人は同じ様な事を繰り返す。歴史から何も学習しないと言われればそれまでじゃが、賊や反乱の芽は中々摘めぬ。統治者側としては怒鳴りたいだろうが、実際『黒山伯』と呼ばれる北郷達は上手くやっていた。
末端が阿片を売りさばき、その売り上げで『学校』や『病院』と呼ぶ施設を作り支配地の民を宣撫している。金を還元しているので下手な領主より支持を集めていた。
人は簡単に割り切れる。強い者になびく。
流れを作ったと言う意味では成功なのじゃろう。しかし水路の行き先が災いをもたらすなら阻止せねばならん。
北郷なりの信念を持っているのじゃろう。だが民を惑わす事は邪教の太平道と同じ事だ。
「民を肥らせてから食う、か。中々やりおるな」
「御意。北郷をいささか軽んじていました」
余は郭嘉を伴って黒山伯勢力下にあった村に来ていた。討伐隊が解放したばかりで、そこかしこに賊徒の死体が転がっている。血と
中毒者を数珠繋ぎで連行していた。これから矯正施設で阿片の毒素を体から抜く。その後は尋問が待っている。必要とあれば拷問も行う。賊は許すべからず、断固とした処置を取るより他に無いからだ。
「阿片に溺れるとは、買う方も買う方じゃな」
阿片を求めるのは弱者の現実逃避だ。長生きを出来ないと分かっていても求める。それが必要だから。それなら中毒者にも、それなりの理と義があるのやも知れぬ。人としての尊厳とは何か、ふと考えてしまった。
郭嘉が急に余の膝下で跪いた。何やら固い表情をしておる。
「奉孝?」
「益州の民は愛を以て劉璋様が導いて下さるので迷いはしません! 我らにとってはただ一人の主君。どうかお任せ下さい。必ずや黒山伯を潰して御覧に入れます」
眼鏡の奥で、郭嘉の瞳は真剣じゃった。ちょっと面倒臭い物を感じた。
武官は単に腕の立つ者や力の強い者を言う。軍師は文官の筆頭で軍略や政略に優れた知恵者を指す。
しかし軍師の思考は複雑怪奇だ。余には読めん。が、北郷を倒さねば前には進めぬと言う事は余にも分かる。
「益州兵だけで片付け様と気負うな。董卓の兵も居る。のんびり行こう」
忠義には報いたい。だが余は確信している。余には天下を導く才覚が無い。
身の回りの僅かな者を守るだけだ。
だから家臣が忠義と言う信念を貫いて無理に死ぬ必要は無い。のんびりやれる範囲でやれば良いのじゃ。一人が一人の為に、皆が自分の為に頑張れば良いのだ。そうすればおのずと他者を助ける事に繋がる。
しかし世の中、綺麗事だけでは済まない。
余も董卓も無用な血を流したく無いと意見が一致していた。その為、村を落とす前、賊徒に投降を勧告したが素直に聞く連中では無かった。
送り付けた使者は関羽によって斬り殺されていた。北郷は「弁護士の内容証明でも付けて来い」と訳の分からん事を言って来た。
「ふむ……」
董卓と顔を見合わせた。使者を殺され、申し出を拒絶された悲しみの色を浮かべておる。やむを得ない。
「漢に仇なす匪賊を討て」
攻撃開始の合図である銅鑼の音が鳴り響いた。余が戦場に居た所で、家臣の負担が大きいだけだと理解している。であるが董卓も出陣した以上、余も益州に帰る訳にはいかなかった。
「劉璋様、どうぞ」
董卓の差し出した茶を楽しんでいるのも事実だが、戦いは勝たねば意味が無い。
そして兵は生きようと必死で戦う。まぁ、必死になっても乗り越えられない運命も存在するがな。それがあれじゃな。
