「たいへんです! 司令官がおもむろに大型艦建造を始めました!」
提督の所持しているものと直結状態にあるノートPC(未着任艦娘側からは操作できない)を前にして、親潮が切迫した声を上げた。
ほろ酔い加減で談笑していた大型艦建造枠未着任3人娘であるところの武蔵、大鳳、ビスマルクは、動きを止め、表情を凍り付かせ、テーブルやソファーを蹴飛ばさん勢いで親潮の元まで駆け寄ってきた。
あまりの気迫に「ひぃ!」と短い悲鳴を呑み込んだ親潮の肩や頭に手をかけ身を寄せてきた3人娘は、提督が操作しているのであろうノートPCの画面を固唾を呑んで見守った。
「なぜ? 提督はこのタイミングで大型艦建造を?」
困惑と興奮を隠せない様子のビスマルクが誰にともなく問うたのを、バーのカウンターに肘を付き頬杖付きつつ動向を見守っていたローマが小さな鼻息で笑って見せた。
「ほら、限定海域イベントを無事攻略して、新着任艦も皆ドロップして。そこでポン酒しばいてた雲龍もついでにドロップしちゃって……。それでも資材にまだまだ余裕があるから、今のうちにギャンブルしておこうって算段なんじゃないの?」
本限定海域実装となった同郷の艦娘・アクィラを無事に連れて行かれてしまったローマの声は、苛立ちと不機嫌と、そして寂しさを滲ませた痛々しいものだった。
彼女ひとりにすれば泣きだしてしまうのではないかと言う程で、酒匂と龍鳳が宥めたりピザ生地回すの手伝ったりワイン勧めたりと、先程まで全力で宥めに回っていた。
今でも若干鼻声で、嫌味も覇気を失っている。
ちなみに雲龍のドロップも完全に予想外で、ぬるく第4海域を掘り始めた提督が一発で当ててしまい、油断していた未着任艦娘たちは変な声を上げて固まって、別れの挨拶もそこそこに雲龍は無事鎮守府に着任となった次第だ。
「ああ! 秘書艦がZ1さんです! レーベさん! これはもしかして、ビスマルクさんを!?」
「……ええ、とうとう私が鎮守府に着任する時が来たようね……!」
声を震わせ拳に力を込めて(親潮当人とその肩が悲鳴を上げたのでやめたが)、ビスマルクは操作の動向を見守った。
他の大型艦建造枠の武蔵と大鳳も、この時ばかりは普段の緩さをかなぐり捨てて画面に注視する。
投入資材が決定され、開発資材は大盤振る舞いの100(3人娘がぐっと拳を握った)。
そしていざ建造開始ボタンが押され、表示された建造時間は3:59:58。
ノートPC注視していた面々は目を細めて固まった。「ん、ちょっと待とう。うん、待とうか」とばかりに細めた目で互いを見やり頷き合う。
建造時間4時間はビスマルクではないぞと呟き、高速建造材が投入され時間が短縮されてゆくのを眺める後ろで、ひとりだけ夏限定水着グラな龍鳳が、取りあえずと言って新しい酒瓶を空けていた。
スピーカーから聞こえてきた「マイクチェック――」と言う明るい声に、抜けかけだったが保たれていた緊張の栓が軽快な音を立てて吹き飛び、ビスマルクは脱力して背後のソファーに倒れ込んだ。
魂の抜けたような顔になってしまったビスマルクで、すかさず龍鳳が差し出したコップを受け取り、早速ひと口。
「あら、これ焼酎ね。銘は……」
「黒霧島です」
ビスマルクは焼酎で虹をつくってぶっ倒れた。
「……ああ、提督。練度の高いレーベという選択は確かに良かったけれど、限定グラ来てちょっと調子に乗ってるマックスでも良かったんじゃないかしら……?」
ソファーの上で膝を抱えて寝転がるビスマルクに皆が同情の視線を向ける中、親潮が再び声を上げた。
「ビスマルクさん! 焼酎呑んでぶっ倒れている場合ではありませんよ! 提督が次の大型艦建造の準備に取り掛かっています!」
大型艦建造は一度きりではなかったのだ。
復活したビスマルクが、龍鳳に取りあえず黒霧島を仕舞うように告げて注視する画面、秘書艦は鎮守府の空母最高練度、飛龍だ。
秘書艦が正規空母。まさか、狙いは大鳳か?
