ちょっちシリアス。早く原作勢と会わせたい……。
狂月 凶日
日記を始めてから五年の月日が経ち、俺は十を迎えた。まあだから何だという訳でもない。そもそも師父には誕生日を祝うとかいう慣習がないから、俺にとって誕生日はただの節目でしかなかった。それよりももっと嬉しいことがある。
俺氏、縮地で次元跳躍の領域へ遂に至った……!
五年、五年である。五年もの歳月をただただ一つの奥義を完成させるために費やし、その努力が実を結んだのだ。もう狂喜乱舞したね。師父も我が事のように喜び褒めてくれたし。ちなみにあのボケ猿は知らん。追い抜いたあたりからあまり姿を見てないもの。まあどうでもいいよね。
え? まだ時空を超えてない? ナンノコトカナー、ボクシラナイ。
いや言い訳染みた言い分だけどさ、正直あれは無理よ無理。次元を超えるのだって五年掛かったんだよ。時間なんて一体何十年掛ければ超えられるか分かったもんじゃない。俺は次元跳躍で満足してるんです、これ以上の高望みはしません。
それより俺は他の奥義的なものを会得したい。ずっと縮地ばかりやってたからさ、今度はもっとこう派手で格好いいもの。必殺技的なものがいいです。
という訳で師父ー、何かそれっぽい必殺技教えてー。何でもするからさ!
この時、俺は前回の縮地と同じ軽い気持ちで師父に教授を願った。だが俺を迎えた師父から告げられたのは──
狂月 絶日
いつか、師父は言っていた。己には捨て切れぬ欲があると。その欲とは一体何なのか。その解が明かされた。
師父の捨てられぬ
過酷な修行を乗り越え人の身のまま人外の領域へと至った仙人。仙人は例外なく不老不死であり、如何なる手を用いても死を得ることは出来得ない。ただし仙人の更に先、解脱に至った場合は万象の始まりである大自然へと還る。
だがそれは人としての
解脱は師父の望む死ではない。彼女が望むは人のまま死ぬこと。不老不死である仙人には決して満たせぬ
何の前触れもなく師父の渇望を聞かされて俺は困惑した。当然だろう。いきなり死にたいんだと言われてどう反応しろと? それも相手が敬愛し親愛する人だ。肯定などできようもない。
だが展開は俺の想像の斜めを上をいった。
──京矢よ、どうか儂を殺してはくれまいか。
あろうことか師父は、俺に親を殺せと宣ったのだ。
巫山戯るな、そんなことできるわけがない。第二の人生の二人目の親で、腹を痛めて産んでくれた親でこそないが、人間なのに人間辞めている仙人ではあるが、それでも貴女は紛うことなき俺の母親なのだ。どんな理由があろうと、親殺しなんて許容出来得ない。
師父の願いに俺は感情的になりながらもそう返し、その場は逃げるように庵を飛び出した。そのまま当てもなく駆けずり回り、気づけば仙境において最も高い山の頂上に立っていた。
まさかこの歳になってガチ家出をするとは。まあ家出と言っても二人しかいない世界の中。悪いおじさんや不審者に襲われるような危険はないが。たとえ襲われたとしても返り討ちにするし。
そんなことよりも考えるべきは師父のこと。つい感情的に庵を飛び出してしまったが今思えば悪手だった。彼女の苦悩も何も聞こうとしないで一方的に突っ撥ねるのは余りにも稚拙に過ぎる。
でも、いきなりあんなこと言われたら誰だって怒るだろう。実の親同然に慕ってきた相手から殺してくれだなんて、そんなこと言われたら。
それ以上に怖かった。今日に至るまで慈愛に満ちていた瞳に浮かぶ、初めて見る狂気が。あの人らしくもない絶望と微かな希望に縋ろうとしている姿が。どうしようもなく怖かった。
ああ、なんだ。俺は逃げたのか。親を殺したくないだとか綺麗事を並べ立てて、その実彼女の狂おしいまでの渇望に怖気づいたのだ。
なんと情けないことか。こんなことでは師父に失望されるのは無論、見限られても文句は言えない。それは、やはりというか嫌だ。
ならば為すべきことは決まっている。そもそも俺は以前に誓っていたはずだ。彼女の欲を満たせるのが俺だけであるのならば、この身が尽き果てようとも叶えてみせると。それが彼女へ返せる唯一の親孝行だから。
決意を固め、腹を括った。これから俺はあの人の元へと戻り、最初にして最後の
狂月 弱日
散々悩んで最終的には格好つけて師父の欲を満たさんがために彼女に挑みかかったのだが、簡潔に結果を言おう。コンマ一秒と掛からず瞬殺された。
いや、ねえ? 色々息巻いて何やら恥ずかしい口上まで叩きつけた上で殴り掛かって、その結果がデコピン一発でノックアウトて。恥ずかし過ぎて悶死してしまいそうだ。
まあ現状で俺に師父を殺すなんてことは世界がひっくり返り仙境が崩壊しようと無理なのは承知している。昨日の無様は純粋に彼女への意思表明だ。貴女を必ず殺す、たとえどれだけの歳月が掛かろうと必ず。そういう感じの宣言である。だから負けても無問題。
それに意味も十分あった。あの師父が笑ったのだ。心の底から嬉しそうに、夢見る女の子のように可憐に。その笑顔のままデコピンをかましてきたけど。存外、彼女もまだまだ乙女な部分が残っていたらしい。それを見れただけで自分は満足です、はい。
さておふざけはこれぐらいにして、現実的な問題がある。如何にして師父を殺すかだ。
そもそもが不老不死である仙人をどう殺せと? 不老不死殺しの武器なんて便利な物は仙境の何処を探しても見つからないだろう。であれば実質的に考えて師父の欲を満たすのは無茶無謀を通り越して不可能である──普通ならば。
縮地の時と同様、俺の頭の中には莫大なサブカルチャー知識がある。その中には
なあに大丈夫だ。縮地を成功させている以上、他の業だって時間を掛ければ体得できなくはないはずだ。
ただここでまた問題が。その時間が俺にはないのである。何せ俺は不老不死ではないから。
寿命があり、肉体にも限界がある。そんな俺が存命の間に師父を殺すことは無理だ。師父を殺す前に俺が寿命でおっ死ぬのが関の山。
であれば、まず目指すべきは師父と同じ
故にちょっと複雑ではあるが師父の元へと不老不死の至り方を尋ねに赴いたのたが、返ってきたのはまたしても驚愕の事実。
「主はもう既に不老不死に至っておるぞ」
何それ俺知らない。一体全体どういうことなの?
