料理は愛情などと、古来より言われるが、存外それだって間違いの無い言葉ではあるとシアは思う。
正確に言えば、食べさせる相手のいる料理と、いない料理と言うのは手の入れ具合が全く異なる。
お腹が空いたから自分で食べる、と言う程度の料理ならば、シアだって割合簡素なものが多い。
だがこれが『誰か』に食べてもらう料理、となると手を抜くことなく細部に至るまでこだわりを見せる。
その誰かとは文字通り誰だっていいのだ、先ほどの言葉と矛盾するようだが自分だっていいのだ。
自分が
「だからってエア…………これは手抜き過ぎでしょう」
呆れたように呟くシアに、エアが首を傾げる。
ミシロにある自身の主の実家では、お米が主食として良く出てくる。
それは一重に、ジョウト生まれの主やその両親の影響もあるし、ホウエン自体が割合米食がメジャーであることも理由にある。
だが何よりも、主がパンよりご飯、と言って止まないのが最大の理由だろう。
息子を溺愛する主の母親が息子のそんな些細な我が儘を叶えないはずも無く、父親のほうもどちらかと言えばパンよりご飯と言った性質なので、基本的にこの家では主食はご飯、偶に朝食にパンが出てくるくらいだ。
だがシアの目の前で、エアが自身で作ったとされる手抜き料理を見て、絶句する。
大きな、それこそ両手で持たなければ持ち上がらないほど大きな丼ぶりに山のように盛られたご飯、そしてその上から白米の白を塗りつぶすかのように敷き詰められた肉、肉、肉、肉、肉。
要するに、焼いた肉を白米に乗せただけの超手抜き丼である。
二年前から少しずつだが、エアは料理を覚え出した。
それはエア自身にもその理由を理解できていないことだったが、シアには何となく理由が分かっている。
それはシアがエアに感じているものであり、エアが無自覚にシアに感じているものなのだろう。
つまり、羨んでいるのだ。
シアが主の食事を作り、それを主が褒めている光景を。
主と
シアからすれば、主の隣に自然に立てるその立ち位置こそ何よりも羨ましいものなのだが…………まあ隣の芝生は青い、と言うのだろう、こう言うのは。
それにシアにしても、エアの女としての意識の低さは見ていて悩ましいものではあったので、少しずつでも変わっている現状は決して悪い物ではないと思う。
そうして教え始めて当初は酷い出来ではあったが、年月を重ね、今ではまともな料理を作れるようになっている。少なくとも教えて来たシア自身、これだけの腕前があれば十分だろうと思う程度には。
とは言うものの、主が旅に出てから、食べさせる相手の居なくなったエアはどんどん手抜き料理を覚えていっている。
「せめて付け合わせにサラダを作るとか、一緒に野菜を炒めるとかあるでしょう」
本当に、白米、肉、肉、肉。それだけの丼である。
そしてそれを平然とした様子で食べている辺りが本当に深刻である。
それは勿論、原種の食性の違いと言われればそこまでだが、それでも普段から同じものを食べているのだから、野菜だって食べれることは分かっているのだ。
だからこそ、その栄養の偏りをシアは見過ごせない。
「…………エア」
「はふはふ…………んあ? あに?」
頬っぺたにご飯粒を付けたままこちらを向く少女に、思わず頭を抑えながら。
「夕飯、一緒に作りましょうか」
そう提案するのであった。
『いしのどうくつ』はムロタウンにある一部研究者の間で有名な場所だ。
中には、かつてホウエンに生息したと言われる伝説のポケモン、グラードンとカイオーガの壁画が描かれている。
実機時代、オメガルビーではグラードンの、アルファサファイアではカイオーガの壁画が描かれている場所ではあるが、現実世界のこの場所では両方のポケモンが描かれている。
それは神話の一部を切り取った光景と言われ、かつてこの両者が存在していた確かな証と言われているが。
かつて、存在していた。なんて嘘だ。今も尚、海底の奥深くで、そして溶岩の海で、両者は眠っている。
やがて来る復活の時を待ち望んでいる。
煮滾る灼熱の海、火山の奥深くで。
深い深い青い海の底、暗い暗い海底の洞窟で。
今も尚、その時を待ち望んでいるのだ。
* * *
『いしのどうくつ』には多種多様なポケモンがいる。
数も多く見つけやすいのはズバットやケーシィ、イシツブテやマクノシタなどだろうか。
