世界最強の人類になっていた件について   作:矢野優斗

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ストックが尽いたのでこれ以降は不定期になります。
それとタグの神様転生ですが、外してただの転生に変えたいと思います。それに伴って内容の一部編集をしますのであしからず。


咎神の方舟Ⅵ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────止められる。

 

 

 時の流れが、肉体の動きが、精神の脈動が、一切合切例外なく時限の牢獄へ囚われていく。

 

 何もかもが世界ごと凍りつく。未知の感覚であり、世界から己が切り離されてしまうような疎外感に身が震える。しかしその震えさえもじきに停止させられてしまう。それこそが永劫の時を生きる真祖が望んだ世界だ。

 

 

 ────逃れなければならない。

 

 

 牢獄が閉じたら最期、京矢に抵抗する術はなくなる。為す術もないまま第二真祖の眷獣、視線を浴びせた生命無機物関係なく滅ぼす魔眼によって魂ごと滅ぼされてしまうだろう。彼の者の魔眼には不老不死すらも滅ぼす力が秘められているから。

 

 しかし第二真祖の魔眼から逃れるには遅すぎた。京矢の肉体は既に八割方停止世界に囚われている。その状態から時限の牢獄を破るのはほぼ不可能(・・・・・)。精々出来て一歩踏み出すことだけだ。

 

 

 ────一歩踏み出せるなら十分だ。

 

 

 京矢には時空すら超える縮地がある。更にそこから発展させた力業、時間操作。これならば時間停止の牢獄も破れるだろう。但し払う代償(リスク)は小さくない。行使すれば向こう数年、最悪十年近くは仙境に籠って白猿の世話になることは確実だ。

 

 だが、これ以外に対抗策がないのも事実。二度と使うものかと誓っていたが、数少ない友の為とあらば死地へも踏み込もう。それだけの覚悟を掛ける価値があるのだ。

 

 思考は一瞬。僅かな逡巡を終えて京矢は止まりつつある肉体を強引に動かし、象の歩みにも劣る程に遅々とした一歩を踏み出す。

 

「無駄な足掻き。停滞する世界に人間が抗うなど不可能」

 

 端的に第二真祖が現実を淡々と告げる。そこには己が魔眼に対する絶対の自信と、微かな絶望の響きがあった。

 

 視界に捉えたものの世界を止める、時間停止などという無茶苦茶な能力を有する眷獣。それに第二真祖自身思うところがあるのかは定かでないが、京矢には関係ない。勝手に感傷に浸ってろ、その間にぶん殴ってやるというのが京矢の思いだ。

 

 

 ────止まる、止まる、生命の鼓動が止まる。あと数秒もすれば京矢の世界は完全に停止してしまう。

 

 

 だがその前に、力の限り送り出した京矢の一歩が地面を確と踏み締める。その一歩が止まろうとする時に反逆の牙を突き立てた────

 

 

 

「────時よ流れろ。諸行無常の響きこそ人間(我ら)の真理なりや」

 

 

 

 流れ出すは時間の理。本来ならば生きとし生けるもの全てが逃れることの出来得ない時間の流れ。閉じようとする時限の牢獄を押し返し、仙人は自由を得んとする。

 

「馬鹿な、人の身で時間操作など……」

 

 驚愕の声を洩らしたのは第二真祖。時の流れを塞き止めていたはずの堤防が、今まさに押し返され破られようとしている。他ならぬ人間にだ。それは有り得ない、到底信じられないこと。

 

 しかし現実に京矢を中心に時が溢れ出すように流出している。それは加速でもなければ遅延でもない、通常通りの時の流れでしかない。だが現状において時が流れていることが何よりも重要であった。

 

 時を止める力と時を流す力。二つの次元を超えた文字通り時限の領域の鬩ぎ合いはやがて決着を迎える。

 

 周囲一帯の時の流れを狂わせる程の力の押し合い圧し合いは互いに対消滅する結果に終わる。しかし状況だけを見れば第二真祖の時間停止は失敗、京矢は時限の牢獄に囚われることなく無事だ。それを思えば京矢の勝ちと言っても過言ではないだろう。

 

 そしてこれだけで終わる程、京矢は甘くもない。

 

 押し負けて呆然と立ち尽くす第二真祖の眼前に京矢が現れる。拳を構え、コンクリートが罅割れる程に鋭く踏み込み、放つは最強の奥義。

 

