ポケットモンスタードールズ   作:水代

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大きな都市に初めて行くと迷うなんてことよくある

「うん、噴水の向かい側にあるポケモンセンターだよね」

『そうそう、噴水の向かい側にあるポケモンセンターだよ』

 分かった、と告げて、ナビの通話を切る。

 

 ふと、空を見上げる。

「…………もうすぐ日が暮れる、か」

 昼前に森に入って、森の中を散々歩きながらここまで来たのだから、まあそんなものか。

「…………問題は、これか」

 視線の先には何も無い…………正確には()()()()()()()()()()()()()()()()

 スイクンがリングを潜るまで確かにそこに存在していたのだが、スイクンがリングを潜ると同時に消えてしまった。

「…………中どうなってんだろう」

 ちゃんとジョウトに着いたのかな、と一瞬考える。

 恐らくジョウトに戻ったのだろう…………そう信じたい。

 さすがに自分で試しに、で入ってみるわけにもいかないし、この先がどうなっているのか残念ながら暗闇が広がる輪の中は見通せないので分からない。

 ただ、実機でスイクンが出てくる輪がここなのだから、恐らくこの先はジョウトだろうと思っている。

 まあ間違っていたらスイクンにいつか謝ろう…………もう一度会えるかどうかも不明だが。

 いやそれよりもリングである。消えた、のは良かったと思う反面、どういうことだ、とも思う。

 ため息を一つ。考えることは多かった。

 

「エア…………悪いけど、日が暮れる前にカナズミまで連れてってくれる?」

「りょーかい」

 そうして再びエアの背に負ぶさり、カナズミ目掛けて空を飛ぶ。

 

 まともに森を抜けて居たら半日、まあ最低でも夜になっただろう、最悪日付も変わっていたかもしれないが、エアがぐんぐんと加速しながら空を飛ぶ。

 この調子なら一時間もしない内にカナズミへとたどり着けるだろうと考え、一つ息を吐いた。

 

「やってらんねえ」

「…………何が?」

「色々…………かなあ」

 

 スイクンはあくまでこのホウエンを渦巻く面倒ごとに一つに過ぎない。

 グラードン、そしてカイオーガ、そしてレックウザに隕石、マグマ団にアクア団、そして伝承者の存在。

 さらに加わったフーパの影に、そこから出てくる伝説たち。

「なんで俺がチャンピオンになった時に限って色々出てくるんだろうね」

 ダイゴも、その前の歴代チャンピオンたちも、ここまで極まった面倒な状況に遭遇したことなど早々無いはずだろう。

 どうして自分だけこんな状況に陥っているのだろう…………自分は精々静かに平和に暮らしたいだけなのに。

 

「…………ったく、アンタは」

 少しだけ呆れたような声で、エアが呟く。

 

「なに心配してんのよ……………………私がいる、シアもいるし、シャルも、チークも、イナズマも、リップルも…………今はアースとルージュもいる。なら何を心配するのよ」

 

 そんな自信過剰とも取れる言葉に、沈黙し。

 

「…………くふっ…………そうだね」

 

 思わず苦笑する。

 

「…………頼りにしてるよ、エア」

「任せなさい、アンタが邪魔に思うなら、私が全部ぶっ飛ばすから…………だから、そんな顔するのやめなさい」

「うん…………ありがとう、エア」

 

 少しだけうんざりしていたけど、もう大丈夫だ。

 

「当然ね」

 

 相棒(エア)が…………それに仲間(みんな)がいるから、大丈夫。

 

「強くなったね、エアは」

 

 夕焼けが綺麗だった。だから、そんな一言が出たんだろうと思う。

 

 それはそれは綺麗な夕焼けだった。

 

 ――――――――七年前に、エアの慟哭を聞いたあの日と同じ、綺麗な夕焼けだった。

 

「今も昔も、変わらない…………俺のエース。けど昔とは違う、今は俺だけが認めたエースじゃない、ホウエンの頂点に立つパーティの誰もが認めたエース」

 