青竜刀を掲げて暴れる関羽の黒髪が見える。鞭の様に跳ねる長髪が邪魔だろう。時おり、髪を掴まれたり踏まれて我が精兵に押されている。
「卑怯な正々堂々と戦え!」と吠えて一騎討ちを求めていたが答える者は居ない。当然だな。
董卓の将、張遼は目を輝かして「うちにやらせてや」と訴えて来たが、「却下よ却下。馬鹿言ってないで、包んで討ち取りなさい」と賈駆に怒鳴られていた。
「武人の誇りとやらは、勝利にも拘りが有るらしく、自分より強い相手を打ち破ってこそ満足するらしい」
二人のやり取りを見せられて余は傍らの董卓に囁いた。
「味方を損なわずに勝つと言う考えが、霞さんの頭の片隅にでもあれば良いのですが、戦い中心の方なので仕方が無いです」
少し董卓の言葉に刺がある様な気もした。
「ふむ。武人と言うのは厄介じゃな。余の所の武官連中も似たり寄ったりじゃ」
「へぅ、やっぱりそうなんですか」
そう言えば、最近は気疲れする事が多く腹が痛む。薬師が『おかゆさん』なる物を食べれば良いと進めてくれた。
味方の弓兵が矢の雨を浴びせる中で、関羽が獅子奮迅と戦ってる様をちらりと眺めて余は天幕に戻った。毒矢も使っておるから倒せるのも時間の問題じゃろう。
「劉璋様、美味しいですか?」
背後から余の食べる様を劉備が物欲しそうに見ておったがこれやらぬぞ。それにしても、義妹を心配するより食い気とは面白い物よ。
完食した余はおかゆさんを褒めた。
「これは美味かったぞ。璃々にも帰ったら食べさせてやろう」
すると劉備が物申して来た。
「えーっ、どうして璃々ちゃんがそこで出てくるんですか? 劉璋様は、黄忠さんの子供の璃々ちゃんを可愛がっていますけど、他人の男の子供を背負って何とも思わないんですか」
何やら意味の分からぬ事を言っておる。
「と言うと?」
我が子の様に愛情を持って接してる。そう見えたらしい。
「益州の民は皆我が子じゃ。領主は民に生活の場を提供する務めがある。お互いの思いやりが国を支える。子供を可愛がるのも同じ事よ」
それが領主としての建前じゃ。
「へぇ、そうなんだ」
劉備は善意を信じるのが早いぞ。
「と言うのは建前じゃがな。うちの息子は可愛く無い。璃々は可愛い。それが正義じゃ」
「ええっ! 結婚してたんですか」
なぜかしょんぼりする劉備。さては余の正室でも狙っておったのだろうか? 薄汚い下賎に生まれに相応しく、取り入ろうと言う卑しい心根も持っているようじゃな。
余は続ける。
「劉備よ、そなたも可愛い犬や猫好きだろう。子供も笑顔を与えてくれる」
「うん、分かる分かる」
「それに好意を向けられて嫌な気分にはならん。と言っても合わない相手の場合は鬱陶しいだけじゃがな」
基本的に好意には好意を、悪意には悪意を返す。それが人として自然だ。
「あははは、劉璋様でもやっぱり同じなんですね」
それはそうじゃ。余の息子はボンクラで後を任せる事は出来ぬ。それなら家臣から優れた物に禅譲しても構わん。
互いに思いやる気持ちがあれば人は支えあえる。絶望を希望に変える明るい未来も望めるだろう。
「親族を表す言葉は沢山ある。父母、親子、兄弟、姉妹、祖父母、叔父、叔母、甥、姪。しかし我が子や親族が阿呆ならば、余はそれよりも近き者を選ぶ。民の為だけでは無い。好意には好意で答えよう」
そこに絆と言う物が生まれるのかもしれぬ。
「うーん」
「と言っても、嫌いな者から好意を向けられてもかなわんがな。大切な事じゃから二回言っておくぞ」