 

「最終奥義────人殺死拳」

 

 

 三百年という長い月日を掛けて編み出した最強の一。それは狙い過たず確実に第二真祖に肉体を捉えた、はずだった。

 

「ちっ……霧か」

 

 拳から伝わってきた妙に軽い手応えに京矢は眉を顰める。人間であれば確実に死に絶え、吸血鬼であっても戦闘不能の瀕死に追いやる一撃だった。しかし件の第二真祖は京矢から離れた位置に無事とは言い難いが両の足で立って現出した。

 

「有り得ない。時間操作も異常だが、霧化した吸血鬼を殴るなんて可笑しい」

 

 血の塊と共に理不尽を吐き出す第二真祖。見た目以上に内部のダメージは大きいらしく、よく見れば膝も震えている。霧化が間に合わなかったのか、それとも霧化しても受け流せなかったのか。台詞を思えば恐らく後者なのだろう。

 

 第二真祖の両隣に他二名も現れる。あのまま突っ立ていれば第二真祖の二の舞になっていたのは確実なのでその判断は間違っていないだろう。

 

「ふふふふ……人の身でありながら時の流れを冒涜する。これ以上になく貴様は(ワタシ)を興じさせてくれるな」

 

「…………」

 

 心底愉しげに笑うジャーダとより一層京矢を警戒する第一真祖。三名とも抱く感情は違えど京矢を見る目はもはや人間に向けるソレではない。

 

 向けられる不躾かつ失礼極まりない視線に辟易して、しかし最近カインとアヴローラから向けられるものと同じであると思い至って軽く凹む。が、いつまでも気を抜いているわけにはいかない。

 

「奥の手も出したんだ。大盤振る舞いした以上、もう出し惜しみはしない」

 

 そう言って構える京矢。禁忌を犯した以上後日に反動で悶え苦しむのは確定事項。ならばもう躊躇う必要はない。ここに至って遂に京矢は自重を捨てた。

 

「────往くぞ」

 

 真祖三名VS不老不死の仙人。加減なしの第二ラウンド、デスマッチが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元は超高層ビルが居並ぶ大都市もかくやの景観であった。しかし巻き起こった戦闘の余波によってビルは悉くか倒壊。周囲は堆く積み上がった瓦礫の山に埋め尽くされ、燃え広がる紅蓮の炎によって地獄もかくやの惨状を晒している。

 

 瓦礫の山の中でも一際高い頂きに少女がいた。揺らめく焔のように色を変える金の御髪を持つ吸血鬼の少女。

 

 少女は己が手にある漆黒の槍を見下ろし、愕然とした表情で身を震わす。少女の足元には四肢の殆どを欠損し、ピクリとも動かない男がいた。

 

「あ、ああ……」

 

 震えが大きくなり少女の喉が嗚咽にも似た声を発する。声は大きくなり“方舟”の隅々まで響き渡る程の慟哭となった。

 

 悲嘆に塗れた声音で泣き叫ぶ。しかし応えるものは誰もいない。ただただ虚しく少女の声は黄昏に染まる空へと吸い込まれていく。

 

 やがて少女の慟哭に憤怒の色が混じり始める。悲しみは怒りに塗り潰され、少女を復讐の鬼へと変える。大切な者を奪わされた事への怨嗟が少女を本当の意味で吸血()へと変えた。

 

 少女の背から黒々とした十二の翼が生え立つ。それらは一つ一つが天変地異すら引き起こしかねない莫大な魔力を秘めた黒翼。少女は翼を広げ、その瞳に滾る憎悪を宿して瓦礫の山を飛び立つ。己に呪いを掛けた神々への報復が為に────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女が飛び去った後、瓦礫の世界と化した“方舟”の中心を起点に、真紅の波動が放たれた。波動は水面に落ちた水滴が起こす波紋のように何処までも広がり、やがて惑星全土を覆う。

 

 それは平和を望んだ神が最期の力を振り絞って発動させた“聖殲”。不老不死の枷から解き放ち神々を魔族へと堕とす大魔術。後の世に語られる魔族大虐殺を引き起こした切っ掛けであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟々と燃え盛る焔の海に囲まれた瓦礫の山。その頂きにカインは無造作に横たわっていた。

 

 四肢の欠損、全身ズタボロ、そして何より不老不死である神の身の根幹を為していた芯が砕かれてしまっている。今のカインの肉体は緩やかでありながらも確実に死へと向かっていた。

