世界最強の人類になっていた件について   作:矢野優斗

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原作までが遠い……


死仙の狂躁
死仙の狂躁Ⅰ


 仙月 始日

 

 

 初めまして、俺の名前は(さい)京矢(きょうや)。そこ、変な名前とか言わない。文句があるのなら名付け親に言ってくれ。俺が望んだ訳じゃないんだから。まあ嫌いではないし、どちらかと言えば気に入ってるんだけどね。

 

五歳の誕生日を迎え、母親兼師父に紙と筆記具を貰えたので今日から日記をつけようと思う。紙が和紙で筆記具が毛筆と墨と硯なのは気にしない。何事も慣れだよね。

 

 唐突にカミングアウトするが、俺は転生をした。前世の記憶を保持したまま新たな生を授かる、俗に言う輪廻転生だ。ただし俺の場合一般的な輪廻転生を逸脱しているが。いやそもそも輪廻転生が一般的なのもどうかと思うけど、そこは横に置いて。

 

 俺はラノベや二次創作界隈で使い古された前世の記憶を保持したまま、元いた世界とは違う別世界へと生まれ変わった。ただしどこの世界かは知らない。

 

 まあ多分、というか十中八九バトルファンタジーの世界だと思う。何せうちの母親こと師父がモノホンの仙人だから。氣とか縮地とか素手で岩石砕いたりとか平然とやってのけるし。武術系ファンタジーとか、史上最強で弟子な感じの世界だよ、きっと。

 

 というわけで、記念すべき五歳の誕生日を契機に、師父による仙人に至るための修行が始まった。と言ってもいきなり実践が始まるわけもなく、丁寧に基本的な座学から。

 

 まずは身近なところで師父、仙人とは何かについて。

 

 仙人とは端的に言えば人の身のまま不老不死の領域へと踏み込んだキチガイ、もとい超越者。過酷な修行の末に人間のまま極致へと至った存在。しかもその根本的な肉体の構造などは一般人と変わりはないという。人間辞めてるのに人間辞めてないという矛盾の権化と言ってもいいかもしれない。

 

 つまり妙齢の女性の姿である師父も、その実は云百歳とかの中身年寄り──

 

 

 

 仙月 翌日

 

 

 どういうわけか昨日は日記をつけている途中に寝落ちしてしまった。久方ぶりの勉強で自分でも気づかないうちに疲労が溜まっていたのかもしれない。でも意識が落ちる直前、凄まじい悪寒を感じたような気がするのだが、あれは一体何だったのだろうか。

 

 さて気を取り直して、今日も昨日に引き続き座学である。

 

 俺と師父の二人が暮らす、というか二人しかいないこの地。師父曰く仙境。現実世界とは次元を異にする神秘に溢れた聖地であり、此処に至れるのは仙人と千年に一人あるかないかの確率で流れ着く人間だけ。師父は前者、俺は後者で流れ着いたところを師父に拾われた。

 

 ちなみに過去にどれだけの仙人がこの地に辿り着いたのか尋ねてみると、意外に結構多かった。ならその人たちは今どこにいるのか訊くと師父は複雑な表情で「何れ話す時が来る」とだけ言った。

 

 何やら事情があるらしい。まあ他に誰かいようといまいとぶっちゃけどうでもいいのだが。

 

 

 

 仙月 行日

 

 

 一週間の座学を終え、遂に本格的な修行が始動した。

 

 ぶっちゃけて言おう。うちの師父に弟子育成能力は欠片もない。ないったらない。どこの世界に基礎的な身体能力を底上げするために五歳児を化生が跳梁跋扈する樹海に放り込む師匠がいる? こんなのスパルタ通り越して死ねと言ってるようなものだ。座学の丁寧さはどこへ行ってしまったのよ。

 

 しかし文句を言ったところで状況が好転するわけでもない。師父は宣告通り俺が死ぬ一歩手前にまで陥るか一ヶ月生き延びるかしない限り出てこないだろう。つまり俺は一ヶ月もの期間をたった一人で生きねばならないのだ。

 

 大変とかいうレベルじゃないが、やるしかない。手始めにまずは水と食料、それと寝床の確保をしよう。でないとサバイバル始まって数日とせず飢えで倒れてしまう。そんな情けない結果を出して師父に失望されるのは、嫌だ。

 

 とりあえず、今の俺にできることを頑張ろう。

 

 

 

 仙月 凶日

 

 

 死ぬかと思った……。サバイバル生活三日目にして修行と俺の人生が終わりを迎えるところだった。

 

