「あ、ミツルくん」
寝起きにエアとアースが大暴れしたせいで朝からポケモンセンターにぶち込まれることになった二人のことをさらっと記憶から削除しながら、朝食に出てきたシリアルをスプーンでかき混ぜならミツルに声をかける。
「あ、はい」
自身の呼びかけに、隣の席でナイフとフォークで何とかベーコンエッグを食べようと苦戦するミツルが顔を上げる。
「今日は朝からジムに行くから」
「ジムって…………カナズミジムですか?」
目をぱちくり、とさせながら小首を傾げるミツルに一つ頷く。
「実はリーグから依頼来てるんだよね」
そうして自身の口から出たリーグと言う言葉に、目を丸くした。
ホウエンリーグからの依頼は簡単だ。
カナズミ、フエンの両ジムのジムリーダーとの調整試合をすること。
まず基本的に、リーグがジムの運営方針に口を出すと言うことはほぼ無い。
ポケモンジム自体は公認非公認と言う部分を排すれば割と数は多いし、リーグからすれば各街の中で比較的質の良いジムを探してそのジムを
原作だと八つしかないので勘違いされがちだが、アニメだったか小説だったかできちんと公開されていた設定として。
挑戦者にバッジを渡せるのはポケモンリーグ公認ジムのみとなる。
そして公認ジムは、各ジムの中からリーグ側がジム検定巡視員を選定し、その巡視員がジムを審査し、認定することによってジムバッジの製造を認められる。
リーグ側が認めたジムだけが、ポケモンリーグ開催の際に優遇措置が取られる、と言うことだ。
ホウエンだと予選を勝ち抜くことでバッジを持たずともリーグに出場することができるが、これがカントー、ジョウト地方やカロス地方のようなさらに大規模なリーグ大会となると、そもそも公認バッジが無いと出場すらできない、と言うことがあるのでリーグ側も公認ジムを作ることは必須だし、ジム側も公認ジムと認定されることはジムに箔がつくし、認知度も多いに上がるため、ジム側にも多大なメリットがある。
だからこそ、各ジムは公認ジムになれるように努力もするし、リーグ側も一つでも多く質の高いジムを発掘できるように目を光らせている。公認ジムが多くなるほどにリーグが賑わう、それはトレーナーの質の水準を上げることにも繋がるからだ。
先ほども言ったが、そうしたジムに対してリーグ側はほぼ口を出すことは無い。
とは言いつつ、実情が酷いジムに対しては再審査を行い結果次第で認定を取り消すこともあるわけだが、それ以外ではほぼノータッチを貫いている。
そして今回はそのほぼ、の例外の事態と言うことだった。
* * *
ジムに認定審査があるならば、ジムに通うトレーナーにもまた審査があるのか、と言われれば無い、と言える。
基本的に公認ジムと言うのが挑戦者にバッジを配布すること以外は他のジムとほぼ変わらない。必要に応じてリーグ側から給付金のようなものも出たりするところは大きな違いと言えるかもしれないが、門下生のジムトレーナーたちから月謝を受け取ってジムを運営しているはずなので、よっぽど門下生が少ないジム以外はそんな事態は早々無いはずだ。
尚、うちのパッパはこの給付金の申請の理由に『旧型テレビを大型の最新式テレビに買い替えるため、また録画機器の新設のため』などと書いてできるわけねえだろ、と拒否られ自腹を切ったことがあるらしい。
…………いや、何やってんのパッパ。と言うか前にジム行った時にテレビが変わってると思ったけど、あれ自腹だったのか。何に使ったんだろう?