 あの日の慟哭を、七年も前のことを、けれど今でも覚えている。

 

 ――――強くなりたい。

 

 そう願ったあの日の少女は、強く、美しく育った。

 二年前のホウエンの頂点、あのチャンピオンダイゴのエースと激闘を繰り広げ、そうしてついにその鉄壁の牙城を打ち崩し、自身に勝利をもたらしてくれた。

 昨年の防衛戦では、さらに強く育成された伝説の巨人(レジギガス)相手に一歩も譲らぬ激しい戦いを見せつけ、その執念で持って伝説の膝を折らせた。

 

 誰もが認めざるを得ないだろう、その強さを。

 

 あのプライドの高いアースですら、エア相手には一歩譲っている、認めているのだ、このパーティの誰がこの頂点であるかと言うことを。

 

 誰にも文句なんて言わせない。

 

「おめでとう、エア…………ホウエン最強になった気分はどうだい?」

 

 そんな自身の言葉に、エアが()()

 

「まだね」

「…………まだ?」

「最強なんて名乗るなら、せめて」

 

 ――――伝説くらい倒さないと、ね?

 

 告げる言葉に、思わず笑いがこらえきれなくて。

 

 全く、頼りになるエースである。

 

 視界の先に見えるカナズミの街を見ながら、空の上で笑っていた。

 

 

 * * *

 

 

 カナズミシティはホウエンでも有数の大都会だ。

 ミナモシティが観光都市、カイナシティが港湾都市、キンセツシティが商業都市とするならば、カナズミシティは産業都市と言える。

 ホウエンで最大規模を誇る企業、デボンコーポレーションを初めとして多くの企業がこのカナズミと言う街に集合し、各街に支店を出しながら商業で鎬を削っている。

 さらにホウエン最大のボール生産工場などもあり、さらにホウエンでも最大規模のトレーナーズスクールが存在する。

 と言うか、カナズミシティと言うのはホウエンでも有数の学術都市の面も持つ。

 何せ、ホウエンで唯一の大学が存在する街だ。過去の著名なポケモン研究家たちの多くを輩出した名門である。

 因みにオダマキ博士もホウエンでも有数のポケモン研究家ではあるが、大学はジョウトのほうだ。父さんとは学生時代の友人だったらしいが、その辺で繋がりがあったらしい。

 

 こう言う広い街だと、ポケモンに乗って空から入って来るトレーナーたちも見慣れたもので、街中にエアに連れられて降りてもさして気にもされない。まあエアがヒトガタだと言う部分で多少の注目もあるが。

 中には自身がチャンピオンだと気づいた人間もいるらしいが、それでもひそひそと話す程度でこちらの邪魔はしてこないので良しとする。

 当たり前と言えば、当たり前だが。

 十歳でチャンピオンになったと言うのは、歴史的快挙と言える出来事だろう。

 自身だって実機で考えれば、初代主人公くらいしか思いつかない。

 いや他の主人公たちだって、十代前半でチャンピオンになってるのだから、十分過ぎるほどに非常識なのだろうが。

 あのダイゴですらチャンピオンになったのは十代後半である。

 となれば、トレーナー資格を持てるギリギリの年齢である十歳でチャンピオンと言う事実がどれほどのものか、考えるほどにその非常識ぶりが目立つ。

 だから、自身の顔と言うのは割とメディアに露出していることが多い。

 とは言っても、別に自身はそれほど際立って顔が良いわけでも、特徴的な服装をしているわけでも無い。まあ街中の人込みにこうして紛れてしまえば、そう気づかれることも無いだろうなあ、とは思っていたので予想通りと言えば予想通りである。

 

「噴水の…………ってあれかな」

 上空から見ていた時に見つけた噴水のある公園らしき場所、その向かい側にポケモンセンターがあったので恐らくここで間違いないだろうと思う。

「…………公園かあ」

 公園である。例えベンチをサザンドラが占領していたとしても、そのせいで周囲の人たちが本気でビビっているような光景が広がっていても公園である。

「…………ていうか、あれ?」

 ふと首を傾げる。あのサザンドラの足元に何か。

「…………ねえ、ハル」

 ふいに、エアが自身の裾を引っ張る。視線を向ければ、一言。

 

