武蔵はグラスを傾けつつ、空いてしまったソファーに目を細める。
心構えこそ普段からしてはいたが、いざその時となってしまうと、やはり寂しさは拭えない。
ビスマルクが、行った。Z1のオクトーバーフェスモードに興奮した提督が、カンスト間際の資材をつぎ込んで大型艦建造を行なった結果が、これだ。提督のディアンドル好きにも困ったものだが、ともかく、出番を待ち暇を持て余す仲間が一隻先に行ってしまった。
寂しい、などとは思うまいと、武蔵はビスマルクが残して行ったヴィンテージワインの封を切ってグラスに注ぐ。親潮や酒匂もしんみりして深紅色の波に目を細めている。新入りの浦波はこの未着任部屋の雰囲気に馴染めず戸惑っているが、いずれ慣れる時が来るだろう。
ただし、その姿を武蔵が目の当たりに出来るかどうかはわからない。昨今の遠征は大発を数揃えて実入りが増え、まだまだ大型艦建造に耐えうるだけの資材は蓄えられているのだ。提督の次の狙いは、ドロップ艦の浦波か、または大型艦建造にて着任する武蔵か大鳳か。どちらかが先に着任してしまう可能性も充分にあり得るのだ。
しかし今は、先んじた友を想おうと、武蔵は小さく「乾杯」と告げて、杯を掲げる。倣って杯を掲げ傾ける面々は、いつもの調子で扉を開けて入ってきたビスマルクの姿に噴き出したり咽たりと、気持ち大き目な反応を取ってしまう。噴き出された深紅色の暴虐をひとりで被ってしまった浦波をハンカチで拭う龍鳳が「ああ、やっぱり」と訳知り顔をしているが、それよりも今はビスマルクだと、武蔵はズレた眼鏡の位置を直す。
「あ、私の秘蔵のワイン! ひどいわ! 私が居ない間に皆だけで呑もうだなんて……!」
「ビスマルク、着任したはずでは……?」
慄く武蔵の言葉に、怒り交じりの怪訝な表情を向けたビスマルクは、確かに自分が大型艦建造にて鎮守府に着任したことを認める。
「だから私はzweiよ! ビスマルク・ツヴァイ。まあ、若干グラフィックが変化した程度だから、龍鳳と同じような別名扱いになるかどうかはわからなかったのだけれど、置き去りにしたワインのことを思い出したらツヴァイの姿でこっちに戻って来てしまったわ?」
ため息交じりに肩を竦め、龍鳳が急ぎ用意したグラスから一気に酒をあおる。
武蔵たち未着任組は驚きも半ばに一安心といった心地だった。一度着任した艦が再び未着任部屋に舞い戻るなど、もしかしたら轟沈したのではないかとの危惧がわずかにあったのだ。
「そ。なら、もうちょっとだけ、長い付き合いになりそうね?」
小豆色のジャージ姿の大鳳が格好つけて差し出すグラスに、ビルマスクはガラスの音色を合わせて得意げに微笑んで見せる。期せずしてビスマルクの着任話となったが、これがまた失笑を禁じ得ない話ばかりだった。
「……今は、ほら。時期が時期でしょう? 秋刀魚漁のシーズン。ぬるめに躍起になっているところに着任したものだから、しばらくあだ名がサンマルクだったわ。信じられる!? あだ名が秋刀魚よ!? 秋刀魚・るくよ!? カフェなの!?」
まあ、秋刀魚は美味だったからあだ名の件は水に流したらしいのだが、ビスマルクの驚きどころは別にあった。
「秋刀魚、鎮守府の正面海域まで流れ込んで来ている見たいなの。それで、遠征前の駆逐艦たちがハッスルついでに拾ってくるのよ」
鎮守府正面海域にてキラ付けついでにわんさか秋刀魚を水揚げする様もそうだが、駆逐艦たちのイ級のいなし方がまた奇怪なものだったのだ。
「遠征に出ずっぱりなせいか、特に高練度の睦月型駆逐艦のやり口が酷くてね……。イ級の脇腹くすぐって砲弾や魚雷吐かせたり、おっきな歯ブラシで歯磨きしてやったり……。日が暮れるまでイ級と睨めっこして、陽が暮れたら帰ってくる娘もいたわ。睦月型ってすごいのね……」
顔を真っ青にしてのビスマルクの言葉に、未着任組の、特に駆逐艦枠の親潮と浦波までもが真っ青になる。
