1.余の最後
皆のもの、控えおろう。余は偉大な
などと言う機会は今まで無かった。
余の父の
父の死後、余が
「よお姉ちゃん、良い乳してんな。ちょっと揉ませろよ」
余がお忍びで街に出歩いておると、愚かな所業を目にした。
いい歳をして乳離れが出来ぬとは嘆かわしい。余が乳母と離れたのはいつであったか?
そんな事を考えていると、卵の殻の様に女人の服を剥き出している。
「嫌あぁぁぁぁぁっ!」
余は我が民を愛している。民を苦しめる者は許せなかった。
「これ、そこの下郎共。天下の往来でその様な乱暴は許してはおけん。その者を放せ」
「何だ、このでぶちんは? やっちまうぞ」
余はでぶちんでは無い。少しばかりぽっちゃりとしてるだけだ!
下郎共は余が誰か気付かずに暴力を振るってきた。
「あ痛! 何をする、無礼者め! 余を誰だと思って……痛い!」
「うるせえ!」
成敗してやろうと思ったが、余を殴ってスッキリしたのか無法者は去って行った。愛すべき民を守れた事で良しとしよう。
ボロボロに成って城に帰ると急変が起きていた。
「申し上げます。劉備玄徳、謀反! 白水関を占拠し成都に向け侵攻中です」
「ふぁっ!?」
裏切りだ。同族だと言って油断させて、どいつもこいつも裏切り者だった。
東州兵もあやつらも寝返りおった。仁の道とかより、もっと人としてどうかと思うが、どうにもならない。
飛べる鳥も居れば、飛べない鳥も居る。余は戦に向いては居ない。それならばいたずらに戦を長引かせて民や兵を死なせるべきでは無い。
だから余は劉備軍に和議を申し込んだ。
「お前は屑だ。領主の屑な性格が部下に引き継がれ、民を苦しめている。死ねよ屑」
天の御遣いを名乗る小僧は余を殺すと宣言して来た。
自称天の御遣いが劉姓の余を殺すだと? 片腹痛いわ。
「
小僧が余の傍らに控えていた
瞬間、首筋に風圧を感じ、気付いたら過去に戻っていた……。
2.余は戻って来た
余は人生をやり直す事となった。
余はどんな姿してるか後世に伝えられるか興味はある。ただし自分の死後はどう書かれても修正出来ないが、今は幾らでも変えられるだろう。
自己分析を行うと、余は少しばかりぽっちゃりとした子だった。成長して青年に成ってもそれは変わらない。
そして二度目の人生でもそれは変わっていなかった。それを知ってがっかりとした。
体の確認が終わると、余は現状を確認して見た。
基本的な歴史の流れは以前と同じ様で、夏王朝に武王が
そして後継者に恵まれない周は衰退し、諸侯が台頭するが王公貴族は女子の継ぐ所と成った。これが世に女共が飛躍した始まりじゃな。
そして現在。大陸を漢が支配していたが世は乱れている。
むぅ、何ともそこだけは変わってはおらん。
そんな状況で求められるのは経済復興と国土の再建であるわけじゃが、東の僻地に宗室の一門が栄転と言う形で流された。我が一族じゃな。
世の中は色々な事情が絡み合っており、綺麗事だけではない。頭を下げて金になるのなら幾らでも下げた方が得だ。這い上がるには誇りは不要と言える。
我が祖先は、七国の乱を引き起こした諸悪の根元でありながら、漢の第六代皇帝として評価される恥知らずの劉啓である!
そしてその子、魯王であった
(父が母に性別変わってるのは驚きじゃよ!)
