今回の期間限定海域は、かの空母サラトガが最終海域報酬ということもあり、酒匂が何かと喧しかったものだと親潮は思い返す。
「ぴゃあ! サラちゃん! サラちゃん久しぶり! 酒匂だよ! 覚えてる!? サラちゃ……、ぴゃあ! サラちゃんいなくなっちゃった! サラちゃ……、ドロップ!? ドロップ早いね!? ゲージ割ったの!? ――ぴゃあああ! サラちゃんいた! サラちゃんまだ居たよ!? なんで!? 黒いよ!? ドロップしたはずじゃ……、改造! 改造で黒サラちゃんになるんだね! 夜戦が出来なくなるから改造見送りかもしれないんだね!? そしたらまたしばらく一緒ぴゃ――」
という形で酒匂も無事ドロップを果たしている。続けて3隻も飛び込んでいったもので母港を喧しく圧迫して提督を困らせた挙句、特効持ちと言うことで最終海域の堀りに第二艦隊の旗艦として参加。短期間で姉たちの練度を追い越してしまい、姉艦たちが揃って口を“H”の形にして提督に詰め寄っていたのだとか。
浦波や山風も早々にドロップし、「まあ堀りまで気長に待とうや」と茶をしばいていた朝風もゲージ健在の段階でドロップ。心も体も準備が全然できておらず、先の春風の時と同様に、あたふたしながらの着任となった。
これで、限定海域にてドロップする艦娘は親潮ただ1隻を残すばかりとなった。
未着任部屋も一瞬だけにぎわいを見せて、しかし今までよりもはるかに隻数が減って落ち着いてしまい、今や親潮を含め6隻を残すばかりとなっている。しかも、うち2隻は龍鳳と黒サラトガ。提督がその気になればいつでもこの部屋からいなくなる娘たちだ。大型建造組の武蔵や大鳳はいつも通り、というか今回は武蔵も気を抜いて作務衣姿だ。今回もドロップ枠に含まれていなかったローマも、いつものように厨房でピザ生地を叩いて回して窯にぶち込んでいる。
こうなると、いよいよ、親潮はこの部屋に居場所がなくなった気がして心が落ち着かない。最終海域の堀りはリアルタイムで中継されているが、ドロップ画面に移行するたびに心臓が変な挙動をする。龍鳳が救心すすめて来たのでありがたく飲み干して置くが、この状態がいつまで続くのかと思うと本当に気が気ではない。
かつての、妹艦の嵐の時もそうだったが、今回はプレッシャーが違う。ドロップの有無は自分1隻に限られているのだから。
限定海域開放までは、ローマと共に「どうせ今回も枠に入っていないでしょうから、またお料理しながら攻略実況でもする?」などと楽しげに話していたものが、蓋を開けてみれば親潮ドロップの可能性が出て来てしまい、なんとなく気まずくなってしまったのだ。
いや、気まずく思っているのはおそらくは自分だけだと、親潮は俯きがちな視線をPC画面から外せない。きっとローマはいつも通りに接してくれるはずだと、そんな安心と確信があるが、親潮自身がどこか距離を置いてしまうのだ。憐れんでいるわけでは、決してないと、そう思いたい。それは、彼女にとって一番失礼な思いだ。
「何よ。暗い顔しちゃって」
頭上から急に声が掛かり肩を竦めた親潮は、目の前に焼きたてのピザがでんと置かれる様を見て、皿を置いた手を辿ってローマの姿を見る。久しぶりにちゃんと正面から見た彼女の顔は、困った様な「しょうがないなあ」とでも言いたげなもので、実際に親潮の態度に困っていたのだろう。
「あと一週間以上お祭りは続くんだから、今からそんなんじゃ身が持たないわよ。長丁場なんだから」
そう告げて隣りに座るローマは、ビスマルクが置いて行ったワインをグラスに注ぐ。
あのドイツ戦艦は既に第三改造を終えてこの部屋を去っている。ドイツ艦のくせにビールはあまり飲まず、やたらとワインだったなと、銘柄を選ぶ皆の顔は懐かしげだ。
新入りの黒サラトガも交えて早速いつもの酒盛りが始まる中、親潮の胸中はやはり複雑だった。
