「二個目のバッジおめでとう!」
「あ、ありがとうございます、ハルトさん」
ムロタウンジムを出て、ミツルに声をかける。
バッジを獲得したことに高揚しているのか、いつもよりやや弾んだ声で、表情には笑みが浮かんでいた。
「これでムロタウンでの用事もだいたい終わったし、次に行こうか…………と言いたいんだけど」
「…………はい? まだ何かありましたっけ?」
基本ムロタウンでマグマ団、アクア団関連のイベントは無いので、別にこれ以上何かある、というわけではないのだが。
「折角良い立地にいるし」
故に。
「明日、みんなで遠足に行かない?」
そう提案した。
* * *
遠足、の定義的に言うと、遠くに行くこと、らしい。
前世のイメージ的には小学校の行事。この世界でもトレーナーズスクールであるらしい。最も前世の遊びのような遠足と違って実地授業的な意味合いが強いらしいが。
まあ何が言いたいかというと。
「…………洞窟、ですか? これ」
「小さいけど、崩れそうって感じは無いかな?」
「まあこの辺は特に何も無いはずだし、早く奥に進もうか」
「それで、ハルト…………ここって何?」
ここは――――。
「『こじまのよこあな』だよ」
遠くに行ってまた戻るなら、例えどんなとこに行こうと遠足の定義に当てはまるということだ。
『こじまのよこあな』
実機だとそうでも無いが、この世界だと本当に小島というか孤島の横合いから入れる洞窟といった感じの場所だ。
暗い洞窟を懐中電灯で照らしながら奥へ、奥へと進んでいく。
実機と大分違う、穴から入ると狭く細い浅瀬の道を歩くこととなり、さらにそこから奥へ奥へと穴が続いている。
当然照明になるものは存在しないので、懐中電灯が無ければ『フラッシュ』でも使わなければ足場の悪さもあってか、中々に苦戦するかもしれない場所。
実のところ、チャンピオンとなってからの二年の間にすでに『おふれのせきしつ』の封は解いている。
封印を解いた先にいるレジ系三種は、まず間違いなくグラードン、カイオーガに対する強力な抑止になりうると期待しているからだ。
最初、実機なら封印を解くと入り口が現れるだけなので、別に解かなくても入り口掘ればいいじゃん、みたいに思っていたのだが、そもそも『こじまのよこあな』や『こだいづか』『さばくいせき』が
仕方ないので、ひとまず封印を解くことにしたのだが、ホエルオーとジーランスの両方を持っていなかったのでダイゴ経由でミクリに連絡を取った。
まあ『みず』タイプ専門ジムだし、少なくとも以前にホエルオー持ってるのはみたよな、と連絡を取ってみればジーランスも持っているとのことで、早速二匹を借りて『おふれのせきしつ』へ行こうとする。
尚、この時ダイゴも興味深そうについてきたのは余談だ。
そうしていざ海域へと出て…………とんでもない大問題に気づいた。
『おふれのせきしつ』の場所が分からない。
自身が知っているのは
実機だったら手順通りにやれば何度だって行けたが、現実的に言って潮の流れが常に規則正しく同じなんてことあり得ない。
しかもこちらの世界は、当然ゲームのように歩いて街から街に数分で着けるような距離ではない。だいたいゲームの百倍前後は全体的に引き延ばされている。
故に、ある程度の行き方は分かっても、具体的に潮流に乗ってどこへ向かうか、どこでダイビングするのか、なんてこと分かるはずも無かった。
だったら空から探せば、とも思ったが良く考えてみて欲しい。
実機時代において『おふれのせきしつ』とは
洞窟のような場所の中に直接ダイビングで出るわけで、上から見たって分かるはずが無い。
だからこうなると、キナギタウンから西、カイナより東の海を片っ端から見て回り、潜り、探し続けるしかない。
――――なんて、なんで自分でやらねばならないのだ。
チャンピオンという肩書は実に便利なものだ。
それがあるだけで、ポケモンリーグ、ひいてはポケモン協会を動かすことができる。
古代に作られしポケモン、その存在をほのめかし、探そうと音頭を取るだけの簡単な仕事である。
面倒な作業は、ポケモン協会が人員を都合し、文字通り総当たりで探してくれる。
――――キミはなんていうか、大人より狡い子供だね。
なんて、ダイゴに言われはしたが、二人であの広大な海域を総当たりで探すなど冗談ではない。
二十名。ポケモン協会が都合してくれた総索者の数である。
ダイバーから、トレーナーまで、全員が海での探索のスキルを持つ、いわばプロであり、自身は素人だ。
だから素人は素人らしく発見の報告があるまでミシロで待ち。
それでもそれらしき物の発見の報告がされるまで一月近く経過していた。
二十人で、一つの海域を総当たりで探し回って一月、である。
自身たちだけでやっていればどれだけの時間が経っていたか分かったものではない。
とは言え、あくまで見つけたのはそれ
――――ジーランスとホエルオーが必要なのは分かってたけど、どうすればいいんだっけ?