着任したら自分たちもそんな艦娘離れした真似をするようになるのかと鈍い汗をかきはじめる二隻だが、他の艦は至って普通だとのビスマルクの訂正に硬い表情ながらも胸を撫で下ろす。
他に面白エピソードはなかったのかと興味深げに問う皆だが、ビスマルクの表情は硬く、雰囲気は重々しい。
やがて全身に影が差した様子で「……プリンツにオンナにされてしまったわ」と弱々しい口調で吐露。これには未着任勢も言葉をかけることが出来ず、グラスを乾かさぬようにと深紅色を注ぐことしかできない。
かと思えば、顔を真っ赤にして、苛立ち交じりに不愉快事を語り始める。
「厨房でウォースパイトが優雅に大根卸していたものだから、私ちょっとやきもきして来て、当てつけに隣りで卸し始めたの。そうしたら向こうも対抗心丸出しにして来て……」
何か勝負が始まってしまったとのことだ。この勝負の話と言うのが要領を得ず、どういうわけか特設リングにて互いのガーターベルトを口で外し合う古式伝統に則った真剣勝負に移行し、勝手にタッグ参加してきたプリンツに対抗するべくウォースパイトが金剛を呼んできてヒートアップ。終いには何故かルチャマスクを装着した嵐と萩風が乱入してプロレスになったりと、ハチャメチャな展開を見せたのだという。
結局勝敗はどうなったかと酒匂が問うも、ビスマルクは「勝ったわ」と得意げに言うだけなので、信憑性も何もない。
「そう言えば、あっちの私が大鯨を見たのだけれど、龍鳳は私みたいに意識は繋がっているの?」
両手で持ち上げたお猪口を口に付けたところだった秋刀魚焼き姿の龍鳳は、言葉を発せず目線だけで首肯して見せる。
「うちの提督、大鯨がもう1隻着任するまで改造は見合わせるみたいで。これから追加される任務で、潜水母艦が必須な場面が出て来るかもしれないからって」
それ故に龍鳳はこの場に留まっているわけだが、そんな彼女には密かな野望があるのだという。
「大鯨と龍鳳、そして龍鳳改の三隻で時雨さんを取り囲んで、4Pを少々……」
頬に手を当てて語る龍鳳だが、新入りで下の話に慣れていない浦波の方が火を吹かんばかりに真っ赤になってしまう。
その龍鳳の企みに疑問を呈したのはローマだ。ひとりだけハロウィン仮装グラのローマが眼鏡の位置を直して問うには、「どっちの時雨とするの? 普通の時雨? 改二の時雨?」とのことだ。
その問いにしばし動きを止めた龍鳳は、徳利から直接酒をあおると満面の笑みになって「5Pに修正です」と艶々した肌で宣言する。
「……時雨、競争率高いものね。雲龍に挨拶がてら、ちらっと様子見に行ったのだけれど、扶桑シスターズとその取り巻きや、イチバンとかポイポイとかが取り合ってて。雲龍と大鯨が共同戦線張って対抗していたわ。大変そうね」
「時雨さんってば罪な女ですから、ね? でも諦めませんから。第二、第三の私が鎮守府に着任した暁には……」
頬に手を当てて自分の世界に入ってしまう龍鳳をいつものように丁寧に脇に退けた面々は、次の限定海域や実装艦の予測などの話に花を咲かせる。
近々軽巡・鬼怒の改二が実装されるとの情報が入っているため、実装直前のひと時に彼女をもてなそうという話し合いを始めたのだが、廊下をどたどたと駆ける音に「まさか?」と注目が扉に集まる。
予想通りと言うか、扉を蹴破るようにして登場した軽巡・鬼怒改二(何故か両腕を上に挙げて力こぶをつくるようなポーズを保持している)の姿に皆目を見張り、立ち上がった浦波が「キャー! お鬼怒さんカッコいいー!!」と飛び跳ねて狂乱し始め、皆が二度目を見張る。
阿武隈改二と同規格の衣装で登場した鬼怒は浦波に手を引かれ、照れくさそうに頭をかきながら席に着くも、駆け付け一杯を口にした瞬間姿を消してしまう。
ああ、これはメンテ開け即座に改二にされたなと察する面々は、この世の終わりのような顔をして崩れ落ちる浦波を励まし、取りあえず酒を飲ませ始めた。