この時、第三子で姉の
だが運命の悪戯か、母が亡くなると余が州牧を命じられた。普通は姉を立てると思うのじゃが、扱い易いと思われたのじゃろうか。
漢と益州を取り巻く情勢は、そこまで悪く無かったと思う。
余が忠を尽くすべく漢は大陸を統治している。西の果てにはローマと言う国もあるらしい。
その途中にある西域の羌族は漢に対して脅威ではない。それよりも北の諸侯が対応してる匈奴の方が、度々来襲するから厄介だ。まあ、余の統治する益州に来るまで、馬騰や董卓が対処してるから問題は無い。
問題があったとすれば劉備の野心を見抜けなかった事だろう。
正直、劉備を受け入れたのが間違いだと思っている。余所者等どうでも良い。
天の御遣いの事はよくわからんが、ただの小僧な気がする。
確かに余を倒したの事実だが、劉備に天下を治める器は無いと見た。小僧も劉備の名声に乗ってるだけだ。何れは力を持つ者に討たれたであろう。
益州に隣接する東の
前世でも忠臣だった
「李玉様、マジですか! 繰り返しって死にゲーじゃないですか。それ何てDARK SOULSですか」
うーむ、何やら興奮して訳の分からん事を申しておった。
「李玉様、他の者にはその事を申してはいけませんよ。頭を疑われるのもありますが、情報の優位性と言う物も失われます」
「そうじゃな。君矯の言う通りにしよう」
華奢な女の体になっていても、張粛は頼れる家臣じゃった。
「とりあえず、家臣の皆に積極的にお言葉をかけてください」
「ほう」
朝、晩と挨拶を交わした対話をする事を繰り返す。親密な交流を行い、相手の価値観を知る事で謀叛の芽を摘んでおく。
実際、それで何人かは懐柔出来た。好きとか嫌い、人の気持ちにも正解があると言う事じゃな。君主として心得て置くべき事であった。
「劉璋様」
今では魏延が犬の様に後を付いてくる。
結局、余はあの時、この者に殺されたのだろう。でもその結果のやり直しだ。
機会を与えてくれた事に感謝して、子を慈しむ様に可愛がってやる事にした。それが家臣の忠誠心を買う事に繋がるんじゃ。
「阿蘇阿蘇から原稿の依頼が来ておりますが、いかがいたしましょう?」
余は民の人心を掌握する事から始めた。その為には娯楽や嗜好を掴む事だ。
「
余の書いた記事が流行を作る。他者に評価される事に幸せを感じた。
「さすがは劉璋様です」
「うははは、そうじゃろう」
余は立派な領主になると決めたのだ。そして自称、天の御遣いを返り討ちにするのだ!
益州は山々に囲まれた地で、肥沃な土地とは言い難い。余の記憶通りなら、劉備が攻めてくる前に確か黄巾賊の反乱があった。
余は劉姓の特別な存在だから負けるわけにはいかん。
「劉璋様ぁ~」
幼子が執務室に入ってくると余の膝に抱き付いて来た。止めようとする魏延に構わないと手振りで示した。
「どうした璃々?」
ぐいぐいと体を揺すられる。あ、余の腹を揉むでない。
「劉璋様が都から帰られたと聞いたので、お顔を見に来ました」
うちの息子達は既に成長して可愛いげが無い。あいつらも璃々の年頃は父様、父様と纏い着いて居た物じゃ。どうして成長すると、ひねくれるのじゃろうな。
可愛い盛りの璃々じゃ。余は楽しく相手をしておる。子供特有で少々、臭いが。
(黄忠か……)
弓の名手で、天下に並び立つ者は数えるほどしか居ない。余の聞く所によると
ふと思い付いた。
強い武将はその存在だけで、攻めてくる側に負担を強いる。抑止力だな。
だがそれでも攻めてくるなら、その時は此方に勝つ手段を持っていると言う事だろう。
「劉璋様、難しいお顔をしてどうしたんですか?」
璃々の頭を撫でながら余は王者に相応しい闘い方を思い付いた。
戦の主力は弓兵だ。劉家の財力で弓や弩を揃えれば鉄壁の守りだろう。
「璃々のお陰で明案が浮かんだぞ。よしよし、良い子だ」
くすぐったそうにする璃々を撫でながら魏延を呼ぶ。連弩の増産と配備を命じた。
「弩ですか? どうしてですか?」
「枝豆が食べたいです」
魏延の問いに答えようとしたら璃々が俺の腕を引っ張って来た。
「あ、うん。文長、璃々の為に枝豆を持って来てやれ」
「……御意」
魏延が頭を下げた瞬間、バァンと扉が開いて黄忠が現れた。
あ、これは不味い。怒ってるのが一瞬で分かった。
「璃々、劉璋様のお仕事を邪魔をしてはいけません」
璃々はびくっと震えて余にしがみつく。手に力が込められていた。
「ああ
それと弓に矢をつがえて何をする気だ?
