名君劉璋様?   作:キューブケーキ

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さらに続き

3-1.これまでお話に登場した主要登場人物

 

 劉璋様……本作の主人公。ぽっちゃり体型のおっさん。本当は食って寝て過ごしたい。

 程昱仲徳(風)……益州の軍師、その一。頭が切れるけど寝すぎ。

 郭嘉奉孝(稟)……益州の軍師、その二。頭が切れるけど眼鏡。デブを敬愛してる。

 黄忠漢升(紫苑)……益州の武官、その一。弓がめっちゃ上手い。人妻おっぱいで、デブを警戒してる。

 璃々……黄忠の娘。デブを友達と思っている。

 魏延文長(焔耶)……益州の武官、その二。くすぐったがりなキラーマッシーン。

 馬超孟起(翠)……益州で世話に成っている。馬家の長女、武官待遇。馬の扱いなら天下一。

 孫策伯符(雪蓮)……益州で世話に成っている。孫家長女、武官待遇。褐色おっぱいのキラーマッシーン。

 孫権仲謀(蓮華)……益州で世話に成っている。孫家次女、文官待遇。デブに感謝してる。

 周瑜公瑾(冥琳)……益州で世話に成っている。孫家の褐色、おっぱい、眼鏡の三種の神器が揃った軍師。隙あらば益州を狙っている。

 孫尚香(小蓮)……孫家の末姫、璃々を妹分と見ている。

 甘寧興覇(思春)……蓮華様命のキラーマッシーン。

 呂蒙子明(亞莎)……孫家の軍師見習い。眼鏡。暗器を隠し持っている。

 周泰幼平(明命)……璃々の子守りに雇った侍女。

 典韋(流琉)……城の食堂で料理長を勤める少女。

 北郷一刀……天の御遣い、精力絶倫。三國志知識を持つイケメンのリア充。

 劉備玄徳(桃香)……元義勇兵の頭目。御主人様命のお花畑おっぱいであったが、天の御遣い追討に向かう。

 関羽雲長(愛紗)……劉備の妹分。桃香様と御主人様命のキラーマッシーンであったが、天の御遣いに籠絡されて、愛の逃避行中。

 

 

 

3-2.

 

 余は執務室で遊びに来た璃々と共に昼食を取っていた。

 食事を済ませると璃々と共に食堂に向かう。食器を下げるついでに典韋に何か菓子を作って貰おうと考えたからだ。

 璃々も食べるであろう。育ち盛りの璃々は良く食べて良く寝なくては成長しない。

「思い返せば子供の頃が一番、幸せであった。仕事なぞせんでも良かったからな」

「そうなんですか」

 笑顔を浮かべた璃々に余は頷き返した。

 昼の食堂は仕込みが終わり配膳するだけだとしても忙しい。余が行った時は、忙しさの峠を越えた様で落ち着いた流れに成っていた。

 食器を返却し典韋の姿を探した。

「劉璋様」

 甘寧を連れた孫権が余に一礼する。

 孫権は時々、食堂の手伝いをして料理を教わっていた。今日も手伝いをしていたのか、今から遅い昼食だ。

「仲謀、典韋を知らぬか」

 孫権は甘寧に視線を向ける。それに答えて甘寧が口を開いた。

「流琉なら、裏に居るかと」

 食堂の裏は食材の搬入や残飯の排出で業者が出入りしている。余は璃々を連れて裏に回ってみた。

「おお、居たな」

 典韋は本を読んでいた。何かの料理本かと思えば、阿蘇阿蘇の料理特集では無いか。

「劉璋様は何が食べたいですか?」と見せてくるが、『豚足に納豆とろろ芋ぶっかけご飯』『たこ焼きとオクラのご飯』『ふやけた拉麺ご飯』等々、米の上に何かを足した物ばかりだ。

「昼を食べたばかりなので、何か甘味が欲しいな」

 璃々も頷く。

 典韋は要望を聞くと、何を作るか考え事に集中した。料理人として集中する彼女の目は輝いていた。

 余にはそこまで一芸に秀でた物も無いし、趣味と呼べる物も無い。

「ちょっと待っていて下さいね!」

 集中していた典韋は余と璃々の視線に気づくと恥ずかしそうな表情を浮かべて、そう言うと厨房に戻って行った。

 きっと美味い物を作ってくれる。余は食堂の裏で、璃々と待つ事にした。

 ちょっと残飯臭いが。

 

      ×  ×  ×

 

