世界最強の人類になっていた件について   作:矢野優斗

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咎神の方舟Ⅳ

 信月 奉日

 

 

 ちょっと想定外の事態が発生。カインの信奉者なる集団が現れた。何でもカインの在り方に心酔し、カインを絶対とした思想を持った一種の宗教団体みたいなものらしい。

 

 ……まあ、放っておいていいんじゃない? 元々カインを慕う人々は大勢いたのだし、その人たちが一纏まりになってカインの思想を説いているだけである。むしろ此方としてはより多くの地域と人にカインの理想が伝わるのだから願ったり叶ったりだ。

 

 しかしカインはあまりいい顔をしていない。他人に自分の名を騙られるのが不愉快なのかと尋ねればそうではなく、宗教という形に不安を抱いているそうだ。

 

 成る程確かに、いつの時代に於いても宗教というのは扱いに困る存在だ。上手く作用すればより良い思想が民衆の間に伝播するものの、悪用すれば戦争すら招きかねない厄介な代物。カインが不安視するのも頷ける。

 

 特に問題と成り得るのは狂信者や盲信者の類。こういう連中になると本当に手に負えなくなる。今の所は純粋な信奉に留まっているようだが、果たしてどうなることやら。

 

 注意すべき対象は(神々)だけではなく(人類)にもいるなんて、洒落にならないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 要月 塞日

 

 

 “方舟”の完成が間近に迫っている。あと数ヶ月もすれば完成に至るだろう。

 

 漸く此処まで来たかと思う反面、不安要素は拭えない。“方舟”自体に問題はないが、懸念すべきは乗せる人類のほう。抑止力を手にする人類に対して不確定要素が多過ぎる。

 

 例えば先のカイン信奉者や未だ戦争の狂気に囚われている者、そして神々に対して並々ならぬ殺意を抱く者など。彼らの存在はカインの理想を実現するに当たって妨げになるやもしれない。いや、十中八九なるだろう。特に最後の神々を恨む人類は確実に問題となる。

 

 神々に弄ばれ、親しい人や大切な者を失った人々は大勢いる。そういった者たちは等しく神々を憎悪しており、酷い者だとカインに心ない罵詈雑言を浴びせる輩もいた。

 

 彼らが望んでいるのは神々の滅亡。故に彼らはカインに対して神を殺す武器を要求している。“方舟”完成間近である今でさえ、彼らは声高に殺神兵器を寄越せと宣っているのだ。

 

 無論、カインがその要求に応えることはない。カインが望むのは争いなき世界。理不尽に人類が殺されることない平和を願っているのだ。新たな戦争の種を撒くような真似をするはずもない。

 

 しかしカインにとって彼らもまた守りたい人類であることに変わりはない。故に憂慮し思い悩んでいる。

 

 難しい話だ。憎悪の連鎖というのはあまりにも根深く根強い。言葉だけでは救えず、行動で示しても断ち切れない。陳腐な言い回しだが復讐したところで新たな憎しみが生まれるだけの悪循環。こればっかりはカインでもどうしようもなかった。

 

 ここ最近、カインはよく悩んでいる。覚悟が揺らいでいる訳ではなく、如何にして彼らも救うか、その方法を模索しているのだ。

 

 

 ────もういいだろ、妥協すればいいじゃないか。

 

 

 何回その言葉が口を衝いて出そうになったことか。だがあいつの真剣な顔を見る度に、そんな言葉を吐く気は失せてしまう。必死になって頑張っている友人に、もういいから諦めろだなんて言えようもない。

 

 だから、俺はカインの数少ない友人として出来ることを全力でやり遂げよう。カインがやりたいことに集中出来るよう、全力で支えてやろう。

 

 なぁに心配しなさんな。アヴローラもグレンダも手伝ってくれる。カインの理想を盲信することなく、純粋に共感してくれる人だっているんだ。

 

 だから────頑張れよ、カイン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人類の希望を載せ、世界の平和を守る“方舟”。その完成した姿を京矢とカイン、アヴローラは一隻の船から眺めている。後ろではグレンダが狭い船内できゃいきゃい燥いでは船を揺らしている。

 

「遂に完成したなぁ……」

 

 洋上に浮かぶ要塞を京矢は遠い目で見つめる。そんな彼の隣に柔和な笑みを浮かべたカインが並び立つ。

 

「十年もあればこれくらいは出来て当然だよ」

 

「十年で小国並みの海上要塞を作り上げるのは可笑しい」

 