黄忠の視線を受けて魏延はこくこくと頷いていた。
「寛大なお言葉を賜り身に余る光栄です」
黄忠は余の変わり様を警戒している。対して余は裏切られた記憶から他人が怖い。単純な子供と魏延はまだ良い。
ここ女は余に忠を尽くす感じでは無かった。子の為なら余を殺すであろう。
「気にするで無い。胸襟を開いて語り合う事も、時には必要な事であろう?」
生きる努力。それには周りから変えていかねばならない。
それが余の悟った事だ。そう、余は益州に太平を作り、余の慈愛を広げるのだ!
3.我が子房は誰にしようか?
この世に身分と言う物が存在するのは、民を導く為だ。
余が再び人生をやり直し始めてから数ヶ月、余にはさっぱりわからない事だが、
「はっきり言って、余は亡き父にも平凡と言われているぐらいだ。益州を纏めるだけで精一杯で、高祖劉邦の様に天下をどうこうしようと言う大志は無い。それでも構わぬのか?」
父って言って、失言をしてしまったが、周囲は言葉通りの父と勘違いしてくれた様で、気にしていなかった。
「平凡であると己を評価なされる劉璋様は、希代の名君に違いありません」
金髪の幼子に誉められた。
「そうじゃろうか?」
眼鏡の娘が後を次いで口を開く。
「民は平穏が守られるなら劉璋様に従います。慈愛を説いて民を導く貴方様は、他の官匪の様に民を虐げらる事は無いでしょう」
「あ、そう」
とりあえず仕えてくれるらしい。
やはり民に慈愛を広めると言う事は間違いでは無いらしい。
ちなみに二人の護衛をしていた
「客将じゃと?」
客将と言う上から目線の物言いに余は怒りを覚えた。
「益州は貧しい。せっかくだが我らの民にただ飯を食わせる余裕はない。お遊びや腰かけ気分で来られては迷惑じゃ。益州を守る将軍の椅子も軽くは無い」
そう告げると趙雲は肩を落とすと「失礼しました」と去って行った。
「少しきつく言い過ぎたであろうか?」
程昱に問うと頭を振った。
「いいえ、いいえ。劉璋様は何も間違っては居なかったと風は思います。それに、
星って真名だな?
