本当に価値ある物は身近にある。共に喜びを分かち合う相手が居なければ無価値だ。
幾ら財宝があっても、官位や領土があっても、友や家族の居ない孤独な世界に生きる価値など無い。
余は守る為に戦いを引き起こした。都に巣食う自称天の御遣いを討つのだ。
余は都を支配する悪逆な北郷を討つべく連合軍に参加しておった。
筆まめな余は諸侯に号令をかけた。
「今こそ漢を守り、悪辣な自称天の御遣いを打ち倒す時である。天下の心ある義士は集え」と。
呼びかけに応じて漢に恩顧ある諸侯は、挙って連合軍に参加した。参加した諸侯の軍勢は軽く30万を越えておる。この時、この瞬間だけは完璧な正義を信じられた。
「春秋や戦国の戦に比べれば数は多くないが、それでも地を埋め尽くす兵よのう」
傍らに控える孫策に話しかけたが、予想外の返事を返して来おった。
「あそこに斬り込んで暴れたらすっきりして楽しそうよね」
こいつ正気かと周りに凝視されておったが、こやつ平然として言いおったわ。
「おいおい味方じゃぞ」
「分かってるわよ」
くすくす笑う孫策の様子に余は顔を歪めた。
余は指導者の器ではない。見た目もちょっとぽっちゃりした余よりは、華麗で美しい者こそ人は求める。だから袁紹を総大将に推挙した。
「本初がやれば良かろう。これの親も知っておるが、漢に忠勤した者じゃ。本初も余や皆の期待に応えてくれるじゃろう。なあ、本初?」
きょとんとした表情の袁紹は余の言葉をゆっくりと理解した。そして喜色満面の笑みを浮かべた。
「さすがは劉璋様。高貴な血筋なだけに道理を弁えていらっしゃる。わたくしを総大将に選ばれるとはお目が高いですわね。推挙を頂きました以上、わたくしに全てお任せください。天の御遣いを自称する逆賊なんてけちょんけちょんにして差し上げますわ」
そう言うと袁紹は上機嫌で高笑いを響かせおった。その隣で顔良が「すみません、すみません」と頭を下げておったのが記憶に新しい。
北郷は帝を蔑ろにして天下に号令をかけたが、どこの馬の骨とも知れぬ輩に名門の袁紹や諸侯が従う訳もなかった。皆でとっちめてやろうと話は纏まり、我ら義によって起った連合軍はこれを誅するのじゃ。
確かに悪の根を断つと言う事で諸侯は合意していた。その後、漢帝国をどう建て直すかは協議によるが、権益を巡る政争も待っておる。ここで競争相手を蹴落とせれば後々の為と戦場で消耗させようとする者も居て、疑心暗鬼の種もあった。
第一回の軍議はやいのやいのと諸侯の自己主張が激しくて紛糾した。嘆かわしい事じゃ。
「劉璋様の御所存はいかがでしょうか」
袁紹、袁術に次ぐ兵力を展開させる曹操が、宗室である余に振ってきた。
「うん?」
ちょっと眠たくて飽きていた。そんな所に不意討ちとは。やってくれるわ。
(おのれ孟徳、計ったな)
皆の視線が余に向けられた。曹操が微かな笑みを浮かべている。何と言う無茶振りじゃ。
「おお、劉璋様なら!」等と余を持て囃し、懐柔し様とする小者も居た。まったく鬱陶しい事じゃ。
「そうじゃのう。余の軍師に説明させよう。のう、風よ」
そう言うと余は程昱に丸投げした。程昱はジト目で余を一瞥した後、前に出た。
「畏まりました」
程昱は阿吽の呼吸で余の期待に答え、諸侯を前に堂々と持論を展開した。
「戦場と言う事で、不肖を省みずこの私、程仲徳が我が主君に代わり、皆々様方に御説明させて頂きます事を御容赦下さい」
余は、益州以外の配分は不要と伝えておるので、中立、公正な判断を下せる。諸侯にも受け入れやすかったのじゃろう。
そして余が全幅の信頼を寄せる軍師じゃ。利害の調整に不満は出なかった。出ても黙らせれるしのう。
今回の戦で余は、民を守りたいと常日頃、言いながら同じ益州の民である将兵の命を減らそうとしている。
人は利己的な生き物だ。愛情も偏る。死んでいく者には、今はすまぬとしか言えぬ。しかしこれが益州を守る事に成る。無駄死にはさせない。
北郷が余を滅ぼそうとするなら、余が歴史を作れば良い。これも益州で暮らす皆の為じゃ。
諸侯や民の合意を得られていない決定に意味は無い。連合軍内部でも異論が噴出していた。
「我々が集ったのは北郷を討つ為だ。行動計画は決まった。だが戦後処理については何も協議をやっていない。もっと真剣に考えるべきだ」
とりあえずは首魁の北郷に関しては死罪。斬首や磔刑ではなく車裂の刑──四肢をもぐ刑罰が選ばれた。太祖劉邦の部下、韓信の故事に習った刑罰だ。他の者は追々、決める事となった。
民の自由な暮らし、漢の誇りが汚されている。しかし漢室の誇りは、宗室である余と共にある。
だからこそ、北郷を打破し乱に終止符を打たねばならん。
戦を前に散歩をしてると考えが纏まりやすい。歩いていると、張粛の天幕から唸り声が聴こえた。
「過酸化水素、ニトログリセリン、リード線、硝酸カリウム、マグネシウム、硫黄。これだけあれば爆弾ぐらいは作れるのに」
