人間誰しも始まりというものがある。
自分という存在はここから始まったのだ、と思えるような、そんな出来事。
マシロという少女には親と呼べる存在がいなかった。
被保護対象と呼べる幼年期のマシロにとって、それはある種致命的な問題だった。
そんなマシロを保護してくれたのが、青い屋根の孤児院。
正式な名前をマシロは未だに知らない、ただ屋根に青い塗装がされた孤児院だったから、地元ではそう呼ばれていた。
一体いつからそこにいたのか、マシロの始りの記憶はすでに孤児院にいた自身を認識することから始まっていて、だから自身がどうしてそこにいたのか、両親はどうしたのかという自己への疑問に、けれど一切答える術が無かった。
というか、さしてそんなものに興味も無かった。
当然ながら孤児院にいるのは、同じく親を失った子供たちばかりであり、だからこそ親なんて存在居ないのが当たりまえ、という認識すらあったのだ。
孤児院には院長が居て、自身たちが『センセイ』と呼ぶ彼だけが唯一絶対の存在だった。
だから、こそ。
分からなかった、戸惑った。
自身を引き取りたいという人間たちが居るという事実に。
新しい『オトウサン』が出来る、と言われてもその意味すらマシロには理解できない。
ただ分かるのはマシロはこの場所に居られないということだけであり。
この場所を離れる、そのことに抵抗があったかと言われると…………さてどうだろう。
果たしてマシロはそこまでして孤児院に愛着を持っていたのだろうか。
自意識に目覚めた時からそこにいたからこそ、どこにも行かなかったのではないか、と思えばそういう気もする。
そしてもう一つだけ分かっていることは。
それはもうどうしようも無いことであり、『センセイ』と『オトウサン』の間ですでに話がついており、マシロの意思は関係が無かった、ということである。
* * *
ムロタウンからカイナシティまで定期連絡船に乗って約半日。
早朝に乗ったはずの船がカイナシティへ到着したのは海面が夕暮れに染まるくらいの時間だった。
「うへえ…………長かったね、今日はもうポケモンセンターに行って休もうか」
そう提案した自身の言葉に、三人も素直に頷き、早速ポケモンセンターへと向かう。
カイナシティは何度か立ち寄ったことのある街なので、それなりに地理は把握している。
ただミナモシティやカナズミシティもそうだったが、実機時代よりも街としての規模が格段に違うので、距離はけっこうあり、歩いていけば軽く一時間近くはかかる。
「バスでも使う?」
ホウエン地方は街と街の間に街道が整備されていないため道中で車を見ることは余り無いが、街中ならばけっこう見かける。誰しもがポケモンで移動できるわけでも無いし、そもそも街中で移動に使えるポケモンというのも少ないので、カナズミ、カイナ、キンセツ、ミナモなどの都会では車というのはそれなりに普及していたりする。
まあ個人で持っている人間はかなり少ないが、公共バスのようなものは割と存在しており、西側の市場や南の海岸線、北のゲート(街の外へ出る)行きや、東の船着き場までなど、それぞれの要所要所を巡回してくれているため、それほど移動は不便でも無い。
因みに少額だがバスは金がかかる。
ガソリンなんて便利なものは無いので、エンジンは電気である。そのためそれほど移動速度も出ない。そもそも車が普及しているとは言っても、徒歩や自転車で移動する人も多いため、事故防止のため街中では速度は制限されているし、街の外は道が悪いためやはり速度は出ない。
だが歩くよりは便利だし、乗る人も多いため、当初は無料運営だったのだが、子供が親の目を盗んで勝手に乗ってしまい、子供だけで遠くに行ってしまうことが多発したため、料金が設定された。
まあそれでも微々たるものではあるが、子供からすればたった百円、二百円でもけっこうな金額である。特にこの世界における子供とは十歳未満を指すから余計にだ。
そう言えば、とふと思い出し、財布を開けば中には数枚のお札が詰まっている。
「あ……………………あー」
やっぱりそうだった。困ったことにお札はあるのに小銭が無い。前世の世界のように両替機というのはバスについていないのだ。
「貸そうか?」
というハルカの提案だったが、首を振る。
「適当にその辺でお金崩してくるから、ちょっと待ってて」
言いつつ、道から外れ、適当な自販機を探す。
「意外と無いなあ」
実機だとデパートの屋上くらいにしか無かった自販機だが、現実だと割とその辺でしょっちゅう見かける。
といっても売っているのは『おいしいみず』や『サイコソーダ』に『ミックスオレ』だが。
時折新商品のようなものも出るのだが、売れ行きが悪いとすぐに無くなってしまうため、ある意味これ以外の品というのはレアだったりする。
「あー…………これなら素直にハルちゃんに金借りたほうが良かったかな」
