今回の限定海域は、もしや取りこぼしが出るのでないか。
ローマは未着任部屋のカウンターに肘を付いて溜息吐きつつ、新入り4隻の旺盛な食いっぷりを眺め、そんな考えに耽っていた。何せ今回、限定海域開放早々に提督がインフルエンザでダウンだ。全資材カンストなどと諸手を上げてはしゃいでいたのが、その1週間前の事。その時にはまさか、自分が39℃の高熱抱えて病院探して歩き回るとは思っても見なかっただろう。
今回もドロップ枠に入らなかったローマとしてはいい気味だと思いたいところではあったが、そうすると目の前のこの艦娘らがこの部屋に取り残される事になってしまうのが心苦しい。せっかく大型艦建造組が旅立って、着任の目が無い艦娘はローマだけとなったはずのに、ここで手を抜かれては未着任部屋がまた賑やかになってしまう。特に、今回は駆逐艦に潜水艦といった艦種で、体格もお子様寄りな娘が多い。何度もこちらを口説こうとしてくる松風をはじめ、まとめてご飯で黙らせてはいるが、そう長くは持つまい。
そもそも駆逐艦や潜水艦といった艦種だ。今まで大型艦建造枠をはじめ比較的精神年齢高めの(そうでもなかったが)艦娘たちが多かったため、未着任部屋の低年齢化はローマとしてもやり辛い。こうして胃袋を打撃する以外の接し方が思い付かないのだ。そう考えると、親潮などは駆逐艦枠ではあるが、落ち着いていて接しやすい部類だったなと懐古に耽る。
「oh! 皆さん、提督に動きがありました! 限定海域の攻略を開始した模様です!」
今回の監視役である黒サラトガの一声で、一同、料理の皿を持って彼女の背後まで移動する。やれやれと肩を竦めたローマはデザードの仕込みをしつつ、視線は都度都度そちらへと引き寄せられてしまう。
第一海域は甲難易度で早々に突破してしまい、伊13も伊14も高練度潜水艦ばかりの鎮守府行きは気後れするわーとひそひそ話している。次の第二海域以降を丙掘りが完了してから攻略する手はずのようだが、普段と異なる方法で早々上手くいくものかと肩を竦めん思いだ。
案の定、掘りを始めて3日経っても一向に藤波はドロップせず、当のご本人はといえば、PC画面の前で立ったり座ったりを繰り返して簡易スクワット状態だ。終始トイレを我慢している子供のような藤波の仕草に、各々猫用トイレやオムツを差し出したりと、己のセンスを試そうと迷惑極まりない競いが始まっていた。何故か詰みあがる御花摘みグッズに若干身を引きながらも、藤波の注意はPC画面に縫い付けられたままだ。
「これ、結構キツイ、ね。待ってるの。みんな大丈夫だったの……?」
「少なくともそこの帽子の姉たちは余裕ぶっこいてお茶しばいてたら、ゲージ削り途中のまったく予想外なタイミングでドロップして、慌てて焦ってお茶ひっくり返しながら着任して行ったわ」
「姉貴たち、なにやってんの……」
と言うかだ、コレ。と、ローマは皆の後ろからPC画面を覗き込みつつ小さく嘆息する。輸送護衛部隊での掘りは効率が悪くないかと思うのだが、誰もそれを指摘しないので黙って置く。提督も後々になって気付くのだろう。今はまだ、病み上がりでウィルス残っているのかもしれない。胡乱なのはまあ、だいたいいつものことだ。
「はい。ここでお手紙です。今回はローマさんにお手紙が届いていますよ」
龍鳳が笑顔で差し出す便箋は、鎮守府からのものではなく、敵側からだ。
「E-2海域最深部でお待ちの空母棲姫さん。敵じゃない。ええっと? “……連合艦隊第一艦隊の睦月型たちが、単装砲で尻をつついて藤波を出せと脅迫してきます” ……知らんがな。そんなお腹冷えそうな格好してからに。それに文句なら、わざわざ輸送護衛部隊でちまちま掘りしてる提督に言いなさいな。あ」
口走ってしまったところ、スクワット状態の藤波が猫のような奇声を上げ始めたが、まあ彼女の癖と言う事にしておこう。手紙は丁寧に畳んで小箱に放った。後でどこか掲示板的なところに張り付けてやろう。