着替え中では無い様じゃから、声をかけた。
「何を言っておるんじゃ?」
「あっ、劉璋様。風さんに、何か戦に役立つ物を考える様にと言われまして」
程昱は軍事面で新たな模索を行っているらしい。
張粛に招かれて天幕で茶を馳走になった。
「仲徳にか。手続き等面倒な事は後回しにするでないぞ。うるさく言う輩もおるからな」
「稟さんですか?」
ずずっと茶を啜る。うむ、董仲穎には劣るが、こやつの茶も中々にして美味じゃ。
「ああ、そうだ。怒らせると怖いぞ」
郭嘉は杓子定規な所がある。分かってるのは余への忠誠は疑うべくもないと言う事じゃな。
「紫苑さんよりも?」
「ぶふっ! そこで漢升を出すとは」
黄忠は璃々が関わらなければ、まともな武官であった。しかし娘が危機に陥った時、動揺、神経疲労、現実否認で益州を裏切った。
それでも彼女は仲間だと今でも想っておる。
「焔耶さんも落ち込んでいました」
「文長か。あやつは漢升に懐いておったからな」
魏延は益州に残して来た。
「だから翠さんを連れて来たんですよね?」
「馬孟起と孫伯符の力を当てにしてる事は否定せんよ」
益州兵を率いる馬超と孫策は共に外様の出身者と見られているが、余も益州出身では無い。
結果として孫仲謀や周公瑾、甘興覇。皆が益州の為に働いてくれている。
そう言えば、璃々の子守りに雇った侍女の周泰じゃが、此度の失態を戦働きで返上すると申しておったな。
ううーむ、益州の事を考えると典韋の料理が食べたくなって来たのじゃ。これも天の御遣いを僭称する北郷を倒せば叶う事じゃ。
誰も死なせたくないと綺麗事を言う劉備は荷駄隊に加わっておる。お人好しな生き方も自分だけでやる分は構わない。周りを巻き込むから駄目なのじゃ。
元義勇兵の頭目であったにしては、頭の中がお花畑で、おっぱいしか優れた点が存在しない。
対して劉備の妹分であった関羽。北郷に籠絡されて、男に尽くしておる。生き方も様々じゃな。
「閣下、曹孟徳殿が参っております」
「ふむ。会おう」
夏侯元譲と許仲康を伴って曹操はやって来た。
「どうしたのじゃ?」
「貴方に確認したい事があって来たの」
「ふむ」
鷹揚に余は頷き、続きを促した。
「董卓の家臣である賈駆や呂布、陳宮、華雄、張遼達は主が人質になってるから戦ってるのよね」
「左様じゃ」
智や武に秀でた勝ち組が社会の底辺である北郷ごとき賊徒に従う理由は、主が脅かされる他に存在しない。
「では董卓軍を積極的に攻撃する事は止めた方が良いわね」
「それで都を解放出来るなら、孟徳を王に推挙してやろう」
「王?」
周囲の者が驚きの表情を浮かべていた。
「帝をお救いするのじゃ。それ位の恩賞は下されるじゃろう。燕か、それとも斉か殷か。魏か韓、九江もあるぞ」
曹操は楽しそうに笑い声をあげていた。
× × ×
漂う血の臭いは敵味方の物で、ここは戦場だ。
華雄は董卓を守る為に
少なくとも華雄は北郷の様に魂が穢れてるとは思えんから純粋なのじゃろう。
高祖劉邦が長い戦いの末に覇王項羽を倒し、漢は統一王朝となった。そして功臣を粛清する事で地盤は強化された。
しかし余は思うんじゃ。光武帝に比べて高祖は糞じゃと。
家臣を信用する事が大切なんじゃ。
董卓も家臣を信用していた。だから華雄も主の為に戦うのだろう。
今後の漢を代表する者は、余を除けば連合軍に加わった諸侯、その中でも袁紹、曹操じゃろう。袁術は子供で利用されるだけじゃからな。それに董卓も帝に影響力を持っておる。
この三者が戦を行う様なら、余は介入する。しなければ漢は乱れ、勝ち残った者に益州が攻められるじゃろうから。
益州の兵を極力損なう事無く、戦に勝利するのは難しい。だからこそ、武力の高い孫策が益州兵の先鋒を指揮している。他の将、三人分以上の働き手で余も安心して任せる事が出来た。
「孫策、貴様はなぜ戦う!」
華雄は余よりも細くて華奢な体なのに斧を振り回していた。
「あっはははっ、愚問ね。私達は益州兵よっ!」
そして此方もよく分からぬ孫策じゃ。こやつは不死身かと疑いたく成る。傷の気配さえ見せぬ。
二人の会話は大声で余の元までよく響く。将と言う者の凄さじゃな。
武人としても、将としても孫策の方が一歩上に立っており、火の如く苛烈な攻撃で孫策は敵陣を蹂躙していた。華雄は孫策を足止めを出来ていない。
「真面目に私と戦え!」
その声に孫策はようやく足を止めた。
「そうね。仕方が無いから相手してあげるわ」
「ふざけおって、貴様は必ず殺す!」
何だか華雄から凄い怒気を感じるのじゃが。怖いのう。
「威圧して戦意を削ぎ引き下がらせる。雑兵を蹴散らした後に敵将と一騎打ち。定番過ぎて面白くありませんね」
戦場を一望できる丘の上に陣を張って、
程昱は余の留守を上手く纏めてくれていた。益州の兵を帰国させ、不穏分子や匪賊討伐を行った手腕も見事であった。事後報告を受けて感心した。さすがは我が軍師であると。
