捻くれた少年と恥ずかしがり屋の少女 作:ローリング・ビートル
最近の日課となっているジョギングを済ませ、シャワーを浴び、朝食の席に着く。小町は既に食べ始めていた。
不思議な事に、あれから小町は何も聞いてこない。ただ、話すときはは普段通りなのだが、時折心配そうな目でこちらを盗み見る姿に胸が痛む。俺は、気を遣わせていることをひどく申し訳なく思いながら、今はその気遣いに甘えるしかなかった。
学校生活はいつも通りの時間が流れている。葉山グループは相も変わらず和気藹々と談笑していて、俺は右手の痛みのせいで授業中は難儀だったが、それでもなんとか切り抜けた。
この痛みですら、今は自分を癒している気がした。
「ヒッキー」
短い休み時間に微睡んでいると、心配そうな顔をした由比ヶ浜が話しかけてきた。視線は俺の右手で固定されている。
「どした?」
「あの……右手、大丈夫?」
「……ああ、痛みはほとんどねえよ。とりあえず包帯巻いてたら体育の授業さぼれそうだからな」
「そっか……」
「ああ」
チャイムと共に由比ヶ浜は席に戻っていった。
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放課後の部室はいつもと違った。
やはり雪ノ下も由比ヶ浜もどこか余所余所しい。由比ヶ浜は教室内でのやりとりで既にいつもと違ったが、雪ノ下は予想外だった。腫れ物に触るように、といった表現がしっくりくるこの雰囲気。あまりいい気分ではない。
「わり、帰るわ」
二人を見ることはせず、なるたけ反応を気にすることもせず、颯爽と教室を出た。
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家に帰り、ベッドに寝転ぶ。
つまらない。つまらなすぎる。
俺は普段からこんなつまらない日常を過ごしていたのか。
いや、違う。
最近は……本当に楽しすぎたから……。
そこで、思考を遮るようにスマホが震える。
「!」
画面を確認すると、花陽からの着信だった。
応答を反射的に押そうとするが、何かが指を押しとどめる。
ものすごく声が聴きたい。
何でもない普通の会話がしたい。
できれば笑ってほしい。
一方的すぎる願望に自分自身で嫌悪感を覚えていた。
形だけとはいえ、裏切ったのに……。
気づけばスマホは停止して、ただの部屋はさっきより一層静まり返った。
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「八幡さん……忙しいのかな」
はやく……声が聴きたいな。
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ぼんやりとしている内に、数日が過ぎていた。俺は花陽の電話をやり過ごして、当たり障りのないメールを送るだけにしておいた。僅かな繋がりだけでも保とうとする自分の甘えに呆れながら、今日もとりあえず奉仕部へ向かうことにする。
最近、一色いろはという1年の生徒会長就任を防ぐ依頼が舞い込んだので、それで少しは気が紛れてくれればいい。
この先どうするかなどの答えが出ないまま、中身のない日々をボッチ生活を送るのも前と同じことだと……別に大したことじゃないと自分で自分に言い聞かせた。
「八幡……」
戸塚の声が聞こえた気がしたが、気のせいだと思い、俺は教室をいつものように、誰にも気づかれずに出た。
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「かよち~ん、どうしたの?」
「わわっ!びっくりしたぁ~!凛ちゃん、びっくりしたよ……」
「なんか顔暗いにゃ」
「あはは、何でもないよ……」
凛ちゃんと一緒に練習に戻る。
木枯らしが校内を吹き抜ける。
すっかり深まった秋はやがて冬に変わろうとしていた。
そんな中、私は確かな違和感、不安を感じていた。
八幡さん……。
ここ最近メールのやりとりしかしていないけれど、そこには普段とは違う、違和感を持った空白がある気がした。
私の知らないところで何かが起こっているという直感を無視することはできなかった。