捻くれた少年と恥ずかしがり屋の少女 作:ローリング・ビートル
それでは今回もよろしくお願いします。
小町のお叱りを受け、照れ隠しに頬を掻きながら椅子に座る。いつものカレーの匂いが空腹を心地良く刺激してきた。
「あ、ごめんね。私も手伝うよ」
花陽が申し訳なさそうに、小町の元へ駆け寄る。
「いいの、いいの。お義姉ちゃんは座ってて。お客様なんだから」
「お、お、おね、お義姉ちゃん!?」
「っ!」
初めての呼び方に、花陽が素っ頓狂な声を上げ、俺は盛大に水を吹き出した。
「え、どしたの?てか、お兄ちゃん、汚いよ」
「いや、お前……いきなり、どうした?」
台拭きでテーブルを拭きながら、さも当たり前のようにしている小町に尋ねる。
「だって、お兄ちゃんと花陽ちゃんが結婚したら、花陽ちゃんはお義姉ちゃんだよね?」
キョトンとした顔の小町はあっけらかんと言い放つ。いや、確かにそうなんだけどさ。変な想像しちゃうからやめてね……。
「そして、二人に子供が生まれたら小町は叔母さんに……うん、可愛い姪っ子からは、小町ちゃんって呼んでもらおうっと♪」
「こ、こ、こど、子ども……!」
花陽は顔が真っ赤になり、わたわたとその場で右往左往する。
「お、おい、小町……その辺にしてやってくれ。花陽がエンストしそうだから」
ついでに俺は、幸福のメーターがカンストを起こしている。それにさっき、甘々な言葉を囁かれたもんだから、なおさら小町の言葉に対して、押しとどめていた変な妄想……想像が膨らんでしまう。
「ふふん、初々しいですな!さ、食べよ食べよ!」
ウキウキはしゃぎながら食卓につく小町は、かつてないくらいに上機嫌で、これまでにないくらいに幸せそうに見えた。
*******
食事の片づけを終え、忘れていたシャワーを浴び、ようやく自室でくつろげる。花陽は花枝さんに電話をかけていた。今日は色々あって夜遅くなってしまったので、泊まっていくらしい……小町のゴリ押しで。言うまでもなく、俺に「泊まっていけよ」なんて言う勇気などない。
花陽はさすがに渋るかと思ったが、すぐに納得した。
まあ、そんなこんなで、いつもより濃い一日が終わろうとしている。窓の外は、さっきより穏やかな雨音が、シトシトと絶え間なく響いていた。明日は土曜日なので、学校は休みだが、花陽は練習があるので、朝早くに帰らなければならない。そのことを少し寂しく思いながらも、明日が晴れることを祈っていた。
そんなあれこれを考えている内に、コンコンと控えめにドアがノックされる。すぐに誰だかわかった。
「どうぞ」
「し、失礼します……」
花陽はひょこっと顔を出し、俺が頷くと、ゆっくりと部屋に入ってきた。
「電話はすんだのか?」
「はい、凛ちゃんが先に言ってくれてたみたいで……」
「そっか……」
幼馴染みにはお見通しだったらしい。星空にはいつかラーメンを奢ってやろう。
「…………」
「…………」
お互いに妙にかしこまって、見つめ合う。だが口元は確かに微笑んでいて、そこには気まずさなど微塵もない。
「とりあえず……座るか?」
「あ、はい」
花陽が俺の隣に、ベッドに腰かけてくる。
「…………」
「…………」
無言の時がゆったりと流れる。もしかしたら、色々ありすぎて、何から話すべきか整理しているのかもしれない。
俺は考えて、1番最初に言うべき事を言う。
「その……花陽……」
「はい?」
立ち上がり、花陽に向き直る。声のトーンから真剣なものを感じとったのか、花陽も立ち上がった。
「あー、その、あれだ……俺の彼女になってください」
「…………え?」
キョトンとしている。そりゃあ仕方ない。好きだと言い、キスをして、あまつさえ嫁にする約束までした。今さらかもしれない。ただ俺には大事なことだ。
「その……さっきから全部、花陽からしてもらってばかりだから。せめてこれぐらいは……」
ちっぽけな男のプライドである。馬鹿みたいだけど……というか馬鹿なんだが。本当に情けない。
ただ、それでも彼女は微笑んでくれた。
「……はい。よろしくお願いします」
花陽は丁寧に頭を下げ、ゆっくり上げると同時に抱きついてきた。ふわりと温かく甘い香りが弾け、部屋を満たした気がした。
数秒後、こちらを見上げ、目を閉じる。
まだ慣れないが、自分でも意外なくらい自然な動作で、花陽の頭と腰に手を添え、唇を重ねる。
「…………」
「…………んっ」
浅めのキスを何度も重ねる。手足の感覚がとろけて曖昧になってきた。そうしてじゃれ合っている内に、お互いにベッドへ体を投げ出す。自然と笑みが零れた。
「そういや、修学旅行のお土産渡さなきゃな」
「私も……渡したい物が……」
恋人になったばかりの二人の夜は、まだしばらく終わりそうもなく、この日を絶対に忘れないとばかりに、深く深く心に刻みつけた。
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