世界最強の人類になっていた件について   作:矢野優斗

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今回は長い上かなり早足になってしまいました。


死仙の狂躁Ⅳ

 師月 準日

 

 

 白猿と組手とは名ばかりの泥臭い殴り合いを続けること数年。一体何が楽しゅうて猿と殴り合ってるのか分からなくなってきた今日この頃。本日も俺は壮健でございます。

 

 ここで一つ朗報。今日、俺は初めて白猿相手に白星をもぎ取った。結構な僅差であったが最後の最後に立っていたのは俺、文句なしの勝利だろう。

 

 白猿との鍛錬は認めたくないが俺の地力を確実に向上させてくれた。特に打たれ強さなどの精神面の成長。あとは参考程度に効率的な体捌きや基本的な体術など。戦うに際して最低限必要な土台は整えることができた。

 

 その一点に関しては感謝している。時間は掛かったし散々襤褸雑巾にされてきたが、それも水に流す……わけねえよバーカ! 積もり積もった積年の恨み、きっちり晴らさせて頂きました。

 

 具体的に何をしたかと言えば、倒れて動けない奴の前で見せつけるように桃を食べた。いつかの仕返しだ。

 

 動けず屈辱的な表情で見上げる奴の姿が堪らなく愉悦だった。今なら何処ぞの外道神父の気持ちが理解できる。なるほど確かに愉快だ。なんと耽美で心地いいのだろうか!

 

 ……はあ、みみっちいな、俺。

 

 本音を言うと白猿に対する恨み辛みなんて当の昔に薄れている。奴の前で桃を食べたのはあくまで通過儀礼。一つのケジメと区切り。それ以上でもそれ以下でもない。私怨が一片足りともないとは言わないが。

 

 幾千幾万と拳を交わし、ぶつかり合ったことで俺は白猿の想いを察することができた。あくまで察しただけで奴の心中を覗けたわけではない。だがそれだけで十分だった。

 

 白猿は師父の渇望を知っていたのだ。人のまま死にたいと、一人苦悩していたことを。

 

 別段可笑しな話でもない。白猿もまた仙人であったのだ。その頃に師父とそれなり以上に親交があり、直接聞いたか悟ったかしたのだろう。

 

 白猿が師父にどんな感情を抱いているかまでは知れなかったが、憎からず思ってはいるのだろう。だから今まで飽きもせず俺の鍛錬の相手を続けてくれた。偏に師父の渇望を叶えるため。全くもって迂遠な奴だよ。

 

 案外、あの猿が完全に自然へと還らなかったのは師父を心配してのことかもしれないな。なんて、俺には分からないけど。今度、杯でも酌み交わすのも悪くないかもしれない。

 

 

 

 師月 挑日

 

 

 いつもは夜に書く日記を、今日は早朝につけている。理由はただ一つ。これから師父に挑むからだ。

 

 デコピンで瞬殺されてから早数年。日々文字通り血の滲むような鍛錬をしてきた。その成果をぶつける。

 

 勝てるとは毛頭思っていない。これはあくまで現段階で何処まで通用するか確かめるための、謂わば確認作業。持てる力の全てを出し切ることだけを考えよう。

 

 あぁ、でも怖いなー。開幕ズドン! とかされないよな? ……師父ならやりかねないから笑えない。

 

 と、兎も角……頑張ろう。

 

 

 

 師月 敗日

 

 

 三日三晩生死の境を彷徨うこととなった。不老不死だから死ぬことはないんだけどね。でもガチで三途の河っぽいものを見た気がしたんだよ。それくらいに死ぬかと思ったとだけ明記しておこう。

 

 師父との決闘は予定調和的に俺の敗北で終わった。決まり手は下段の蹴り上げからの駄目押しの正拳突き。顎をかち上げられた時点で意識飛んでたのに追い打ちかけるとかうちの師父が容赦なさ過ぎて怖い……。

 

 だが以前のように開幕瞬殺された訳じゃない。今回はなんと三分! 三分も持ち堪えた! 凄くない?