一階層にも生息する比較的レベルの低いポケモンたち。
そこから奥深く、地下へと進むほどにレベルも高い手強いポケモンたちが現れる。
進化系のゴルバット、ゴローンにハリテヤマなどである。
そして地下一階からさらに珍しい、地表には出てこない深い闇の中に住むポケモンたちがいる。
クチート、ヤミラミ、ココドラなどである。イワークやノズパスなども時折地下一階層にまで出てくることもある。
時にはココドラの進化系、コドラやキバゴ、ドッコラーなどもおり、独特の生態系が築かれている。
とは言えここまではまだマシなほうである。
さらにその奥『いしのどうくつ』最深奥。
地下二階層。
ここまで来ると野生のポケモン同士の縄張り争いのようなものが始まる。あのチャンピオンロードのようにである。
出てくるポケモンはゴルバットの群れ、ゴローニャやゴローンの集団。
そして、ローブシンとオノノクス。
レベル50を超える野生のポケモンたちが闊歩する危険地帯である。
「何故俺は過去、あそこにレベル20のポケモン一匹だけ連れて行ったのだろう」
「…………何やってるのよ、ハルト」
「ハルくんそんな無謀なことしてたの?」
「えーっと…………さすがにそれは」
遠い目をしながら呟いた一言に三人が少し呆れたように返してくるが、強いて言うなら全部エアのせいであって、俺のせいではないとだけ言っておく。
『いしのどうくつ』の地下一階。
実機だと『フラッシュ』が無いと暗くて見えたものではない場所ではあるが。
「懐中電灯って便利だよね」
「文明の利器よね」
「『フラッシュ』って使いどころに困りますよね」
「トレーナーが失明するから禁止技に指定してるとこもあるしね」
何故原作主人公たちには懐中電灯と言う手段が無いのだろうと思うこの頃。
パソコンと転送技術などと言う高度なテクノロジーがありながら、まさか懐中電灯が無いなどとは言うまい。
と言うか普通にある。そりゃテレビだって、携帯モドキだってあるのだ、パソコンのモニターだってピッカピカ光っているし、家の天井を見れば蛍光灯だってある。今更それをコンパクト化するだけの技術が無いなんてあり得ない。
『フラッシュ』の本領とは、ただ灯りを照らすことではない。
暗い洞窟内で生活しているポケモンと言うのはとにかく明るさを忌避する。それは単純に明るいのが嫌いなだけだったり、或いは環境の違いに慣れなかったり、それ以外にも暗闇に焦点が合い過ぎて、強い光に目が焼かれたり、まあ理由は色々だ。
ぶっちゃけた話、対戦で使うと相手トレーナーどころか指示を出した自分自身の目すら焼いてしまうほどの強烈な光を発するのだ。
真昼間に使ってもそれだけの光量である、まして暗い洞窟内で、暗い場所に慣れ切ったポケモンたちがいる場所で使えば、と言うことだ。
とにかく『フラッシュ』と言う技の本領は
こんなせまっ苦しい洞窟内で複数のポケモンに囲まれたら本気でピンチである。だから単独で洞窟に入るなら『フラッシュ』でポケモンを避けながら進むのが正しいやり方なのだ。
とは言うものの、突然環境が変わると洞窟内が騒めくのもまた事実だ。
過去にもカントーの『イワヤマトンネル』で洞窟内のあっちこっちで複数人が『フラッシュ』を使って、洞窟内に生息するポケモンたちが突然の生息域の変化に驚き、暴れ出して最終的に洞窟崩落するまでの事態を引き起こした事件もある。
そう言う経緯もあって『フラッシュ』の技は『ひでんわざ』としてポケモン協会に認定され、ジムバッジが無ければ扱うのに相当に厳しい条件が課せられることになった経緯がある。
「それに今回はポケモンの捕獲に来てるわけだしね」
ハルカの目的である、図鑑埋め。と言うのは正確ではない。
実のところ、ただ生息地の把握だけなら自身が実機の知識フル活用ですでにこの二年の間に終わらせている。
ただ実際には捕獲はしていない。オダマキ博士からも生息地の把握だけで十分だと言われているし、自身も捕獲する、となるとそれなりに面倒も多いので、ハルカに任せることにした。
そして一つ分かったことがある。
ミシロ近くの森にゾロアがいたのを覚えているだろうか。
本来ゾロアたちは実機ならば伝説戦後で無いと現れないはずのポケモンたちだ。