真名を交換する間柄の者を推挙してくれたが、余は感情に任せて断ってしまった。
「そなたの面子を潰してしまったのならすまぬ」
領主と家臣という身分はあっても、誤った事をした場合は謝罪をせねばならない。
特に面子は大切だ。相手の矜持を傷付けたら謀反を起こされても仕方が無い。
もう一人の軍師、郭嘉は我が兵の教練を見て意見書を持ってきた。
「劉璋様、我らは益州を守るには南蛮を征すべきだと考えます」
南蛮、それは未開の原住民達が暮らす樹海で、田畑を作るには不向きな土地柄であった。
「後顧の憂いを無くすと同時に兵の訓練と成ります」
南蛮王
だが余は民を守る為に戦を始めねば成らぬようじゃ。
郭嘉が己の智謀を顕示し、私腹を肥やす為に戦を始めるなら拒否したであろう。
しかし彼女は余と余の民を思って提言してくれた。10年先を見据えて政や戦をする。
郭嘉や程昱が居なければ思いもよらなかったであろう。
益州の為に、有り難く彼女達の才を使わせて貰うとした。
× × ×
定食屋の片隅で余は昼食を取っていた。西方から渡ってきた
隣の席に座る璃々は箸を置くと悲鳴の声をあげた。
「劉璋様、ごめんなさい。もう食べれません」
余は民の暮らしを検分すべく城下を回っていた。護衛は黄忠に命じる事で、母娘の時間を作ってやった。これもよく働いてくれる家臣への気配りだ。
「うむ、よく食べたな。今はたくさん食べて、よく寝るのが璃々の仕事だ。後で褒美に菓子を買ってやろう」
子供の成長は早いと言うが、やはり食べて寝る事が基本だ。
「劉璋様、あまり璃々を甘やかされは困ります」
璃々の隣に座っていた黄忠が苦言を申して来た。
余は幼い頃、父に構って貰う事も少なかった。だからか、余自身に重ねて璃々を甘やかしてしまう。
「ハハッ、許せ漢升」
庶民の食事を堪能した余は代金を支払い再び検分に戻る。暮らし向きは少しずつだが向上しているのだろう。娯楽商品が増え、買い物客で城下も賑わっている。
二度目の生、余が地道に益州の暮らしを向上させている結果だ。
(しかし足らぬ)
男に対する配慮だ。
女子が発言力を持つこの国は化粧品や下着も数が揃っている。
しかし男にも煩悩がある。今度は色情小説や春宫図を普及させて見ようか。
璃々の様な子供の目には触れない配慮も必要じゃな。
役人は政の書類仕事を行う。労働の対価で収入を得る訳だが、宦官は違う。やつらがする事と言ったら陛下のご機嫌伺い、他者を策謀で蹴落とすぐらいしかない。宮中は魑魅魍魎の徘徊する伏魔殿と言うが、事実その通りで恐ろしい。
だから余は益州に籠って居る。最近は、宦官も楽しめるような酒や娯楽を提供する事で保身を図る事とした。袁紹の言葉を借りるなら優雅とは程遠い。
「余に失望するか?」
余の問いに軍師達は否と言う。なのだが、余の心は晴れぬ。
「それは劉璋様が宦官のやり口に義憤を感じていらっしゃるからでしょう」
郭嘉は頭を下げる。
余は民を飢えさせたくは無い。戦を始めねば田畑は荒れ、民がお腹をすかせる事に成る。
益州の民を苦しめない事こそ我が使命なのだから。
「ふむ。郭奉孝よ、永遠とはいかんが今後、十数年の為だ。南蛮出兵を許可する」
余は賭けはしない。信じる軍師達が揃って勧める南蛮平定に同意した。
早速、主だった重臣が集められ会議が始まった。
「南蛮人は幼い子供に似た外観で猫の様な尻尾と耳を持ちます」
想像してみたが、微笑ましい外観では無いか。
「反面、戦闘力も高く、男に媚びた装いは敵の策かと考えられます。従って今回の策は、取り囲んで泣くまで叩き潰し心を折る事を目的とします」
暴力的な躾だが、臣従させれば兵も手に入れられる。ただし心からでなければ意味がない。
「泣くまで叩き潰すなんて稟ちゃん、エグいですね。風にはそんな酷い事、出来そうもありません」
「風!」
顔を真っ赤にして反応する所がからかわれる理由だろうな、と余は気付いたが今は戦を考える時だ。
南蛮攻めは心を攻めて臣従させる。余の意に沿う形で進められた。
4.戦、何それ美味しいの?