 

 ……果たして俺が師父とまともに渡り合えるのは何百年後の話なのだろうか。まあ何百年だろうと何千年だろうと、それこそ一万年と二千年掛かってでも師父はこの手で必ず殺すけども。

 

 それに今回も師父の笑顔が見れたし、加えて俺が目を覚ますまで付きっ切りで看病までしてくれたので文句も不満もありません。むしろお釣りを払いたくなるレベル。

 

 冗談はさて置き、今日から業を体得するための修行に着手しようと思う。

 

 果たして記憶の中の猛者たちの奥義が通用するのか、そもそも彼らの業を俺が物にできるのか。甚だ疑問だが、何事もやってみなければ始まらない。

 

 というわけで手始めに“二重の極み”あたりから着手してみよう。

 

 

 

 

 

 

 二月 重日

 

 

 “二重の極み”。理屈としては一発殴った直後、刹那と間を開けずに二撃目を叩き込むことで対象を粉砕する奥義。喧嘩屋は拳でしか繰り出せていなかったが、本家本元は全身のどこでも放てる強力な破壊拳。

 

 理屈は知っていたし、無茶ではあるが別段複雑な理論があるわけでもなかったので修得を目指したのだが、存外時間が掛かった。まさか拳で放てるようになるのに五年も要するとは……。俺ってもしかして才能ない?

 

 ちょっと凹むが、修得できたのだからいいや。メソメソしてても始まらない。それよりも早速実践だ!

 

 

 

 

 そもそも拳を当てられなかった件について。泣いていいかな?

 

 しかも不発に終わったというのに師父は俺が繰り出した業を一発で見抜くと、その場でそっくりそのまま完璧に洗練された“二重の極み”を披露してくれやがりました。師父がマジでチート過ぎる。

 

 業の再現も大事だけど、まず師父に一撃入れられるようにならないとなぁ……。

 

 

 

 再月 現日

 

 

 師父に一撃入れることを目標に日々奮闘する傍ら、記憶の中にある猛者たちの業を修得せんと邁進している。毎日ボッコボコにされる事以外は比較的充実している日常だ。生傷が絶えないのは辛いです。

 

 業の再現状況で言えば今の所は順調か。一つの流派を極めるのに五年から十年かかるのが順調と言えるのかは首を捻らざるを得ないが。修得できている以上成長はしているのだろう。そう思いたい。

 

 取り敢えず昨日の時点で虚刀流はマスターした。次は無敵超人あたりの業に取り組んでみるか。

 

 

 

 氣月 功日

 

 

 史上最強で弟子な世界では気血というものがあった。肉体を硬化させたりする業なのだが、実は既にこれに似た業を身につけている。

 

 氣功術。体内を流れる氣脈を操り、氣を纏ったり放出したりする業だ。いつ体得したかと言えば、虚刀流を修得する際だ。だってそうしないと手刀で岩を真っ二つとか無理よ無理。こっちの手が逝かれるわ。

 

 既に気血の代替となる業を会得しているので修行は基本奥義修得を目的としたもの。ここまでくると、奥義をただ模倣するだけなら一週間もあればできるようになっている。元の身体スペックが底上げされてきているからだろう。

 

 ただし見た目の模倣でしかないので相手に与える効果や威力は空っぽ。ハリボテでしかない。その中身を埋めるために修行をする。

 

 取り敢えず一年で“数え抜き手”は完成させたい。

 

 

 

 

 魔月 差日

 

 

 不老不死の身なのに三途の河を渡りかけた。いや、悪いのは全面的に俺なんだけどね? ちょっと魔が差しちゃったのよ。ついやってしまったってやつ。

 

 過去に戻れるのなら是が非でも止めさせる。師父相手にまかり間違っても“馬家縛札衣”なんて使うな。下手すれば──────死ぬぞ。

 

 

 

 忍月 者日

 

 

 ちょっと試みたい事があったので取り組んでみようと思う。

 