さて、基本的にジムトレーナーには面倒な制約などは存在しない。まあ最低限のルールと言うものはあるが、そんなもの非公認ジムだろうと基本的には同じだろう。
だが、だ。
公認ジムのジムリーダーにだけは、資格と言うものが必要になる。
挑戦者にバッジを渡すための最後の試験はジムリーダーなのだから、当然と言われれば当然なのかもしれない。
ゲーム時代だとボスキャラくらいにか思わず、バッジについてあると秘伝技が使える程度にしか思っていなかったバッジだが、この世界においてバッジの価値と言うのは本当に重いのだ。
ジムリーダーは、引退する時に次のジムリーダーを指名する。ただしそのことをきちんとリーグ側に報告する必要があるのだが、当たり前だが次のジムリーダーにも資格が必要になる。
そうして資格の取得に時間をかけ、ようやく今年からジムリーダーとなったのがフエンタウンジムのジムリーダーアスナである。自身が二年前に戦った時は高齢のおじいさんがジムリーダーをやっていたが、ようやく自身の知るジムリーダーに交代したらしい。
ここだけ取るとすでに二年前にジムリーダーになっていたツツジのほうが先輩とも言える。
さて、ここで一つ面倒な話。
どうしてツツジとアスナだけ調整試合を頼まれて他のジムへの依頼は無かったのか。
有り体に言えば、若いからだ。
若い、と言うだけならば大した問題でも無い。
ただ、ツツジにはトレーナーとしての経験が、アスナにはジムリーダーとしての経験が圧倒的に足りていないのだ。
もっと分かりやすく言えば。
カナズミシティのツツジは
ジムリーダーと言うのは別に勝つことが目的ではなければ、負けることが目的なわけでも無い。
公認ジムのジムリーダーの役割とは挑戦者の
ハードルを設定し、それを超えた挑戦者にバッジを与え、超えられなかった挑戦者にはアドバイスを与え次に繋げる。
もう一度言う。
ジムリーダーの役割は、勝つことでも負けることでも無いのだ。
ツツジと言うジムリーダーは、その若さ故に対戦経験と言うのが圧倒的に足りていない。
その天性故に早熟な強さを身に着けた彼女にとって、努力して少しずつ成長するその他トレーナーへのハードルと言うのは無意識的に高くなっていく。
だが待って欲しい、ジムリーダーが設定するハードルと言うのはジムバッジの数に応じた物になる。
父さんを含めた他のジムリーダーと言うのはこのハードルを上手く設定している。ジムバッジがいくつの時にこのくらいの実力があれば問題無い、と言う比較の対象を自身の中に持っている。
だがツツジはその対象を常に自分に定めているせいで、だいたい他のジムより二段階ほど難易度が高くなっている。
分かりやすく言えば、バッジ0個のポケモンもレベル一桁が二匹三匹の初心者にいきなりレベル30のダイノーズの入ったボールを投げるくらい容赦が無い。
特に最初の一年目は酷く、バッジ取得者が一年を通して一人だけである。
二年目は何となく程度に加減を覚えたのか知らないが、それでも三人。
二年で四人はさすがに酷いだろうから、少しは手加減と言うものを教えてやれ、と言われ調整試合をすることになったのだ。
「と言うわけで、最初は俺がやって、後から調整できたらミツルくんがやってみるってことで」
「あ、はい、分かりました」
「こちらも異存はありません」
と言うわけでカナズミシティジム。最奥のバトルフィールドの端に立ち、反対側に少女、ツツジが立つ。
「こちらが使用するポケモンは二体です」
「おっけー、こっちは今朝二匹センター送りになったから、一匹だけだけど、まあ上限入ってるから問題無し」
「では」
「じゃあ」
フィールドに立ったのだ、互いにやることは一つ。
ボールを構え。
「行ってください、イシツブテ」
「適当に遊ぼうか、ルージュ」
投げた。
* * *
少女、ツツジにとってポケモンバトルとは常に全力勝負だった。
幼くして大人顔負けの強さを持った少女にとって、競う相手とは同じトレーナーズスクールのクラスメートたちでは無く、カナズミと言う大都市にやってきてジムへと挑戦するトレーナーたちだった。
ジムの門下生の中でも一番幼かった少女は、けれど同時に一番才能豊かな少女でもあった。
その才能はポケモンバトルを繰り返すごとに開花していき、一足飛びに強くなっていく少女は次第にジムの中でも最上の強さを持つようになっていき。
僅か十二にしてジムリーダーと言う立場に就くことになった。
別に前のジムリーダーが悪かったわけではない。少なくとも、当時はまだ少女よりも強く、だからこそ少女はただ全力で目の前の相手にぶつかれば良かった。
けれど、そのジムリーダーを超えてしまった時、ジムリーダーがその職を辞し、次のジムリーダーに少女を指名した時、そして少女がその才能を持ってあっさりと資格を手にし、ジムリーダーへと収まった時。
何かが狂った。