 真顔で京矢が突っ込んだ。

 

 完成した方舟“”の様相は一見すると古代遺跡のようでもあり、しかしある種の未来的な宇宙船にも見える。

 

 内部には大勢の人類を収容する大小様々な建物が密集し、美しく荘厳な宮殿や人々の憩いの場となる噴水広場などがある。加えて異境(ノド)の魔術により空間が拡張されており、面積以上に多くの人類を収容することを可能としている。

 

 外部に向けては巨大な砲塔や銃座などの防衛を目的とした兵器が並び、カインによって改造を施された大量のナラクヴェーラが積み込まれている。海上にあるという点も含めて、まさしく難攻不落の要塞都市だ。

 

 星雲状に渦巻く鋼色の城壁に守られた“方舟”。乗せるはカインが救うと定めた人類、運ぶは戦争なき平和な世界。

 

「此れが其方らの求めた平和か……」

 

 船頭に立って“方舟”の全貌を臨むアヴローラが感慨深そうに呟いた。彼女もまた、“方舟”の完成を一人の友人として待っていた一人だ。

 

 しかし創造主たる神々より遣わされた監視者である第四真祖としての彼女は、完成した“方舟”に何を思うのか。危険と判断するか、害なしと見做すか。

 

「取り敢えず、完成した内部を見てみようか。“方舟”に乗る記念すべき最初の人類だよ。まあ人間? は京矢だけなんだけどね」

 

「おい、今何で疑問符付けた?」

 

 反射的に突っ込んだ京矢だったが、カインとアヴローラから向けられる物言いたげな視線に沈黙せざるを得なくなる。確かに京矢を普通の人間にカテゴライズするのは間違っているので、二人の反応も強ち可笑しなものではない。当人も自覚はあるのでそれ以降文句を言うことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遂に“方舟”は完成を迎えた。

 

 しかして彼の舟が齎すは希望でもなければ平和でもない。

 

 抑止と銘打とうと所詮は強大な力に過ぎぬ。

 

 力を御する者が聖人であろうと誰であろうと関係ない。

 

 強大な力は在るだけで周囲の存在にとって脅威足り得る。

 

 故に畏れられ、奪われ、淘汰されゆく。

 

 それは神々であり、魔族であり、そして人類も例外ではない。

 

 さあ始まるぞ。時は満ちた、“聖殲”の訪れだ。

 

 後の世に語り継がれる大戦争の幕が開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 要塞内部は非常に入り組んだ形状のため、“方舟”中央へは京矢の縮地で移動した。

 

 次元跳躍を終えた一行の視界を埋め尽くしたのは大都市もかくやの高層ビル群の世界。この科学テクノロジーが発展した世界からしても百年は時代を先取りしているような光景だった。

 

「おぉ……いや凄いな、これ」

 

「面妖なり……」

 

「だ?」

 

 カインを除く三名は目の前に広がる灰色の世界に感嘆の声を漏らす。約一名は感嘆しているのかは定かでないが。

 

 そんな彼らの様子に満足気な笑みを浮かべつつ、カインは得意気に語りだす。

 

「収容可能人数は一億を超える。人が暮らしていけるだけの環境も整っている、まさに難攻不落の要塞都市。避難壕(シェルター)と言っても間違ってはないかな。人類を理不尽な争いから守る絶対無謬の“方舟”だよ」

 

「もう何て言うか……何も言えねぇ」

 

「…………」

 

 あまりにもぶっ飛んだスケールの大きさに言葉すら見つけられない。ちなみにグレンダは説明の途中から興味関心の赴くまま彼方此方へ走り回っている。

 

 これがカインの求めた抑止力。神々の脅威から弱き人類を守り、世界に平和を齎したいと願った不死の神が作り上げた“方舟”。十年以上も求め続けた彼らの終着点。

 

 まだやり残した事は多々ある。人類間の戦争は未だ完全にはなくなっておらず、神々との歩み寄りも成っていない。カインの理想である平和はまだ遠い。

 

 それでも、“方舟”の大成はカインの理想実現に大きな一歩であることに他ならないだろう。

 

「あぁ……凄いよ、カイン。これならきっと──」

 

 ────きっと、平和は実現する。

 

 そう続けようとした京矢を耳障りな警報音(アラーム)が遮った。

 

 “方舟”内部に響き渡る耳を劈く警報音。唐突に鳴り出したそれに京矢とアヴローラは顔を顰め、グレンダは驚きのあまりその場で転げ落ちる。

 

