うちの鎮守府の未着任艦娘たち   作:安楽

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武蔵の気掛かり

「貴様の姉に伝えることは、何かあるか?」

 

 いつもの緩い作務衣姿から大和型戦艦二番艦の専用衣装に着替えた武蔵が、マニキュアの乾き具合を目で確かめながら問う。視線を向けずに問われた先はカウンターの向こう、袖を捲って洗い物の最中だったローマがふと顔を上げる。「そうねえ……」と虚空を見つめて思案して。料理のレシピは先日親潮が発った時に持たせたので、新たに送りつけるほどのストックがあるわけではない。それ以外となれば、ローマが思い至る先はほぼひとつに絞られる。

 

「380mm/50 三連装砲の改修を。姉さんはともかく提督に。提督に……!」

 

 二度言って念を押して、眼鏡の奥の眼光を鋭く細めるローマに、武蔵は苦笑気味に笑んで頷く。提督に対して改修を念を押して置けば、姉のリットリオには伝わると言う事か。今はリットリオではなくイタリアだったか。まったく、国の名前を関する艦娘は紛らわしいことこの上ない。などと言えば扶桑が笑顔でどこまでも着いてきそうな気がするので考えなかった事にしておこう。

 イタリアの高速戦艦・ローマは、すぐに自らも追い付いて、戦線に参加して存分に主砲を振り回すのだという意気を捨ててはいないのだ。ピザ生地を叩き付ける後ろ姿を横目に、武蔵自身も早く自慢の46砲をぶっ放したい衝動を抑えてそわそわしているのだ。ああ、早くぶっ放したいし、きらきらと目を輝かせた清霜に自慢してやりたい。

 

「でも、それってどうなのよ?」

 

 ローマの要求に対してなのだろう、気持ち苦言気味に告げたのは、こちらも大鳳型一番艦の衣装に着替えた大鳳だ。普段は小豆色のジャージ姿で飲み食いして不貞腐れている彼女だが、武蔵の建造が成功した事で、大型建造枠はいよいよ自分一隻になってしまったなと焦っているのだろう。これからの大型艦建造は大鳳狙いの一点に絞られる事は確実で、しかし横道に逸れてあきつ丸などがドロップするのだろうなと今からハンカチ噛み千切って夜な夜な「かごめかごめ」歌い出すのが困ったものだ。こちらの龍鳳と意識が繋がっている現地の大鯨からの情報だと、あきつ丸の方も「とおりゃんせ」で呪詛返ししているので似たようなものか。声が似ているから、まあしょうがない。

 大鳳の苦言に目付きを鋭く細めたローマは、その発言の意図をなんとなく察してはいるものの「言って見ろ」とばかりに眼差しの温度を緩めない。鋭い眼光に気圧される事無く、大鳳は胸を張ってはっきりと苦言を発する。

 

「昨今の限定海域イベントで、海外の戦艦級が数多く実装されているでしょう? ドイツ、イタリアはもちろん、イギリスにアメリカに。彼女たちは彼女たちで独自の主砲を持ってくるわけで、それらはどれも強力無比。対して、イタリア主砲は改修前の数値にマイナスが見られるわ。命中と回避にね」

 

 さて、と大鳳は一度言葉を切ってローマを見やる。麺棒持ったままの手を腰に当てて胸張って威圧気味(挑発とも言う)のローマは鼻で「ん?」と唸ってその先を促す。諍いや不和などは別に構わないのだがなと肩を竦める武蔵ではあるが、どうして自分を挟んでやるものかなあと、肩身が狭くなり徐々に縮こまってゆく。

 

「イタリア砲はそのマイナイス値こそが、改修どころか運用を見送られる点よ」

「知ってるわ、そんな事。でも改修すればマイナスはちゃらになって、元々強力だった火力がさらに強化されるわ。46砲にだって遅れを取らないわ。叶うなら、艦隊の戦艦皆に持たせたいくらいよ」

 

 自分は46砲がいいなあ、などとはこの状況、口が裂けても言えるものではない。嘆息する武蔵は、龍鳳がそっとグラスを差し出して来る姿を見る。軽く礼を言って受け取ったグラスをひと口、ああこの味かと片眉を上げて笑んだ。日本酒とドライベルモットのカクテル、サケマティーニというものらしい。最初こそ、辛口の日本酒の口当たりがまろやかになっていることに驚き、これはいかがなものかと眉を寄せたものだが、今ではすっかり晩酌の友だ。通常ならばオリーブかオニオンが付け合わせとして入ってるところだが、武蔵用のカクテルにはそれがない。姉の大和ならばグラスの中にさくらんぼでも落とすのだろうなと笑む武蔵は、少々土産を貰い過ぎているなと困り顔になる。