観戦する余の下に伝令が駆けてくる。
「劉璋様、曹孟徳様と袁公路様が御到着されました」
「ふむ。では参るとするか」
連合軍の本陣は袁紹の本陣とは別に置かれた。二つの本陣が同居すれば、ただでさえ限られた人数なのに、処理する仕事だけ増えて指揮系統が混乱すると言う事だった。
連合軍参加の諸侯による連絡武官を派遣した調整所と言った意味合いになっており、袁紹が言う華麗な指揮とは少し意味合いが違う。下手な策に従い混乱するよりは良いのでは無いかと納得しておく。
連合軍の本陣に余の他に曹操と袁術が側近を連れて集まって来た。袁紹や他の諸侯抜きなのも、実質、第一線で兵を戦わせるのが余や彼女達だからだ。外野の余計な言葉は邪魔なだけじゃ。
軽く挨拶を交わし席に腰かける。血筋としては余が一番と言う事じゃが、そこはざっくばらんに行く。
「都は政治の中心で文化発祥の地、これが今までの考え方だった。都から何かを言ってくるなら皇帝陛下の権威を後ろ楯にした物だから無下には出来なかった。でも今回ばかりは従う訳にはいかないわね。北郷から臣下に下れと文が来たわ」
曹操は溜め息混じりに言うと、書簡を投げて来た。無礼な文言で寵姫に迎えてやるとさえ書かれていた。北郷は都と帝を押さえた驕りから色と欲に惚けておるのか。
「あやつは阿呆か……」
連合軍に比べて北郷を頂点に頂く官軍は都を押さえているが、兵糧に限りもあって継戦能力が低い。
余のあまり賢くない頭で考えても、あまりにも馬鹿馬鹿し過ぎてそう漏らした。
「妾にも言ってきたぞ!」
袁術も腕を振り上げて大声を出した。余は僅かに顔をしかめた。それを見て、公孫賛が助言した。
「なぁ、少し声を落とした方が良いと思うけど……」
なるほど。公孫賛は周囲をよく見ておるな。褒美に飴をやろう。
袁術の家臣、張勲はにこにこと笑みを浮かべて主君を諌めない。甘やかしてばかりが主君の為にはならない。張勲は大人として、分かっておるのか疑問じゃ。
天幕に伝令が入って来た。
「孫伯符殿、華雄軍を突破。魏文長将軍も敵将張済を討ち取りました」
張済と言う者は知らぬ。それより華雄だ。心優しい董卓の事じゃ。きっと華雄の死を悲しむであろう。
しかし余は君主として家臣の武功を誉める立場があった。だから表面には出さなかった。
「でかした! 後で皆に豚汁を奢ってやるぞ」
戦で孫策は頼りに成る。政務はさぼり癖があって当てに出来ないが戦では重宝する。
孫策は前回、斬られたり矢傷を負っていたがぴんぴんしており、今回の討伐参加を申し込んで来た。聞く所によるとやり返す好機だと戦を楽しんでるそうだ。
「孫策はさすがね。私の家臣に欲しいぐらいだわ」
曹操に求められ評価される事は羨ましい。孫策にはそれだけの価値があると言う事じゃな。
「それは孫策次第じゃな。あやつが余の元を去ると言うならひき止めはしないぞ」
「あら、そうなの」
曹操は楽しげな笑みを浮かべたが、獣に睨まれた様で何故か背中がぞくぞくする。
「このまま一気に汜水関を抜けれるかしら」
曹操は視線を前に戻して呟いた。
「いや、向こうには漢升もおる。矢の雨が降ってくるぞ」
他の諸侯と比べて益州兵は鍛えられており、馬超もよく戦っておるが、黄忠が抜けたのが痛い。
「そう、黄忠が居たのね」
眉間に皺を寄せる曹操。綺麗な顔が台無しじゃな。
「お主の所の夏侯淵も弓の腕では引けを取らない剛の者と聞いておるが」
後ろに控えてる夏侯淵に目を向けると、軽く目礼された。礼儀を知る良い娘じゃな。
「そうね。でも無理はさせたくは無いわ」
汜水関は交通の要衝、敵もそれなりの兵力を展開させていた。無駄な損害を出したくない。その気持ちは余にも分かる。
曹操も家臣想いの善き主じゃ。あとで褒美に菓子をくれてやろう。
くい、くいっと余の裾が引っ張られた。
「のう、麗羽の奴に突っ込ませれば良いのでは無いか?」
袁術の言葉に余と曹操は視線を向ける。
「袁公路じゃな。大きゅうなったな。前に会った時は、もっと背がこれくらいだったか?」
袁術を抱き上げてやった。宗室の余に見知り置かれるとは光栄に思うが良い。
「妾と面識が会ったのかえ?」
「うむ。かなり昔じゃがな」
膝の上をポンポンと叩き袁術を座らせる。
袁術は袁紹相手に毒の混じったを吐く。
「麗羽のやつは総大将じゃ。目立ちたがり屋の妾腹じゃから、手柄が無ければ面目も立たぬであろう」
「さすがはお嬢様、袁紹様を持ち上げながら露払いの役をさせる腹黒さが素敵です!」
張勲が無礼な事を言ってるが袁術は余の膝の上で「うははは」と喜んでいた。
「貴女がそれで良いなら」と曹操は疲れた表情を浮かべていた。
金糸の様な長い髪と翡翠色の瞳は袁紹に似ており、将来の美貌を期待させる物がある。
「これこれ。姉妹仲良くせねばいかぬぞ」