だが実際は居た。だから調べてみたが、ヨーテリーやクルミルなどはいなかった。
同じ、本来は伝説戦後に現れるポケモンなのに、その違いは何なのか。
ルージュやノワールに聞いてみたが、ゾロアたちも、あの時マグマ団に襲撃されていなかったら、もっと別の場所にいたはず、らしい。
つまり、ゾロアやゾロアークの群れにマグマ団が襲撃する、と言う実機には無かった過程を得て、一つのポケモンの生息域が書き換わった。
そこからさらに想像を働かせて。
そうすると一つ思いつく。
伝説戦…………否、伝説のポケモン、グラードン、カイオーガが存在することで何が起こるか。
環境の激変。つまりそれが答えなのではないだろうか。
本来、ゾロアたちも含めて、伝説戦後に現れるポケモンたちは実機でポケモンと遭遇する場所の外に生息していた。ゾロアたちならミシロの傍の森、などプレイヤーキャラクターの行けない場所に生息していたポケモンたちが、伝説のポケモンの復活によって激変した環境に追われ、プレイヤーたちが行ける範囲にまで出てきたのではないか、と言うことだ。
と、なると。
この旅で図鑑埋めても、後でもう一度旅しないとまた生息域が書き換わっている、と言うことなのだが。
まあそれはハルカに頑張ってもらうことにする。別に現状で図鑑を埋めているポケモンたちが今いる場所からいなくなるわけでも無いし、だったらこの旅も決して無駄ではないだろうし。
因みにキバゴやドッコラー、イワークなども本来伝説戦後に現れるポケモンだが、現状でも普通に出てきている。
ただし、本来実機なら一階層から普通に出てくるはずのポケモンたちが地下でしか出てこない、と言うことから、恐らく本来はプレイヤーの行けない洞窟のどこかにいたはずの群れが環境変化の一環で出てきた、と言うことなのだろう。洞窟内にそこまで大きな変化があるわけでも無く、そもそも『いしのどうくつ』以外海と田舎しかない島である、多分最初から『いしのどうくつ』にいたのだろうポケモンたちが人の手の届く場所に出てきた、と言うだけのことなのだと思う。
さすがにゲーム的な都合と現実的な都合が混ざると推測しきれない部分もあるが、恐らくそんなところだろうとは思う。
「取りあえず、ここにしかいない、キバゴとドッコラーを狙っていくよ」
「ハルちゃん張り切ってるね」
カナズミからこちらの来る時、トウカの森でも散々キノココを追いまわしていた。お蔭で大分遅くなってしまったが、まあ急ぐ旅でも無いし問題無いだろうと思う。
「ムロタウンなんて滅多なことじゃ来ないしね、滞在中に捕まえれるポケモンは全部捕まえちゃうよ」
「て…………なると、ココドラ、ヤミラミ、クチートなども捕まえておいたほうが良いかな、チャンピオンロードにも一応いるけど…………あそこは人間の通る場所じゃないしね」
チャンピオンロードと言う言葉に、隣でシキが遠い目をしている。
よく考えればシキは去年もリーグに出ていた。つまりあのチャンピオンロードを二年連続で通ったのだ。
良くまあこの方向音痴が通ったものだと感心すると共に、どう考えても苦労したんだろうな、と言うのがその死んだ目から察せられた。
「えっと…………シキちゃん、大丈夫?」
「エエ、ダイジョウブヨ、ハルカ」
「目が死んでる…………それに片言になってますよ」
あの地獄を知らないハルカとミツルは、顔を引きつらせているが、自身からして身に覚えがありすぎて思わず、うんうん、と頷いてしまう。
「まあ大丈夫だよシキ。ここはあんな地獄じゃない。レベル100が当たりまえのように闊歩する超危険地帯なんかじゃない。出口の見えない迷路も無いし、音も無く奇襲してくる敵もいない。四天王とチャンピオンが半分趣味で育成したピーキーなポケモンたちが覇権争いしてる紛争地帯じゃないんだ。だから落ち着きなって」
「…………そ、そうよね。ここにはいないのよね、高所から無音で振ってきて突然“つじぎり”で首を狙ってくるハッサムも、磁力でこちらを縫いとめるギギギアルも、連動して“だいばくはつ”してくるレアコイルたちもいないのよね。目が覚めたら目の前に2mを超えたアイアントの群れがいるあの場所じゃないのよね」
思い出し、震え出し、そして安堵のため息を吐くシキだったが、ハルカとミツルはシキの口から出た想像を絶する言葉の数々に絶句していた。