 余が璃々と典韋が作った試作品を食べておると来客があった。

「曹孟徳殿が参られました」

 黄巾賊の討伐で益州が兵を出した礼だ。

 別に曹操の為に兵を出した訳では無いが、まぁ良いか。

 謁見の間に曹操が現れた。勇猛果敢な忠義の将と名高い夏侯惇も居る。あの様な忠臣、余も欲しいと思う。

「久しいな、曹孟徳。健勝そうで何よりじゃ」

「ありがとう御座います」

 礼をする曹操の背後に許褚も居る。余の視線を受けて笑顔を浮かべた。

「仲康殿も息災であったか」

 曹操が頷くと、許褚も元気良く返事を返した。ふむ、曹操は確りと家臣を統率しておるな。

 軽く雑談を交わし親交を深めるのは外交的な通過儀礼だ。

 本題は何かと内心で警戒していたが杞憂に過ぎなかった。

「此方に素晴らしい料理人が居ると伺いました。是非ともその者に会いたいと思い伺わせて頂きました」

 曹操自身が美食家であり料理人である。だからか、料理人と言う物は余とは違う行動規準があるらしい。

「なんじゃ、余への挨拶はついでか」

 ぞんざいな扱いに笑ってしまった。

「会わせていただけますか」

 期待の色を浮かべた曹操に否と言える訳がない。

「それは構わない」余に美味い物を食わせてくれるなら、と伝えると曹操は破顔した。

 その後、食堂で典韋と許褚が一暴れしたとか。何をやっとるんじゃ。

「申し訳ありません」

 食堂が半壊したと言う報告と共に頭を下げる曹操だった。

 典韋と許褚は同じ村の出身で友人同士だったらしい。

「あ、ああ。子供は元気が一番じゃ。怪我が無ければそれで良い」

 幸い物が壊れただけで怪我人は居ないと聞いている。それでこの話は終わらせた。

 曹操への歓待は孫権が手配した。万事そつなくこなすから安心して任せられる。

 宴は曹操と典韋による料理対決の様相を見せた。余は美味ければそれで良い。細かい描写は割愛する。

 典韋の腕を知った曹操は勧誘の声をかけていたが、引き抜きをされると余の食生活が困る。典韋には自分の望む道を選べば良い、と格好を着けたが本当に出て行かれると困るのじゃ。

 

      ×  ×  ×

 

 余の日常が変わった。

 曹操が益州に訪れて五日目、こやつの仕事が陳留(ちんりゅう)からわざわざ送られてくる。そして余も手伝わされておる。なぜじゃ?

 曹操は余に美味い物を提供する。代わりに余は曹操が過ごしやすい環境を提供すると言う契約らしい。

 そんな馬鹿な。

 そう言えば、相手の懐に入り込んで隙を狙い一気に国を奪うやり方があったな。もしや曹操も益州を狙っておるのか?

 真剣な眼差しで仕事をしてるあやつを見れば、少しは手伝ってやろうかと言う気持ちにもなるが、陳留に帰った方が効率的なのでは無いかと思う。

「その方にも任地があるじゃろう。留守にしても良いのか?」

「うちには柳琳(るーりん)栄華(えいか)が居るから大丈夫よ」

 真名を呼ばれても誰か分からないんじゃが、信頼出来る家臣が居るらしい。

 曹操と余が仲良くするのは今後を考えて悪くは無い。我が愚息どもの嫁には良いかもしれぬ。曹操の事じゃから、手綱を握られてしまうじゃろうが、益州は安泰じゃろう。我ながら良い策じゃと思う。

 問題は曹操の性癖じゃが、家を残す為にも子供は作る責務がある。行かず後家は許されんのじゃ。

「何か不穏な事を考えてる?」

「気のせいじゃ」

 仕事の合間、余った時間で余は曹操に成都を案内してやった。

 益州の中心地である成都は栄えている。城下の大通りは馬車が何台も行き来している。

「大した物ね」と曹操は称賛してくれた。

 今は私的な観光案内と言う事で、普段の言葉遣いを許しておる。

「だけど、防衛上の観点から見れば攻められ易いのが欠点かしら」

 敵の迅速な展開と侵攻を許してしまう。じゃが、成都まで攻められる様なら戦は敗けじゃ。

「戦と言うのは民草の命を対価に領地を奪い合う。父から受け継いで来た益州じゃが、余が降れば荒らさずに済む。民の生活や命を守れるならそれも惜しくはない。敗けが決まっておるのに、抵抗して長引かせる意地が余には分からん」