そう言いながら程昱に視線を向けると、頷いたので余も空気を読んで、袁紹を前に出す事は同意した。
あの者も人の上に立つ者として自覚と経験を積ませるべきじゃな。これからは、余ではなく若いこの者達の時代じゃ。
「──と言う訳で、麗羽。貴女の力を借りたいのよ」
曹操の美麗美句で飾った言葉に袁紹は機嫌良く高笑いを響かせた。
「私の力を認めて助けを求めると言う事ですのね? 宜しくてよ。皆さんたら仕方無いですわね。ここは高貴で総大将の私、袁本初が御手本を御見せして差し上げますわ」
かくして袁紹は華麗に全軍まっしぐらに前進させた。ううむ、袁紹は本質を読めん可哀想な娘じゃな。
黄忠は華雄の敗走による混乱から官軍を上手く立て直していたが、袁紹の財力に物を言わせた攻撃が始まった。
「
袁紹の二枚看板である
「射て!」
大規模な弓兵による面制圧効果は大きかった。空は矢によって黒く染まった。屋外に出ていた兵は遮蔽物を探す前に串刺しになる。屋内に居る者は、甲羅に籠った亀の様に手も足も出なかった。
「袁家の強みは財力です。羨ましい限りですねぇ」
程昱の言葉通り、大量の矢が放たれ味方の前進を支援している。多少の損害は袁家の前では無に等しい。対する黄忠が矢の名手と言っても頭を押さえられては身動きも出来まい。
「うむ。財力に裏付けされて、味方に損害を出さず戦う華麗なやり方も見事じゃな」
連合軍の盟主、袁紹は最大の兵力を参加させているが、攻撃に於いては我が軍の方が明らかに上だ。しかし量が質を凌駕しておる。戦は平均的な兵でも数を揃える事だと学んだ。
「劉璋様、今日ははぐれない様に風と手を繋ぎましょう」
唐突に程昱はきゅっと余の手を握って来た。
「はっ?」
「軍師とは臨機応変に策を提言する物ですが、戦では何が起ききてもおかしくありませんから」
軍師の遠望深慮か。余には分からぬ事ばかりじゃ。
余にはこんなにも頼りに成る家臣がいると程昱の手を握り返す。
× × ×
北郷の集めた賊軍には、食い詰めた百姓も多い。あれも格差社会の犠牲者と言うのじゃろうか。
曹操の配下が何やら造っておると思ったら、大岩を飛ばせる投石機を造っておった。普通とは違う特大の大きさで、肝心の大岩は、なんと武官連中が運んで来おった。
「おお、仲康殿。そなたは力持ちじゃな」
「あ、劉璋様。これぐらいへっちゃらです! 流琉だって出来ますよ」
ううむ。確かに典韋は大量の米を運んでいた事もあった。
余には武官連中との間に、能力の壁を感じた。余も宗室で特別じゃが、軽々と乗り越える事は出来ないのじゃ。
「フフッ。どうかしら、投石で敵を疲弊させ下がらせる」
交代制で一日中、大岩を撃ち込み続けたら、敵も不眠不休で防戦する羽目になった。
「孟徳は
戦闘損耗率の高さから敵が撤退した。帝を掌中に収めた事で官軍を名乗っているが誰も認めてはおらん。北郷の天の御遣いと言う権威も虚像に過ぎぬ。漢帝国を救うのは連合軍なのじゃ。
敗残兵の掃討と捕虜の連行が平行して行われる中、余も汜水関に入城した。
門は破壊されていたが、進軍の邪魔になる残骸は取り除かれていた。
「文長もご苦労じゃったな」
第一線で戦い流れを作った将の一人である魏延に声をかけた。前衛の指揮は孫策に任せて、余の護衛に下がって来ていた。
「あわわ」
「はわわ」
うん? 何事かと視線を向けると、泣き崩れる二人の子供を前に袁紹の兵が取り囲んでいた。
「何をやってるんだ!」
魏延がその光景を見て駆け出した。ちょ、お主は余の護衛であろうが。余を放って置いて困ったやつじゃ。
袁紹の兵は友軍の将軍職である魏延の姿が見えて姿勢を正す。
人は生まれで貴賤が決まる。それは持って生まれた運だ。そして運を味方に付けた将軍は影響力も大きい。
「こいつらは敵の軍師です」
「だからと言っても乱暴にして良い理由には成らないだろう! 捕虜の生殺与奪の権利はお前らに無い」
まだ子供にしか見えなかった。だから見た感じは兵達が完全に悪役だった。
「て、天の御遣い様に……水鏡先生と女学院の皆が捕まってしまって……従わないと、殺すと脅されたんです……」
聞くとは無しに話が聴こえて来た。人質を取って脅し子供を戦に駆り出すとは卑しい心根じゃ。
しかし兵士達の反応は違った。北郷より目の前の子供に怒りをぶつけた。
敵の軍師と知れば、その怒りを抑えるのも難しいのかもしれぬ。じゃが、余には子供を虐げる事は出来ん。
もっとも余とあやつら兵卒とは立ち位置が違うし、見える者も違う。
「それがどうした。お前らは俺達の仲間を殺す献策をした。つまりは敵だ」
そう言って袁紹の兵は子供の一人を蹴飛ばしていた。
「雛里ちゃん」
鍔の広い帽子を被っていた子供は地面に倒れ伏した。慌てて片方の子供が手を差し出していた。少女を暴行するその様子を仲間は止める事無く傍観していた。なぶり殺しにする積もりであろうか?