余は宦官がお金出してと言えばすぐ出した。
ちょっと南蛮攻めても良い? と言ったら許可をくれた。
最近は益州で流行ってる服とか酒とかも献上していたからだ。宦官を敵に回して「あいつ殺すか」って言われたら直ぐに余の首なんて跳ねられてしまう。
余は臆病だから、朝廷に貢ぐ暗愚と思われても、益州の民が平穏無事に暮らせるならそれでも良い。
会議が終わり椅子に座っていると璃々にゆらゆら、ゆらゆらと揺らされた。
食後にこの動きって眠気を誘う。
「璃々は椅子を揺らすのが上手いな。今度から眠れない時は璃々に頼むぞ」
ニコニコしてる璃々の頭を、報復でグラグラと揺すってやったわ。
黄忠は今回の出兵には参加しないが、手配で忙しいらしい。それで余の所に来たとか。
余に戦の事は聞かれて分からないから仕方が無い。戦は武官に任せれば良い。孫子は智、仁、信、勇とか五徳を重視していたと記憶にある。最後の一つは思い出せないが、実生活に影響は無いからよかろう。
これなら都で曹操から聞かされた『兵貴神速』の方が分かりやすかった。
美味い物を食べたければ早く走れと言う意味じゃった様な。
「劉璋様?」
女官に菓子とお茶を持ってこさせる間、璃々の相手をする。
黄忠が言っていたから、あまり甘やかしはしない。揺らすのを止めて余の膝の上に乗せる。
「成功は報酬を得る。璃々よ、余の仕事を手伝うのじゃ」
「うんっ!」
返事は「はい」じゃぞと教えて、菓子が来るまで決済の印を押す手伝いをさせた。
日常は淡々と一日、一日と過ぎて行く。
気付けば南蛮攻めを無事終えたと、魏延から報告が届いていた。彼女には簡単な戦いだったらしい。今回の進言をした郭嘉に遠征軍の軍師をして貰ったが、魏延を上手く扱ったらしい。
余は宦官にちょっとお願いしただけで、後は家臣達が上手くやってくれた。
戦をすると人手が要る。そこで人が集まってくる。
南蛮を攻めた後、勝ち戦だった事でさらに人が集まってくる様に成った。
すると戸籍管理や税収やら何やら、文官が余の決裁を求めて大量の書類を持って来る。書類の山が机を埋めた。
こう言う時は璃々も気を使ってやって来ない。黙々と仕事をするしか無いのは苦痛だ。
「どうかされましたか劉璋様」
目線を上げると書類の上に奇妙な人形の姿が見えた。程昱だ。
同じく決裁を求めてやって来たらしい。
「ん。あぁ、税収は増えたがそち達の仕事も増えたなと思ってな」
そう言うと、程昱は何やらうんうん頷いた。
「成るほど、そう言う事ですか」
程昱から進言があった。
「益州に埋もれた在野の者を見出だす為にも、宴を行ってはどうでしょうか。劉璋様のお役にたてる剛の者もおりましょう」
「宴か」
名族、名家と言う物は影響力が大きい。余は父から作法や勉学を学ばされたが、詩の才能は無い。
宮中や名族同士の社交場では、詩を詠む事も必要だ。だから余は宴が嫌いじゃった。
もちろん、余の家臣と行う宴は格式張らずに肩の力が抜ける物だ。家臣が気持ち良く仕事が出来る環境を作るのも上役である余の務めじゃ。今回もその形式で行くとした。
広く人材を集める為に、余は城下の下屋敷で宴を開いた。出される食事は高級志向では無く、城下で商いを行う飯店や屋台から集めた物だ。その為、経費も安上がりだ。
余も摘まんでみたが海から離れている為、肉料理が多い。
「さすが、劉璋様。宮廷料理の様な物を用意されては、宴に参加する者も萎縮されますからな」
「いや、何。余も肩がこるのは面倒じゃからな。気楽に楽しんでくれ。わははははは」
皆と歓談しながら辺りを見回す。着の身着のまま、ざっくばらんに無礼講で行こうと告知を出したので、多くの者が集っておった。余の家臣の他に益州に暮らす民もやって来ておる。
人との出会いは楽しみな物である。
新しい服を仕立てる為に生地をどんな色に染めるか。それと同じで、ワクワクと楽しみな一時だ。