余の言葉に劉備はくすっと笑った。
「ああ、ですね」
だから一言助言をしてやった。
「そなたも変な男には気をつけよ」
北郷を討てと命じたが、果たせたなら良い相手を世話してやっても良い。
「うんうんうん」
暗い話題より明るい話題が望ましい。
「何にしても早く戦を終わらせたい物じゃな」
「そうですね」
戦を終える手段は意外と簡単だ。
殺せば良い。
賊に協力した村は焼かれ多くの民が殺されていた。酷いがこれは罪に対する罰。長い歴史で積み重ねられて来た刑罰だ。泣き叫ぶ民を並べて斬首する。
命は金に代えられる。器量の良い者、健康で頑丈な者は奴隷として売り払われる事がある。しかし今回は一律斬首だ。
裕福な者は伝から情報を得ている。先に逃げ出していた。残されたのは金の無い下層の者ばかり。
間引くには丁度良い頃合いだと郭嘉は述べていた。
「それに我らが益州は要請で出向いたのであって、董卓殿や漢に恨みが向かうだけですから問題はありません」
王や貴族を倒す共和制とやらの邪教を広める北郷は危険な存在だった。
当然、益州も董卓の討伐を全力で支援する。増援もやって来た。孫の旗印を掲げて。
「何でお主らが来たんじゃ」
余の前に孫策達が兵を率いて現れた。益州にはまだ厳顔らが残っているはずじゃ。
「あら、ご挨拶ね。桔梗に頼まれたから、わざわざやって来てあげたのに」
余の反応が薄い事に対してぶう、と頬を膨らませる孫策の顔は豚の様であった。
「まあ良い。早く終わらせ益州に帰るぞ」
任せろと自信満々な孫策。
戦う事こそ武人の生きてる証らしいから場は提供してやろう。
女子供の幸せは子を産み家庭を築く事だと思うが、それを捨ててでも戦場を望むなら好きにすれば良い。後悔は無いだろう。
夜の宴までには終わらせろと余は孫策に命じた。
「相手は官に逆らう匪賊だし、皆殺しで良いのよね?」
苦笑を返すしか出来なかった余だった。
「玉を吹っ飛ばしてあげるわ」
不敵な笑みを浮かべる孫策だが、余の玉が縮む様な気がして冷やっとした。
訳あり物件でなければ余の元にはやって来無い一騎当千の者共。本当の恐怖を見せてくれる頼もしき者共よ。
「行くぞ!」
孫策の怒声が味方を鼓舞する。ここで余計な言葉は無用だった。
「漢を乱す賊徒、許すまじ」と襲いかかる益州の精兵。
英雄とは成りたいと思って成れる物じゃが、死地に飛び込むのは遠慮する。ああ言う戦の事は武官や兵の仕事じゃからな。
毒矢を食らい蝕まれていた関羽が孫策の前に立ち塞がる。
関羽が何やら言っていたが、覇気が足らぬ。余の所まで聞こえはしなかった。
代わりに孫策の声が響いて来た。
「逆賊関雲長、地獄で悔やむが良い」
ほう。手負いの武人相手に五分では無いからと手を抜いたり見逃す気は無いようじゃ。ま、他の目もあるしな。ここは関羽を討ち取って名を上げる方が良いじゃろう。
劉備は義妹を目にしても表面上は揺らいでいなかった。能天気で馴れ馴れしいのが売りでも、裏切りは許せないのじゃろう。
「ふおぉ!」
孫策は急所である腹をえぐり、剣先で腸を引きずり出しいたぶっていた。敵を畏怖させる為だろうが、気持ち悪い。
関羽を悪である北郷から救う事が余には出来なかった。だから孫策に倒される。
後悔をした。後悔をしたが反省はしない。反省は何も生み出さない。何故ならその時、最良と信じて動く決断だからだ。忘れずに背負って後悔し続ける事こそ大切だ。