 今まで体得してきた奥義は気血とかちょっとしたファンタジー要素ありだったが武術の業だ。見せかけだけの真似なら誰でも出来る。全く威力のないハリボテでしかないが。

 

 ならば完全にファンタジーな時空の業は修得できるのか否か。試してみる価値は十二分にあると思う。

 

 というわけでここ最近はチャクラとか魔力的なものがないか座禅して探っていたのだが、感じられるのは氣の流れのみ。氣をある種のチャクラと見なして忍術とか使えないかなぁ、と何度か実践してみたものの悉く不発。無理でした。

 

 そのため忍術は使えないが、代わりに某白眼の一族が扱っていた柔拳とか体術は猿真似ではあるが再現出来そうだった。

 

 例えば八卦掌回転。防御の一点に関しては作中でもかなり強力な部類に入る業である。

 

 あの業の理屈は、身も蓋もない言い方になるが全身のチャクラ穴からチャクラを噴き出してコマ宜しく回転するだけ。そのチャクラを噴き出すのが難しい上、白眼を併用しなければならないということで難易度が非常に高いのだが。

 

 チャクラは氣で代用可能だった。白眼は……直感しかないわ。まあ別に三百六十度全方位からの攻撃を把握する必要性もないし、白眼に関しては気にしなくていいかな。

 

 本家本元と比べたら児戯に等しい稚拙な完成度ではあるが、一応それっぽい業は出来た。なので早速師父相手に使ってみたのたが、氣の噴出が甘かったのか回転が足りなかったのか、拳一発で打ち抜かれました。

 

 師父が理不尽過ぎて辛いわ……。

 

 

 

 

 

 海月 賊日

 

 

 

 

 稚拙ながらも忍者時空がいけたから海賊王を目指す時空の猛者たちの業はどうだろうかとエブリデイトライしている今日この頃。戦うコックさんの足業は正直もうそれっぽいの修得しているのでスルーして、ゴムな船長の“ギア2セカンド”に目をつけた。これがあれば師父とも渡り合えるようになるかもしれない。

 

 “ギア2”とはゴムの肉体の特性を最大限活用して血液の循環を速める事で瞬発力を上げる業。その特性上、心臓や肉体に掛かる負担は常人に耐えられるようなものではない。しかし主人公はゴムの肉体であるためそのあたりの負担を軽減することが出来ている。それでもスタミナの問題とかあったけどね。

 

 生憎俺はゴム人間ではないので同じ手法は使えないが、血液循環の速度を上げるだけなら氣功術の応用で可能だ。但し心臓と肉体に掛かる負担はダイレクトに受ける羽目になる。そのあたりは……保留。適当にどっかから肉体活性化術的なものを引っ張ってこよう。

 

 というわけで完成! 早速師父に試すぞ〜。

 

「ほう、更に速くなったのう。なら儂ももう少し気張ろうか」

 

 どうやら師父はまだまだ変身を残していたらしい。俺が二倍速で動いたらそれに呼応してギアを上げるって嫌がらせですかいな。いや、単純に今までの俺が実力不足なだけか。まあそこは気にしないでおこう。凹むし。

 

 

 

 

 

 

 超月 業日

 

 

 ここ百年の一日の過ごし方をここに記そう。

 

 まず起床。涼やかな風と眩い朝日に起こされて爽やかな目覚めを迎える。仙境には時計や目覚ましなんて文明の利器はないので専らこの二つが目覚まし代わりだ。これが存外気持ちよく起きることができるものなんだよ。

 

 続いて朝食、と思うかも知れないが俺も師父も仙人。生命維持のための食事は必要ないため朝食、延いては昼食も夕飯もない。時たま気紛れで酒を飲んだりするが、それも所詮は娯楽である。大した意味はない。

 

 というわけで起床したら軽く運動。身体が完全に覚醒したら奥義修得のための鍛錬が始まる。

 

 鍛錬の内容は基本的に記憶にある猛者たちと同じ修行法を用いる。分からないところは想像で補い、あとは只管鍛錬。鍛錬。鍛錬。昼になろうと日が暮れようと直向きに鍛錬に打ち込むだけ。