「劉璋様は変わられた」
「そうね、良い方向に」
魏延が黄忠と何やら話してるが、余は忙しいので放って置こう。
「劉璋様、宜しいですか?」
来客の応対も余の仕事の一つだ。顔見せと繋ぎだ。
それにしても仕官の者も結構多いなぁ。応対をしてるだけで眠たくなってくる。
「くぅ~」
余の傍らで立ったまま堂々と寝る程昱。この場合は彼女のお眼鏡に叶わなかったと言う合図だ。
「これは西方のローマから取り寄せたワインと言う飲み物じゃ。楽しんでくれ」
そう言う客は適当に酔わせて帰らせる。仕官は叶わなくても料理と酒を楽しめたなら十分であろう。
そして、新たに仕官して来た者が一人。
「従妹の
「はぁ……」
馬超孟起は西涼の
西涼に行った事は無いが、名馬の産地で皆が馬術に長けて居るらしい。
「それでしばらく厄介に成りたいんだけれど……」
郭嘉が眼鏡をくいっと持ち上げて進言して来た。
「我が軍には馬術に長けた者がおりません。ここは受け入れるべきかと」
我が兵は益州の戦闘に特化しておる。専守防衛じゃからな。
専守防衛は守りに徹するばかりを言うのでは無いそうじゃ。
騎兵と言う戦力は如何様にも使える。うん。余もそう思っていた。馬があれば便利だからな。
「馬孟起、立派な馬と乗り手を育ててくれ」
馬超はハハッと快活に笑って、任せろと引き受けてくれた。
州牧として余の下には地方の太守、県令等が仕えている。家臣が増えるたび挨拶を受けている、が正直多過ぎて全員を把握してるとは言いがたい。まぁ中央を目指す者は去って行くので、後々に良い繋がりを持てる様に期待する。馬超にも今後の繋がりを期待しよう。
× × ×
最近、荊州の支配権を巡って袁紹と袁術が争っていた。同族で殺し合うとはまったく嘆かわしい。先祖や両親が草葉の陰で泣いておるぞい。
益州を脅かす事があれば、何処の兵であっても討てと命じてある。愛する益州の民を守る為だ。
孫策が一族を連れてやって来た。
「何じゃ、こやつら?」
ざわめく重臣達を前に余は郭嘉に尋ねた。
「劉表殿との戦で孫文台殿が討たれ、袁家に背後より追い打ちをかけられ所領を失ったそうです」
益州から捲土重来を狙うらしいが、郭嘉や程昱の表情が険しい。孫策達が余を裏切って益州を支配する野心を持っているのではないかと警戒してるのだ。
「劉璋様の御意見を聞こう」
一同の視線が余に集まる。
「面倒くさいのじゃが……」
余の援助を求めている。窮鳥懐に入れば助け様と言う気持ちに成る。
一方で、前の人生で体験した劉備の二の舞では無いかと言う考えも浮かんだ。世間一般の生存戦略としては、孫策の様な能力も人望ある者は大きくなると困る。殺せる時に排除して置くべきであろう。
しかし余を頼って逃げて来た者を討てば、世間の受けも良く無い。それならば恩を売るべきだ。
人は困っている時に優しくされた恩を忘れない。将来の不安だからと殺すのは短絡的じゃと余は思う。
「孫伯符、益州に逗留する事を許可しよう。しかし益州は働かざる者に食べさせる余裕は無い。それなりの労役には就いて貰うぞ? 給金も出そう、嫌になったらいつでも出て行って良い」
意外そうな表情を浮かべた孫策は、がらりと雰囲気を変えて獰猛な笑みを浮かべた。
「暗君ならサクッと殺しちゃって益州を頂こうと思ってたのに、出鼻を挫かれちゃったわ」
「孫策、貴様!」
その言葉に周りの武官が色めき立つ。
「どうしても益州が欲しいとそちが思うなら、余の首を取る何て簡単じゃろうな。じゃが、余を裏切っても益州の民を裏切ってくれるなよ」
余の言葉に孫策は唖然とした表情を浮かべた後、爆笑をしていた。
あの笑い顔がムカツクから、受け入れを断りたくなったが今更取り消しは無理じゃな。
謁見を終えて執務室に戻った余は来客を受けた。孫策だ。何か、言い忘れた事でもあったか?