 仙境には俺と師父以外に人間はいない(・・・・・・)。しかし動物の類はいる。ただしそのどれもが前世の常識を大幅に逸脱した化け物になっているが。

 

 あんなの鹿じゃないよ。どこの世界に虚空を蹴って角で人間を刺殺しようとする鹿がいるんだ。あと数瞬躱すのが遅れていたら串刺しになっていたぞ。命辛々生き延びたけども。

 

 しかしこうなると迂闊に動物へ接近するのは控えたほうがいいな。幸い食料は木の実で事足りている。無理に狩りをする必要性はないので考えるべきは如何にして化け物と遭遇しないかだ。

 

 

 

 仙月 隠日

 

 

 樹海に放り込まれてから二週間が経った。現状報告、まだ生きてます。

 

 この歳になって鬼ごっこと隠れんぼをする羽目になるとは思わなかった。まあ肉体年齢的にはむしろ同年代と無邪気に走り回っていたほうが何ら違和感ないのだが、相手が人間でないうえ命の危機を伴う遊びなんてしたくないわ。これが俗に言うリアル鬼ごっこか……。

 

 俺のリアルラックが低いのか単に間が悪かったのか、ここ数日は純白の大虎や金色に輝く怪鳥やらに追い回されて大変だった。おかげで苦労して作った寝床は破壊されるし、まともに眠ることもできず踏んだり蹴ったりだ。

 

 ただ命がけの鬼ごっこは昨日を境に隠れんぼになった。理由は定かではないが、どうにも連中俺の姿を度々見失っているようなのだ。すぐ近くの茂みの中に隠れていても気づかない。さすがに身動ぎすると草木の音でばれてしまうが、じっとしていれば余程のことがない限りやり過ごせるようになっていた。

 

 もしや俺は隠れんぼの天才だったのか?

 

 

 

 仙月 敵日

 

 

 今日、俺は第二の人生において初めてのライバルにして不倶戴天の敵を認めた。相手は有り体に言えば猿だ。ただしゴリラ並みの体格に加えてバッタみたいにぴょんぴょん跳ねるうえ、俺の隠伏を見破る能力を持った化け物である。

 

 事の発端はいつものように食料である木の実を集めていた時。瑞々しい桃が実っている木を発見し、ほくほく顏でもぎ取ろうとしたその時だった。

 

 背後から殺気! 俺は本能が鳴らす警鐘に従ってその場から飛び退いた。その直後、俺のいた場所にどこからともなくそいつは降り立った。

 

 毛は完全な白、体格はゴリラ同等。しかしどうしてか相対した瞬間、こいつはゴリラではなく猿だと直感した。その証拠に奴の目には畜生にはない明確な理性の光が宿っていたから。

 

 こいつはそんじょそこらの猿とは違う。一瞬の油断が命取りとなる。そう悟った俺は全神経を尖らせ、例によっていつもの如く逃走の準備をした。

 

 しかし奴は俺に一瞥くれると嘲笑するように鼻を鳴らし、次いで興味などないと言わんばかりに無視。目前に実る大量の桃に向き直ると残像が残る程の速さで実っていた桃を完食してしまった。

 

 目にも写らぬ早業。桃を食べるためだけに繰り出された無駄に洗練された無駄な動き。それでいて既存の生物の限界を嘲笑うかのような変態機動に俺は開いた口が塞がらなかった。

 

 そんな俺に猿は去り際に渾身のドヤ顔。

 

 猿超UZEeeee! 何だあの見下すような顔は、凄まじく腹が立ったぞ。というか俺が先に見つけた桃を全部食いやがった。ご丁寧に果汁一滴、種一粒残さず完食である。おのれ猿の分際でよくもぉ……!

 

 ここで終わりだったなら、奴は俺の宿敵ではなくただのウザい猿止まりだった。だが奴はあろうことか、俺が食料を見つけるとその悉くにおいて現れては全て横取りしていったのだ。去り際のドヤ顔も忘れず。

 

 これにはキレたね。いくら心が菩薩で寛大な俺であってもこれには我慢の限界だった。全然寛大じゃないって? 腹が減って腹が減って極限状態に陥っている時にやっとのことで見つけた食べ物を目の前で掻っ攫われてみろ。食べ物の恨みは怖いんだぞ。

 

 とにかく、俺は奴を打倒すべき敵と定めた。修行が終わるまで二週間もないが、何が何でも奴を倒す。そして地に伏せる奴の前で見せびらかしながら桃を食べてやるのだ。

 

 

 

 仙月 鍛日

 

 

