捻くれた少年と恥ずかしがり屋の少女   作:ローリング・ビートル

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ワタリ

「八幡」

 

 昼休み。いつものベストプレイスにて、パンを囓っていると、戸塚が声をかけてきた。その手には、MAXコーヒーが2本握られている。

 

「はい」

「おお、サンキュ」

 

 笑顔で俺にコーヒーを渡しながら、そのまま隣に座る。それと同時に、ほのかないい香りが……落ち着け、戸塚は男だ。

 

「今から昼の練習か?」

「違うよ。今日は八幡と話がしたくてさ。教室だと色々気を遣って長話してくれないし」

「いや、気を遣ってるとかじゃ……」

 

 戸塚は俺の鈍い反応には、穏やかな笑みで返し、話を始める。その声音には、こちらを気遣うような響きがあった。

 

「まだ……気にしてる?」

「……何の事だ?」

 

 わかっていながらも、何故が聞き返してみる。

 いつもの風が学校の敷地を吹き抜け、木の葉がかさかさと地面を踊っていた。その行方を目で追いながら、戸塚の言葉を待つ。

 

「修学旅行のことだよ」

「別に……葉山達もいつも通りに不干渉だし、特に気にする事はねーよ」

「そうかな……僕は……そうは思えないや」

 

 戸塚は缶を両手で弄びながら、淋しそうな声音で呟く。戸塚のこんな声は初めて聞いた。

 

「八幡は気づいていないかもしれないけど、葉山君も、戸部君も、海老名さんも、たまに八幡の方を気にしてるよ。そして三浦さんはその事に気づいてる。どこか違うんだ……」

「…………」

「川崎さんも……由比ヶ浜さんも……あ、せ、責めてるとかじゃないからね!」

 

 戸塚はわたわたと手を振る。その小動物な仕草は、見ていて微笑ましい。

 

「大丈夫だ。それより、お前……結構、色々見てんだな」

 

 

 正直、由比ヶ浜が遠慮がちに声をかけてくる以外の違和感は、全く知らなかった。つまり、最近は奴らに視線を向けていないということだ。つまり、俺はいつも通りじゃなかったということか。

 

「それは仕方ないよ。八幡はそれどころじゃないんだから」

「?」

「小泉さんの事……考えてるんでしょ?」

「…………」

「嘘告白の事を気にしてるの?」

「……全く気にしてないといえば、嘘になる」

「そっか……やっぱり……」

 

 俺はようやく缶を開け、ひたすら甘いコーヒーを飲み下し、一息つく。

 

「今さらだけど……八幡って、小泉さんの事が好きなんだよね」

 

 予想外の言葉に、コーヒーを思いきり吹き出す。

 

「え、どうしたの!?ち、違わないよね!?」

「……ああ」

 

 ここまでストレートに聞かれたのは初めてだった。そもそも第三者に聞かれるのは初めてだ。小学校でのトラウマがあり、誰かに好きな女子を言うのを避けていたから。

 だが、今なら……戸塚になら本音を言える。

 

「……好きだ」

「それを素直に小泉さんに言えばいいんじゃないかな」

「…………」

 

 俺自身、何を悩んでいるのだろう、と思う。いや、こんなのは悩んでいるふりなのかもしれない。多分俺は憎んでいる。あの日、嘘告白をした自分より、花陽なら許してくれる、花陽なら踏み込んでくれると期待している自分を。依然の寄りかかるだけの自分から変われていない事を……。

 

「……八幡」

「あ、ああ、悪い」

 

 戸塚はMAXコーヒーを一息で飲み、立ち上がった。

「八幡、これだけは言っておくね」

 

 その瞬間、ざわめきが静まった気がした。

 戸塚は俺の前に立ち、いつもの穏やかなものとは違う真剣な表情を見せた。

 

「八幡は絶対に悪くない」

 

 真っ直ぐな言葉を置いて、すたすたと校舎へ歩いていく。

 俺はその背中を見えなくなるまで眺めていた。

 

 *******

 

 その日の夜。

 

「もしもし、小泉さん。どうしたの?」


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