うちの鎮守府の未着任艦娘たち   作:安楽

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Z・波濤をこえて

 ジョッキの底を木製のカウンターテーブルに打ち付ける音がふたつ、同時に響いた。

 客人としてカウンター席に座っているのはふたつとも小柄な影。ドイツ製の駆逐艦、レーベレヒト・マースと、その同型艦であるマックス・シュルツだ。すでに鎮守府へ着任しているはずのこの二隻が、何故に未着任部屋のバーカウンターでしょぼくれて呑んだくれているのか。それは……、

 

「まさか、忘れられていたとはね……」

 

 ローマの呆れたように告げる言葉に、ドイツ駆逐艦二隻は磨き上げられたテーブルの木目に顔を突っ伏した。

 この未着任部屋には鎮守府に着任していない艦娘が現れる。それは実装済みではあるもののドロップしていない艦や、改造で艦種やグラフィックが変わる艦が対象となる。図鑑にグラフィックが登録されているものの、未取得や未改造でまだそのスロットが空白となっている艦、と言うわけだ。そして、レーベとマックスの二隻は改造こそ済ませてはいたものの、練度70の“ツヴァイ”には届いていない。本来、ビスマルクたちがまだこの未着任部屋で呑んだくれている時期から共にいたはずの二隻だったのだ。

 それが何故、今になってこの未着任部屋に姿を現したのか。ローマが口にした通り、提督に“ツヴァイ”の存在を忘れられていたのだ。次の限定海域に向けての情報整理の中で、ふと図鑑の不自然な空きスペースに気付き、ウィキ見て初めて二隻の“ツヴァイ”の存在を知ったのだ。

 

「あー。今までは“ツヴァイ”の存在そのものが認識されていなかったから“未着任ですらない”って扱いだったわけね。で、認識されたからぽっと自然発生して、今さら未着任部屋にご案内ー、っと」

 

 レーベにはミルクを、そしてマックスには子供ビールを注いで回るのは、つい先日航空巡洋艦から軽空母へのコンバート改造が解禁された鈴谷航改二だ。提督の方針としては任務のために軽空母への改造が予定されている身ではあるが、改二での任務が未だに達成できていないがために、この未着任部屋に足止めを食らっているのだ。まあ、当人としては呑気なもので、調理場を仕切るローマを「姐さん」と呼びつつ、自らもエプロンを纏って調理の頭数に加わっている。

 鈴谷の何気ない言葉に、駆逐艦二隻は再び深く項垂れる。どちらもアルコールが入っているわけではないものの、呑んで酔った気分になって、やりきれない何かを吐き出した心境なのだ。そして、それを咎める者はこの未着任部屋には居ない。

 

「……わかっているよ。僕たちは他の駆逐艦の子たちと比べても性能面で劣っているって。所詮はビスマルクを建造するためのもにょもにょでしかないんだ。ビスマルクが建造された今、僕はもう用済みなんだ……」

「レーベはまだいいわ。私はそのもにょもにょにすらなれなかったのだから……。これからはもうサービス終了まで母港の肥やしとして膝を抱えて暮らすのよ……。もにょもにょに成れなかったもにょもにょもどきとしてね」

「でも、もしも活路がまだ残されているのだとすれば……」

「Falk38ね。ええ、非常に優秀な機銃よ。改造でコレを持ってくるだけでも価値があるわ」

「……僕たちの価値、それくらいかなあ」

 

 卑屈気味、やさぐれ気味のミス・ジャーマンズを宥めるようにコップの中身を注いでゆく鈴谷は、「どうしたもんスか」と困った様な半眼でローマを見やる。溜息頬杖姿の半ばこの未着任部屋の主はといえば、片眉を上げて「どうもせンよ」と投げやり気味に返す。この二隻のやさぐれモードは一時的なものだとわかりきっているからだ。

 

「二隻とも、本体はちゃんと鎮守府に居てこれまで活動して来たんだし、うちの提督の性格だってわかっているはずでしょう? 自分たちがいずれレべリングの対象になって“ツヴァイ”お披露目するって」

 

 それがわからないレーベたちではない事くらい、それこそローマは理解している。このやさぐれはそうした事情を差し引いて割り切れなかった部分、“忘れられていた”分の発露だ。これに対して提督がどう落とし前をつけてくれるのかと因縁つけるような性格でもなかったため、こうして泣き寝入りと言うわけだ。