その後もそわそわと堀りの風景に見入っていた藤波たちだったが、幾度周回しても結果は芳しくないもので、“そわそわ”の質が徐々に変わって来ていた。楽しそうにうずうずする心地から、不安で落ち着かないものへと。こりゃあ姉貴たちも余裕綽々として居た訳だと苦笑いして頷いたのは松風。帽子を指先で弄びながらローマに問うのは、この後の提督の方針だ。こうして周回を続けても目標がドロップしなかった場合、どういった対処に出るのか。
「うちの提督、着任早々のイベントでかなりの数の艦を取りこぼして苦い思いしているから、取れるところを確実に取ろうとするのよ。普段なら、今回みたいに掘りを始めに持ってくるなんてせずに、全海域の攻略が終わって報酬艦が着任してからようやく掘りって形にね。だから、恐らくだけれど、一定期間ドロップがなかった場合は、掘りを一旦あきらめて攻略にシフトするでしょうね。報酬艦を確実に抑えて置くために」
それは、藤波の獲得を一度断念して、松風や伊14の確保に乗り出すと言うことだ。不安そうな顔になるのは藤波と、そして潜水艦姉妹だ。取りこぼされる可能性が出来てきた藤波はもちろん、姉妹離れ離れになってしまうのではないかと手を繋ぎ合う潜水艦たちの姿は見ていられない。
「まあ、大丈夫じゃないかしら」
落ち込んでしまった新実装艦たちを見かねてか、顔を背けつつ呟いたローマに視線が集まる。
「うちの鎮守府は艦娘の着任が最優先だから。例え難易度最低にしてでも、みんな引き上げる気なのよ」
そう言ってちらりと、ローマが視線を向けた先。PC画面の中では銀の色を背景とした藤波の立ち姿があった。声もなく熱を上げて行く艦娘たちはしかし、藤波の深刻そうな顔色に、何事かと息を飲む。
「……どうしよ。着任ってまだ時間ある? トイレ行きたい……」
皆、揃って猫用トイレに視線を向け、藤波の苦しげな嗚咽が未着任部屋に木霊した。
○
その後ようやく機動部隊にシフトした連合艦隊の進撃で、E-2海域は早々に乙難易度で攻略完了。最後までローマを口説こうとしていた松風は扉の向こうから伸びてきた姉たちの腕に捕らえられ(ジャパニーズホラーよ! とローマとサラトガが抱き合ってすくみ上っていた)、悲鳴と共に姿を消した。それはそうとあの小娘、ご飯作れる艦娘を最初に口説きに行くだろうなと、ローマと龍鳳は顔を見合わせて頷き合う。忘れ物の帽子を放って渡したところ、吸い寄せられるように頭にフィットした現象は、磁石か何かが埋め込まれているからだろうか。元が金属の塊ゆえに気にしないことにしておく。
さて置き、E-3も掘りを優先した方針は、皆の予想通り熾烈を極めた。ドロップ枠の伊13の発生地点は最深部のボスマス。輸送ゲージを破壊して戦力ゲージを割らないように掘り進むのは気を使う作業で、度々難易度リセットを繰り返すのが大きな手間となっていた。何が手間かと言えば、九七艦攻の数が足りず、ドロップした軽空母からはぎ取って投入している点だろうか。軽空母たちの艦攻が取り上げられるたびに「龍驤が剥かれたね」「oh my god,oh my god……」「祥鳳さん、元々肌蹴ているところに更に……」「潜水艦より、露出が多いよお……」「わあ、でっかいでっかい!」と皆して顔を手で覆いつつも、指の間からしっかりその光景を眺めているのは、いかがなものだろうか。
しかし、掘りの最中に軽空母がドロップしなかった場合、いよいよ手詰まりとなってくる。他の海域に出て軽空母を狙うのも面倒だと考えたのか、ここにきて提督が大型艦建造を始めてしまい、皆で「ええ……」と顔を見合わせる。しかも、資材をケチってボーキ多めのほぼ最低値で回したのが祟ったのか、まるゆが2体もロールアウトして目も当てられない有り様となる。運改修に用いるには練度も時間も数も足りず、母港を悪戯に圧迫する結果となったのだ。