「あれ…………シキじゃないの?」

「……………………………………………………え゛?」

 

 自身の喉の奥から飛び出た変な声に自分で驚きながらも、視線はサザンドラの足元に蹲る黒い何かに向けられて。

 それがサザンドラを枕に眠る自身も良く知る少女だと理解した瞬間。

 

「なんか居るぅぅぅぅぅぅぅぅ?!」

 

 絶叫した。

 

 

 * * *

 

 

「助かったわ…………本気で助かったわ」

「なんで都会のど真ん中で遭難してるの、シキ」

 眠ると言うか、半ば疲れて気絶したシキをサザンドラのクロと共にポケモンセンターまで運び込み、すぐに介抱する。

 部屋を借り、さすがに勝手に服を着替えさせるわけにもいかないので、後でシーツを交換してもらおうと思いながらベッドに寝かせ、三十分後にようやく意識を取り戻したシキが自身を見て言った最初の一言は。

 

「…………夢?」

「夢じゃないから」

 

 まだ意識が朦朧としてるらしいシキを寝かしつけ、ポケモンセンターでもう一部屋借りて、休む。

 そう言えばミツルとハルカはどうしたんだろう、と思ったらどうやらカナズミの街へ出かけたらしいとジョーイさんに聞き、取りあえず着いた、とだけナビで連絡を入れておく。

 そうして、ようやくはっきりと目覚めたらしいシキが部屋でシャワーを浴び、身支度を整えたのか小奇麗になって自身の部屋にやってきたのが三時間ほど後のことだった。

 すでに空は暗く閉ざされており、月も出ていたが、カナズミの街のど真ん中ではその月明かりもほぼ見えなかった。

 

 すでに戻って来たハルカとミツルを誘い、四人でセンターで食事を取るため席についたシキの第一声が先ほどのものだった。

 

「都会って…………ほら、コンクリートジャングルって言うじゃない」

「何と言うか、そう言う意味じゃないと思うんだけど」

「あはは…………でも確かにこの街って広いよね。昔行ったミナモシティと同じくらい広いんじゃないかな」

「ボクは普段、ミシロにしか居ないんで、こう言う都会は初めてですけど、確かに迷っちゃいそうですよね」

 

 そんなハルカとミツルの言葉にうんうん、と頷くシキにやや呆れた視線を向けながら。

 

「ところで、俺たちに何か言うことは?」

「…………え?」

「初日の待ち合わせ時間に来なかったシキさん、俺たちに何か言うことは?」

「申しわけありませんでしたあ!!」

 がばっと、頭を下げるシキに、ハルカとミツルが苦笑する。

 そうして自身はと言えば、ため息を一つ。

「全く…………頼むよ、ホント」

「…………ごめんなさい」

 しゅん、となってしまったシキにもういいよ、とだけ声をかけて皿に装われたスープを一口。

 

「…………うん、微妙」

 

 思わず顔を顰めた自身に、ハルカとミツルがノーコメント、とばかりに表情を笑みで固める。

 シキは久しぶりに味のある物食べた、と言わんばかりに、美味しよふ美味しいよふを連呼。

 何故同じ日に旅に出たのにこれほど差が出てしまったのだろうと思わずにはいられない光景だった。

 

「…………これならエアに何か作ってもらえば良かったなあ」

「あ、その時は私にも食べさせてね」

「あの、ボクもお願いします」

 ぽつん、と呟いた独り言にハルカとミツルが過敏に反応する。

「え、何、エアってそんなに料理上手なの?」

「去年くらいから練習してるみたいだよ、シアと一緒に母さんに習ってるみたい…………最近はけっこう美味しいの出してくるよ」

 逆に言えば、初期は酷かったが。

 シアは割と最初からその辺そつなくこなしていたので、安心して食べていたのだが、初めてエアの作った料理を食べた時は三日寝込んだ。

 チャンピオン、エースの手料理で毒殺?! とかゴシップにならなくて良かったと思う。

 まあそんな忘れたい記憶も過去の物。今となっては小器用に色々作ってくれる。シアの場合、家庭料理に加えて自分の好みなのかお菓子系を良く作るのだが、逆にエアは大雑把な男料理と言うか、肉、肉、肉、みたいな偏った物を好んで食っていることが多い。