余が言葉を出す前に孫策は頭を下げた。
「先程は、我が一族の願いを聞き届けていただき有難うございます」
謁見の時とは違って殊勝な態度だった。そう思っていたら、ぱっと頭を上げた。
「真面目な話はここまで。お礼をしなくちゃね」
孫策の目が獲物を狩る目に替わった。
「な、何じゃ」
むほっ。いきなり抱き締められた。顔を胸に押し付けられて窒息してしまう。余は程昱に助けを求めて目で訴えた。
「あらあら、手が早いですね」
程昱は、のほほんとお茶を入れて飲んでいる。
おのれ程昱、これで通じぬとは! 余は童貞と違うが、気の強いムチムチした女人は苦手じゃ。慎み深い態度を求めたい。
余は机をバンバン叩いて解放を要求した。
そんな風に人が増える中で、馬超や孫策ら武官が活躍する機会は、意外と早くやって来た。
黄巾賊の大規模な反乱が始まった。
だが益州で妙な宗教は流行らない。それよりも日々の生活で趣味や娯楽に時間を費やす方が建設的だ。
余は執筆と言う手段で、益州に文化の流行を作った。益州の文化で幾つか都の洛陽を凌いでる物もあるらしい。金が回ると市場も動く。人も集まれば物も集まる。
あの村で太平道の教えを広めよう。何て考えても、霞を食って生きていける訳もないので、世間が怪しい太平道何て受け入れない。
逆に「太平道、なんかださいよね」と広まっていた。
黄巾は民を扇動する積もりでも、我が民に不忠者は居ないのだ。
他人事で愉快な気分であったが、朝廷より黄巾賊討伐参加の命を受けた。
「お前、暇だろ? 手を貸せよ。兵と兵糧はお前持ちな」と言う訳だ。
馬車が揺れるとお尻が痛くなってしまう。洛陽までの道のりは山間の起伏が激しく苦行であった。璃々の様に幼い子供を伴っては行けない。
「もうすぐですよ」
程昱は都に来た事があると申していた。
余も何度か来た事がある。じゃが、益州とは遠過ぎて分からん。
「まったく、肉屋の癖に余を呼び寄せるとは生意気な」
余は益州から出たくは無かった。他所では余の威厳と威光が伝わりにくいからじゃ。
「まぁまぁ、せっかく来たんですから景色を楽しみましょう」
そう言われても今更、都を訪れても何の感動も覚えなかった。
役人が不正を行い都に暮らす民を苦しめている光景など何度も見かけた。それを余が止めようと思えば出来ぬ事も無いが、また繰り返されるだけだ。
そして余が動いた事で更に八つ当たりを受けて民が苦しむ事に成るやも知れぬ。
馬車に並んで警護の指揮を執る馬超は、しかめっ面で槍を握りしめている。今は余の家臣と言う立場で、その言動には責任が付いて回る。
無法を目にすると、余に仕える者達とあまりにも質が違った。
怒気を圧し殺して震える馬超に我慢しろと言うと、「命令してくれたらすぐにぶっ飛ばしてやるけどね」と答えた。確かに鍛えられた馬超なら都の弱卒などは鎧袖一触じゃろう。
「その意気じゃ。道に落ちてる石ころと思えば良い」
都に巣食う官匪の征伐をするのは余の仕事では無い。
その程度の事で益州を危険に晒す事は出来ないのだ。
宮廷に入る為、近衛兵の詰所で何進大将軍が余を呼んでいると言う書状を見せた。
「お待たせしました。ご案内致します」
確認がとれたら何進大将軍の執務室に通された。
むっちりとした豊かな胸に視線を奪われかけたが、ここは娼館や後宮では無い。
余は挨拶もそこそこに本題を訊いた。何進も仕事に対しては真面目に取り組む人物らしい。
「知っての通り太平道等と言う邪教を広める賊徒が各地で暴れている」
朝廷を倒し理想の国を作る。大した野心だ。
「益州は問題無いようだが、
益州と荊州は隣合わせだ。袁家の支配が及ぶのは荊州北部の南陽郡だけであろう。一郡の鎮圧だけなら協力しても良い。
「勅命とあれば」
肉屋に頭を下げるのは癪だが、そう答えておいた。
それにしても、これはあれか。孫堅が死んだ反動か? いけない賊徒にはお仕置きだと言う事は分かった。しかし袁家の方が余より金も兵も持ってるはずだが。
程昱が今回の反乱は、朝廷にとっては諸侯の力を削ぐ絶好の機会だと言ってたな。余も立ち位置や身の振りを考えておこう。
色んな事で頭がぐちゃぐちゃするし、空気が急に血生臭く成った気がした。
こんな時は、帰って早く寝よう!