そして迷走した挙句取った行動の一番の失敗は、水偵と間違えて零観を廃棄してしまった事だろうか。九七艦攻の数もそうだが、水偵の数も同様に足りなくなり、手持ち装備のロックを外して分解彩雲に当てていたのだが、どちらも練度マックスで未回収、そこにわずかな油断が重なり起こった悲劇だ。ローマたちも動向を見守りながら「ん? あれ?」と首を傾げていたが、廃棄画面になると各々立ち上がりストップ騒いで諸手を振ったが、未着任部屋の声が届くことはなく、あえなく誤廃棄となってしまった。
「あちゃあ……」と額に手を当てて項垂れる面々(約1隻、ざまあ見よと鼻で笑っていた艦娘がいたが)は、提督が方針を変更する様を目の当たりにする。丙難易度での掘りを止めて、乙難易度にて攻略を開始したのだ。掘りも兼ねたこの試みはしかし、長い闘いの幕開けでもあった。水上打撃部隊での進撃は道中の大破撤退が頻発し、ボス到達率は1/3程度。しかもギミックに気付かずひたすら吶喊していたため、ゲージの削り具合も微々たるものだ。
そうして数日掛かりの長丁場が再び始まるなか、龍鳳がまた手紙を持ってきた。
「なに? またお手紙? 今度は誰よ……。E-3海域の端っこでお待ちの戦艦レ級さん。また敵じゃない。“――暇です”。知らんがな。甲難易度じゃあるまいし、E-3の輸送ゲージ、わざわざ水上艦で割りに行かないでしょ」
丁寧に畳んだ手紙をぞんざいに小箱へ放ると、龍鳳が新たな手紙を持ってきた。
「今度はなに……。“あいつと戦いたい。白くて棍棒持ったあいつ”。作品違いよ。宇宙行きなさい宇宙。火星よ火星。最近尻尾生えたらしいから気が合うと思うわ」
「深海棲艦、ついに宇宙へ……」
「地球の海を制覇出来ていないようじゃ、宇宙の海なんてもっての外よ」
「あのう、そのセリフ。某宇宙戦艦的にはどうなのでしょう?」
「大丈夫よ。イタリアも宇宙戦艦飛ばすわ。もちろん、うちの姉さんね」
微妙に話が噛み合わないが、宇宙戦艦対宇宙深海棲艦の戦いなど、スケールが大きすぎてもはや触りたくもないなと、龍鳳は苦笑いで引き下がる。
そうして見守るE-3攻略。進みは微々たるものではあったが、未着任組のローマと龍鳳にとっては面白い場面も多々あった。つい数ヵ月前まで未着任部屋に居た顔馴染みたちが、連合艦隊の編成に組み込まれて活躍しているのだ。ビスマルクや大鳳が出撃して戦っている様を見るのはどこかむずかゆいものがあり、しかしイタリアや時雨と行った意中の艦娘が活躍すると、ローマも龍鳳もテンションをかちあげて潜水艦姉妹をドン引きさせていた。加えて、白サラトガが画面に映るたび、隣りで正座している黒サラトガが立ち上がって「私! 活躍している、私!」とはしゃぎ出す様にも困ったものだ。「アイオワ! そこでハープーンよ!」と叫んで総突っ込み食らってびっくりしていたあたり天然だ。
だいぶ長丁場になるかと思われた伊13の掘りだったが、意外にあっけなく達成された。乙難易度ではボスマスに空母棲姫が2隻体勢で構えているとは言え、双子棲姫含め3隻残してもA勝利は確定だ。試行回数も3桁に届く前にドロップと相成ったので運は良かった方なのだろう。長丁場はむしろ、そこから先だった。
伊13を見送ってから数日をかけてゲージを削って行った訳だが、ただの一度もS勝利が得られなかった事に、PC画面を眺めている面々は、特に伊14は不安気な表情を隠せなかった。S勝利が得られなかっただけならばまだいいが、双子棲姫を一度も撃沈出来ていないとなれば話は別だ。ゲージを割るにはボスの撃沈が必須だが、削りのこの段階では一度もそれを達成できていない。
ラスダンの様子をただ眺める事しか出来ない伊14はと言えば、酒瓶抱えて泣いているのか飲み過ぎかわからないしゃっくりを繰り返している。心身共に酔いを得ていないと正気を保てないのだろうなと観察するローマは、似たようなのが同郷に居たなと懐かしくなり、ビスマルクの残したワインのストックを開放する。潜水艦のやけっぱちな乾杯に付き合いつつも、動向を見守る目はすでに問題点を割り出していた。