「何なんだ、この音は? なあカイン……カイン?」

 

 この要塞の設計をしたカインならば理解しているのであろうと尋ねた京矢であったが、友人の初めて見る焦燥の表情を見て何か拙い状況に陥っていると悟った。

 

「そんな……どうしてこんなことが……」

 

「どうしたんだよ、カイン? 一体何が起きたんだ!?」

 

 徐々に顔色を悪くしていく友人に、京矢が詰め寄る。

 

「……敵だ」

 

「敵? 敵ってまさか神々か?」

 

 現状、この“方舟”を滅ぼしに攻めてくる勢力で一番可能性が高いのは神々だ。彼らがこの要塞都市を危険と判断し、破壊ないし奪取しに来たというのは有り得ない事ではない。

 

 しかしカインは違うと首を横に振る。

 

「神々の兵器も攻めて来ている。でもそれ以上に魔族が大軍を率いてこの地へ向かってきているんだ」

 

「魔族? 何だって吸血鬼やら獣人がここを攻めてくるんだ?」

 

 この“方舟”はあくまで人類を神々から守るために作られた要塞。別段人類と事を構えている訳でもない魔族が、何故このタイミングで出っ張ってくるのか。京矢には理解できなかった。

 

 だが理解できようとできまいと状況は変わらない。カインと京矢に残された選択肢は一つしかないのだから。

 

「迎撃するぞ、カイン。それしか選択肢はない」

 

「そんな……ダメだよ、この“方舟”はあくまで人類を神々から守るために作ったものなんだ」

 

「そんなこと言ったって、壊されたら意味がないだろ!」

 

「それは……」

 

 反論の余地がないのか唇を噛むカイン。彼とて選択肢がないのは分かっている。それでも、この“方舟”を新たな戦争の種を撒くような兵器にはしたくなかった。

 

 だが事態は彼らを待ってはくれない。それどころか更に最悪の展開へと落ちていく。

 

 悔しげに歯噛みしていたカインの表情が、不意に絶望一色に染められた。

 

「あはは……こうなっちゃったか……」

 

「カイン?」

 

 がくりと肩を落としてカインが項垂れる。今までどんな困難にも苦境にもめげず、真正面から向き合ってきた男が呆気なく折れた。その原因は────

 

「────人間の軍隊も、一緒に侵攻している」

 

「嘘、だろ……」

 

 それはあまりにも残酷な仕打ち。守りたいと、救いたいと願った相手からの裏切りであった。

 

 尋常ではない状況。肉体と精神共に成長が遅い龍族(ドラゴン)の少女は子供ながらにその空気を察し、友達であるアヴローラに縋り付こうと手を伸ばそうとした。しかし、

 

「あうろーら?」

 

「っ……なん、だ……これは……頭が、痛い……」

 

 身に覚えのない頭痛に襲われ悶え苦しむアヴローラ。頭が割れそうな程の激痛。まるで自分というものが強引に塗り替えられていくような悍ましい感覚に、アヴローラは恐怖する。

 

 しかしアヴローラの異常に気付いたのはグレンダのみ。男陣はそれどころではなかったのだ。

 

 事実上、地球上に現存する全ての種族から狙われている現状。たとえこの“方舟”が難攻不落の要塞都市であっても耐えられるかどうか。いや、そもそも守るべきと定めた人類にさえ裏切られたこの“方舟”が、一体何の為に戦うというのか。

 

 答えは何処にもない。ありはしないのだ。

 

 重苦しい空気が支配する中、やっとの事で口火を切ったのは誰よりも平和を望んだカインだった。

 

「“方舟”を異境へ飛ばす。そうすれば誰の手に渡ることも、破壊されることもない……」

 

「そんなことができるのか?」

 

「可能なように設計したからね。この機能は、もしも堅牢な要塞ですら守り切れない外敵が現れた時に稼働する、最終手段として用意したんだ。皮肉なことに、守るべき民が一人も居ないけどね」

 

 自嘲するように笑いながらカインはプログラムを起動する。“方舟”を異境の地へと運ぶ最後の手。たとえ神の手によって大洪水が引き起こされようと、人類が生き延びられるようにと願って作ったそのプログラムが、今起動されようとして────

 

 

 

 

 

 

「────させぬよ。この“方舟(玩具)”には汝らと共に確実に滅びて貰う」

 

 

 

 

 

 幼い少女の手が、カインの胸を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ある意味超フライング十五巻。
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