「お前、いい加減にしろよ!」
魏延は自分の言葉を無視されて殺気を向けた。それに触発されて袁紹の兵と魏延の兵が得物を向け合おうとした。
殺し合いをしかねない兵士達と、魏延の怒気を前に彼女達は震えていた。これ以上は見てられない。
「双方、止めよ」
余は兵達の前に姿を表した。
「その方達は、連合軍の総大将である袁本初の兵であるな。今の行いは義によって起った袁本初の言う華麗な戦とはかけ離れてると思うが、どうじゃな。人は助け合わないといけない。子供を殺しても仲間は帰っては来ぬぞ?」
我ながら場に削ぐわぬ台詞だが、出来れば子供は助けたい。未来を作り生きていく者達だからじゃ。この世に居てはいけない者は北郷の様な奴だけじゃ。皆には生きる意義がある。
「色々と言いたい事もあるじゃろうが、ここは余の顔に免じて任せてくれぬか」
全てを受け止める事は出来ぬが救える者なら救いたい。それはまだ幼さの残る子供なら当然だ。
袁紹の兵は頭を下げるとその場を去って行った。余の言葉に感動した訳ではない。貴人である余の権威じゃ。
「あ、あの、私は諸葛亮と申します」
残された二人が揃って頭を下げる。
「私達を助けて頂き、有難う御座います」
余には疑問があった。何故、北郷はこの者達を軍師に任命したのか。人質を取って強要する程、優れた才を持っておるのか。
華雄や黄忠の奮戦は際立ったが、それ以外の面では脆弱な防衛だった。軍事に疎い余から見てそうなのだから、袁紹の力押しで勝てた敵の策にこそ問題がある。
(内応していたとも捉えられる動きじゃな)
別に余はこの者達を許したり厚遇する積もりは無い。捕虜は適正に処罰すべきだが、情状酌量の余地がある。その才で罪を償って貰えば良い。
「余は誰にでもやり直す機会を与えるべきだと思っておる。お前達が賊に協力したのも、やむを得ない事があったと理解する。だから目こぼしをするのではない。罪を償う機会を与えてやろう。漢の為、民の平穏な暮らしの為じゃ。余に協力してくれるな?」
「はい、はい! 必ず、御高恩に報いさせて頂きます!」
連合軍の調整で苦労してる顔良の元に監視付きで送り届ける事にした。向こうには張勲も居るし上手く使いこなすであろう。
× × ×
関を一つや二つ抜けようとも、賊軍は遅滞行動を取りながら連合軍の動きを拘束した。
嫌な戦の仕方で味方にも少なくない損害が出ていた。そこで物見の兵を放っていたが、少数であると逆に潰されて帰ってくる者は居なかった。
「小癪な真似をしおって。これでは都を解放するのが遅れるだけではないか」
余は戦場で兵を直接指揮する立場には無いが疲れもする。
神経を使い疲れていた余は仮眠を取る事にした。勿論、我が兵も交代で休ませている。
洛陽が戦場になれば最悪、遷都もやむを得ないじゃろう。かつて都は長安にあった。そう考えれば、敵が逃げ出す可能性もあった。
「劉璋様……劉璋様……」
「んみゅ?」
下女に揺り動かされて余は目を覚ますと、寝起きで朦朧とした意識のまま天幕の一つに連れていかれた。
「劉璋様!」
興奮した様子の兵が周りを警戒している。何事じゃろう。
「俺が負けただと。ふざけるな。俺は負けてねえ。これは夢だ、お前ら消えろ。俺は起きるんだ!」
そこには縄目を受けた北郷と関羽がいた。
余の意識は一気が覚醒した。
「はい御主人様、私達は負けてなどおりません! この卑怯者どもめ、此方に御座すは尊き天の御遣い様だ。縄目をかけるとは無礼だぞ!」
相変わらず無礼な輩じゃ。そしてどう言う訳か北郷一味が捕らえられていた。
「奉孝」
余は燃えたぎる様な瞳をした郭嘉に声をかけた。説明を求めたのじゃ。
「我らが敵主力を引き付けている間に董仲穎殿の臣下が決起、皇帝陛下と主君をお助けし逆賊北郷を誅したのです」
状況が一気に好転した。
賈詡らの手引きか。中々良い仕事をするではないか。
「諸侯にも報せの使いを出しました」
「それで董卓はどうした」
余にとって大切なのは友や知り合いの安否じゃ。
北郷の奴がよからぬ真似をしておれば、処罰を下す事も躊躇わない所存じゃ。
「皇帝陛下を御守りして宮中に詰めており、賊の掃討を全般指揮なさっているそうです」
そう聞いて少しほっとした。
「であるか」
董卓は無事か。喜ばしい事じゃ。
余にとって友であり、妹や娘の様に好ましく想うてる相手じゃ。彼女の身を案じて心が痛んでいた。
次に考えるべきは今後の事じゃ。