という疑問に行き当たる。
いや、それだって仕方ないのだ。
何せ最後にゲームをやったのだって十年以上前のことだ。
しかも、だいたい『おふれのせきしつ』なんて一回やったら二度と行くようなとこではない。
『ジーランス』と『ホエルオー』が鍵となるのは覚えていたが、それでどうすればいい、というのがいまいち思い出せなかった。
なんとそこで意外にも役立ったのがダイゴである。
驚くことに、この男。
僅かながらだが
珍しい石を探してホウエンをあちらこちらと旅している時に見つけた遺跡で、点字の書かれた石板らしきものを見たことがあるらしい。
それが文字なのではないか、と研究している学者がいるらしく、その学者に見つけた石板を渡す代わりにいくらか教えてもらったらしい。
とは言っても、それも完全ではない、壁画に書かれた点字を穴あきの文章に変え。
――――けれどそこまでできれば、後は自身が思い出せる。
実際に一度は…………というか三世代の時と合わせれば二回はやっているのだ、記憶を掘り起こすようなキーワードがあれば思い出せる。
そうしてなんとか『おふれのせきしつ』でレジ三種の封印を解くことに成功する。
因みに実機ならば封印を解くと地震が起きるとともに遠くで扉が開いた音がした、みたいな文章が出るが。
現実なら冗談抜きで遺跡が崩壊するかと思うほどの大地震。
そして。
突如
ちょうどその時、120番道路に居たトレーナーたちからの報告で、それは確認された。
封印の解除、そしてそれに伴う大地震。
幸い遺跡は崩壊しなかったが、120番道路の高原では地面を割って小山がぐんぐんと延びてくるという仰天するような光景が起きていたらしい。
土を岩を固めたような山には、ぽっかりと中央部分には穴が開いており、中は洞窟となっておりその最奥には点字の書かれた壁画が存在していたらしい。
まあ点字が読めないトレーナーたちからすれば、何だこの施設は、といったところだろうか。
120番道路、といえば『こだいづか』だろうか。
確認のため、ダイゴと二人『こだいづか』へと向かう。
そしてそこに書かれた点字を読み解き、部屋の中央で『そらをとぶ』を使用する、という謎の設定を思い出すと、早速それを実行しようとして。
「…………対象もいないのにどうすればいいんだ?」
そうもなる。
「とりあえず浮かんでみれば良いんじゃないかな?」
というわけで、エアを使って『そらをとぶ』を使う。
宙に浮くだけで技を使用した扱いになるのか、謎の判定をどうにかクリアできたらしい奥へと続く道が開く。
そうしてダイゴと二人、さらにその奥へと進んでいき。
――――ソレがいた。
* * *
「何か…………寒くありませんか?」
暗く狭い洞窟の細道を歩いている途中、ぽつりとミツルが言葉を漏らす。
確かに、言う通り洞窟の奥からは僅かな冷気のようなものが感じられる。
「とは言っても、洞窟の中とか割と寒いとこ多いよ?」
チャンピオンロードとかチャンピオンロードとか、地下はとても寒い。これ経験談。
正直、ここにいる存在のせいかと一瞬考えたが、けれど壁画の向こう側にまだ封じられているはずだし、やはり気のせいなんじゃないだろうかと思うが。
「まあ外は暖かいし、涼しくて私にはちょうど良いくらいかも」
なんてハルカが楽しそうに笑う。
余裕余裕、といった様子で楽々この足場が悪い道を歩いている。
反対にその後ろを歩くシキは非常に歩きにくそうだ。
「シキは向こうで旅とかしなかったの? カロスにも有名な洞窟けっこうあるでしょ?」