「進め!」
我が兵は将を失い士気が崩れた賊をおしている。勝利は目前じゃった。
孫策は倒れ伏して虫の息と成った関羽の首を跳ねようとした。
血を見たくはない。余は視線を反らした。
「えっ?」
顔を背けた先で、味方の兵が制圧されていた。相手は同じ益州の兵だ。
黄忠の部下が劉備を組伏せていた。董卓も剣を向けられている。全く訳がわからん。
「劉璋様、申し訳御座いません」
そう言うと黄忠は戦場に向けて矢を放った。一体、何処を射てるのだと視線を向けると孫策が落馬していた。
本当に強い者は自分も部下も信用しないらしい。常に疑っている。失敗しないか、敵が居ないかと。
孫策も素晴らしい感で敵を警戒し察知する能力を備えていた。
しかし信頼していた味方の裏切りは予想外であろう。生きてるのか死んだのかは確認出来なかった。
そこへ土煙を上げて豚の大群が突っ込んで来たからじゃ。なんじゃ、あの豚は! 敵も味方も巻き添えを食らってはね飛ばされるか踏まれていた。
そして少女の叫び声が聞こえた。
「愛紗!」
唖然とする余の前で、豚に味方の戦列が蹂躙されている。巻き上げられる砂塵で視界は悪い。倒れた孫策は見えぬが、関羽の体が小柄な少女に抱えられたのは見えた。
その娘は此方を眼光鋭く睨むと豚に乗って去って行った。年の頃はまだ幼い、赤毛が印象的じゃった。
× × ×
ごつごつとした石が靴底から余の珠のような足裏を痛める。
目隠しと拘束をされた余は、傾斜した山道を連行されていた。傍らから郭嘉の臭いがする。
「劉璋様、お怪我は御座いませんか」
郭嘉が話しかけてきた。
「そなた達こそ大事無いか?」
余の言葉に郭嘉は珍しく鳴き声を漏らしていた
「古参の重臣である黄忠の謀反、読めませんでした。郭奉孝、一生の不覚……申し訳御座いません」
「謀反とは気取らせぬ。そう言う物であろう。気にするでない」
黄忠が謀反を起こすとは何故か。
今回は劉備が攻め込んで来た前回とは違う。余はそれなりに気配りをしていた積もりじゃった。璃々も可愛がってやった。
(もしや璃々と過ごせる休日が少なかったか?)
思い返せば、黄忠には色々と働いて貰っていた。考えれば、母娘を引き離すと言う事を平然とやっていた。
問題はこの謀反にどれだけの将と兵が加わっているかだ。余と董卓は捕らえられ、北郷討伐はかき消えた。余の身柄をどうするのか、今後、益州がどうなるのか分からん。
「成るようにしか成らぬ」
そうこう言ってる内に何処かに到着したらしい。小突かれて地面に倒された。
「手間かけさせやがって。俺が主人公なんだよ! MOBキャラが好き勝手やってんじゃねぇ!」
突然の怒鳴り声と共に余は腹を蹴られた。その衝撃で目隠しがずれて相手が分かった。北郷だ。
咳き込む余を北郷は虫けらでも見るような視線を向けていた。
余をそこらの罪人と同じ扱いをするとは許せぬ。命の重さに貴賤の身分は関係するのじゃが、北郷には分からぬらしい。
「何だ、その顔は。ああ?」
さらに蹴ろうと北郷が近付いて来たが、その前に黄忠が割り込んで来た。
「私は約束を守りました。娘を、璃々を返して下さい!」
すると北郷は鼻を鳴らして黄忠の頬を殴った。
「俺と対等の積もりか? 舐めんなよババア、お前の娘も犯して殺すぞ!」
「止めて、璃々だけは……!」
何が起こっているのか。さっぱり分からん。
(黄忠は余に謀反したが、北郷の仲間では無いのか?)