 余の言葉に曹操は呆れた表情を浮かべていた。

「劉璋様、それなら私が益州を寄越せと言ったら、渡してくれるのかしら」

 余の息子と結婚すれば曹操は益州を裏から動かせると喉まで出かかった。それを告げるには、まだ時期では無いな。

「そなたなら、余よりも益州を栄えさせてくれるやも知れぬな。欲しければいつでもやるぞ。その代わりに、余は三食とおやつが食べれて寝て過ごすだけの贅沢を求める」

 腹を抱えて笑う曹操じゃったが、余は八割本気で残りの二割が願望じゃ。

 通りの向こうで騒ぎが起こっていた。悲鳴が聴こえる。

「何かしら」

 曹操は笑いを収めると視線を向けた。

 馬車が凄い勢いで此方に向かって来る。乗り手の男は虚ろな表情をしていた。

 なんじゃ、こんな往来で危ないでは無いか。余がそこまで考えた時だった。

「春蘭」

「はい、華琳様!」

 曹操から声をかけられた夏侯惇は、自慢の剣を抜くと黒髪をなびかせて馬車に向かい走って行った。

「せぇいっ!」

 かけ声と共に夏侯惇が降り下ろした剣は馬の首をぶった切っておった。

 なんと言う剛腕!

 首を失った馬はその場に倒れて馬車は止まった。

 乗り手は自前の病でてんかんを発症していたらしい。

「己の病を自覚してるなら他者に迷惑をかけるな!」

 夏侯惇に怒鳴られて乗り手は震えておった。

「劉璋様、いかがいたしましょうか」

 警備の責任者に問われて余は答える。

「馬の首を城門に晒せ」

 病は罪では無い。されど市中を騒がせ民を危険に晒した。計らずも曹操と余を襲撃する形になった事も大きい。

 馬に責任を取らせて晒し首とする事にした。

「今後は馬車に乗るでないぞ。次はそちの首をはねる事に成るからな」

「は、はい」

 馬は貴重である。そして馬の管理は金がかかる。乗り手の素質も欠かせない。

 今回は病の者が馬に乗れば自分以外も危険に晒すと言う事だった。

 これで他の者も注意をして貰えるなら良い。余は許す。

「夏侯元譲、そなたに感謝する」

 余は民を守ってくれた夏侯惇に頭を下げた。

 良き主に良き家臣。羨ましく思うぞ。

 政に関して言えば曹操の能力は高い。周瑜や程昱の話を聞いても曹操の凄さが解る。

「曹孟徳様は優れた為政者ですね。劉璋様に仕えていなければ風は喜んでお仕えしたでしょう」

「勧誘でもされたか」

 冗談で訊けば肯定された。

「風は一途なので浮気はしません。安心して下さい」

『ケケケ、良かったなおっさん』

 今日もからかわれてしまった。

 でも言葉で伝えられた。一緒に居てくれるのは嬉しい。

 だから照れながら返事を返した。

「あ、はい……」

 うちの人材を根こそぎ引き抜きにかかっている。これはいよいよ益州を狙っているのかと考えた。

 許褚に会った時、それとなく曹操の真意を尋ねたら、本当に典韋に会いに来ただけらしい。

「その割には長居をしておるな」

 一体、いつになったら帰るのやら。

「華琳様の悪い癖ですよ」

 許褚が言うには、曹操と言う人物は、気に入った人材が居れば口説かずには居れない性質らしい。

 そして益州には彼女の食指を誘う人材が豊富だった。

「皆、凄いですからね」

 そう言われると、確かに我が家中には、世界に影響を与える力を持つ者が居る。

 曹操も家臣の面子に驚いていた。

 余が本気で天下に号令を出したら良い所まで攻めれるかも知れん。まぁ、そんな野心は無いけどな。

「では劉璋様、ボク、流琉と約束があるから失礼しますね」

「うむ」

 余が見た所、許褚と典韋は水魚の交わりじゃ。この様に交流出来る平和な時間は残り少ない。

 黄巾の次は、おそらく反董卓連合の戦が待っておる。それが終われば諸侯の潰し合いじゃ。

 子供達にはのびのびと成長して貰いたいが、次の戦が始まる。

 余はどうすべきか。

 前の経験を無視して董卓に付くと言う選択肢もある。じゃが、今の様に曹操に接近してると選択肢も減ってしまう。

 曹操に与してると思われるからじゃ。

 ずっと益州で穏やかな日々が過ごせれば良い。それでも乱世は近付いている。

 だからこそ今度は間違いを犯さない。

 

 

 

3-3.