だけど宿で休む暇も無く、余を乗せて馬車は進み、洛陽から益州に戻る。
荊州の賊軍討伐に兵を出す為だ。
余は留守居をしている郭嘉に手配をする様に早馬を出した。馬超によって我が騎馬は、一夜にして千里を駆ける俊足の足とまで鍛え上げられている。
「稟ちゃんならしっかりとやってくれますよ」
直接、荊州に行って益州からの兵と合流した方が速いが、余は戦には参加をせぬ。
戦は軍師と武官の仕事である。兵の指揮は厳顔に命じた。郭嘉からの報告だと、張り切って五月蠅いらしい。武官と言うのはそう言う生き物らしい。
馬車では暇だから次回作の記事を考えていた。
どれくらいの時間が経ったか分からぬが、都を離れ休憩を幾度か挟んだ所で、馬車がガタンと揺れて止まった。馬超の怒声が聴こえる。その後、斬り合う音が聴こえてきた。
「何事じゃ!」
「賊軍だ。頭を下げてろ」
馬超の声が外からかけられた。まぁ、あやつに任せておけば大丈夫であろう。
それにしても劉姓の余を襲うとは何奴じゃ?
互いの得物をぶつけ合う音が聴こえる。ガッタン、ゴットンと馬車が外の震動で揺れていた。
外に出れば余は殺されてしまう。余は同乗している程昱を守るべく抱き締めた。
「あ……」
程昱は余に比べて小柄な、吹けば飛ぶ様な体じゃ。何時も飴ばかり口にしてるが、ちゃんと食べておるのじゃろうか?
とくんとくんと鼓動する程昱の心臓の音を感じながら外の物音に注意を払った。
「お前、それほどの腕を持ちながらどう言う積もりだ。劉璋様と知っての狼藉か?」
馬超にそれほどまで言わすとは、中々の使い手らしい。だが賊は聞く耳を持ってはおらん。
「
誰だそれと思いながらも、賊の答えが物語っていた。
目に見えなくても確かな物はある。殺意の宿った言葉だ。余は体が震えるのを感じた。
程昱が余の背中に回した手にぎゅっと力を込める。
余のぽっちゃりとした体なら程昱ぐらいは守れると思う。
「承知の上か」
外が何やら盛り上がっている様だけど、余は初めて知った。殺意は恐ろしいと。
前の死の瞬間を思い浮かべても一瞬だったので怖くは無いが、向けられる殺意に敏感と成った。
命を弄ぶのは危険だ。だから余は他者も傷つけたくは無い。
暴力を振るう者がいれば誰でも止めるだろう。だが自分に向けられる殺意だけは別だ。
馬超は順調にしのいでる様だ。あの者の武は余や家臣、益州の民を救う力がある。
「劉璋様、出て来るなよ」
「分かっておる」
余は馬超を信頼しておる。信頼しておるから早く賊をやっつけて欲しい。