 

 しかしそれでもなお彼はまだ生きている。

 

 横たわるカインの傍に音もなく全身血塗れの道士服が現れる。カインの数少ない友であり、心の底から互いの理想を実現する為に友に歩んで来た同士、京矢だった。

 

 京矢はカインの惨状を見て目を剥き、ややあってから諦観にも似た苦笑を漏らす。

 

「随分とこっ酷くやられたな。流石のカインも反抗期な娘の相手は荷が重かったってか?」

 

「言ってくれるね、京矢……君もかなり痛々しい様子だけど?」

 

「あぁ……まあな」

 

 疲れたように笑う京矢。その脇腹には腕の太さ程の風穴が開いていた。

 

「なんとか連中を撃退することはできたが、最後に痛いのを貰ってな。ジャーダとか言ったっけ、人の腹を笑いながら打ち抜くってどうなのよ、マジで」

 

 脳裏に浮かぶ女豹のような女の笑みに身を震わす京矢。その様子がどこか可笑しくて、己の有り様も忘れてカインが笑みを零す。

 

 お互い満身創痍、加えてカインに至ってはゆっくりとながら死へと歩みを進めている。しかし二人の間には一見すると悲嘆や憤怒などの感情は見当たらない。むしろ今までの付き合いの中で一番落ち着いているかもしれない。

 

 そんな風に振る舞えるのは二人とも悟っているからだ。これが今生の別れになる事を。故に二人が取り乱すことはない。粛々と来たる終わりまでの短い時間を有意義なものにしようとするのだ。

 

「……“聖殲”を使った」

 

 不意に話を切り出したカインに京矢は頷きを返す。

 

「ああ、知ってる。見えたからな。ついでにグレンダが飛んでったのも見えた」

 

「グレンダには僕の全てを託して眠るように言い含めたよ。今頃どこか居眠りに丁度良い場所を見つけてるんじゃないのかな」

 

「さいですか」

 

 奔放な鋼色の少女を思い出して乾いた笑みを浮かべ、京矢はカインの傍に腰を下ろした。

 

 暫し無言の時間が続き、口火を切ったのはやはりカインだった。

 

「戦争が起こるよ。嘗てない規模の、惑星全土を巻き込んだ大戦だ」

 

「だろうな」

 

 神々が殺害可能な魔族の身へと墜ちた以上、人間たちも兵器さえ持てば彼らを殺せる。神々に対して並々ならぬ憎悪を持つ人間はここぞとばかりに戦争に乗り出すだろう。そこにはきっと、二人にとって大切な友人であり娘同然の少女の姿もあるはずだ。

 

「僕は独り善がりだった。神々に認められず、異境(ノド)の地へ飛ばされて、現世に帰ってきても変わってない。理想を押し付けるだけ押し付けて、最期にはこの有り様だ。全く以って無様だね」

 

「……そんなことないだろ。お前は独り善がりなんかじゃない。現にここに俺がいるだろ」

 

 自虐するカインに京矢が少し不機嫌になりながら言った。

 

「別にカインの理想は間違ってなんかないんだよ。ただちょっとやり方を間違えただけだ。俺もお前も……」

 

「間違えた、か……そうだね、間違えてしまったんだね」

 

 あはは、と弱々しくカインは笑う。その笑みが緩やかに穏やかなものへと変わった。

 

「神々は魔族へと墜ち、世界は大戦の渦に巻き込まれる。その大戦はもしかしたら種族すら滅ぼしてしまうかもしれない。でも、何れ終わりが訪れる」

 

 徐々に光を失いつつある目でカインは空を見上げた。黄昏に染まる美しい空だ。

 

「理不尽に戦争が続くことはもうない。決して戦乱がこの世からなくなることもない。それでも何時かは平和が訪れると僕は信じたい」

 

「そうか……そうだな。必ず平和になるだろうさ」

 

 こことは違う、魔族も神も存在しない世界出身の京矢だからこそ断言できる。完全に世界から戦争がなくなることはなくとも、平和は存在する。その結果を既に京矢は知っているから。

 

 時間は掛かるだろう。それこそ世紀単位、千年単位の時間が必要になるかもしれない。それでも、カインの夢見た理想は必ず実現される。否、実現してみせる(・・・・・・・)

 