自身が覚えているものなら『かがやきのどうくつ』『うつしみのどうくつ』『ついのどうくつ』などだろうか。
そんなことをシキに言うと。
「良くそんな他の地方の洞窟の名前まで知ってるわね」
なんて呆れたような表情。
まあゲームで、とは言え実際に自分で歩いたし。
なんて言ってもふざけている、程度にしか思われないだろう。
「カロスって実は一回行ってみたい地方ではあるんだよね」
これは本当。元がジョウト、今がホウエンと住んでいる自身だが、他所の地方、の中でもカロスは特に行ってみたいと思っている。
まあ将来的には、という区切りはつくが。
カロスのモチーフは、フランスだと言われている。
つまり文化からして他の地方とはかなり隔絶している。
だから、別に特別な用事があるわけでも無いのだが、旅行などで一度はカロスの文化に触れてみたいと思っていたりする。
「それほど珍しい文化じゃないと思うけど」
「そりゃ、シキはカロスに住んでたからそう思うだけだよ」
ね? とハルカやミツルに確認を取ってみれば。
「確かに、カロスって珍しいポケモンいっぱいいそうだよね」
「文化がかなり違うっていうのは聞いたことあります、それにバトル方法も違っているとか」
「…………え、そっちなの?」
聞いておいてなんだが、なんでこの二人は自分の興味のある方向に常に全力なんだろう。
えー、と思わず呆れる自身に、シキが苦笑して。
「バカね、ホント」
そう呟いた。
* * *
細い道を歩くこと十五分ほどだろうか。
長いと見るか短いと見るかは微妙だが、足場の悪さを考えればまあ直線距離としてはそれほど長くは無いのだろうと思う。
そうして道を進んだ先には、突如として広い空間があった。
とは言っても、ゲームでもあった洞窟の風景だ。まあ、リアルさはまるで別だが。
「えーっと…………あ、あった、これだ」
空間の奥の壁に、点字の書かれた壁画があった。
「なに、これ?」
「…………穴?」
「模様?」
さすがに三人とも点字は知らないようで、それが何かということに首を傾げる。
さて、実のところ、すでにここの扉を開く条件は思い出している。
「三人とも、ここでストップ…………一歩も動かないようにね?」
「え…………あ、はい」
「うん、分かった…………けど?」
「何なの?」
一体何事かと首を傾げつつ、壁画の前で立ち尽くす自身たち。
そうして、一分が過ぎ、段々と他の三人が痺れを切らしてきた。
――――瞬間。
がこん、と音が鳴った。
「あっ」
「え?」
「は?」
突如、壁画が
そうして。
「…………寒っ」
奥から吹きこむ冷凍庫の中のような冷たい空気に、思わず背筋を震わせる。
「行こうか、みんな…………この奥だから」
何かがいる。
そんな予感めいたものを他三人も感じ取ったのか、驚きつつもこくり、と頷き。
そうして…………最奥の部屋へと足を踏み入れる。
先ほどまでの洞窟が嘘のように、壁も、床も、天井も、全てが凍り付き、分厚い氷塊に覆われている。
「なに、ここ」
ミツルが体を震わせながら呟く。
その震えの原因が単なる寒さだけではないことを理解しつつ。
「寒いねえ」
いつもは楽観的なハルカの表情も、心なしか硬い。
その原因がこの先にいると、ハルカ自身、気づいてしまっていた。
「なに、これっ」
シキは気づいてた。この奥にいる、異質な気配に。
それはひとえに異能者特有の感覚とでも言おうか。
――――この先に怪物が待っている。
それが理解できた。
やがて。
ぴたり、と足を止める。
そうしてそこに。
今回のコンセプト:鉄壁氷山
因みにだが。
レジスチルはこの後