七王国の乱で呉王は支持者も多かった。もし景帝を撃破しておれば、漢は幾つかの諸国に分かれていたであろう。勝者は戦後の始末を怠ってはならない。
政とは現実的な利益の追求にある。北郷との戦もお互いの生存を賭けた戦いだった。正直、まともにぶつかり合っていては兵が失われていた。
「ぶるわあああああああああああっ」
怒鳴り声と共に天幕が吹き飛んだ。
砂塵が巻き起こり我が兵が倒れ伏していた。その真ん中に剥き身の巨漢が立っていた。
「うわぁ……」
あまりにも見苦しくて声を漏らす。
美しく華麗にと言う袁本紹が見れば卒倒する代物じゃな。
「御主人様、愛紗ちゃん、助けに来たわよ」
容姿こそは狂ってるが、その戦闘能力は高い。だからこそ我が陣営深くに入り込めたのじゃろう。
「一人相手に何をしておる。囲め、囲め!」
校尉が兵を鼓舞しておったが相手も強かった。腕を振るえば人が吹き飛び拳を放てば血と肉片を撒き散らしておった。
「良いぞ貂蝉、やっちまえ!」と、怒鳴る北郷を我が兵が蹴っていた。
阿呆じゃな、あやつは。自分が捕らわれている事を忘れるとは。
「御主人様に何をする!」
怒り猛る関羽も、みのむしの様に転がされていた。
うーむ、少し前も似た様な光景を見た気がする。
「劉璋様は此方へ」
「うむ」
余は護衛に囲まれて下がる。ちらりと見れば弩を構えた兵が遠巻きに囲んでいた。
情に流されては政は出来ぬ。しかし目の前の厄介事の処理が優先される。これ以上は見過ごせぬしな。
復讐は心に平穏を与えると言う。今夜はスッキリと眠れそうじゃ。ダンゴムシの様に丸くなって寝るとしよう。
余はその場を任せて離れる事にした。
そして弩が一斉に放たれたが、筋肉をてからせた気持ちの悪い男は矢を弾きへし折り、その攻撃を防いでいた。何と言う武じゃ。悪夢を見そうじゃ。
しかししょせんは一人。北郷を取り戻そうとすれば隙が生まれる。
此方は北郷を守る必要がないからな。当然、あやつの攻撃は手札を限られ本来の実力も出せぬ。しかし矢傷が増えているはずじゃが中々、倒れぬ。
「ええい、化け物め!」
焦れた様に校尉の一人が怒鳴る。まったく余も同感じゃ。
「俺はまだやるんだ!」北郷が何やらまたわめいておる。
あれ程の剛の者が北郷の風下に立つ訳が分からぬ。仕えるべき主人を誤った犬は哀れじゃな。
------------〈以下の話は暫定的エピローグです〉------------
暫定的エピローグ
「お帰りなさい。お疲れさまでした」
北郷を討った。戦は終わり余は益州に戻って来た。
首魁が討たれれば賊軍等は簡単に崩壊する。残る者は投降しても処断される。捕まるのを待つか逃げるだけじゃ。
余にはどうでも良い。益州さえ守れるならばな。
益州では厳顔が余の留守を確りと守ってくれておった。未曾有の混乱は回復している。
「うむ。先ずは風呂、それから食事。その後は眠りたい」
疲れた。その一言に凝縮されておる。
「劉璋様ぁ」
駆け寄って来た璃々を受け止め、頭を撫でる。
「良い子にしておったか」
「はい」
内心、早く益州に帰りたかったが戦の処理が終わるまでは帰れなかった。始めた以上は、最後まで見る責任があった。
北郷を討ち、都に入場すると戦後処理があった。恩賞の配分も難しく、皇帝陛下に採否を戴く前に行う諸侯の利権調整は面倒じゃった。
余には三公を超えて蜀王の地位を拝領した。
諸侯から相国に、と言う話もあったが断った。正直、そんな官位に興味は無い。
「王よ。真に宜しかったのですか?」
「ふむ。皆は分かっておらんな。高い官位は相応の責任を背負う事に成る」
益州の政でさえ余の手に余る。漢の相国に成れば異民族や交易、流民や反乱等、その他諸々と言う厄介事が舞い込んでくる。
「相国等は成りたい者が成れば良いのじゃ。馬鹿者の相手は、曹操ごときで十分であろう」
曹操を推挙してやると満場一致で可決された。
厄介事を押し付け事に成功した余は油断していた。余の考えはあやつには丸分かりだったらしく、帰る時にあやつの天幕に拐かされた。
「やってくれたわね」と曹操の蒼い瞳は冷たい色を浮かべており、何でばれたのじゃろうか説教されてしまった。
「足が痺れたのじゃ」
王を正座させる相国と言うのも珍しい光景であったじゃろう。ムカシホロ鳥の丸焼きを食べながら、従者に足をほぐさせる。
「まったく……」溜め息を吐く曹操に、これから何を望むか訊かれた。
乱世が終わったらのんびり過ごす。褒美はそれで十分である。そう答えるとあやつは鼻で笑いおった。余は冗談など言っておらんのじゃが。けしからん。
