捻くれた少年と恥ずかしがり屋の少女 作:ローリング・ビートル
秋がこの街に訪れ、時間帯によっては寒さを覚える頃。朝焼けがぼんやり照らす道を、俺は心地よいリズムで走っていた。
「はっ……はっ……」
最近になって気づいたのだが、ジョギングって案外、ぼっち向きの運動だと思う。団体競技と違い、ミスをしたからといって、舌打ちしてくるチームメイト(笑)もいないし、慣れてくると、思索に耽りながら運動できるという一石二鳥。まあ、ジャージさえあれば道具がいらないから、始めやすいってのもあるが。
そんな風にボッチの素晴らしさについて、あれこれ考えている内に今日もいつの間にか家に帰りついた。
「あっ、お兄ちゃんおかえりー♪」
「おう、ただいま」
朝食の準備をしている小町が台所から声をかけてきた。最愛の妹の天使なエプロン姿を、通りすがりにがっつり見てから、シャワーを浴びに浴室へ向かう。
花陽との関係に確かな変化が起こった翌日から、唐突に俺はジョギングを始めた。思い立ったが吉日という奴だ。ちなみに初日は、散々だった。眠いし、足はしんどいし、通りすがりの人は気味悪そうな目を向けるし、警官に職質されるし、家に帰ったら小町が「ひっ、不審者!」とか言うし、遅刻するし、おかげでさらにクラスで悪目立ちするし、授業中に寝て平塚先生から目覚めの一発を食らうし……あれ、これはただの汗だよな。涙じゃないよな。まあ、何とか2週間続いてる。最初はあんまり期待していなかった小町も、今は応援してくれているのも続いてる理由の一つだろう。
そして、俺は熱いシャワーん……これ冷水じゃねえか。
*******
部屋で制服に着替え終えると、ふとあの言葉が、脳内にこだまする。
『私、待ってますから』
それと同時に、机の中にある、花陽からもらったチケットの存在を意識した。
「……今年、までだよな」
チケットの期限が切れる今年までには……。
結局のところ、俺は怖いのだ。
花陽のような魅力的な女の子の隣に自分のような奴が立つことが。何もない自分が。
……でも、せいぜい悪足掻きくらいはしてみたい。できることはやっておきたい。
そう思いながら、部屋を出た。
*******
「あなた……最近、趣味が変わったのね」
放課後の部室で、相変わらず静かに読書をしていると、雪ノ下が声をかけてくる。
「ん、そうか?」
「ええ、前までは娯楽小説が多かったけど、最近は古典的な名作が多いわね」
「ま、あれだ。そういう気分なんだよ」
「あ、でも最近のヒッキー、数学の授業以外寝てないよね。昼休みもすぐどっか行っちゃうし!」
ボッチが気難しい顔で教室にいて空気を悪くするだけなので、図書館で読書してるだけだ。俺の気遣いマジエンジェル!
「ま、あれだ。心境の変化ってやつだ」
「「…………」」
雪ノ下と由比ヶ浜が探るような目つきで俺を見ている。
「何だよ……」
本の事といい、教室での事といい、俺見られすぎだろ。人気者かよ。葉山かよ。
二人は顔を見合せ、口を開いた。
「いえ、何というか……」
「ヒッキー、ちょっと変わった」
「変わり者扱いされるのは昔からだよ」
「いや、そうじゃなくて」
ポケットに入れたスマホが震える。
画面を確認すると、星空からのメールだった。しかも画像付き。
『かよちん可愛いにゃ』
何だ?と思い、画像を開くと……
「ぶふぉっ!!!」
「!」
「うわっ、ヒッキーきたなっ!」
紅茶を吹き出してしまった。文句を言われたが、それどころではない。
花陽のウエディングドレス姿だ!!!
星空からの情報によると、次のステージ衣装らしい。さらに……千葉の式場だと?おいおいマジか。つーかこれ……可愛すぎる。
『八幡さん、幸せにしてくださいね』
『おかえりなさい。あなた♪』
『私……そろそろ、子供が欲しいなぁ』
……いかんいかん。妄想が暴走しおった。
「ヒ、ヒッキーどうしたの?」
「いや、何でもない。材木座が新しいビキニを買ったらしくて、それを着用した写真を送ってきただけだ。見るか?」
「み、見ないし!」
「見せたら、消すわよ。あなたを」
お前ら、材木座に悪いと思わんのか!俺は思わん!
さて、星空にはいつか、ラーメンを奢ってやろう。いや、その前にブーケを持ったバージョンを……
考えているとまたメールがきた。今度は花陽からだ。
『すいません、今電話大丈夫ですか?』
「わりぃ。急用できたから帰るわ」
俺は返事を待たずに、電光石火の如く部室を飛び出した。