 倒すべき敵と明確な目標を得た俺の一日の過ごし方は激変した。

 

 これまでのただ生き延びるために食料と水を探し、化け物共に見つからないよう隠れている日々ではない。ただ奴を打ち倒すため、寝食さえ惜しんで鍛錬に打ち込んだ。

 

 桃を食べた時の動き。俺にはあの時の奴の動きが殆ど見えなかった。唯一目視出来たのはあとに残る像と軌跡だけ。今の俺に奴の超人的な動きを捉えることは愚か、見切ることすら不可能だ。

 

 ならばまず必要なのは疾さ。速さではない、もっと根源的なスピードが要る。幸い目指すべきものは前もって知っている。以前、師父が見せてくれた縮地。あの領域に届かなくともその手前まで至れば猿を打倒することくらいはできるはずだ。

 

 問題は如何にして縮地を会得するか。師父に教えを請うことはできない。俺の置かれている状況を把握していたとしても、あの人は本当にどうしようもない事態に陥らない限り手出ししないだろう。そういう人だ。

 

 ならば話は早い。師父ではなく別の人間を参考にすればいいだけだ。

 

 俺は転生者だ。それも漫画やアニメに小説と、サブカルチャーに富んだ国出身の転生者である。その手の知識は中学二年の頃に嗜んでいる。

 

 縮地を扱うものでざっと思い浮かぶのはおき太さん、愛のゴーヤ戦士、神殺し中華美少女、最強の修羅、小学生教師の世界の住人等々。参考にする相手は多くいる。

 

 彼らの領域にこの短い期間で到達しようなどとは考えない。ただ彼らの背を目指して駆け抜ければ何れあの猿に辿り着き、追い抜ける。それだけは間違いない。

 

 歩くべき道も定まった。後は只管鍛錬あるのみだ。

 

 

 

 仙月 錬日

 

 

 ただ速く走ればいいんじゃない。一歩一歩に全神経を注ぎ込み、距離を縮めろ。距離の概念を踏み超えるんだ。

 

 

 

 仙月 縮日

 

 

 ほんの少し、本当に僅かであるが縮地っぽいものができた。と言っても距離にして凡そ十メートル程度を一歩で移動しただけなのだが、それでも進歩は進歩。この感覚を忘れないよう鍛錬を続けよう。

 

 余談だが、鍛錬中に鹿が襲いかかってきた。何だか分からないけどとりあえず拳一発で瞬殺してその後は美味しく頂きました。ふと気づいたけど、この修行始まって以来初めて肉を食べた気がする。まあいっか。

 

 

 

 仙月 地日

 

 

 どうして俺は気づかなかったのだろうか。師父でも記憶の中の人外達でもない、もっと近くにいた縮地の使い手に。厳密には縮地ではないのかもしれないが。

 

 サバイバル生活三日目に俺を角で串刺しにしようとし、昨日鍛錬の邪魔をしてきたので美味しく頂いたあの鹿。記憶違いでなければあの鹿は虚空を蹴って移動していた。それはある種の縮地ではないだろうか。なまじ違ったとしても参考にはなるはず。

 

 という訳で俺は覚えたての縮地っぽいものを駆使しながら鹿を探した。途中、以前俺を追いかけ回してくれた虎と鳥に遭遇したが縮地で撥ね飛ばした。あいつら、こんなに遅かったっけ?

 

 樹海を駆け回ること半日。これだけ探してやっと一匹だけ見つけた。もしかしてあの鹿は希少な種だったりしたのかな。だとしたら昨日の鹿を食べたのは拙かったかもしれない。後で師父に怒られたりしないよな?

 

 一抹の不安を抱えながらも鹿の観察に移った。どうやらその時は食事時だったらしく、俺の存在に気づくことなく呑気に草を食んでいる。やがて食事を終えると鹿は欠伸のように一鳴きするとポカポカ陽気の降り注ぐ草地の上で眠り始めた。

 

 おい、ちょっと待てと。折角半日必死こいて探し回ったのにこのタイミングでお昼寝とかふざけるな。食後すぐに寝ると身体によくないよ? 牛さんになっちゃうよ? 太りたくないあなたに、私は食後の運動を勧める、ってかしろ。

 

 などと念を送るも夢の世界には届かず、気が引けるものの強硬手段に出ることにした。何をしたって? 掌サイズの小石を鹿の近くの地面にぶん投げて叩き起こしただけですよ。着弾したあたりの地面がちょっと抉れてたけど、直接当ててないからセーフね。

 