倒れた黄忠を散々、足蹴にして疲れたか飽きたのか唾を吐きかけた後、手下に余を連れて行く様に指示を出していた。
その時、劉備が北郷に抗議した。
「酷いよ!」
泣き叫ぶ劉備の声と北郷の罵声を背中に、余は山を下り何やら荒れ地に連れ出された。
「良い土だろう」
にやにやする賊徒。そう言われても反応に困る。
「掘れよ。あんたのねぐらだ」
余は血豆を作り潰れながら穴を掘らされた。大きな石に悪戦苦闘して余が穴を掘ってる間、見張りは談笑して酒を飲み食事をしていた。
その間、逃げようにも足枷をされていて無理じゃった。
「水を……」
どれ程の時間が過ぎたか、日が沈みかけた頃、穴を掘り終えた余は水を求めた。
馬に与える桶に入れられた水だが体は水を欲していた。それこそ馬の様に飲んだ。
「ははは、こうなると太守様も関係無いな」
嘲笑されているが、余もそう思った。
余は自ら掘った穴で夜を過ごした。穴の上に木で組んだ格子で蓋をされている為、逃げ出す事も出来ない。
筵を一枚与えられただけで寒さを感じ眠れなかった。
(うん?)
不意に近付いて来る足音が聴こえ見上げた。
黄忠だった。顔色は良くない。北郷に痛め付けられたからじゃろう。
「漢升、傷の具合は良いのか?」
結果として黄忠が割り込んだ事で余はあれ以上、いたぶられる事も無かった。黄忠は代わりに身を挺して守ってくれた様な物じゃ。
「余の代わりにすまぬな」
すると黄忠は顔をくしゃっと歪めて泣き崩れた。
「申し訳……御座いません……」
黄忠は語った。璃々を拐われた事、証拠に髪飾りと璃々の髪を送りつけられた事を。
「協力しなければ、璃々の命は無いと言われました」
我が陣中に北郷の配下が潜んでおり指示を伝えて来た。監視されていたと言う事じゃ。
「しかし璃々には手練れを護衛に付けておったぞ?」
にわかには信じがたい。周泰はそこらの武官にひけをとらない腕を持っていた。その周泰が倒されたと言うのか。黄忠には答える術も無い。
この戦で他の者がどうなったのか安否を尋ねた所、言葉を濁された。それでも聞き出すと、賊徒によって男は殺され女は慰み物にされていると言う。
「それでは、なぜ余は生かされている」
緊張で喉がからからになりながら余は尋ねた。
「……人質として、益州兵の抑えとしてです」
平穏とは程遠い現実じゃった。
× × ×
ここは那落迦だ。余は死んで逃げる事も出来無い。
余が賊徒の虜と成ってどれ程の日が過ぎたか分からぬ。余を死なせぬ様に日に一度の食事が与えられた。
ある日、北郷の相手を断った女が殺された。死体は女のねぐらであった穴に捨てられ、そのまま埋められた。
またある日は、余に古くから従っていた武官が殺された。関羽を傷つけた官軍の一員だからじゃ。
「愛紗が使い物にならなくなったら、お前らのせいだからな!」
余の周りに墓標が増えていく。寝ても覚めても死臭がする。
北郷は酒を嗜む。そして酔った勢いで剣の試し切りと、侍っていた女を殺し死体を余の周りに捨てた。
あの女は見覚えがある。元々は余の身の回りを世話する為に連れて来た女官の一人だが、北郷に降っていたらしい。
殺された女も哀れじゃが、寸前まで乳房を揉んでいた女を殺せるとは北郷の性根に驚いた。
北郷の行いは余に対する嫌がらせであろうか? 嫌いなら放っておけば良いが、虫の羽根や脚をもぎいたぶるのと同じであろう。
この様な者が上に立てば従う者も感化されてしまう。
賊徒と言っても元は普通の暮らしをしていた。罪悪感の残っている者も居よう。しかし北郷にとって、手下にその様な手ぬるい考えは邪魔らしい。
「この様な事をしていては民の支持は得られません。恨みを買うばかりです!」
諫言をした黄忠は北郷に殴打されていた。
「勘違いするなよ。俺は意見を求めて無い。お前らは何も考えなくて良い。考えるのは俺の仕事だ」
じっとりとした粘付くような空気を感じた。それは北郷から漂ってくる。
勝利と手に入れた権威に酔っておる。
醜悪だ。奴は断じて天の御遣い等と言う者では無い。余は認めぬ。
「おら、口より股を開いて奉仕しろ!」
そう言うと黄忠の髪を鷲掴みにして天幕に引き摺り込んで行った。ううむ、けしからん。羨ましい!