 

「世話になったわ」

 益州に滞在してほぼ一月、もはや敬語と言った取り繕いは無い。上っ面だけの付き合いよりはましじゃろう。

「気にするな、余も楽しかったぞ。次は良い婿を世話してやろう」

 勿論、余の息子じゃが。

 余の言葉にくすっと笑みを溢し軽く抱擁を交わすと、曹操はむにむにと余の腹を掴む。余も負けじと頬を引っ張る。

「少しは痩せなさい」

「そちはもっと食べねば大きくなれぬぞ」

 どことは言わないが、きつめの眼差しを向けられた。

「じゃ、行くわ」

 曹操一行は去っていった。嵐の様なやつじゃった。

 それから程なくして、劉備より知らせが来た。北郷の一党は、黒山伯なる徒を組み各地の役所を襲い食糧や武具を奪って北へ逃れたと言う。

 益州の北は董卓の収める地だ。余は馬超を劉備の応援に差し向けると同時に、董卓に黒山伯討伐協力の手紙を送った。

 余が聞いた話では董卓は素手で馬を持ち上げ殺す力を持っておると言う事で、武を極めんとする者だろう。

 余は筆と茶碗より重い物を持たなくて済んだが、辺境で異民族を相手にするならそれだけの腕が必要であったのだろう。

 董卓の苦労を慮り益州の名産品や嗜好品を贈り物として添えた。

「贈り物を確認しますか」

 使者を命じた黄忠から出立前に訊ねられた。

「いや、漢升の方が余よりも趣味は良いじゃろう。そちを信じておる。璃々の事も心配せず行って来てくれ」

 お母さん、行ってらっしゃいと見送る璃々を抱き締める黄忠。二人を邪魔せず余は馬超に声をかけた。

「孟起も頼むぞ」

「もちろん」

 馬超は笑顔で槍を掲げて答えた。

 途中まで馬超が護衛を兼ねている。馬超は敵意に敏感で最強の矛じゃ。前回も余の警護をこなした。今回も黄忠を守ってくれるであろう。

「頼もしいぞ」

 たまには馬超の頭も撫でてやるとしよう。

「や、止めろよ、劉璋様。ぶっ飛ばすぞ」

 そう言いながらすでに余をぶっ飛ばしおってからに。

 照れおって。愛いやつじゃ、とか言う余裕も無い。

 武官と違って余は鍛えられておらぬ。殴られた胸が痛いのじゃ。

「劉璋様、大丈夫ですか?」

 覗き込んでくる璃々の優しさが見に染みる。

「平気じゃ。ただ、空が眺めたくなっただけなのじゃ」

 我ながら言い訳にも成って無いと思うが、璃々は気にせず隣で横になった。

 璃々の温もりは、余のささくれた心をほっとさせた。後で菓子を買ってやろう。

「劉璋様は璃々に任せて行きましょう」

 黄忠は馬超を促し出発した。

 立ち上がった余は璃々に菓子を買い与えてやろうとしたら、周泰に諫言された。成長期の子供は食べ盛りと言うが、菓子ばかりを与えてはいけないらしい。

「それはすまぬ、今後は注意しよう」

 余は政務に戻り頭を切り替える。

 賊徒の討伐と言う現実的な要求にどう対応するかだ。

 郭嘉や程昱から出兵の計画が届け出されていた。劉備の応援に送った兵は僅かだが、董卓の協力が得られれば大規模な出兵と成る。そうなれば兵の腹も満たしてやらねばならんと言う話だ。

「何かと物要りじゃのう。ふむ、米倉を覗いておくか」

 荀文若が曹孟徳に軍師として見出だされるまで米倉で働いていたと言う話は、先日、曹操から直接聞かされた。

 城には米倉があった。米倉は国家の明日を担う重要な施設である。それは益州も同じじゃ。

 そして米倉には米倉役人と一括りにされているが、管理する部署と警備する部署があった。

 米は口にする物だけに、直射日光を避けて保存を考えた建物で涼しさがある。事務所はその一画にある。

「それじゃ、お邪魔しました。失礼します」

 そう言って典韋が米俵を二つ担いで出て来た。

「劉璋様」

「料理長自ら取りに来たのか。ご苦労じゃな」

 米ぐらい、厨房まで納品されていると思っていたが違うらしい。

「いえ、よく食べるお客さんが来て足りなく成ったので追加を受け取りに来ました」

 あぁ、そう言う事か。食堂の食事は現品給与の形で申請すれば食べられる。よく食べれば減るから仕方が無い。

「それも一人で二百人分ですよ」

「二百人!?」

 そやつの胃袋は化け物か。

 気になったので、余は典韋に付いて行く事にした。

 

      ×  ×  ×

 