「そろそろ此処を離れたほうがいい。もうじき“方舟”は異境へと旅立つ」

 

「なんだ、起動してたのか」

 

 てっきりアヴローラによってプログラムの起動を邪魔されていたと思っていた京矢。しかしカインは案外抜け目のない腹黒。こうして倒れている時か、或いは戦闘の最中にプログラムを起動していたのだろう。

 

「まさかこんな豪勢な“方舟”が棺桶なんて、僕は贅沢だなぁ」

 

「お前はアホか……」

 

 呆れ混じり京矢が突っ込む。しかしそれに返事をする気力ももう尽きたのかカインからの反応はない。ただ一言、譫言のように呟いた。

 

 

「────京矢と出会えて良かったよ……」

 

 

 それを最後にカインの命の灯火は完全に潰えた。

 

「……男に言われても嬉しかねえっての」

 

 僅かに開かれたままの瞼を丁寧に下ろして京矢は立ち上がる。そして次の瞬間にはその姿が搔き消えるようになくなった。

 

 

 “方舟”が震える。創造者の死を悼み悲しんでいるようにも、初の航海に歓喜しているようにも見える。

 

 乗組員はカインただ一人。平和を夢見た一人の神を乗せ、“方舟”は異境の地へと旅立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて戦争が始まる。

 

 魔族へ墜ちた神々への復讐。全人類による魔族の大虐殺。皮肉にも神々は自らが与えた兵器(玩具)と“方舟”から盗み出された数々の魔具によってその大半を滅ぼし尽くされる。

 

 結果的に言えば、神々の取った選択肢は自らを滅ぼす結果を間接的に招いてしまった。

 

 だが戦争の真実が語られることはない。“方舟”での戦いも歴史の闇に葬られ、全ての咎は“聖殲”を発動させたカインに向けられて戦争は徐々に終息へと向かう。都合十年以上もの時を掛けて世界大戦は終わりを迎えたのだった。

 

 後に語られる神話の一節に加えられる大戦。その名はカインが発動させた魔術から取って“聖殲”。その中の一幕に、世界最強の吸血鬼の末路もあったはずだったが、それもまた歴史の闇へと呑まれて消えていった。

 

 

 

 

 そして時は流れ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遂に目覚めたか……」

 

 水平線から昇る朝日に照らされる崩壊した遺跡を見下ろして、白髪の道士服の青年はしみじみと呟いた。

 

 所々から黒煙を立ち昇らせる地下墳墓。調査団曰く“妖精の柩”。“聖殲”前後に作られたと考えられている遺跡。歴史的にも文化的にも非常に貴重な遺跡が崩壊して、中から数人の生き残りが運び出されている。

 

 下手人は“黒死皇派”なるテロリスト集団であったが、青年にとっては正直どうでもいい話であった。未だ争いがなくなっていない事は嘆かわしく思うも、今は二の次だ。

 

 青年が見つめているのは二人の少年少女。テロリストの襲撃から生き残った二人の兄妹だ。

 

「そうか、その子に憑いたか……」

 

 半透明の医療用カプセルに収容されて眠る巫女装束の少女を、青年は若干険の籠った眼差しで見つめる。そしてもう一人、兄の方には少し複雑そうな笑みを向けた。

 

「血の従者かぁ……まああいつが望んだならいいか」

 

 投げやりに言って青年は懐から最新機種のスマホを取り出す。道士服とスマホ、これ以上に違和感ありありの組み合わせはないだろう。

 

 しかし凄まじいギャップに反して青年のタップ速度はそこいらの若者と変わらない。慣れた手つきで履歴から通話相手を選び、耳にスマホを宛てがう。

 

「────ああ、もしもし、俺だ。予定を前倒しにしたいんだけど……はぁ、分かった。それでいいから頼む」

 

 話すにつれて青年の顔があからさまに歪んでいく。それ程までに通話相手が嫌いなのだろうか。

 

 短い通話を終えて青年は今一度二人の兄妹を一瞥し、そして最後に遥か彼方へと思いを馳せる。

 

「そろそろ向かうつもりだったけど、まさかこんな形で向かうとはなぁ……長生きしてみるもんだ」

 

 長生きなんてレベルではないのだが、青年は感慨深げに呟いて遺跡に背を向ける。そして数本歩いた所で青年の姿がまるで雲霞のように忽然と掻き消えた。

 

 後に残るのは青年がいたという足跡だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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