何でも師父曰く、俺の肉体は無意識のうちに仙境に溢れる濃密な神秘を少しずつ取り込んで不老不死へと近づいていたらしい。マジか、全く気づかなかったぞ。
でも良く良く考えてみれば可笑しな話ではない。そもそもこの仙境は現世で仙人へと至った人間が辿り着く聖地、または世界の最果て。そこへ過程とか素っ飛ばして偶然にも流れ着いた俺は何にも染められていない真っさらな素体。必然、仙境の神秘をダイレクトに吸収することになる。
現世とは比べものにならない程の神秘を十年取り込み続ければ、そりゃ不老不死にもなるわ。むしろどうして今までそこに思い至らなかったのか。普通に桃とか鹿と食ってたし。俺って案外馬鹿?
ま、まあ取り敢えずこれで第一の障害は越えたのだ。師父と同様、俺も無限の時間を得た以上、焦る必要はない。
じゃあ早速修行に移ろう。まずは何から取り組もうか──
狂月 猿日
師父は強い。とにかく強い、滅茶苦茶強い。理不尽の権化と言っても過言ではないだろう。そんな相手を殺したらしめるには、まず最低限彼女と組み合えるだけの地力が必要だ。でないと業を放つどころか接近することすら儘ならない。
ならばまずは只管実戦あるのみ……と言いたいところなのだが残念ながら丁度良い相手がいない。師父? あれはダメだって、現段階では組手にすらならないし、経験値にもならない。実力の格差が大きすぎて意義がない。こういうのはなるべく実力が伯仲している相手がいいのだ。
だが仙境にそんな相手はいない……こともなかった。一人というか一匹だけ心当たりがあった。
ご存知あのハゲ猿のことだ。
奴は元仙人であり、解脱に至り自然に還りながらも仙人の頃の力を僅かに残している個体である。訓練の相手としては申し分ない。
問題は奴が俺なんかの修行に付き合ってくれるかだったが、これが意外にもあっちから組手の相手を買って出てくれた。意図も理由も分からない。今日ほど猿語を話せないことがもどかしいと思ったことはなかった。
何にせよ、相手を務めてくれのなら願ったり叶ったりだ。しかも相手はあの猿。手加減なんて要らないよね? 俺はまだ桃の恨みを忘れていないぞ。
女々しくも随分と昔の怨念を引き合いに出して、俺は猿と時間と肉体が許す限り拳を交わし続けた。
「──ごふッ!?」
しなやかな猿の肢体から放たれた蹴りが腹に減り込む。衝撃は諸に内臓を襲い、食道を遡って胃液を吐きそうになる。だが、
「ぐ、おらぁ!!」
これまでの闘争の中幾度となく殴られ、蹴られ、叩きのめされてきた京矢。今更この程度の蹴りでへばってなどいられない。胃液を飲み込み、気合と根性で猿の足を逆に蹴飛ばす。
京矢と白猿は弾かれたように間合いを取り、次いで目にも留まらぬ速さで拳を交わす。京矢の拳は技巧もなければ術理もない、お粗末な喧嘩殺法の域を出ていない。対して白猿は獣の荒っぽさが前面に出ているものの、かつて仙人であったことが窺える業があった。
素人の拳と玄人の拳。勝敗は火を見るより明らかで、殴り飛ばされたのは京矢であった。
「くぅ!?」
しかし京矢は即座に受け身を取って体勢を立て直す。その動きは見事なもので、衝撃の殆どを受け流しきっている。これこそが彼の求めた地力であり、白猿との組手の賜物。
京矢が求めたのは決して諦めぬ不退転の心と身体。不老不死を殺す業よりも何よりも、どれ程ボコボコにされようとも食らいつく強固な意思がなければ、己が師と仰ぐ人を殺すことなど万に一つ叶わない。
故にこそ京矢は死に物狂いで戦う。今まで不老不死で縮地が使えるだけだった一般人の感性を捨て去り、根本から己自身を戦士に変えていくがために。
「シッ!」
性懲りもなく再び拳を打ちつけ合う。その度に弾かれ手痛い一撃を貰うのは京矢だ。そんなことは分かり切っている。それでも京矢は我武者羅に拳を振るった。
泥臭い殴り合いの最中、京矢の胸中には以前からの疑問が浮かび上がっていた。この白猿は一体何者なのかと?
元仙人であることは知っている。ならば白猿は一体何を想い、何を考え、何のために己の組手の相手などしているのか。
言葉を介して意思を知ることはできない。相手は高い知能を有しているとはいえ猿に身を堕としている。人間の言語を繰ることは不可能だ。
ならば是非もない。残された最後の手段を以ってして意思の疎通を図るのみ。
古来より生きとし生けるものが続ける原始の対話。夕暮れの河川敷で男二人が交わす友情の育み。俗に言う
──だから続けよう。この身が師父の元に届くまで。お前の想い理解できるまで。
黒髪の少年と人間臭い白猿の語らいは続く。