 厨房から食堂にかけて、給侍の女官がバタバタ出入りをしている。

 食堂の入り口から見て正面にうず高く積まれた空の皿を下げている様だ。

 これが普通の飲食店なら満員御礼で、本当に有り難う御座いますと言う所だが、ここは民の税で賄われた役人が食べる場所だ。いか現品給与、食べ放題と言っても限度がある。

「これその方、いい加減にせぬか。そなたが食べる物は民の税で賄われた物で、ただでは無いぞ」

 ピクッと皿の上に見えた赤毛が揺れた。箸を置いたのか、食べる音も止んだ。

「ごめんなさい……」

 その声に覗き込めば赤毛の少女が居た。

「初めて見るな。名を名乗れ。余は劉璋じゃ」

「恋は恋」

 なぜか真名を名乗りおった。

「それはその方の真名であろう。何と呼べば良い」

 首を傾げて少女は答える。

「呂布……奉先……」

 呂布、呂布。確か董卓の部下に呂布と言う者が居たはずじゃが。なぜこやつはここに居る?

 余は呂布を伴って応接室に向かった。話を聞くためだ。

「ちんきゅーきっく!」

「うん?」

 妙なかけ声が聴こえたので振り向くと幼子が余の腹にぶつかって来た。馬超の攻撃に比べたら大した物では無いな。

「ふむ、大事無いか?」

 余が受け止めてやると幼子はブルブルと震えだした。

「ねねのちんきゅーきっくが効かないですと! 恋殿、こやつは何者ですか!」

 呂布はぼーっと余の顔を見た後、呟くように答えた。

「劉璋様」

「えっ……」

 幼子の愕然とした表情が見ものであった。

「も、申し訳御座いません!」

 幼女は廊下から庭に飛び出して土下座をした。血の気の引いた顔を見たら可愛そうに思えた。幼女を困らせて喜ぶ趣味は余に無い。

「面を上げよ」

 手を差し伸べて立たせ謝罪を受け入れた所で、今回、来訪した用件を尋ねた。

 余を斬る為にやって来た刺客では無いのは分かる。ところが幼女の口から出たのは予想外の言葉だった。

「董仲穎が臣、陳公台と申します。阿片の取り締まりで、益州に御協力を願いたく参りました」

「阿片の取り締まりじゃと?」

 この者は董卓の家臣で陳宮と言う軍師で、呂布は陳宮の護衛だ。

 現在、董卓の支配地では阿片が広まっているらしい。

 阿片に罪は無い。問題は売り手と買い手だ。

 阿片を買うはした金欲しさに人殺しが横行していた。田畑は荒れ賊徒が暴れている。

「はい。我が主、董仲穎より是非にとの願いなのです」

 陳宮はそう述べた。

 郭嘉は眼鏡をくいっと上げた。了承しろと瞳が語っていた。

 それは余にも分かる。

 願ってもない申し出で、此方にとっても好都合だった。懸案事項であった北郷の問題を解決すべく、大手を振って兵を送り込めると言う事じゃ。しかし即断はしない。

 益州の方はどうかと思うと、余の心の機微を感じ取ったのか郭嘉が説明してくれた。

「最近、益州でも阿片の密輸が幾つか摘発されております。ですが数は少ないので被害は目立っておりませんでした」

 大した被害が出てない事まで余に報告される事が無い。『被害が少し』の範囲にもよるが、家臣はよくやってくれている。

 そんな訳で利害の一致から余は董卓と手を結ぶ事と成った。

 

      ×  ×  ×

 

 食物繊維をたくさん取ると健康に良いらしい。典韋がそう言うておったので、余は干し芋をむしゃむしゃと食べておった。

 う、何だか腹の虫がぐるぐる鳴っておるわ。プスっと音をたてて余は屁をした。

「あーっ。今、したでしょう!」

 余の後に続いていた劉備が叫ぶ。劉備はへろへろな拳を余の背中に打ち付けながら抗議してくる。茶色の物体が飛び出さなかっただけましと思うが良い。

「うるさいぞ、劉玄徳」

 余が一喝してやると頬を膨らませて不満顔を浮かべた。

 余は今、董卓と盟約を結ぶべく涼州に来ていた。涼州は益州の隣り合わせだが、なかなか遠い旅路であった。黄忠には早馬で事情を伝えておいた。劉備は交渉後、黒山伯討伐に参加するので余に合流して来た。抜け目の無いやつじゃ。

「劉玄徳、貴女は劉璋様に対して敬意が足りない様ですね」

 仕置きが足りなかったか、と随行していた郭嘉が劉備を睨んで注意した。良き家臣だ。

 郭嘉の怒りを軽く肩をすくめて流す劉備も大した器だ。懲りるとか以前の問題で、貧しい生活では弱肉強食、劉備の図太い性格が形成された土壌であろうか? そうか、余に足りぬ物が一つ分かった。余も如何なる事にも動じぬふてぶてしさが必要かもしれぬ。