そして余は何処かへ移送される事と成った。馬車の周りを騎兵が固めている。
移送の監視には張遼の姿があった。余の姿を見ると張遼は顔を背けた。
「張文遠、久しいな」
何日も風呂に入っていない。だから余が臭かったのか、張遼は顔を背ける様に頭を下げて来た。
「劉璋様、ごめんな。月っちが捕まっていて、うちらにはどうする事も出来へんねん……」
董卓も北郷の人質に成っている。賈駆の知謀を持ってしても救えていないらしい。
「そうか。じゃが諦めるな。諦めさえしなければ希望は消え無い」
全力を尽くせば物事は動く。全力を尽くせ。囚われの身である余に言えた事では無いが、そう言った。
「そうやな、うちららしく無いわ。ありがとう……。劉璋様も絶対、助けたるから我慢してな」
「うむ」
そして余を乗せた馬車は動き出す。罪人用で乗り心地も最悪じゃが、少なくともこの行程で北郷による殺戮を目にする事は無い。これで連日の悪夢から離れられるとほっとしていた。しかし旅は平穏とは行かなかった。
山間の隘路を通っていた時じゃった。襲撃があった。
「待っていたぞ、張遼」
そう言って行く手を遮るのは董卓の家臣であった華雄だ。
「月様から賜った恩を仇で返すとは畜生にも劣る。忘恩の徒とは貴様の事だ。逆臣張遼、その首貰うぞ!」
余の救出が目的では無いらしい。
「邪魔やから帰って」
疲れた様に答えた張遼は、華雄の攻撃を受け止め逆に一撃を入れた。
「ぐっ!」
弾き飛ばされた華雄が膝を付く。
「はぁ……まったく。自分、少しは頭を冷やしや」
「うるさい、裏切り者め! 正義は敗れぬ」
再び華雄の得物が振るわれた。だが張遼はひらりとかわし華雄の顔面を殴った。
華雄は顔を抑えて跪くと痛みに震えていた。隙だらけじゃ。
「もう止めときや。これ以上やっても無駄って分かってるやろ」
華雄を討ち取る事も出来たが、張遼に殺意は無かった。
後で聞けば、天下無双の呂布と言う存在が限界を教えていた。だから張遼は華雄と自分の力量差を見極める事が出来たそうじゃ。
「ふ、ふん。少しは出来る様だがどうかな」
華雄の言葉に張遼は眉を潜め、次の瞬間、叫んだ。
「あかん! 右翼に注意」
降り注ぐ石の雨が隊列を襲った。
「あ痛っ! 痛い!」
石つぶてが投げつけられたのじゃが、逃げも隠れも出来ない余にも石が当たる。
身を屈めて少しでも当たる場所を減らそうと思ったが、容赦なく石の雨に打たれた。
「劉璋様!」
張遼は叫んで駆け寄って来た。
「張遼、次はその首、必ず貰うぞ!」
そう怒鳴ると華雄は引き揚げて行った。うーむ、あれでは悪役の台詞じゃな。
「なんやって言うねん……」
「あれはあれで主を思う忠臣じゃよ。許してやるが良い」
理由はどうあれ、北郷に協力する者は裏切り者と思われても仕方が無い。
誰かを疑って過ごすのは辛い。ずっと疑い続ける事を貫くのは大変じゃろう。
華雄は董卓が捕らえられてから、唯々諾々と北郷に従う同輩に嫌気がさして出奔したのだった。清い。しかし考えが浅い。
董卓の旧臣も敵味方に分かれていた。余の家臣も心配じゃ。
× × ×
襲撃を散発的に受けながら進む日々にも終わりがやって来た。
街並みが見えて来た。石を積み上げた堅牢な城壁に囲まれた城塞都市だ。