 とは言え、育ち盛りの自身からすると、好みとしてはエアの料理のほうが良かったりする。別にシアの料理が不味いわけではないが。いや、と言うか七年に及ぶ母様からの薫陶のお蔭か、母様の味わい慣れた味に最も近いのはシアである。何と言うか食べていて安心する味だ。ただ性格的な部分なのか多少の物足りなさを感じてしまうのは自身もまた男子と言うことか。

 

 …………なんでエアさん、感性が男子と同じなん?

 

 それはエアがエアだからとしか言いようが無い話である。

 

 

 * * *

 

 

 翌日、カナズミシティのポケモンセンターで目を覚ます。

「……………………ん?」

 もぞり、と自身のベッドの上で、何かが動く。

 ぺらり、と布団を捲り。

 

「…………ん…………」

 

 健やかに眠るエアの姿を見る。

「……………………………………あ」

 そう言えば昨日、シキ見つけたせいで帰すタイミング逃してたんだっけ、と思い出し。

 一人部屋しか取ってなかったのでどうしようかと思って、ボールの中で一晩過ごさせるのも可哀想だし、まあいいか、と一緒のベッドで寝たのを思い出す。

 

 とは言う物の、余り寝付けず遅くまで起きていたようだったが。

 

 …………なんで知っているのかって?

 

 そら…………ほら…………分かるだろ?

 

 ぶっちゃけ、自分だって寝付けなかったからだ。

 

 エアとは一度、気持ちを交わし合った仲だ。

 好きと言ったし、好きだと言われた。

 だからこそ、余計に意識してしまう。

 しかも同じベッドで寝ているからか、相手もこちらを意識しているのが分かってしまって余計に恥ずかしさを覚える。

 結局、寝るに寝付けずにいたら、日付を超えた辺りで若者ボディが時間の遅さに眠気を訴えて、ようやく睡魔に襲われた。

 

「…………寝てる」

 

 どうやら自分のほうが先に眠ってしまったらしいが、同じベッドの中に眠るエアは一体いつ眠ったのだろうか、と考える。

 ぐっすり寝入っている。こうして眠っていると、随分と幼さが目立ち、愛らしく思える。

 無意識にその頬に手が伸び、触れるか触れないかくらいのラインで止まる。

 

「………………ん」

 

 一度手を引き、けれどまた伸ばす。恐る恐る、まるで壊れ物か何かに触れてしまうかのようなゆったりとした手つきでその頬に触れ。

「…………は…………る…………」

 呼ばれた名前に、びくり、とするが。けれどどうやら寝言だったらしい。

 ほっと、一息ついた瞬間。

「…………ん…………ふふ」

 エアの頬に触れた手に、エアの手が重なり、微笑む。

 

「…………やばい…………なんかもう…………いや、なんていうか」

 

 言葉にならないレベルで、幸せを感じていた。

 

 

 ……………………。

 

 

 ………………………………………………。

 

 

 ……………………ボールの中からこちらを見つめる二人分の視線には気づけなかったのがこの日最大の失敗だったと言える。

 

 




アース <●> <●>ジー
ルージュ <●> <●>ジー

あ、ありのまま今起こったことを話すぜ。

俺は先の展開を考えずにどうしようかと悩んでいたらロリマンダを愛でていた。
何を言っているのかわからねーと思うが、俺自身も分からねえ。
全身からロリマンダへの愛が溢れていたんだ。

と言うわけで都会の荒波(物理)に揉まれたシキちゃん合流。

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