 董卓の収める隴西郡は洛陽に劣らぬ発展をしておった。

「いかがですか、益州には劣りますが中々の物でしょう」案内をする陳宮が胸を張って自慢して来るだけの事はあった。大通りの脇には様々な店が建ち並び客で賑わっている。

「呂将軍、こんにちは!」

 呂布は気さくに声をかけられて街に溶け込んでいた。

「呂将軍、これ、食っていってください」そう言うと屋台の店主は呂布に串焼きを渡していた。羨ましいぞ。

 あのどんよりとした都の空気と違い、市中の民は活気に満ちており笑顔を見せている。それはとても大切な事だ。

「どうやったら幸せになれるのかな」

 劉備が眉を寄せて呟いた。そんな事、余の方が聞きたいわ。余も益州の統治は試行錯誤でやっている。

「私の幸せはみんな壊れちゃった」

 悲しそうな劉備が印象的だった。だが劉備は仮釈放の身で罪はまだ償われては居ない。

 逃げた賊徒を討てば後は解放する約束だ。

 余は劉備が幸せであろうと無かろうとどうでも良い。劉の姓を名乗ろうと、余には身内だとは思えない。

 益州の民に迷惑さえかけなければ生かしてはやる。これでも益州を守る立場じゃからな。

 董卓と手を結べば劉備も戦働きをする事に成るであろう。黒山伯との戦で兵の構成やらなんやらは郭嘉がやってくれる。いやはや、やっぱり仕事の出来る家臣は宝じゃな。

「此方が劉璋様の御宿泊先と成ります」

「うむ、世話になる」

 陳宮、呂布と別れて余は宿舎に入った。

「劉璋様」

 寝台に飛び込んでやると部屋に向かえば、黄忠が待っておった。

「漢升、わざわざ出て貰ったが董仲穎殿の使者と入れ違いに成って済まぬな」

「いえ、董仲穎殿もお喜びでした」

 黄忠より会談の成功報告を受けた。

「それと夕食の誘いを受けております」

 歓談しながら打ち合わせをするのであろう。

「それは楽しみじゃな」

 すると咳払いを受けた。

「董仲穎殿には切れ者の軍師、賈駆文和なる方がいらっしゃるそうです。御油断成されません様に」と郭嘉は助言してくれた。

 他国の者とやり取りする絶妙な感性も軍師は持っている。余はその感覚が掴みきれていないが、家臣は支えてくれている。

 益州では漢水と長江の間で兵の移動、物資の集積も滞り無く行われている。余の指示があれば直ぐに漢中から動く手はずになっておる。

 時間になると華雄なる武官が敬語を兼ねて案内に来た。華雄も呂布と同様に、董卓の下で将軍職をやってるそうだ。一騎当千の猛者を揃えておるとは大した物じゃな。

「なるほど、そち達の中で呂布が一番強いのか」

「正に天下無双の豪傑で、私の目標とする武の頂です」

 華雄は僻む事も無く真っ直ぐな眼差しをしていた。

「ふむ」

 コツコツと廊下を歩き宴の席に案内される。

 広間にはご馳走が待っていた。「劉璋様、此方がお席に成ります」と余は主賓の席に招かれる。

 隣の席には儚げな空気を纏った少女が居て、余と視線が合うと一礼をしてきた。

 躾の行き届いた娘じゃな。後で誉めてやろう。

「董仲穎です」

 なんじゃと、この娘があの董卓じゃと申すのか!

「う、うむ。余が劉璋様である」

 しまった。自分で様を付けてしまうとは。余が固まっていると董卓はくすっと笑った。

「はい、劉璋様」

 董卓の瞳を見た時にどきっとした。この者も民を統べる者として覚悟をしている。ただの娘では無い。彼女もまた君主、侮る事は非礼に当たる。だから余も軽く頭を下げた。

「この度は、お手を煩わせて申し訳ありません」

 そう言いながらも董卓は倒すべき敵の事も思い、愁いておる。

「大丈夫じゃぞ。賊との戦は、秩序と治安を平常に戻す為じゃから、くだらん賊の妄言に踊らされる思慮の浅い者なんぞ、その程度。助ける必要も無いんじゃから、その方が心を痛める事は無い」

 董卓を軍政両面で支える人材は中々、厚く揃っている。賈駆や陳宮と言った優れた軍師も居るが、武官は脳筋が多い。オギャアと生まれたその瞬間から戦いに生きて来たとしか思えない闘争心を見せる。

 例えば華雄、例えば張遼。宴の酒が進み打ち解けるに連れて、黄忠や馬超に絡んでいた。

(うーむ、ここに孫策のやつを連れて来なくて良かった)