 ローマとしてはしばらくこのままにして置けばいいのだと考えているのだが、新参の鈴谷や古参の龍鳳はそうはいかないらしい。そうはいかないらしいものの、下手な言葉を掛けられないと、ひとまず杯を注ぎ料理を用意して心を落ち着かせようとしている段階だ。で、黒サラトガはと、ローマが視線を向ける先、厨房でバンズ焼いている米空母の姿があった。こちらはこちらで用意があったようだが、二隻が早々に出来上がってしまったせいか、完全に出遅れて今さらどうしたもんかと視線を送ってくる。ローマの返答は溜息交じりの「バーガー何人前つくる気なのよ」と呆れたもので、それが実際に呟きとして発せられたためか、タイミングを得たとばかりに嬉々としてかけてゆくサラトガの姿に二度呆れ、そして笑む。

 

「……ところで、ローマのその格好はなに? 新しい限定グラ?」

 

 自分たちが発する重苦しい雰囲気を払拭しようとしたものか、レーベがローマの着ている衣装に今さら疑問を向ける。ローマが身に纏っているのは牛の着ぐるみだ。決してパジャマではない本物の着ぐるみ。白と黒のホルスタインカラーに、何故か手には煙管がある。火は灯っていない。

 

「これね。次の新規着任艦に突っ込み入れさせるためのネタを皆で考えていたのよ。あんたたちが初見のリアクション薄かったからまた考え直さなきゃだわ」

 

 面倒くさそうに吐き捨てるローマに縮こまるレーベ、それを遠巻きに眺める空母たちは「あのネタ、何年前の……?」などと、チョイスの古さを陰で囁く。そんななか声をつくったのは、しゃっくりひとつしたマックスだ。

 

「それネタだったの? てっきり、首から下は本当に牛になったのかと思ったわ。レーベが呑んでるのも、そのはち切れそうな物体から絞り出したんじゃないの」

 

 ジョッキの中身を傾けていたレーベが思い切り咽て咳き込んだ。ローマは傍らの牛乳パックに視線を向けて、無表情なまま頷く。

 

「ええ、特濃よ」

「特濃なの……!?」

「あー、5.3っスね」

「5.3……!」

 

 自らの胸元を、希望するサイズの輪郭をエア揉みするレーベは、「希望がそこに?」と隣のマックスに問う。相方はサラミに夢中なふりして黙殺だ。

 

「それより、あんたたちこそ限定グラはどうしたのよ。レーベの4周年水着とか」

「あれは実装グラフィックじゃないよ。下に着ているけれど……」

 

 カウンターの向こうの連中がマックスと一緒に「着ているのか」と突っ込めば、頼んでもいないのにレーベがいそいそと脱ぎ始める。そうして一皮むければ、なるほど、件の水着姿のドイツ駆逐艦の姿があった。マックスに限定グラが実装された頃から服の中に着ていて待機状態だったと本人曰くの眉唾な話をするが、そうだとすればかなり周到なものだと皆が感心して、しかしと、首を傾げて唸るのがローマだ。

 

「大丈夫なの? あれは」

 

 あれ。それに思い当たったのは、実際に被害にあったマックスだ。気のせいか室内のBGMが変わった気がして、雰囲気も気持ちホラー寄りに傾いてきた気がする。未着任部屋の面々に緊張が走るが、此度はそれ以上、何物の訪れる気配もなかった。時間と共に弛緩してゆく雰囲気の中、ノートPCの画面にちらりと目を向けた鈴谷があることに気付く。

 

「レーベちん、レベル上がってるよ。たぶんレべリングしてるわこれ」

 

 短く声を上げてノートPCにかじり付いたレーベが「何故に?」と、振り向いて皆に疑問の視線を向けてくる。答えたのはしゃっくりする口元を袖で隠すマックスだ。

 

「あなた、ビスマルク建造の件でレベル上がっていたでしょう? 68くらいで止まっていたし。“ツヴァイ”まで近かったから演習ついでに上げちゃおうって考えじゃないの」

 

 はわわわと頬に手を当てて飛び跳ね始めるレーベを微笑ましげに眺めるカウンター組は、その光景で早速一杯ひっかけはじめるが、サラトガがふと、あることに気付く。

 

「でも、この調子だと、その水着姿のまま“ツヴァイ”着任になってしまうわね?」

 

 はわわわが固まった。さあっと血の気が引いてゆき、青い顔で自らの肩を抱いてぷるぷると震えだす。

 

「どうしよう、こんな破廉恥な格好で着任したら、提督や皆に痴女だって思われちゃう……!」

 

 隣りの同型艦に全面的に喧嘩売ったドイツ駆逐艦は、画面上でぐいぐい溜まってゆく経験値にあたふたと慌て、「まあ、落ち着いて一杯」と差し出されたジョッキの中身を一気に呷る。そしてマックスに横腹つつかれて咽て零して涙目になったところで、ちょうど改造練度に達してこの部屋から消失した。

 

「あれは絶対痴女だと思われたわね」

「……あんたたち仲悪いの?」

「仲良しよ。お互いの下着間違えて履いてって一日気付かないくらいには」

 