 

 こういうところで仙人の肉体は便利だ。何せ食欲もなければ性欲も基本的にない。睡眠も精神強度が高ければ必要なくなるらしいが、生憎俺はまだその領域には至れていない。無論、師父はその域に到達している。その証拠に俺は師父が寝ている姿を見たことがない。未だに仙人の肉体構造が普通の人間と変わらないというのが信じられないわー。

 

 日が沈み夜になれば鍛錬は終了。その頃には疲労でヘトヘト、そのまま庵に帰ってバタンキュー。そしてまた朝に戻って無限ループだ。

 

 このルーティンに加えて週に一度のペースで師父との決闘も組み込んでいるので、内容だけ見れば超過酷過密スケジュール。書き出して改めて思うけど凄いストイック。それを百年以上もよく続けられてるな、俺。

 

 しかしこれだけ己を追い詰めても未だ師匠との戦闘継続時間は十分を越えない。着実に近づいてはいるのだ。だが辿り着くべき頂きが険しい上に遠すぎる。エベレストより高いんじゃないのん?

 

 だが弱音を吐いている暇はない。そんなことをする時間があるのならば、俺はその分鍛錬に注ぎ込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更月 強日

 

 

 また師父に負けた。戦闘継続時間こそ一時間まで伸びたが、それでも未だ一撃入れることすら叶っていない。

 

 このままでは駄目だ、もっと強くならないと……。

 

 

 

 

 

 

 

 一月 血日

 

 

 やっと、やっと師父に一撃入れることができた……! 殆ど掠っただけの切り傷だけど、それでも初めて師父に血を流させた。これは大きな成長だろう。

 

 苦節五十六年。漸く俺は師父の足に指先が触れたような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 求月 力日

 

 

 足りない……足りない、足りない。全くもって足りない……!

 

 力が、業が、経験が、何もかもが足りない!

 

 記憶にある中で物にできる業は手当たり次第修得した。練度も上げられるだけ上げた。修練も怠っていない、毎日過酷な鍛錬を熟している。

 

 それなのに、どうして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────憤月 怒日

 

 

 

 

 

 

  ──────忿月 懣日

 

 

 

  ──────激月 情日

 

 

 

 

  ──────癇月 癪日

 

 

 

 ──────鬱月 憤日

 

 

 

 

 

 

 ──────絶月 望日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────■月 ■日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静月 沈日

 

 

 ここ数十年、日記をつけるのをサボってしまった。いや、言い訳をするとね、俺も色々あったのよ。端的に言えばバーサーカ化? 少し前までの俺は只々力を求めるだけの悪鬼に成り下がっていた。ほんと、冷静になって前の自分を思い出すと羞恥のあまり顔から火が噴き出そうだ。

 

 全く進展しない日々、どれだけ鍛錬を積もうと頂上が見えない険しい山。それに焦燥を募らせ、次第に力を求めることへと固執し始め、最後は理性を捨てた修羅へと落ちかけた。幸い師父の気付け一発で目は覚めたが、あと少し先に踏み込んでいたら後戻りできなくなっていたかもしれない。

 

 今は無事に日記を書けているので心配はない。それより師父には多大な迷惑を掛けてしまった。改めて謝罪を申し入れようかと思うが、そんなことより殺しに来いとか言いそうだしなぁ、あの人。

 

 正直言って師父を殺す手段に行き詰まっている。

 

 もう試せるだけの業は試した。

 

 無敵超人やその弟子、剣を握れない一族の剣術、るろうの喧嘩屋、白眼と全身青タイツの忍者、无二打の八極拳士、ネギで魔法な中国拳法、哀しみを背負う拳士、地上最強の生物、一撃男等々……。

 

 一部参考になってんのか? と思わざるを得ない輩もいるが、凡そ思いつく限りで実現可能なものは全て体得した。そして実際に師父相手に試した。そしたら全てそっくりそのまま返された挙句欠点の指摘をされる始末。そりゃバーサーカにもなるよ。

 

 まあ師父が規格外超えてチーターなのは今に始まったことではない。それよりも現実問題、如何にして師父を殺すかだ。

 

 業の切れを向上させても駄目。業の数を増やしても無駄。

 

 ──ならば必要なのは何か?

