捻くれた少年と恥ずかしがり屋の少女 作:ローリング・ビートル
それは何の演出も前振りもない、ただの衝撃だった。
湿った温もり同士がぶつかり合うだけの接触だった。
「………………………んっ」
花陽は精一杯背伸びして、さらにその温もりを強く押しつけてくる。いつの間にか、その両手は俺の頭を両側から挟み込むように掴んでいた。それは、いつかの続きをしているようだった。
やがて息が続かなくなり、名残を惜しむように離れる。
「……はぁ……はぁ」
「……はぁ……はぁ」
お互いに夜の公園の乾いた空気を吸い込む。そこには、初めて味わう甘さが漂っていた。そこでようやく、花陽と唇を重ねていたのだと気づく。
体が妙な熱を持って、さっきより増えた雨粒も不思議と心地いい。今、確かに世界は俺と花陽の二人きりだった。
彼女は恥ずかしそうに、顔を真っ赤にして俯いていた。その火照り具合も、初めて見せた情熱も、心から愛しいと思えた。
「花陽」
その名を呼んで、思いきり抱きしめる。
「……………………好きだ」
花陽のはっとする声が漏れ聞こえた。
「……やっと、言ってくれた……八幡さんのばか……」
「……ああ、どうしようもない馬鹿だな」
「でも、大好きですよ」
「……俺も……好きだ」
互いに熱い言葉で耳朶をくすぐりあいながら、至近距離で目を合わせる。優しい温もりで濡れた瞳を見つめ合っていると、また唇が重なった。
「……っ」
「……ん」
不器用に唇を重ねながら、確かな温もりを分け合う。
やがて雨は激しく降り注いでいたが、それすらも気にならず、名残を惜しむように離れる。
「もっと……もっと……」
「…………」
彼女がうわごとのように呟く。
本能が何度でも花陽を欲しがっている。
向こうも同じ気持ちなのが、何故かわかってしまう。
「「……くしゅんっ」」
*******
「お兄ちゃーん!雨強いけど大丈夫だった?それと花陽ちゃんから電話が……って花陽ちゃん!?どうしたの!?」
玄関のドアを開けると、すぐにタオル片手にぱたぱたと駆け寄って来た小町は、ずぶ濡れの俺と花陽を交互に見て、その後に固く結ばれた手を見た。
「え、え、も、もしかして!?」
「まあ……その、そういう事だから。心配かけて悪かった」
「えっと……改めて、よろしくね。小町ちゃん」
涙ぐんだ小町は肩を震わせ、自分が濡れるのも構わずに、俺と花陽に抱きついてきた。
「よかった!よかった!よかったよぉぉーー!!!」
「おい、泣くなっての。あと濡れるぞ」
小町は俺の言うことはスルーして、花陽の方に向き直った。
「花陽ちゃん。ふつつかな兄ですが、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ、ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
恭しく頭を下げ合う二人に、何だか気恥ずかしくなる。
「それよか早くシャワー浴びた方がいいぞ」
「あ、でも八幡さんが……」
「いや、俺はいいから」
「でも……」
「二人で一緒に浴びれば?」
「…………」
「…………」
「わ、わ、私は、八幡さんさえよければ」なんて事はなく……
「ぴゃああ……」
「と、とにかく、花陽から先に……」
「は、はい……」
「…………」
「…………」
二人共、固まったまま動けずにいた。
理由は手を握ったままだから。
そして、それをお互いに離したくなかったから。
「もしもーし、お二人さーん。早くしないと風邪ひきますよー?」
からかうような小町の言葉に我に返り、浴室へ向かう二人を見送って、俺は自室へと向かった。