 あやつならば、嬉々として呂布や董卓の武官連中に挑んでいただろう。益州の為に来ているのに相手と溝を作っては意味が無い。

「ええやん、お互いの力量を知るのも連携の内やで」

 困った表情を浮かべる馬超と視線が合った。ここは助けてやるか。

「張文遠殿、あまり馬孟起をからかってくれるな。この者は人見知りでな」

 余の言葉に馬超は顔を赤くして馬超は反論する。

「なっ、何言ってるんだ。私は人見知りだなんてそんな事無いよ!」

 せっかく余が助け船を出してやったのに空気の読めぬやつじゃな。郭嘉もため息を吐いている。

 余の軍師連中なら打ち合わせなしに話を合わせてくれるが、馬超には無理であったか。

「じゃ、問題無いやろ。明日の昼間に勝負や」

 なし崩し的に勝負が決まってしまった。

「ううっ……」

 逃がさへんで、と張遼は人の悪い笑みを浮かべていた。

 

      ×  ×  ×

 

 翌日、昼食前の一興とばかりに我が益州の武官と董卓の武官による交流試合が組まれた。

「劉璋様、先程から馬孟起殿は落ち着かれていない様ですが?」

 董卓が隣で観戦する余に尋ねて来た。

「ああ、助けて欲しいのでは無いか?」

「そうですか、助けて……えっ?」

 納得して顔を戻しかけた董卓はぐるっと余に顔を向ける。

「馬一族のあやつが負けるとは思わん。じゃが、世の中は広い。多くの者と戦う事はあやつの成長する糧になるであろう。であるならば、余は馬孟起に相応しい戦いの場を提供してやるだけじゃ」

 勿論、口から出任せである。本当は面白そうだからじゃ。

 余の言葉を聞いて馬超はぶるっと体を震わせた。まさか怖じ気づいたのか?

「……私、頑張るよ」

 何やら急に馬超の纏う空気が切り替わった。目にも力が入っておる。

 董卓と会話が途切れた。試合が始まったからだ。

 黄忠と華雄である。華雄の腹部と胸部の露出目を引く。董卓の傍らに控える賈駆の視線が厳しくなったので、咳払いをして誤魔化す。

 賈駆は主の董卓心酔しており、董卓の邪魔に成りそうな者は排除する姿勢だと郭嘉から聞かされた。実際、董卓の頭を撫でれば睨んでくる。

 多分、あやつは余に頭も下げたくないのであろう。頭を下げるうんぬんは正直、どうでも良いが殺意を向けるのは止めて欲しい。怖いので。

「ほう……」

 余の視線の先では、華雄がとても気持ちの良い笑顔で得物を振るっていた。猛々しい闘争心を見せつけてくれる。

 卑怯とは無縁、小手先の小技ではなく正々堂々を地で行っていた。

 あそこまで清々しい戦いぶりは天晴れである。何故そこまで武に拘りを持っているのか、その一片を見せられた気がした。武官では無い余がそう感じたのじゃ。

「私の事なら心配するな。全力で来い!」

 黄忠の遠慮を感じたのか、華雄はそう言った。すると黄忠はうふふと笑った。

「あらあら、そんなに頑張られると私も火照って来ましたわ」

 同じ武官である黄忠は華雄の咆哮に答えて、璃々には見せてはいけない表情で応えていた。

 あの手のやからは嫌いではない。黄忠もそうなのであろう。他者が見守る試合ではあるが、この場で出せる力を出していた。

 じゃが余は少々、飽きてきた。己を鍛え上げ武を生業とする武官と違い、余は雅な世界に住む者であるから仕方が無い。

「はぁ……」

 あくびを耐えて息を吐くと、チラッと董卓が此方を窺って来た。客人の余が詰まらなそうな態度を見せれば気になるだろうし、隙を見せられぬ。呼吸をするのも気を使うわ。

 武官連中は有意義な交流試合をしているが余は暇なのじゃ。次回、執筆予定の色情小説でも考える。ただ男女がまぐわうだけでは売れぬ。ままならぬ物よのう。

 余が考え事をしながら筆を取っておると、何やら交流試合は終盤で董卓が閉会の言葉を述べておった。時が過ぎるのは早い。

 優勝者は呂布であった。頑張ると言っていた馬超は負けてへこんでいたが、良い経験に成ったであろう。

 余の武官達の力を見て董卓達は納得し、その後は益州から兵の到着を待って動く事と成った。

 今日は晴れている。空模様は穏やかで昼食後は庭に出て居た。

「どうぞ」

 そう言って董卓は熱い湯気の立つ茶碗を差し出して来た。

 薬師の煎じた茶と違い嗜好品として香りも良い。口に含み納得する。董卓は余程、良い茶葉を手に入れたらしい。

「劉璋様、月。何をのんびりお茶飲んでるのよ! これから軍議を開くわよ、さっさと来なさい」

 余が董卓の入れてくれた茶を楽しんでいると、賈駆が飛び込んできた。

 早馬を出したが益州兵がやって来て揃うまで数日はかかる。それならば、その間に軍師連中と武官で打ち合わせをしておこうと言う話に成っていた。

「ん? もうそんな刻限に成ったか。では参るとするか」

「はい。あ、でもその前に片付けをしないと……」

 すると賈駆は怒り出した。董卓のお茶を飲めば落ち着くだろうか?

