捻くれた少年と恥ずかしがり屋の少女 作:ローリング・ビートル
「花陽……」
もう一度、その名前を呟く。
この前会ったばかりなのに……普段から連絡を取り合っているのに……何故か遠く感じてしまっていた。
その存在が今、目の前にいる。
いつか胸の奥をかき乱した衝動が込み上げ、今にも暴れ出しそうな気がした。
彼女は俺の目をじっと見て、ほっとしたように微笑んだ。
「やっと会えた……」
そして、そのまま隣に並んだ。
少し汗をかいた横顔は、古ぼけた街灯の頼りない明かりにぼんやりと照らされ、仄かに輝く雫が言いようのない美しさを讃えていた。
「……走って来たのか?」
「はい」
「これ使え、風邪ひくぞ」
鞄の中から、念の為持ってきていたマフラーを出す。
「あ、そんな、大丈夫ですよ!」
「いいから」
有無を言わさずに首筋にそっと巻きつけてやる。
人に巻いてやるのは初めてなので、少し不格好になってしまったが、花陽はそのまま歩いていた。
夜の帳を下ろした空を見上げ、何を言おうかと言葉を探す。
「ちょっとお話しませんか?」
先に口を開いた花陽の視線の先には、小さな公園があった。
並んで無人の公園に足を踏み入れ、ベンチの近くで立ったまま向かい合う。
花陽は俯きがちになりながら、それでも真っ直ぐに告げた。
「戸塚さんから聞きました」
「そうか……」
また沈黙が流れる。耳を澄ませても、何も聞こえない。花陽の微笑みは、寂しげなものに変わっていた。
「ごめん」
「いえ、謝らないでください。八幡さんは、そうするしかなかったんじゃないですか?」
「まあ、そりゃあ……そうなんだが……」
自然と溢れる言葉をそのまま伝える。
「嫌われたくなかった……」
「…………」
「嘘とはいえ、他の女子に告白してしまったから……」
「…………」
「それに、心の何処かで、花陽ならわかってくれるんじゃないか、許してくれるんじゃないか、なんて甘えてる自分が許せない……」
「…………」
「っ!」
花陽の手が俺の手に重ねられていた。
その小さな手は、そのままこちらの手をぎゅっと握り締めてくる。僅かに爪が食い込んで、少し痛いくらいだ。
そして、しっかりと目を合わせてくる。
「八幡さん」
花陽の声は輪郭が見えそうなくらい、はっきりとしていた。
「私は……八幡さんが好きです」
「…………」
「……大好きです」
頬を紅く染める花陽の真っ直ぐな瞳に捕らえられ、こちらは動けなかった。
生まれて初めての告白なのに、実感が全然沸かなかった。
花陽の寂しげな表情だけが気がかりだった。
「だから……胸が苦しくなります」
「…………」
「八幡さんが一人で悩んでいると……」
「…………」
「私……言ったじゃないですか!八幡さんは一人ぼっちじゃないって!」
「……悪かった」
花陽に俺の言葉は届いていないようだった。
どんよりとした夜空から少しずつ雨粒が落ちてきていた。
「私は……私は、八幡さんを……絶対、一人ぼっちになんかしません」
花陽の目からは涙が零れ落ちている。
その涙を見ただけで、ずきんと胸が痛んだ。初めての痛みだった。
せめてもの気持ちで、その雫を拭おうと空いた手を伸ばす。
しかし、その手は届かなかった。
「…………」
「…………!」
花陽の顔は目の前にあり、二つの唇が重なっていた。