初めての挑戦者は公認バッジを六つ集めた青年だった。
ジムトレーナーたち相手に裏特性やトレーナーズスキルを駆使して戦う青年は確かに強敵であり、少女はただいつものように全力で戦って。
あっさりと青年のポケモンが全て倒れた。
青年の出身地ルネシティの期待を一身に背負った青年は自らより十近い年下の少女になすすべも無く敗北し、折れた。
今となってはどうしているのかすら知らない。
次にやってきたのはバッジ三つの少女。ジムトレーナーたちと戦い、まだ未熟ながらも将来への期待を感じさせる少女にツツジもいつも通り全力で相手をし。
少女のポケモンが全て倒れる。
ただ一方的に何もできないままに敗北した少女は涙を流しながらジムを出て行った。
少女、ツツジにとってそれは特に疑問に思うようなことでも無い。
バトルに敗北し、涙をしたことはツツジにだってある。そこから立ち直り、さらに強くなる、そのために一時の挫折も必要だろう、と天才少女はそう考えた。
そんな強さを持つ人間ばかりではないと、少女には理解できなかった。
ある日ホウエンリーグから連絡が苦情が来た。
――――曰く、ジムリーダーが強すぎてとトレーナーから苦情が来ている。バッジもまだ一つも渡していないし、もっと手加減できないのか、と。
意味が分からない、と言うのが正直な感想。
バトルで手を抜くなど失礼以外の何物でも無いではないか。
トレーナーなら当たりまえと言えば当たりまえの理論。
だがジムリーダーとしては、それがダメなのだと、まだ人間的に未熟なツツジには理解できなかった。
当たりまえと言えば当たりまえ。まだ十二の少女にトレーナーを教え、導くジムリーダーとしての立場の意味や意義など分かるはずも無かった。
それが揺らいだのは、その年のリーグ開幕直前に戦った一人のトレーナーとのバトルだった。
その前に言っておくが、ツツジと言う少女は間違いなく天才だ。
僅か十二にしてジムリーダーへと就任するなど、並大抵の才覚で許されることではない。
バトルの腕においても、ジム内でもトップであり、今となっては他の追随を許さない。
ジムリーダーとして何の不足も無い実力、と言える。
だが、それでも。
ジムリーダー最強と言うわけでも無い。
相手は同じ土俵に立つ存在だ。
当然、ジムで推奨するタイプの相性の優劣もあるし、そもそもの腕でツツジより経験豊富なジムリーダーたちには一歩劣ると、ツツジ自身が理解している。
だからこそ、驚愕するしかなかった。
そして同時に、いつも自身が挑戦者たちにしていることの意味を何となく理解した。
ツツジをして、初めての経験だった。
エースのボーマンダ一体に、自身の最強の六体がことごとく屈した。
『いわ』タイプ相手に真正面からぶつかり、打ち砕くその強靭さ。さしものツツジも動揺を隠せなかった。
その動揺を突き進んだかのように次々と打ち取られる仲間たち。
最後の一匹が倒れた時、今までにないほどの敗北感がツツジにはあった。
だからこそ、理解した。
いつもツツジがジムリーダーの責務と思ってやっていたことは、これだったのだ。
何も教えない、誰も導かない、ただの蹂躙。
こんなことに何の意味も無い、これはジムリーダーの仕事ではない。
幼いながらも聡明な少女は、たった一度の経験からそれを理解した。
だからこそ、悩んだ。
ジムリーダー就任二年目。
最初にも言ったが。
少女、ツツジにとってポケモンバトルとは常に全力勝負だった。
年嵩を得た他のジムリーダーたちは、自然とそれができるようになるが、まだ年若く経験も浅いツツジにはどうしてもできないのだ。
手加減と言うものが。
いっそ来る挑戦者全員がバッジ八つならば常に全力でいけるのに、と思うこともあるが、実際はトレーナーズスクールと言う初心者養成所のような施設がある以上、バッジ0の少年少女たちがやってくることも多い。
だからこそ、分からない。
バッジに応じた強さの基準、と言うものが少女の中で分からない。
それでも自分なりに悪戦苦闘しながらも、実践をしてみた。
だからこそ、二年目はバッジ取得者三名となった。それでもまた圧倒的に少ないが。
他のジムが毎年二十から三十人程度バッジを渡していると考えればまだまだ少なすぎる。
だから、三年目。
ホウエンリーグへと打診したのだ、調整用のバトルを相手を見繕ってほしい、と。
結果。
二年前に自身を打ち破り、今ではホウエン頂点へとたどり着いた少年がやってきて。
そうして。
「では、カナズミシティジム、ジムリーダーツツジが挑戦者ミツルのお相手を致しますわ」
何かを教えることの出来るジムリーダーになれるだろうか。
「よろしくお願いします!」
誰かを導くことの出来るジムリーダーになれるだろうか。
「では」
それは全て。
「始め!!!」
これから次第、と言うことだろう。
ちょっとずつ、三章では空気だったキャラにも焦点当てていきたい所存。