「もう月ったら、いつも言ってるでしょう! そんな事、月はしなくて良いんだから。ちょっと、あんた達、何してるの! 月にこんな事をさせる何て」

 侍女に怒りの矛先を変え出した賈駆。可哀想に、侍女はがくがくと震えておるではないか。

「詠ちゃん、私なら大丈夫だから!」と、慌てて董卓も賈駆を宥めていた。

 本当、何をやっておるのじゃ。余なんて自ら食べた食器を食堂に返しに行くぞ。

 賈駆は董卓に対して過保護過ぎるのう。

 それはともかく、董卓が困ってる様なので間に入って声をかけてやった。

「のぅ董卓。余を待たせるとは、あの者は宗室よりも偉いんじゃな。軍議が待っておるのではないのか」

 余が態度を横柄にしたので、董卓は首を傾げたが、振りに気がついて乗って来た。

「ああ、すみません。詠ちゃんもいい加減にして!」

 はっとする賈駆は年相応で可愛らしい表情を浮かべたが、一瞬で消すと余を睨んで来た。

「参りましょう」

 切り返しの早さも軍師ならではじゃな。余と董卓は顔を見合わせて苦笑すると、頭を下げる侍女に手を振り、先をズンズン進む賈駆の背中を追った。

 家族とは血の濃さを表す物だが、董卓の周りも愉快な者が居る。これも家族の形であろう。

「ありがとうございます」

 並んで歩く董卓が囁いた。

「弱い者を虐げる姿勢が気に入らなかっただけじゃ」と余は笑った。

 賈駆は悪い娘では無い。その事を董卓は語る。

 勿論、そうであろう。

 主である董卓を守ろうとする。その姿勢は依存でもあるが、忠臣であると余は思う。

 謙虚な賈駆は演じてるだけ。大人しくするのも、余が宗室じゃからな。

 董卓が傲慢な馬鹿でないから良き関係も築けるのじゃが、実は主を良く見せる為、自らを愚かに演じていると言う考え方も出来るのじゃ。

 ともかく賊徒を打ち倒す。その為、軍議では話を進めた。

 余から言う事は多くない。

「此方としては最大限の援助を行うし、朝廷の根回しも任せるが良い。賊の首魁、北郷を捕らえよ。首でも構わん。これが唯一の絶対条件じゃ」

 益州と言うよりも漢帝国の安定を考えれば、天を騙る者は要らぬ。当然、黒山伯の連中は生かさぬ。

 その後は互いの将と軍師が中心となって、討伐の計画を話し合った。

 余は土産物を買いに市中に出かける事としよう。

「閣下」

「劉州牧」

 歩いているだけで余に皆が頭を下げて来る。

 大人になると言う事は余計なしがらみが増えることじゃ。

「正義は我にありじゃ。皆、安堵せよ。漢は負けぬ」

 宗室の血筋として皆を励ました。何にしても、清く正しく戦うのじゃ。

 

      ×  ×  ×

 

「それにしても劉璋様」

「なんじゃ(すい)

 土産物を両手に抱えて帰る余と、荷物を背負った馬超が通りを歩いている。

「劉備を殺しちゃ駄目かな」

「と言うと?」

 前に余を襲撃したやつらが劉備の手下らしいと言う話じゃった。

「ふむ。始末する必要がある時は翠に頼むとしよう」

「何なら今からでも」

 今は北郷の討伐を行わせる事になっておる。自分の不始末を自分で償わせる所じゃ。

「あれは、奉孝の策に組まれておる。じゃから、そちがスパッと劉備の首を打てば良いと言う話でも無い」

「そっか、稟が……」

 馬超は納得した様じゃった。

「だがそちの心遣い、嬉しく思うぞ」

 それにしても劉備の悪事が出て来おったな。我が最高の頭脳である郭嘉や程昱であれば、何ぞ良い考えを思い付いてくれるであろう。

 そうとなれば、ここはごますりを兼ねて土産を買って帰るのじゃ。

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