「ああ……」
遠目にも見える楼閣で余にも分かった。都にやって来たのだ。
「ここで何を?」
「うちにもわからん」
都の通りは死臭に満ちていた。路地裏には死体が放置されている。何があったのかはっきりと理由は分からない。だが都の空気が変わっている事だけは理解できた。
そして余は北郷の前に連れて来られた。
「劉璋様、私も益州に行ってみたいです」董卓はその様に言っていた。今、董卓は北郷に捕らえられて背後に控えている。
関羽も傷が快復したのか、得物を手に控えておる。あやつは不死身か。悪運の強いやつめ。
董卓の旧臣達は主君を取り戻す事も出来ず、唯々諾々と北郷に従っていた。
広場には余の他にも官職を持つ者が並ばされていた。両脇には白装束の兵が控えている。
「俺は北郷一刀、天の御遣いだ。皇帝も俺には従う」
そう言う北郷の傍らには、まだ幼い皇帝陛下が控えていた。北郷は続ける。
「俺が元の世界に戻るには歴史を動かす必要がある。つまりお前らMOBキャラは俺の為に死ね」
それは死んだ気で仕えろと言う比喩的表現だろうか。北郷の言葉は分かりにくい。
「御主人様、それだけじゃ皆には分からないわよ」
北郷の傍らに控える筋肉剥き出しのオカマがくねくねと身をよじりながら説明した。
天の御遣いが天に帰るには人柱となる生贄が必要だと言う。
漢は天に見捨てられた罪人の地らしい。だから生贄に選ばれた。そうする事で益州の民を守れるなら余も従うが、どうにも胡散臭い。
余の様に黙っている者ばかりではない。気骨のある者は食って掛かった。
「ふざけるな、何処の出自か分からん癖に天を自称して簒奪をする積もりか! この逆賊め」
その声に釣られて抗議の声が上がった。
両脇の兵士が得物を構えて威圧して来るが収まらない。部屋の空気が熱気を帯びてきた瞬間、ゴロゴロと数人の首が転がった。
そして血塗れの青竜刀を自然体で構えた関羽が北郷と我らの間に立っていた。一瞬、静寂が訪れて悲鳴と怒号が沸き起こる。
「あばばばば」等と申しておる。落ち着きの無い連中じゃ。
そんな騒ぎを関羽は冷たい目で見ていた。そして口を開く。
「控えろ下郎、此方を何方と心得る!」
圧倒的暴力を見せ付けた関羽の一喝で沈黙するしかなかった。
北郷は喉の奥から笑い声をあげると支配者の寛容さを現した。
「愛紗、相手は家畜だ。これから仕付けてやれば良いよ。許してやれ」
「はい、そう仰るなら」
北郷の言葉に頭を下げる関羽だが、その背中に油断は感じられなかった。
北郷に心酔する関羽は股を開く。娼婦と関羽のただ一つの違いは、武人としての力量だろう。
じゃが余の臣下とは違う。余の家臣なら、命令に従うだけでは無く自らで判断し行動する。余が何かを指示する前に動いていた。独断先行では無い。最後の決定は余に求めていた。
主君はその決断に責めを負う。関羽が手を汚した責を負うべきは北郷じゃ。
口で言うは容易い。命じるだけなら簡単だ。
それで、北郷は血塗られた道を築き上げる覚悟が本当にあるのだろうか? 曹操の覇道とは違い腐臭がするわ。
(そう言えば、曹操は他人を上手く使う事こそ上に立つ者の素質と言っておったな)