 

 事ここに至って俺は一つの解に辿り着いた。

 

 ──魔法(奇跡)

 

 数々の創作作品の主人公ないし登場人物たちが引き起こした奇跡。現実では絶対的にあり得ない、無理を通して道理を蹴っ飛ばした先にある御都合主義。俗っぽく言えば想いの力とでも言おうか。

 

 かなりの割合で運の要素が介在してくるし、そもそも業として完成させられるかすら判然としない。完全な空想理論。しかし可能性は十二分にあるはずだ。

 

 筋道は見えた。あとは極めるのみ。これが最初にして最後の俺の業(・・・)になるだろう。そして完成した暁には──師父を殺す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雲よりも高い剣山の如き山の頂きにて二人の仙人が鎬を削っていた。

 

 片や線は細いながらも長身であり、強靭な肉体を赤黒い道士服に包んだ青年。その実年齢は既に三百を超えている蔡京矢。

 

 対するは京矢の師父であり母親。超人的な強さを誇る仙人であり、京矢が人として殺すと誓った人。

 

 二人の仙人は尋常の世界を逸脱した領域で戦っている。

 

 彼らの一撃は平然と岩を粉砕し、踏み込みだけで岩盤を木っ端微塵にする。これで両者ともに未だ人間だと言うのだから末恐ろしい。

 

 どれ程の長い時を戦いに明け暮れているのか。もう京矢自身把握できていなかった。

 

「オオオォォォ!!」

 

 全身を真紅に染め上げ、なおも京矢は研鑽し尽くした妙技の数々を繰り出す。たとえそれが不死の壁を貫き得ないと知りながらも、手を止めることはない。

 

「──────ッ!」

 

 限界にまで極められた絶技の応酬。しかしてそれらは母親(師父)の手によって悉く受け流され、叩き落される。だが師父も無傷ではない。捌き切れなかった貫手や手刀が師父の肉体に確かな傷を刻み込んでいた。

 

 いつからだったか。京矢と師父の実力差は着実に縮まり、今では実力伯仲の仲といっても過言ではない。そこまで京矢は弛まぬ修練の末に登り詰めたのだ。

 

 ──それでも師父を殺すには足り得ない。

 

「──るうううあぁぁぁあッ!!」

 

「──はあああああっ!!」

 

 極致に到達した仙人の衝突は仙境を揺るがす。余波は山を崩し、震脚は地盤を粉微塵にする。もはや二人の戦いは天変地異にも等しかった。

 

 ──それでもまだ、届き得ない。

 

 京矢と師父が示し合わせたように距離を取った。両者の様相は惨憺たるもので、全身傷だらけの血塗れ。特に京矢は出血が酷い上に息も絶え絶え。限界目前といった様子だ。

 

 対して師父は同じく血塗れでこそあるもののその大半が京矢の血。彼女も負傷はしているが京矢のソレと比べれば万倍マシだ。

 

 両雄はどちらからともなく構える。それは何百何千と繰り返してきた合図。次の一撃で今日は終いだ。

 

 沈黙は数瞬、基本的に受け手に回る師父が先に動くことはない。故に業を繰り出すのは当然京矢だ。

 

「奥義──」

 

 この三百年で京矢が極めた業の数は玉石混交千に届く。その全てが本家と同等以上にまで磨き抜かれている。これはそれらの極めた業を息つく暇なく繰り出す、ある意味では京矢が編み出した奥義。

 

「──業嵐!!」

 

 荒れ狂う暴風の如き業の連撃が師父を襲う。

 