「シキ…………ダイゴさんの放流したポケモンにことごとく引っかかったんだな」
「そっちはどうだったのよね、一昨年」
逆に問い返され、思い出し…………身震いする。
「初日からボスゴドラとバクオングの縄張り争いに巻き込まれるわ、橋を渡ろうとしたら水中にギャラドスが潜んでるわ、地下に入ったらガブリアスの群れが襲ってくるわ、地上に上がろうとしたら通路いっぱいに塞がったマルノームがいるわ、地上に戻ったら戻ったで“じゅうりょく”でこっちの動きを縫いとめてくるハガネールがいるわ、ようやく出口だ、と思ったら」
アースがいたのだ。
少しだけそれが懐かしい。
「こいつがいたんだよね」
そんな風に懐かしんではいるが、ハルカとミツル、ドン引きである。
「ていうかミツルくん、リーグ本戦目指すならどうやっても出るんだよ?」
「え゛っ」
ボクもリーグに出たいです、と以前言っていたが、本戦出場すると言うことはチャンピオンロードを通ると言うことに他ならない。
「毎年二、三人くらい死人も出てるし、ダンジョンアタックの基本くらい今学ばないと本格的にやばいよ、あそこ」
一応四天王他リーグトレーナーたちが救助に向かうが、それまでに死んだ場合はどうしようも無い。
「最悪、俺たちが助けるけど、それまでに死なれるとどうしようも無いし、それまでに探索用の仲間作っとくと良いよ」
まあさすがに余りチャンピオンと言う立場で一人のトレーナーに手を出し過ぎるのは不味いので、リーグ開催されたら手出しは控えるが、それまでにアドバイスするくらいなら問題無いだろう。
そうして悲壮感溢れる表情のミツルを連れてさらに奥へ、奥へと進んでいき。
「きゃう!」
「お」
「あ」
「え」
「あ」
岩陰から出てきたポケモンの影に、声をあげる。
緑色の体躯の恐竜を二頭身にしたようなポケモン…………キバゴである。
道中何度か野生のポケモンに遭遇したのだが、キバゴはこれが初めてと言うこともあり、ハルカの表情が明るくなる。
「よーし、行くよ! マギー!」
「ふむ…………まあ、任せてくれ」
ハルカがボールを投げ、出てきたのは黒いロングコートにシルクハットの男。
ハルカの一番最初の仲間であるスリーパーのヒトガタ、マギー。
最近滅法見る機会が無かったが、どうやらノワール同様野生とのポケモンの戦闘でかなり鍛え上げられているらしい、以前より強くなったように感じる。
「マギー、“さいみんじゅつ”!」
「安らかに眠ると良い」
“まほうのふりこ”
“さいみんじゅつ”
ひゅん、ひゅん、と風切り音を立てながら回転する振り子が一瞬でキバゴを捉え。
「きゃ…………う…………」
すとん、と刹那にしてキバゴが『ねむり』に落ちる。
「よし、もういっちょ!」
「了解だ」
“せんのう”
“さいみんじゅつ”
「眠れ、深く、深くね」
さらに振り子が振られ、キバゴから完全に力が抜け落ちる。
“ノンレムさいみん”
一切の抵抗を失くしたキバゴにハルカが近づいて。
「捕獲――――」
ひょい、っとボールを投げる。
そうして、キバゴにぶつかったボールが、ポケモンを感知し、自動的に捕獲を開始する。
かたり、と一度だけボールが揺れて。
「――――完了だよ」
ぽーん、と機械音一つと共にロックがかかる。
「キバゴ、ゲット!」
呟き一つと共に、誇らし気にボールを掲げた。
名前:マギー(スリーパー) レベル:90 特性:ふみん 持ち物:無し
わざ:さいみんじゅつ、ナイトヘッド、サイコキネシス、かなしばり
裏特性:まほうのふりこ
『エスパー』タイプの技の命中が100になる。
専用トレーナーズスキル(P):せんのう
『ねむり』状態の相手に“さいみんじゅつ”を使うことができる。命中した時、相手の『ねむり』のターンカウントを+5する。
専用トレーナーズスキル(P):ノンレムすいみん
『ねむり』のターンカウントが3以上の時、野生のポケモンなら必ず捕まえることができる。ターンカウントが5以上の時、相手のターンをスキップする(はかいこうせん等の反動と同処理、行動交換不可)。
ほぼ90話ぶりのおじさんの出番ktkr
忘れてる人のために少しだけ言うなら。
一章でハルカが誘拐された時に出てきたヒトガタスリーパーです。
シャルちゃんが仲間になった時の話ですね。