捻くれた少年と恥ずかしがり屋の少女 作:ローリング・ビートル
「はーい、じゃあ撮りまーす!」
カメラマンの合図の後、フラッシュがこちらの瞬間を捉える。はっきり言ってキンチョール。失礼、噛みました。緊張する。
隣にいる花陽はいつものように柔らかく微笑んでいた。さすがスクールアイドル。このままさっきの怒りが消える事を祈ります。
ちなみに俺は今、タキシードを着せられ、髪もプロの人からしっかりセットされている。目は腐ったままだ。
結婚式場のパンフレットに載せる写真を撮りたいとの事だが、全力で拒否しようとしたら……花陽には逆らえなかった。
「お兄ちゃーん!もっとくっついて-!」
「何なら抱きつくにゃー!」
「はちまーん!笑顔笑顔-!」
他人事だと思って囃し立てやがって、と思いながらも、マイエンジェル戸塚の頼みを聞くべく、にっこりと笑顔をつくる。
「「「「「「「うわぁ……」」」」」」」
おい。今、誰とは言わないが、けっこうな人数がドン引きしてたぞ。
「ク、クールな感じでお願いします」
結婚式場のパンフ用の撮影なのに、何故に幸せいっぱいな笑顔じゃ駄目なのか。
「いい笑顔だと思うんですけど……」
花陽が誰に言うでもなく呟く。ここまでストレートに褒められると、それはそれで照れくさい。これぞ捻デレ全開である。自分言うことでもないが。
「花陽ったら、本当に幸せそうね」
「フンッ!何で私がモデルじゃないのよ!」
「まあ、にこっちやから仕方ないよ」
「なんですってー!?」
「うらやましいな……」
「エリチ……」
何やら話し声が聞こえるが、何故だろう……絢瀬さんの言葉はあまり気にしない方がいいと、俺の108の特技の一つ、危機察知で感じてしまう。なので気にしない。
「腕を組んでもらえますか?」
「はい」
こちらの緊張をものともしてない花陽は、カメラマンに返事をして、するりと俺の腕に、自分の細い腕を絡める。あわわ……。
「は、八幡さん。い、いつか……私に……」
「あ、ああ…………」
次の言葉を勝手に想像して、緊張してしまう。
「い、いえ……まだ……大丈夫です」
「……そうか」
俺はカチンコチンで碌に動けなかったが、落ち着きを取り戻した花陽のリードで、テンポよく撮影は終了した。
夕焼けに染まる街並み。俺達はやっと帰路に着いた。
「いやー、楽しかったねー♪」
「俺は疲れたぞ……」
体の節々に、非日常の疲れが溜まっている。まあ、こんな経験はもうないだろう。しかし、写真撮ってもらうだけでこれとか、プロのモデルとかどんだけ疲れんだよ。プラのモデル作るのは楽しいのに。やはり俺は専業主夫になるべくして生まれた人間なのかもしれない。ナチュラルボーン専業主婦。
「そんな事言わないの!ゴミぃちゃんが花陽ちゃんみたいな可愛い女の子とカップルとして写真撮れるなんて、奇跡なんだからね!」
「そうだな」
「やけに素直じゃん」
「バッカお前。俺ほど素直に生きてる人間はいねぇだろ」
自分に嘘をつかないといけないような集団には属さず、日々自分の為に自分の時間を使う。これ以上に素直な事があるか。
「花陽ちゃんからもなんか言ってやってよ」
「え?わ、私?」
花陽と目が合う。
「…………」
「…………」
数秒間見つめ合って、逸らす。さすがに今日は色々ありすぎた。お互いに照れやら何やらのキャパオーバーを起こしている。でも顔の不自然な温かさだけは共有できている気がした。
「ア、アンタ達!何、変な雰囲気になってんのよ!」
「まだまだかかりそうね」
「はぁ~、これだからゴミぃちゃんは……」
「まあまあ、ええ雰囲気やん」
「先輩、ヘタレにゃ~!」
「ま、まあ八幡は八幡のいいところがあるから……」
「いいなあ……」
そういう話は俺に聞こえないようにしてくださいね。俺からしたら、戸塚と星空の距離感の方が気になる。なんか近いし。
それにしても絢瀬さんは、花陽が着ていたドレスをそんなに着たかったのだろうか。ハチマン、ワカンナイ。
まあ、このキャパオーバーしている温かい何かが、幸せという奴なら、少しずつ啄むように味わうのも悪くないと思う。俺のようなボッチは、そうでもしないと、消化不良を起こしてしまう。それに…………出来ることなら長く味わっていたい。
隣にいる花陽とまた目が合う。今度は、小さく微笑んでくれた。
そのままさりげなく、距離を詰めてくるのに気づかないふりをしながら、俺は歩く速度を緩めた。