 微妙にわかり辛いなと渋い顔になった皆は、さて、この後の展開もなんとなく予測出来てきたぞと、揃ってノートPCの方へ視線を向ける。なによとジョッキ傾けながらそちらへと振り向いたマックスは、自分の練度が急速に上昇している光景にジョッキ抱えたまま咳き込んだ。

 

「なぜ!? レベル30で止まってたのに……!」

「そりゃあ、ねえ? 相方が“ツヴァイ”になったんだから、もう片方も上げるのが人情ってもんでしょうよー」

「限定海域前なのよ!? 何考えているの!?」

「まあまあ、資材は安全圏をキープしていますから……。限定海域開放前にマックスちゃんも“ツヴァイ”になるんじゃないかと」

 

 ジョッキの中身を一息に空にしたマックスは「火照ってきたわね……!」と良い声で呟き、身に纏っていた衣装をすぱっと脱ぎ去る。レーベと同様に下に水着着用済みの姿に、カウンター組が口笛や拍手で煽りつつも「お前も着てたんかい」と内心で声を揃えて突っ込んだ。さて、そうしてテンションかち上げたマックスがベリーダンスでも踊り出そうかというあたりで、異変は起こった。粘性を帯びた重量のある音が、窓際のテーブル上に落下したのだ。

 踊り出していた者も囃し立てていた者も一様に硬直し、音の生じた方を向く。テーブル上に居たものは、やはりあの深海棲艦。深海忌雷だ。ぬめる体を蠢かせ、挨拶のつもりだろうか、触手のひとつを軽く上げて「やあ」とでも言いたげな仕草を見せる。

 

 マックスが声にならない悲鳴を上げてすくみ上り、空母勢が表情を消して各々の艤装を展開してゆく。しかし、いざ艦載機が発艦しようかと言うところで、今度は音声付の悲鳴を上げたマックスが単装砲を構えてカウンター側へ砲身を向けた。慌ててカウンターの陰に身を隠す未着任組、驚きの声を上げたのは鈴谷だ。

 

「ちょお、ちょおおお!? マックスきゅんどうしたの!? 乱心!? ご乱心!?」

「ひ、飛行機は、飛行機だけは絶対に絶対に嫌よ!」

「あのー、確かに飛行機は間接的な死因でしたけれど、機雷は直接的な死因だったような……」

「もちろんどっちも嫌よ! 嫌に決まってるでしょ!? でも、そんな、高性能艦載機ばっかり積んでそうな成りしちゃって……!」

 

 空母勢一同、一度カウンターの陰から顔だけ覗かせてマックスを見た後、戻って各々装備スロットを確認する。

 

「やっべ、あたし艦載機なにも装備してないじゃん。えー。けちけちしないで良い娘ちょうだいよー」

「じゃあ、うちの優秀な子猫ちゃんたちはどう?」

「あの、そこは国産の子たちを。いい子たくさんいますよ?」

 

 ややあって立ち上がった空母勢は、各々の発艦装置を再び構え直した。

 

「あなたたち! 人の話聞いてないでしょ!?」

「そうは言ってもさあ、マックスきゅんこのままじゃその忌雷に体中の穴と言う穴を責め立てられて、紙面じゃとてもお届け出来なくなっちゃうからさあ?」

「サラ知ってる! タコト・アマね。日本の伝統的なポルノ!」

「春画ですサラさん。それに、北斎氏の蛸と海女は大小二匹の蛸が海女を責める、気持ち3P的なものだったとか……」

「やめてよ! そんな事言ったら……、ほらあ! もう一匹来たあ! 小型種もう一匹! でも、それでも! ひ、飛行機よりはマシよ!」

「あ。さいで」

 

 じゃあ仕方ないかと空母勢が発艦装置を下ろしてゆくと、ここぞとばかりに二機に増えた忌雷がマックスに飛び掛かった。敵勢力との格闘を始めるマックス(ほぼ敗けている)を敬礼で見守る空母勢の横を、ため息交じりのローマが通過して、軽やかにカウンターを乗り越える。袖を捲り、マックスとトルコ相撲の真っ最中の忌雷を片手で引きはがすと、開け放った窓から力任せに放り投げた。

 

「鎮守府に行ってマリネにしてもらいなさーい」

「my got! あの悪魔の眷属を食べるの……!? 正気度は!?」

 

 タコを好んで食べる文化がある国の面子が口元押さえてドン引きする黒サラトガを部屋の隅に追い詰める中、粘液まみれのマックスが息を荒げ、ふらふらと立ち上がった。

 

「……危機は去ったけれど、鎮守府に着任したくなくなったわ」

 

 ノートPCの画面上では、マックス・シュルツ改の練度が60台を突破し、尚も急速に上昇を続けていた。 

 

 

 

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