど大丈夫かな?
次はどこへ行こうかなと考えていると、小町ちゃんがパンフレットを読みながら口を開いた。
「お二人さん、体育館でバンド演奏あるから見に行きましょうよ!」
「うん、見たいにゃ-!」
「じゃあ、行こっか」
小町ちゃんが明らかに音ノ木坂の物より大きな体育館を指さす。やっぱり大きな学校だなぁ。人も多いし。音ノ木坂学院もこのくらい人が増えればいいなぁ。あっ、でもライブの時、緊張しちゃうかも。
「かよちーん、行くよ-!」
「あ、うん」
考えている内に、距離が空いた2人の元へ行こうとすると、校舎に向かって走る人がいた。
すぐに誰だかわかった。八幡さんだ。
八幡さんは校舎の中へと入っていった。
「ごめーん、二人共、先に行っててー!」
少しくらいなら話せるかな。せっかくだし。
二人の視線を背中に感じながら、私は校舎内へ駆けだした。
*******
「はあ……やっぱり広いなぁ。八幡さん、どこに行ったんだろう」
最上階まで来てしまったが、全然見つからない。あれほど賑わっていた廊下も、もう人がまばらになっているのに。
さすがに教室内まで探すのは気が引ける。もうあきらめて凛ちゃん達の元へ戻ろうかな。
ゆっくり引き返そうとした時、ガタンと少し大きめの音が聞こえた。音のした方へ目を向けると、バリケードで封鎖されている階段があった。多分、屋上に出る階段だと思う。よく見ると、人一人分ぐらい通れそうな隙間があった。
「…………」
私は一人で頷き、その隙間をこっそり通り抜け始めた。
*******
埃っぽい階段を上り、扉に手をかけようとすると、話し声が聞こえてきた。
片方はすぐに八幡さんとわかる。もう片方は女の子のようだ。立ち聞きは悪い事だとはわかっていても、自然と聞き耳を立ててしまう。
「…………」
うっすらと聞こえてくる会話は、明らかに険悪な雰囲気が漂っていた。八幡さんも女の子の方も、お互いに言葉の棘を隠そうともしない。
話の内容は、文化祭に関してだけど、何かあったのだろうか、女の子の方は実行委員の仕事に戻りたくないらしい。
会話が止まった頃に、後ろからドタバタと足音が聞こえた。
私は慌てて物陰に隠れる。
男の人が一人と女の子二人が通り過ぎていった。男の人は、さっき演劇で主演をしていた人だ。三人はドアを開け、屋上に出た。
「…………」
男の人の言葉に、さっきまでピリピリしていた女の子の態度が柔らかくなる。でもそれに合わせ、私は嫌な気持ちになった。何だか、八幡さんの頑張りが踏みにじられている気がした。
女の子はまだ動く気配がない。このまま時間が過ぎてしまいそうだった。でもその時……
「はーあ……」
盛大な溜息。八幡さんのものだ。そこから先の声音と言葉は、信じられないくらいの冷たさを持っていた。
最初は言い返していた女の子も、次第に言葉が出てこなくなる。それでも八幡さんは、手を緩めなかった。
だけど、唐突に遮られる。
衝撃が扉の付近に走る。扉を開けたい衝動に駆られたが、足が竦んで動けない。
「比企谷……少し、黙れよ」
男の人の怒気を孕んだ声。女の子二人が泣いている女の子を気遣う声がした。
私が動けないでいると、ゆっくり扉が開き、八幡さん以外は、おそらく皆出てきた。
女の子三人は、八幡さんの悪口を言いながら、こちらを見ることもなく、階段を降りていった。
男の人は八幡さんに、「君は……どうしてそんなやり方しかできないんだ」とだけ告げていた。そして、私と目が合ったが、特に何も言わずに降りていった。
気持ちが落ち着き、扉の前に立つと、八幡さんの声が聞こえてくる。
「簡単だろ?……誰も傷つかない世界の完成だ」
自嘲気味に呟かれた言葉。
それはどこか空しい響きを伴っていた。
誰も、傷つかない世界?本当に?
……そんな……八幡さんは……八幡さんは……!
たまらなくなった私は、感情に任せて勢いよく扉を開けた。