そう、察した皆が件の装甲空母を見やれば、いつもは小豆色のジャージでだらしなく日々を送っていたはずの大鳳が、今や彼女専用の衣装に着替え、手にはクロスボウを構えている姿で待機していた。
着任する気満々の様子に苦笑いする面々だったが、画面の工程が進められるとその表情は嫌でも引き締まって行く。
ビスマルクの時点では急すぎて考える時間がなかったが、ここで建造が成功してしまえば、彼女はこの未着任部屋からいなくなるのだ。
建造が成功してほしいとも思え、成功してほしくないとも思えて、無言の妙な空気のまま操作工程を見守った未着任艦たちは、その工程の結果を目の当たりにする。
大鳳は魂の抜けたような顔で、先のビスマルク同様、ソファーに倒れ込んだ。
建造されたのは、祥鳳だった。
「ええ。良い艦よ、彼女。うちの鎮守府を初期から支えた空母だもの。恨む気になんて、絶対になれないわ?」
自らが建造されなかったものの、その表情は清々しい。
「あきつ丸やまるゆじゃなくて残念だったわね、提督?」などと軽口を叩く余裕すらある。
しかしこれが、隼鷹や翔鶴などであったのなら、大鳳は迷わずノートPCの画面にボルトを撃ち込んでいただろうなという確信が皆にはあった。
さあ、こうして3人娘の内2隻を狙った大型艦建造が行われたということは、当然、残りの1隻もその視野に入っていると考えるのが自然な流れだろう。
武蔵が緊張に顔を引き攣らせる中、画面上では秘書艦が戦艦枠最高練度の金剛に切り替わる。
来るぞ来るぞと前のめりになって画面に注視する艦娘たちの様子に、カウンターに肘を付いて動向を見守っていたローマも気持ち前のめりになって行く。
今回のイベントもドロップ候補から外されてしまったローマとしては、この熱狂に共感する事は出来ない。
しばらくの間とはいえ可能性を断たれた身だ、こうした事態に心が熱を帯びないくらいには冷め切ってしまっている。
同じくドロップ候補から外れた親潮などは、ぬる堀りする提督に対して“レア駆逐艦ばかりドロップする呪い”なるものをかけて(本人は全力で否定していたが絶対にそうだ。日本人は執念深いのだ。ローマ知ってる)、自身がドロップされなかった当てつけのように萩風を3隻も送り込んでいる。あと高波と朝霜とリベッチオも。
前回のイベント終わりからすっかり吹っ切れて、今回は攻略や堀りの実況役を買って出た親潮のように、ローマはまだまだ吹っ切れる事が出来ていない。
短い時間だが共に過ごした同郷の艦娘、半ば妹分とも思えるようになったアクィラを連れて行かれたのだ。
ドロップされた時の、彼女の嬉しさを押し殺した申し訳なさそうな顔は、今でも忘れる事が出来ない。
まあ、一緒に飲み食いしたし、ピザ生地回したし、新しいレシピを握らせたので、まあ今回は良しとしよう。
それに、イタリア艦がもっと増えればいいのだ。武勲艦も未成艦でも、もっともっと。
傍らのワインを開けて、無理やりにそう納得して、ローマは現在進行形の大事に視線を戻した。
残念を含んだ声が上がり、武蔵がその場で体育座りして、ゆっくりと後転してソファーの方に移動して行った。
建造結果は霧島だったのだ。
龍鳳が仕舞った黒霧島を八つ当たりするようにコップに注ぎ、一気にあおる。
瓶ごと直にいかないくらいの理性はあるのだろう。
もしくは、大型艦建造の確率を知っているが故に、心のどこかで諦めてもいたのだろう。
感情が抜けきって、後には乾いた笑いしか残らなかった武蔵に、「私にも頂戴よ」と大鳳がコップを差し出し、それにビスマルクが続く。
実装時期が近い事もあり、この3人娘は仲が良い。
誰かが欠けてしまったら、いつものあの緩い雰囲気は霧散して、未着任艦部屋は火が消えたようになってしまうだろうなと、当人たち以外もそう自覚している。
やけっぱちの乾杯に他の艦娘たちも混ざり、一息に杯をあおって一呼吸と言った時だ。
ノートPCの画面がまだ操作を進めていた事に酒匂が気付き、霧散したはずの緊張が再び舞い戻ってくる。
秘書艦・清霜で、大型艦建造は続行されていたのだ。
「おいおい提督……? 今回はやけに羽振りが良くないか……!?」
興奮を押し殺した声色で自然と顔が笑む武蔵は、祝杯用にと新たな酒を皆のコップに注いで回る。
秘書艦・清霜。その選択が、勝利を確信せざるを得ないものだったからだろう。
波と注いだコップを手に、ふとローマは「……リベッチオで大型建造したら、私建造されないかしら」等と呟き、皆から「それだ」「それよ」と口々に肯定の言葉をもらって、なんだか気恥ずかしくなってしまう。
ドイツ戦艦のビスマルクがそうなのだから、自分もそういった運びになるかもと考えれば、少しは希望も持てるというもの。
「良し、行け、清霜! お前の力を見せてやれ……!」
そう声を絞り出した武蔵は、直後、皆と共にソファーに倒れ込んだ。
建造時間、3:59:57。
すなわち金剛型だ。
「おのれ! また霧島か!?」
比叡だった。
一度は身を起こしたものの、小さく「ひぇぇ」と息を吐いて再び倒れ込んだ武蔵に、酒匂がダイブして覆いかぶさり「またしばらく一緒ですよ?」と嬉しそうに声を上げる。
そんな酒匂の言に、部屋の空気がどこか暖かくなったような錯覚を覚えた皆は、また数ヵ月の間は、自分たちは共にあるのだろう事を確信した。
ズレた眼鏡の位置を直し袖を捲ったローマがピザ生地に取り掛かり、皆が口々にお気に入りの具を叫ぶ光景も定番になったもので、これからイベント終わりの憂さ晴らし会が仕切り直されるのだ。
ノートPCに齧りついていた親潮も席を離れ、ローマと一緒に調理に取り掛かってしまったため、画面上、秘書官がZ3に変更された動きに誰も気付かなかった。
結果、ラムネはさみ大和(2隻目)