お札しかないのも不便だし、と思って崩しに来たのだが時間がかかりそうだし、もういっそ素直に借りてしまおうか、と思いつつ建物の小脇の道を歩いていると。
ふっと、風が通り過ぎた。
「ん?」
地面に映る影に、思わず上を見上げて。
「………………………………」
「……………………ひあぁん?」
そこにポケモンがいた。
* * *
「あ、ハルくん、遅かったね?」
「え…………あ、うん、ごめんごめん、自販機探したんだけど、思ったより遠くって」
言いつつ、手の中のジュース缶をみんなに渡す。
「ミツルくんにはミックスオレ、ハルちゃんとシキにはサイコソーダ買ってきたよ」
「あ、ありがとうございます」
「やったー! ありがとう、ハルくん」
「……………………うーん、まあいいわ。ありがとう」
缶を渡す時、一瞬だけシキが思案したような表情だったが、けれど素直に受け取る。
「ちょうどバスも来る時間みたいだし、乗ろっか」
バス停で待っていると遠くに見えたバスの姿に、荷物を持ち直した。
カイナはホウエンでも上から数えたほうが速いような大都市だが、それでも一日に走るバスの本数は前世の街ほどに多くは無い。
理由としては徒歩で移動する人が多いことが挙げられるかもしれない。
基本的にこの世界の住人というのは街から出ることが余り無い。つまり生活範囲が狭く、精々自転車一台あればだいたいの移動が賄えてしまえる。
さらにポケモンの存在がある。多少遠くてもポケモンに連れて行ってもらったりすれば済むし、トレーナーなら空を飛ばせるという方法もある。
なので自動車、というのは購入費もそうだし、維持費も高くなるので、ホウエンでは大都市の中でしか使われていないのだ。
これがカロスのほうまで行くと、実機でもあったタクシーなども含め、自家用車なども多くあったりするらしいのだが(シキ談)。
「やっぱカロスのほうは機械技術が高いのかな」
バスの中でシキと話しながらそんなことを思う。
ホウエンは自然と共に暮らしているという側面が強いため、ミナモ、キンセツ、カイナ、カナズミを除くととどうにも機械技術のレベルが低い。そして大都市の中でもキンセツシティだけは飛びぬけてレベルは高いが、かといってそれを他所の街の還元するかと言われるとそうでも無いのが実情だ。
恐らくテッセンに話を通せば、還元してくれる、かもしれないが。
それをホウエンの住人が受け入れるかどうか、というのもまた別だ。
「ホウエンってのは多少不便なくらいでいい、と思ってる人多いからね」
自身の前世の感性からすればあり得ないことだが、例えば前世ならば徒歩三十分から一時間の距離、と言われれば自転車ないし、電車。あるならバイクや車を使うことを考えるレベルだったが、ホウエンの人間の感覚で言うと、徒歩一時間くらいまでなら歩けばいい、くらいに考えている人が多い。
基本的に気性がのんびり、というか緩いのだ、ホウエンの住人というのは。
「カロスは…………そうね、街によってかなり気質が違うわね」
「そりゃあね…………」
そんなシキの言葉に苦笑する。
何せカロスとホウエンでは地方としての規模が段違いだ。
ぶっちゃけた話、ホウエン地方が一つの地方規模とするなら、カロス地方とはコーストカロス、マウンテンカロス、セントラルカロスと三つの地方をひとまとめにしたような超大規模な地方なのだ。
「ミアレシティは一度行ってみたいよね…………あ、でもヒャッコクシティの日時計も見に行きたいし」
あの日時計は、メガストーンと同じエネルギーを持っているという話なので、何か面白い発見があるかもしれない、と個人的には思っている。
「ヒャッコクシティの日時計は凄いわよ、私も一度見たけど圧倒されたもの」
「へー…………やっぱいいね、他所の地方って」
「そうかしらね」
車内から窓の外を見ながらぽつり、と呟いたシキに、思わず問いかける。
「…………シキは、カロスが嫌い?」
前から思っていたが、どうにもシキはカロス地方に良い思いを持っていないんじゃないだろうか。
そんな以前から疑問が口を突いて出た言葉だったが。
「……………………」
シキが思わず、といった様子でこちらへ振り返り。
揺れる瞳、震える唇が僅かな言葉を紡ぐ。
けれど漏れ出た空気は決して音にはならず。
「……………………そう」
隣に座る自身だけは、なんて言ったのか、理解ができた。
* * *
海を漂うポケモンたちと、その背に乗る男たちを上空から見下ろしながら数時間以上経つが、未だに男たちが明確な目的を持って動く様子は無い。
ただ、ふらふらとあっちへこっちへと纏まって移動するその姿は、少しだけエアを不安にさせる。
「アイツら…………もしかして帰らないのかしら」
追って来るグループを間違えたか? そんな疑問がさすがに浮かび始める。
そうなると完全に無駄足…………いっそ全滅させて全員捕まえるか?