 暴風もかくやの業の嵐は、しかしそれと互角以上の大嵐と衝突した。師父が対抗策として見よう見まねで繰り出した業嵐だ。その猛威は若干ではあるものの京矢のソレを上回っている。

 

 徐々に押されていく京矢。奥義の終わりが近づく頃には形勢は圧倒的な不利、完全に押し込まれてしまっていた。

 

「終いだのう」

 

「ぐっ、ああああっ!?」

 

 締めの一撃を後出しの師父に越され、手痛い一撃を貰う。胸部への強烈な掌打に京矢の身体は紙切れのように舞い飛び、やがて無様に剥き出しの大地へと墜落した。

 

「今日はこれで終わりとしよう。京矢ももう休め」

 

 ついさっきまで己を殺そうとしていた弟子を気遣うような態度。事実師父は心の底から京矢を慮っての言葉だが、京矢からしてみれば癇に障っても可笑しくないものである。

 

 しかし京矢は師父の言葉など耳に入っていないのか、満身創痍の肉体を強引に立ち上がらせた。何を考えているのか、俯いているため表情は窺えない。

 

 ただ、

 

「…………」

 

「京矢……?」

 

 背筋を妙な悪寒が走った。それは久しく感じることのなかった感覚。余りにも遠い存在となっていた、生物ならば持ち合わせて然るべきもの。その正体に思い至り、師父は驚きと安堵の入り混じった表情を浮かべる。

 

「とうとうこの日が来たか……」

 

 感慨深げに呟いて、師父は来るべきその瞬間に向けて身構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──また負けた。

 

 これで通算何敗目か、恐らく数千は下らない。その中には引き分けすらもない。

 

 ──何故届かない?

 

 業の引き出しの数だけなら京矢も負けていない。事実これまでの闘争の中で師父の虚を突いたことは間々ある。それも即座に対処され手痛い反撃を貰う羽目になっているが。

 

 ──無限の業では届き得ない。

 

 数を揃えたところで師父を超えることはできない。ならば求められるのは量ではなく質。

 

 ──無限の業ではなく最強の一。

 

 しかし、まだ足りない。たとえ師匠を超えられたとしても、師匠を殺すには至らない。

 

 ──是非もない、殺せないならば殺せるようにするまでのこと。

 

 京矢の中で歯車がカチリと嵌る。この瞬間、不老不死の師父を殺す唯一の奥義に、京矢は遂に至った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──来るか……ッ」

 

 相対する京矢の纏う雰囲気が豹変する。鋭い刃にも似た光を湛える瞳が師父を睨み据え、体勢は構えることなく静かに直立不動。それでは動き出しが遅れてしまうだろうに、しかし京矢が拳を構えることはない。

 

 何が来るのかと額に汗を伝せる師父。そんな彼女の表情がこれまでに見せたことのない喫驚へと変わる。

 

「京矢、お主その髪はまさか……!?」

 

 驚愕の理由は目前に立つ弟子の変貌。見慣れたはずの黒髪が毛先から侵食するように白へと変わっていく。師父の白髪と同じように。

 

 師父はこの現象を知っていた。何せ師父自身、随分と昔に身を以て体験したことがあるからだ。

 

 髪色が白へと変わる理由。それはとある業の反動である。その業の名は──縮地。

 

 縮地とは本来、距離を縮めて一歩で踏破するという仙術の一つだ。極めれば次元跳躍すら可能となるこの業だが、原則として時空を超えることはできない(・・・・・・・・・・・・・)

 

 だが現実に師父は京矢の前で時空跳躍を見せた。その絡繰は何なのか?