目の前の反面教師である北郷を見ておると、余には皆の支えが無ければ困る。その事を再認識した。
騒動が終わると解散を命じられ、それぞれの部屋に案内された。
狭くて粗末な部屋じゃが、体を伸ばし横になれるのはありがたい。
余は寝台で横になっていたが眠れなかった。今日、起きた血の惨劇を気にとめておるのではない。
夜は静かだ。人々が寝静まるからだ。しかし嬌声が聴こえてくる。北郷の閨の相手だ。
「はぁ……」
別に興奮などしない。だから溜め息しかでない。
相手が誰かと考えるのは無粋であるが、同じ屋根の下とは言え囚われの身である余の所まで聴こえてくるとはいかがな物であろうか。
甲高い声が余の与えられた部屋まで聴こえてくる。高貴なる血を持つ者にとってまぐわう事は、家名を守り子孫を残す大切な責務で、それを否定する事は責任放棄だ。しかし北郷は天に帰る。ならば子は作る必要も無かろう。快楽の為だけならただの猿でも出来る事だ。
「御遣い様も関将軍もお盛んだな」
「まったくだ」
見張りの兵が扉の外で笑っていた。お主らの雇い主であろう。兵の意識も低い。
その時じゃった。ごとっと重い物を落とした様な音がして、笑い声が途絶えた。
そして扉が開けられた。
「劉璋様」
声をかけられて余は起き上がった。
「おお、馬孟起では無いか。そなた無事であったか」
扉を開けて入って来たのは馬超で、彼女の足下には血を流して北郷の兵が倒れていた。斬ったのだと理解できた。だがそれも仕方あるまい。
「助けに来たよ」
馬超に促され余は都を抜け出す。郊外に見知った顔が集まっていた。囚われていた余の家臣も居る。
「ああ、劉璋様!」
郭嘉が余の足元に跪き頭を下げた。
「御身を危険に曝した罪は軍師はである私にあります」
余は女に跪かせる趣味は無いぞ。郭嘉を立ち上がらせ、膝の土を払ってやる。
「奉孝、我が子房よ。気にするでない……と言ってもそなたは気にするであろうから、失敗を糧に忠勤に励め。それがそなたに対する罰じゃ。それよりも、お前こそ怪我はないか? 酷い目にあってはおらぬか?」
郭嘉は涙を流していた。やり取りに一段落がついたのを見て馬超が声をかけてきた。
「劉璋様、早く行こう。冥琳や風を待たせると煩いし、北郷が気付かなくても、あの貂蝉って奴が化け物染みてるから」
化け物と言われてすぐに分かった。貂蝉と言うのか。あの筋肉隆々とした巨漢の者は。
前回の記憶と経験があっても、あの様な輩は見た事も無かった。余の本能が告げている。あれは危険じゃと。
「そうじゃな」
可及的速やかに都から逃げる。それが余に可能な選択肢だった。
「そして益州に戻り、兵を挙げよう」
この後は、余を救い出した忠良なる益州の民、兵に応え北郷と戦おう。
天なぞ益州には関係無いが、皆を守る為にも今こそ立ち上がる時じゃ。血を流す事は最低限に抑えるべきじゃが、北郷を倒さねば董卓も救えぬ。
余の決断は独善的と思うが、寝首をかかれた事を忘れない。殺られる前に殺るのじゃ。
「やろう! 劉璋様と一緒に北郷を倒すんだ!」
「漢帝国万歳!」
余の言葉に周りの者から歓声が盛れた。
「落ち着け、声を落とすのじゃ」
本当、逃げるなら確りと注意するのじゃ。余も真面目にする時は、注意するんじゃよ。