「……単純に火力不足よねコレ。第二艦隊に夜戦カットイン要員をもっと入れないと……。あ、提督も気付いたわね。編成変え始めたわ」
「北上さんと大井さんはいいとして、後の方々は交代した方が……。あ、時雨ちゃん! 時雨ちゃん投入ですよ!? E-2海域で島風ちゃんと雪風ちゃんを編成してしまった提督! これは痛手かと思いきや、なんとまさかの展開! 龍鳳的には全然オッケーです!」
「my god! 龍鳳が長良型六番艦と精神交換してしまったわ!?」
「放って置けば治るわ。別の艦と精神交換するかもだけれど」
第二艦隊の編成を見直した効果は即座に現れた。敵残存が双子棲姫、空母棲姫1隻という絶好の形。次々とカットイン雷撃が決まり、フィニッシュは五番艦に位置していた綾波だった。六番艦である時雨の出番を待たずの決着に、龍鳳が力強く握った拳のやり場を失くして、顔は真っ赤に、口は“H”の形にしてひとりで憤怒していた。これ鬼怒とも言う。
ようやく着任が確定した伊14はと言えば、さすがに体内のアルコール量が限界を超えてしまったのか、トイレに籠って決定的瞬間に立ち会う事が出来なかった。げっそりした顔でPC画面の前に戻るや否や、ホロ背景を背にポーズを取っている己の姿を目の当たりにして、その表情が消える。魂が抜けたのかと心配する面々だったが、次の瞬間、嬉しそうに震える顔でグラスを差し出してくる姿に3隻分のそう突っ込みが行った。酒への執念が半端ないなと、未着任残留組は半ば感心気味に、これから鎮守府へと着任する仲間を祝福した。
○
終わってみればまだ数日の余裕があるものの、資材の消費は燃料が15万を割りそうになったりと、課題が多く残る限定海域となった。再び3隻となってしまった未着任部屋にはゆったりとした時間が戻り、ローマと龍鳳が夕食の準備を、黒サラトガが駆逐イ級のぬいぐるみを胸に抱いてソファーで丸くなっていた。ごろごろとソファーの柔らかさを堪能していたサラトガは、キッチンの方からやけに上機嫌な鼻歌が聞こえてくるもので、身を起こしてそちらを見やる。
鼻歌の主はローマで、粗く刻んだ野菜を瓶詰にしてピクルスをつくっている最中だ。普段眉根を寄せている事が多いため、こうしたわかりやすい上機嫌と言うのは珍しく、いやでも興味をそそられるのだ。
「どんな良い事があるの?」
ソファーの背にもたれ掛り問うサラトガに、ローマは機嫌の良い音色を返し、龍鳳が代わりに説明をする。
「イタリア重巡のザラさん、第二改造が確定しているんです。メンテに入ったらこちらに見えるかもしれないので、今から御馳走の仕込みを」
「それと、お酒もね。妹がやらかし者だから愚痴も溜まっているでしょうに。いろいろ積もる話もあるでしょうから?」
なるほど、妹分がやってくるからご機嫌なのかと頷くサラトガは、未着任部屋備え付けのPC画面を見やる。ちょうど画面に映し出されていた重巡ザラの練度は70を超えたあたり。第二改造の必要練度がどれ程かは定かではないが、昨今の重巡の改造練度を思い出す限りでは、この程度ではまだまだ足りないだろう。つまりはまた、少しばかり長い付き合いの艦娘が増えるのだ。
「それに、ザラは料理出来る方だから。しばらくはこっちのターンよ」
日伊米と、持ち回りで食事の支度をしている未着任部屋ではあるが、しばらくはパスタの国の得手と言う事だ。むしろ大歓迎だなと頬を緩めるサラトガは、上機嫌のローマがまだ話したそうにしている気配を感じ、無言でその先を促してみる。
「今回着任した娘たちがちゃんとやれてるか、とか。あとは、未着任部屋でたむろってたあの連中がちゃんとやってるかどうか。話題が尽きないのよ」
これは未着任部屋の住人ならではの楽しみだなと頷くサラトガは、果たして自らもその嬉しさを実感する時がくるのだろうかと思い耽る。今それについて考えるのは野暮な事だなと笑い飛ばし、早速ピクルスをつまみ食いに向かわんと立ち上がった。