 

 答えは単純明快。ただの力任せのごり押しだ。

 

 師父は時空跳躍を以ってして過去に戻ろうと試したことがある。目的は無論、仙人になる前の自分を殺して未来である自分を殺すこと。しかしその試みは頓挫した。

 

 タイムパラドックスだとかそんな小難しい理論ではない。もっと単純に、肉体に掛かる負荷が大き過ぎて時空跳躍ができなかったのだ。当然と言えば当然。時渡りなどという神の御業に手を伸ばすなど、如何に不老不死の仙人とはいえ一人の人間が許されるはずもなかった。

 

 師父の試みは虚しくも失敗。代償として髪の色を失い数年に渡って呪いのような灼熱の痛みに苦しむ羽目になった。

 

 今目の前で、かつての己と同じ過ちを京矢が犯そうとしている。それを悟った師父は慌てて止めようとして、突如眼前に出現した京矢に目を剥く。

 

 まるで最初からいたかのように師父の懐に現れ出でた京矢は、いつの間にか突き出していた右拳を師父の心臓の上に当てがう。優しく、そっと添えるように置かれた拳に威力はない。これはただの布石なのだ。師父を不老不死から引きずり落とすための(・・・・・・・・・・)

 

「──ッ!?」

 

 その異常に師父は今日何度目か分からない驚きを覚える。

 

 己の根幹とも言える部分が変遷、厳密には過去へと巻き戻っていた。不老不死の仙人になる前、つまりはただの人間の頃に。

 

 京矢が為したことは有り体に言えば、師父の身体を不老不死になる前に戻した、それだけである。だが言うは易く行うは難し。師父ですら成し遂げられなかった禁忌の更に上を往く所業。しかし京矢は現実にやってのけた。

 

 まさに──魔法(奇跡)

 

 驚きの余り言葉すら忘れる師父の前、奇跡を起こしてみせた京矢がゆっくりと新たな構えを取る。

 

「これは俺の辿り着いた最強の拳撃。この一撃を手向けに俺は貴女を殺す」

 

「……そうか」

 

 噛みしめるように呟き師父が鷹揚に頷きを返す。それを了承の意と汲んで京矢は最後の仕上げに移る。

 

 己が師父の旅立ち。最高の業を以ってして送るのが礼儀であろう。故に京矢が放つのは広げるだけ広げた無限の業ではなく、それら全てを積み上げ紡ぎ上げた最強の一撃。

 

 今、無限が一撃へと昇華される。これぞ京矢の生きた三百年の集大成。敬愛する師父への餞であり、親愛する母親への最大級の親孝行。

 

 その名は──

 

「最終奥義──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──有難う、我が最高の弟子よ。愛しておるよ、我が最愛の息子よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────人殺死拳」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美しい女性が大地に横たわっている。長く新雪のように白い髪を剥き出しの地面に散らし、穏やかな表情を晒すその姿はただ居眠りしているだけにも見えなくはない。

 

 しかし女性が目を覚ますことは二度とない。彼女は死んだのだ。千年以上もの悠久の間渇望し続けた人としての死を迎えた。自然へ還ることもなく、不老不死の呪縛から解放されてあの世へと逝ったのである。

 

 安らかに眠る己が師父であり母親である人を見下ろして、弟子であり息子である京矢は静かに黙祷を捧げる。その眦から一粒の水滴が滲み落ちた。

 

「安らかに眠れ……」

 

 その言葉は風に攫われ、遥か彼方の地まで運ばれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




時空跳躍

過去の自分を殺すことで死のうと企んだ師父が作り出した禁忌。基本的に跳躍する時間が長ければ長いほど肉体に掛かる負荷は大きくなる。数秒程度の跳躍であれば殆どノーリスクで行えるが、それ以上に長くなると想像を絶する痛みに苛まれることとなる。


時間遡行

京矢が師父の時空跳躍を参考に編み出した禁忌の業。師父のが時空跳躍であるのに対してこちらは時の流れに干渉、並びにその効果を自分ではなく他者に投影するという無茶苦茶な業。不老不死の存在にとっては最悪の奥義といっても過言ではない。但し生まれた時から不老不死であるものと只の人間に対しては何の意味もない。
時空跳躍以上の反動が後で襲いかかる。


最終奥義・人殺死拳

三百年という長い時を以って京矢が体得した業の数々。それら全てを唯の一撃に込めた最強の奥義。この一撃は京矢が会得した全ての業を内包している、最強の一撃。


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