ポケモン協会に掛け合えば三、四人くらいなら…………否、アレたちがまた何もしていない以上それは不味いか。
「それにしても、何してるのかしら」
当初は自身たちのアジトへ戻るのだと目算して追ってきたが、その様子も無い。
まさか自分たちのアジトへの道を忘れたなんて間抜けなことあるはずが無いだろうし。
そしてふらふらようろつくにしてもこんな海上ですることだろうか、という疑問は残る。
と、すると。
「…………何か探してるのかしら?」
生憎『なみのり』や『ダイビング』できるような『みず』タイプのポケモンはハルトの手持ちには居ないので、どうしたものかと考える。
「ハルトに探させようかしら」
……………………何故かまたヒトガタが増えるような予感がするが。
自身たち六体はともかく、それ以降もあれだけの確率でヒトガタに出会う自身のトレーナーは確実に何かおかしいのは分かる。
「まあ使えるなら何でもいいわ」
自身たちの群れに加わるならば別に構わない。
むしろこれから戦う相手を考えれば強いほうがいいかもしれない。
否、強く無ければならないのだろう。
「…………伝説ね」
そんなもの蘇らせて何が良いのだろうか、と思わなくも無い。
眼下でちょこちょこと移動する男たちを見下ろしながら嘆息する。
「……………………いやーな空ね」
見上げた空にかかる雲を見て、もう一度嘆息する。
「さっさと終わらせたいわね」
こうやって上から海を見ているだけの役目などいい加減うんざりする。さっさと終わらせてシアの作ったご飯が食べたい。
それに…………この間の一件以来、ハルトの顔を見ていない。
今ちょうどカイナシティにいるらしいし、
「もうすぐ、ね。…………もうすぐ会えるかしらね」
前髪を弄りながら思わずといった様子で吐いて出た呟いた一言に、けれど自分で言っておきながら思わず赤面する。
「……………………別に、会いたいわけじゃないのよ?」
誰に向かってとも無く呟いた言葉は、けれど誰から聞いても言い訳でしか無く。
だが幸いここは空の上だ、誰にも見つかって――――――――。
びゅん
一瞬感じた風、何かが脇を通り過ぎる。
「ん…………?」
視線をそちらへとやると。
「ひあぁん」
自身の目の前で、つぶらな瞳でこちらを見てくるポケモンに。
「……………………見たな」
ぐっ、と拳を握り、その紅い目を細める。
「ひ、ひあぁ?」
「……………………聴いたな?」
戸惑う様子を見せるポケモンに、じりじりとにじり寄って。
「ひあぁぁぁぁぁぁ」
「待ちなさい!」
逃げ出すポケモンの背を追った。
可愛いシキちゃんが書きたいんだが、何故か無意識にエアを愛でている自分がいる。
ところで、裏特性とかトレーナーズスキルについての解説って需要ある?
多少の具体例を入れて(主にポケアニから)どんなものか分かりやすく説明しようかと思っているんだが(超今更