ドロップして姉妹艦たちのところへ行きたいという思いと、この未着任部屋に残りたいという思いと。
結果がどちらに転んでも辛くなるなど、いったいどうしろと言うのだ。
○
最終海域の攻略完了は、作戦開始から一週間を過ぎたあたりだったはずだ。
提督は最終海域を攻略した連合艦隊編成で親潮掘りを開始、途中ドロップした二隻目のプリンツ・オイゲンやサラトガを編成に加えて特効を強化、A勝利以上を確実にせんとする。
そこで疑問を呈したのは武蔵だ。特効を強化するのならば、何故先に数隻ドロップしていた長門を第二艦隊に加えず、サラトガの近代化改修に投入してしまったのかというもの。沈黙のまましばらく動向を見守っていたいた面々は、こちらの声が聞こえたかのようにPC画面がせわしなく動いて特定の艦娘を探す動きに、「ああ。提督、改修してから気付いたな」と苦笑いだ。以降、長門のドロップがぱたりと途絶えてしまったもので、ビックセブンの呪いとして後々語り継がれることとなる。
さて、ソファーに並んで座して談笑する面々は、掘りに切り替わった瞬間姿勢を正して緊張した面持ちになるという条件反射を身に着けてしまう。逆に言えばそれ以外のタイミングでは完全に力を抜いてしまい、何をトチ狂ったのか提督が大型艦建造を始めてしまった際には武蔵と大鳳が「ドロップ? まだ早いっしょ?」と余裕かましていた朝風以上の醜態振りを披露した。
ジャージだったり作務衣だったりしたものを急いで自らの衣装に着替えんとするのを、龍鳳が「ま、間に合わなかったら半裸ですよ! 半裸! 半裸でgo!」と制止する声に思わず半裸のまま動きを止めてしまい、そのタイミングでの高速腱造材投入に鈍い汗をかくという場面があった。
結局、あきつ丸だったり隼鷹だったりして、焦らせてくれた龍鳳は八つ当たりとして限定海域の期間終了まで裸で正座でさせられることになった。しかも笑顔で。いつものことだなとすっかり慣れてしまった親潮だが、サラトガが「これが折檻ですね!? そう、ジャパニーズ折檻!!」とはしゃいでしまい、どうしたものかとローマと一緒に困り果てる。ひとまず、物差しをどこかに差そうとするのは止めさせた。
そんな時間が一週間も続き、いつまでもこのままかと思われた時だ。
時刻が深夜を回った頃、疲労抜きと微回復を終えた連合艦隊が出撃する音に、皆うたた寝から目を覚まし、照明を落とした部屋で背中に毛布を纏って動向を見守る。
起き抜けの体は寒さに敏感で、思わず猫背になって縮こまる親潮に、ローマが自分の毛布ごと覆いかぶさって暖とする。
震える互いの手を握って語るのは、次のお酒は、おつまみは。ちょっと趣向を変えて、武蔵たちにも何かつくってもらおうか。次の限定海域が来たら、新参者をどうやってもてなそうか。
「……あ」
ドロップの画面を目の当たりにした瞬間、親潮は一切の感情が抜け落ちる感触を得た。そしてすぐに、嬉しさと、寂しさと、諸々の言葉に出来ない感情が押し寄せてきて、口を開いても上手く言葉が出なくなって、皆の祝福の眼差しを受け止めて、不意にローマに抱きしめられた。
「おめでとう。姉妹艦たちによろしくね」
穏やかな声、言葉に、何かを返そうとするも、こちらは言葉に出来なくて。
ローマはしゃべらなくていいとばかりに親潮の頭を撫でるのだ。
そうして、涙で顔をぐしゃぐしゃにした親潮が、せめてこれだけはと敬礼を見せて「よおそろおぉぉぉ……」と、震え掠れる声を挙げて、この未着任部屋から消失した。
後に残ったのは実装済み未着任艦娘たちが5隻と、わずかな嗚咽の声。
袖で目元を拭うローマを武蔵が後ろから抱きしめ、「……日本の鎮守府なんて、大っ嫌い!」と悪態突くのを宥めて頭を撫でる。
「向こうで合う時は、笑っていよう」
優しく告げる低い声に、わかっていると乱暴ながら力ない声が返り。
秋と言うよりも冬の夜は、まだまだ開ける兆しを見せなかった。