 寝込みを襲撃された鹿は驚愕と恐怖に文字通り飛び起き、一も二もなくその場から全力で逃げ始める。その際に俺が待ち望んでいた縮地らしきものを行使しながら。

 

 来た、これで勝つる! 俺は一目散に逃げる鹿の後を全力で追いかけながら、時に小石を投擲してケツを蹴り上げ、その一挙一動の全てを注視した。動物虐待? あっちも俺を殺そうとした前科があるんだもの、責められる謂れはない。この鹿があの時の鹿とは限らないけども。

 

 その後、俺は鹿が疲れ果てて倒れるまで追いかけっこを続けた。力尽きた鹿に関しては感謝を表して体力が戻るまで餌を与えて護衛をしておいた。さすがに食わんよ。俺は外道ではないもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 氣月 戦日

 

 

 今日でサバイバル生活in樹海が終わる。俺はこれより奴に挑む心算だ。

 

 鹿の動きを観察したことで縮地の練度は上がったものの、未だ完成には程遠い。現段階で奴に届くかどうかは五分もない。二割三割あるかないかだ。正直勝てるとは思えない。

 

 だがそれでも、俺は挑む。そして打ち勝つ。最初から諦めていては勝機など到底掴みようがない。

 

 食べ物の恨みは勿論ある。だがそれ以上に俺の業がどこまで通用するのか試してみたい。短くも濃密な鍛錬の成果をぶつけたい。その結果敗けたのであれば本望。何度でもリベンジしてやる。

 

 まあ勝った敗けたなんて先の話は後だ。今はただ奴を倒すことだけを考え、偶々手に入れた桃を食べて英気を養おう。

 

 待っていろよ猿。その間抜け面を吠え面に変えてやる──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神秘が溢れる仙境の地に広がる樹海。一口口に含めば不治の病すら治す桃が生り、一端とはいえ仙術──縮地や気功など──を使う化け物が跳梁跋扈する人外魔境。

 

 その一画、不自然に開けた地形の中央で二つの影が地に伏せて倒れていた。

 

 一つは白い毛並みの獣。猿と称するには大きすぎるが、しかし大猩猩(ゴリラ)と呼ぶには些か違和感を覚える。どこか人間臭い面差しの類人猿だ。

 

 その向かいに倒れているのは黒髪の幼き少年──京矢。四肢の欠損こそないが全身ズタボロ、満身創痍の姿で地に伏せている。その表情は、笑み。

 

 ここで繰り広げられたのは五歳児と白猿による、尋常の域を逸脱した戦い。その結果として、一人と一匹は最終的に仲良く大地へ倒れることとなった。

 

 勝敗は引き分け──ではない。

 

 倒れていた白猿が何事もなかったかのように跳ね起きる。凝り固まった筋肉を解すように身体を伸ばし、そして目の前で達成感に満ちた表情で眠る少年を見下ろす。

 

「──まさかお主がちょっかいを出すとは思わなかったぞ」

 

 どこからともなく女の声が響いた。

 

 丁度京矢の傍ら。大気が歪み空間から滲み出るように白髪の女が現れた。

 

 すらりと背の高い妙齢の女性だ。顔立ちは非常に整っており、きりりと細められた怜悧な目が印象的である。服装は白を基調とした道士服で、それのせいか奇妙な妖しさを感じられた。

 

 彼女こそが京矢の仰ぐ師父であり、この地に流れ着いた少年を拾い育てた母親だ。

 

「一体どういう風の吹き回しだ?」

 

 呆れたような、それでいて微かに喜色を滲ませた声音で問う。白猿は答えない。ただ少年と師父を交互に見やったのち、無言でその場から姿を消した。

 

 しばし白猿の居なくなった空間を眺め、師父は一つ溜め息を吐くと足元で眠る己が息子であり弟子である少年に目を向ける。

 

「まさか彼奴に一撃入れるとはな。縮地擬きといい、主は儂の予想を尽く凌駕してくれる」

 

 言葉とは裏腹に嬉しそうな口調で師父は首を巡らす。

 

 樹海の只中に不自然に開けた空間。ここは本来ならば草木が生い茂る樹海の一部であった。

 

 しかし少年と白猿が争いの最中、時に足場にして時に進路の邪魔になるからと薙ぎ倒した結果、木々はその大半が折れて吹き飛び、雑草の類は強烈な踏み込みによって磨り潰された。五歳の少年と獣が戦った余波だけで狭いながらも環境が変わったのだ。並大抵のことではない。

 

「全く、あまり儂を期待させてくれるなよ」

 

 そう呟いた横顔は、複雑に歪んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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