 彼女たちに何か残していけるものはないだろうかと思案するのも一瞬、それは野暮なことだなと嘆息する。彼女たちはいずれ、自分と同じようにドロップされて鎮守府に着任する。この未着任部屋に留まっている時間を充実させることも大切だとは思うが、先んじてドロップが確定した自分に出来るのは、彼女が来るその時を暖かく迎え入れるために準備することだと、武蔵はそう考える。

 

 まあ、気まぐれにイタリア砲を振り回してみるのも一興かなと、頭の上で喧嘩を始めた高速戦艦と装甲空母の応酬にどんどん身を縮こまらせた大和型戦艦は、ふと装甲空母の方の腹回りが目に入り、無意識にその脇腹をつまみ上げていた。締め上げられた猫のような悲鳴を上げて戦艦の艦橋部に打撃を叩き落としてくる空母に、武蔵は彼女の脇腹の感触を確かめて一言。「バルジが増設され過ぎではないか?」と。

 大鳳は青ざめて固まった。彼女自身わかっていることではあったのだろうが、だからこそ必死に目を背けてきたことでもあるのだろう。視線を泳がせ「さ、最近、補強増設でバルジ装備できるようになったから……。そう、補強増設が悪いのよ……」と虚空に向けての言い訳が始まった。その様子を嬉しげに見つめるのはローマだ。別に大鳳の不幸に美味を感じているわけではなく、その増設作用が自分の功績であることに手応えを感じているからだろう。重ねて、決して不幸の蜜に舌なめずりをしているわけではない。

 

「あらあ、残念ねえ。せっかくチーズ大好きになってもらったのに、欲しいところにバルジが付かないなんて。ねえ? ほらピザよ」

「デブまっしぐらなご飯ばっかり! 馬鹿! イタリアの馬鹿! 大好き!」

 

 半べそで叫びつつ、それでもしっかりピザは食べる大鳳にローマは満足気だ。まあ、武蔵の見立てではコルセットでも巻けば誤魔化し切れるレベルの増設ではあるわけで、大鳳の衣装の構造上、それは特に難しいことでもない。本人が気にしないのならばそれでこの話は終わりなのだが、この女がどちらも取りたい欲張りガールである事は、付き合いの長い武蔵はよく理解している。きっと好きなもの食いつつしっかりと体を絞りきるだろうことに疑いはない。

 しかし昨今、大型艦建造の頻度は増してきている。鎮守府の大型艦建造枠が残りひとつということと、資材に余裕が出来たこと。そして来月に迫った限定海域に向けて、最後の宝くじを引かんと、ここ最近はペースが上がって来ているのだ。ちょうど今も、備え付けのノートPCの画面は大量の資材が投入されたところで、カウンターに集った艦娘たちが揃って身を固くしたばかりだ。

 

 青ざめつつピザ食って「早く何とかしないと……」と呟く大鳳を見ていると、さっさとそうすればいいのにと突っ込みを禁じ得ない。せめて部屋の中で運動でもすればいいのにと嘆息交じりに思っていると、待ってましたとばかりに黒サラトガがやって来た。ハイレグきつめの黒いレオタードにアームウォーマーとレッグウォーマー姿。どう考えても何らかのエクササイズに挑まんばかりの姿に、カウンターに集まっていた面々の表情が固まる。対するサラトガは笑顔から一転、先程の大鳳と同じような泳ぎ目で「……連日の飲み食いで、いろんなところがバルジオンしちゃったの。軽量化しないと……」と涙混じりのかすれ声だ。

 そんなサラトガの姿を目の当たりにして、ピザを食い終わった大鳳が立ち上がった。国は違えど同じ空母、今この時は共に戦う仲間であり、競い合うライバルでもある。その仲間でありライバルでもある彼女が消沈している姿など見ていられないのだろう。「私も一緒に頑張るわ」と握手を求める大鳳に、涙もろくも手を握り返したサラトガは、早速PCの画面を艦これからエクササイズチャンネルに切り替える。

 

 しかし、選択したコースが初心者にも優しいタイプのものではなく、軍隊上がりのマッチョなおじさんが笑顔で指導する過激なコースなのは、いかがなものか。まだ開始して五分と経っていないのに二隻とも悲鳴を上げ始めている始末だ。まあ、仮にも軍艦だったものの端くれなのだ、大丈夫だろうとグラスを空にしたところで、ようやくマニキュアが乾いたようだ。席を立って部屋の皆に挨拶して武蔵は颯爽と去ってゆく。その道筋、ふと気掛かりが生じて自らの脇腹をつまむ。

 

「私も少し絞るべきだったか……」

 

 まあ、姉艦の隣りに並べば誤魔化せるかとひとり頷き、再び歩き出した。

 

 

 

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