意趣返しとして、曹操に余の子らとの縁談を薦めてやった。しかし曹操は狼狽えもしなかった。
「あなたが舅だと仕事を丸投げして来そうだし、面倒なのでお断りするわ」だと。
「ふははは」
鳥の次は、三十以上も脚を持つ地中の珍味、アオギュポーの丸焼きに手を着ける。甲殻を剥がし、身を口に含むとプリっとした食感じゃ。
ムカシギュポーは毒があるから、間違えやすいが八本脚なので脚を見れば分かるのじゃ。
何はともあれ戦は終わった。明るい日常が戻って来る。
───そう思って居たが、そうはいかなかった。
愚かな欲望で始まったこの戦は多くの者の価値観を変える。
ごっそりと甘い汁をすすりゆっくりした生活を送れるのは、特別な者だけではないと。そして自らの力で、北郷の様に叛乱を起こし成功すれば国を起こせる。遅かれ早かれ、皆が気づくじゃろう。
それにじゃ、叛乱は狂暴で感染力が高い病だ。懐柔しやすい民であっても心を腐らせて、堕落しさせる。穏やかな人を邪悪が蝕み、人で無くしてしまう。
「劉璋様、荊州の劉表が起ちました。漢帝国の命運は尽きており、彼の御仁が起つ事は天命であるとの事です」
ほら、もう動き出す者がおった。
「ふーむ、それでは自分が漢の帝位を継ぐとでも言うのかのう。せっかく戦が終わったと言うのに、愚かな」
「閣下、掟を破った者を罰しなければ歯止めが効きません。漢への叛逆であり慈悲は与えられません。死を以て償わせるべきと存じます」
これは法と秩序を乱しており、漢にとって権威が無視されている。領内では阿片を育てており、それで富を得る。官吏は阿片を納める代わりの用心棒と言う危険な思想だった。
劉表は自らの名誉を貶め、悪人として過激な暴力による内戦を始めた。
秩序を守る為には強硬手段も厭わない。漢に暮らす全ての民にとって脅威となる。よって連合軍は洛陽から南下し、荊州の劉表攻めを行う事と成った。どうやら混沌と戦乱が今しばらくは続く様じゃ。
愛する荊州の民を傷つけるなら、手出しはさせない。劉姓だとしても分別の無い劉表は討たねばならない。
「あ、劉璋様。
相変わらず、良く分からん言葉が飛び出すやつじゃな。男はどんなに女が若くても大丈夫と言うが、頭まで軽い者は困ると思うんじゃ。
「ふむ。余は本物の宗室じゃが、荊州は不滅と思いたい。だからこそ、荊州の為に戦い死ねと言う。嫌か?」
とにかく余には出来ない事を家臣に任せる分業体制も、給料の内と言える。
「
余の宝は荊州の民であり、荊州の民以外には冷酷で狡猾であるべきであり、同胞には忠誠心を求める。それがあれば漢は滅んでも、荊州は繁栄する。
「ま、劉表は物事の仕組み、しきたりを知らねばならん。手に入らぬ物を求めている。あやつにはそれだけの技量が無い。躾の悪い狂犬どもを殺すしか無いのかのう……」
追い詰めて殺す。勝利は目前、そう思われていた。
劉表には忠勇なる臣下がおった。賊軍の将、黄祖は緒戦で連合軍の先鋒を撃退した。普通ならそのまま攻めて来るのじゃろうが、中々慎重な様で手を出しては来なかった。
「先鋒は開けた場所を避けて森を移動していたそうです。その後、丘陵地帯に前進した所、下の森に伏せていた敵勢に討たれました」
連合軍では事態の変化に焦りが出始めていた。敵を舐めておったのじゃな。
「どう考える?」
「そうですね。先の見えないブラインドコーナーでは待ち伏せをしやすいと言いますから、高所をわざと空けておく事で、誘い出す策を使った。それにまんまと乗せられたから負けたのでは無いでしょうか」
「味方の到着で敵は引き揚げましたが、その先は渓谷です。落とせぬ事はありませんが、味方に多くの損害が出るでしょう」
「そうではない。我々は汚れているが、益州に人生を捧げている。一方で連合軍は一枚岩ではない。もぐらが居る」
「裏切り者が?」
荊州は水資源が豊富で耕作に向いていた。戦が終わると食糧は下落傾向となる。そこで劉表は食糧を武器に兵を募っている。
「劉表に大義は無い。士卒は正義を信じ、隣に立つ戦友の為に戦って居るのに、信じられないのは最悪ですね」
為政者が責任を負い続ける限り、仕える士卒は尖兵として信念を持って戦い何かを変える。
------------〈以下の話は本編とは異なります〉------------
蛇足:別の選択
「うわあああああああ」
余は死んだ。劉備に城壁から落とされて即死だった。
(山の中で生き埋めにした方が綺麗に済むと思うのじゃが……って、ここはどこじゃ?)
目が覚めたとき真っ白な寝台で横に成っていた。余の傍らに居た幼女が答えた。
「ここは劉璋様のお部屋です」
余の部屋じゃと?
幼女の方に視線を向ける。文官の格好をしており侍女では無いらしい。
「その方は誰じゃ」
余の問いに幼女は眉をひそめたが、表情を戻し答えた。
「
劉巴と言えば余の家臣じゃが、この様に愛らしい娘では無かった。
「そうか、アッハハハハ。そちは子初か」
字を呼ばれて幼女は笑みを浮かべた。
「はい、劉璋様。目が覚めましたか? 突然、倒れられたと聞いて驚きました」
その言葉に、違和感を感じた。
余が突然、倒れた?
余は劉備に益州を攻められ、家臣に裏切られ殺された。そのはずだった。
(これは、人生のやり直しか?)
もしやり直しなら、余にはまだやらなけねばならない事がある。
けじめを付けるのじゃ。劉備をやってやる!
「クヒヒ……」
余は戦う。例え荒野の真っ只中放り出され様と目の前に劉備がいたら殺してやる。
「劉璋様?」
劉巴を名乗る幼女は余を心配してくれていた。ういやつじゃのう。
「皆を集めよ。今後を話し合いたい」
「はい劉璋様」
現状報告をさせて状況を確認する。今は黄巾乱が発生する前だが、余は益州に赴任していた。
(ふむ……)
歴史は転換期がある。余は劉備が躍進する前に、間一髪で家臣を懐柔する事に間に合った。裏切り者にも裏切るだけの理由があったのじゃろう。
だから裏切り者の張松、法正、孟達を許す。しかし劉備だけはなぶり殺してやる。死の瞬間を見ないと気が済まない。仁の人と呼ばれながら余を攻めた劉備の偽善が心底許せぬ。
荊州が曹操に取られると、劉備が此方にやって来て余は殺される。曹操が強敵であろうと余の知った事ではない。
益州の民を余は不憫に思った。同族殺しを行う劉備は下賎な生まれだ。用が済んだら民も兵も切り捨てられただろう。余は劉姓を名乗る不審者は捕縛する様に命じた。劉備と言うクズが死ぬように。
外道には外道、必ず劉備は抹殺してやろうと思う。
× × ×
「糞がァ!」
「これこれ、あまり無体な事をするな。この者はもう降っておる」
殴られて服従する相手なら余に反乱などはせぬ。
「はい、劉璋様」
黄巾賊の反乱は民を慈しむ事で抑えられた。五斗米道だが、この世界では医術を指す言葉で賊軍とは違った。だが張魯は余に逆らいおった。
ならば余としても遠慮はせぬ。漢中での反乱は断固とした処置で鎮圧した。
余は前世と違い、漢中を掌握した。運命を変えられる事を確信し、余は最高に嬉しかった。
荊州の黄忠や魏延と言った剛の者を家臣に招き入れた結果じゃ。
劉備が荊州入りをする前に人材を確保する。余は張魯に声をかけた。
「張魯よ、余に力を貸して貰えぬか。余はお前の民を思う心を買っておる。余には民を守る義務がある」
余の提案は意外な物であったのじゃろう。周囲からざわめき声が起きた。
「私を許すと申されるのですか」
張魯は痛みに歪む顔を上げて余に問う。
「そうじゃ。多くの民を救う為、余にお前の力を貸せ」
張魯は涙を流していた。首輪が着くとは言え、放免を許されたのだ。
余は李厳に合図をした。
「公祺!」
張魯の母と弟が現れて駆け寄って行った。麗しい家族愛じゃ。
「母上……」
余は張魯に家族と仲間の赦免を伝えた。家族を大切に思うなら裏切る事も無いじゃろう。
家族の愛はきらきらと煌めき尊い物で、最強の武器にもなるのじゃ。
× × ×
余は時折、眠れぬ夜があった。妻や側室の肌を抱くだけでは劉備への殺意に耐えられん。
あまりの憎しみに余はその場にあった枕を剣で切り裂いた。この枕の様に必ず捕らえて八つ裂きにして殺してくれる。
劉備を初め、逆臣を全て討てば漢の世界はまた平和に成るはずだ。それこそ宗室の務めであろう。
まずは諸悪の根元である十従侍や宦官の排除だ。
黄巾の乱の後、皆殺しにする機会がある。しかしそれまで放っておけば漢が危ない。だから劉備の様な成り上がり者が現れるのじゃ。
ゆっくり熟睡出来る日々の為に、余は前菜を片付けるとしよう。黄巾賊首魁の張角を討つ。
それが余の覚悟じゃ。
翌朝、枕の残骸を見た劉巴に叱られた。これも劉備が悪いのじゃ!